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奪われた力 前編

学校は臨時休校になったらしく、ひっくり返ったプレハブ小屋では警察が現場検証を行っておりマスコミも集まってきていた。

えらい騒ぎになっていてヒヤッとしたのだけれど、原因はダウンバーストと呼ばれる突風によるものではないかと報道されていてひとまず安心した。

巻き込まれた生徒が一人、総合病院へと運ばれたらしい……

ニャ太郎になにかあったのかと慌てて病院へと向かった。



「マッヒーイチゴ食べる?はい、あ〜ん。」

「あ〜んモグモグ……おいちー!」


「私マッサージしてあげる〜!」

「じゃあ僕も肩揉んであげる〜!」


「やだあマッヒー、私も私もー!」

「いいよ〜コチョコチョコチョコチョー!」


どうやら検査のための入院だったようで、特別個室には見舞いにきた女の子達で賑わっていた。

マッヒー……いや、ニャ太郎はハーレム状態でこれでもかってくらい調子に乗っていた。

日頃無口でクールな真人(まひと)がこんな風になってるんだから、頭を強打したのだと疑われても仕方がない。


「おい……あのクソ猫を今すぐぶん殴れ。」


リュックの中で真人が超お怒りだ。怖いったらない。


「真人、あれは自分の体なんだからね?」

「構わん俺が許可する。そこの花瓶で思いっきりぶん殴れ。」

いやいや、女の子達の前でそんなことをしたら私がフルボッコにされてしまう。

とりあえずニャ太郎に女の子達を全員部屋から追い出してもらった。


「仲良くしてただけなんだけど、なんかマズかった?」

「もういい。てめぇはとっととあの世へ行け。」


呆れたようにそう吐き捨てた真人は、ニャ太郎の肩に飛び乗ると額に手を添えた。



「待って真人!」



真人は元の体に戻れるけれど、ニャ太郎はもう戻ることは出来ない。既に死んでいて、生命線というものが消えてしまっているからだ。

真人にしてみればこれ以上好き勝手に体を使われるのは我慢ならないだろう。

でもこのままお別れするのが寂しくて……思わず声が出てしまった。


「ごめん、真人…私……」

「五分だけやる。」


真人はぷいっとニャ太郎の肩から下りるとソファへと移動した。

私達にお別れの時間をくれたのだ。


いざニャ太郎と向き合うと何から伝えようかと考えただけで泣きそうになってしまった。

これで最後だなんて本当に嫌だ。行かないでと叫んでしまいそうになる。

でもそんなことを口にしたらニャ太郎が安心して成仏できなくなってしまう……



「ねえ(つむぎ)ちゃん、知ってる?」



ニャ太郎は私の手を優しく握るとベッドの縁に座らせた。


「大好きな紬ちゃんと過ごせたこの12年間は、僕にとってはかけがえのない宝物だったんだよ?僕はずっとずっと幸せだった。」


抑えていた涙がポロポロと零れてきた。

幽霊から守ってくれるニャ太郎のことを私は、感謝しながらも危険な目に遭わせて申し訳ないと思っていた。

蜘蛛の妖魔に殺されたのも私を守ってのことなのに、恨み事一つ言わないどころか幸せだったと言ってくれた。

最後にこうやって真人の体を借りて、猫であるニャ太郎と会話が出来たことは最高の思い出だ。

胸の内を聞けないままだったら、私はニャ太郎を死なせてしまったことをずっと後悔し続けていただろう……


「私もだよ……私もニャ太郎に出会えて本当に良かった。私のところに来てくれて、ありがと……」


それだけ言うのが精一杯だった私に、ニャ太郎は満面の笑みを返してくれた。



「また会おうね。それまでバイバイ。」



ニャ太郎は私の肩に手を回すと、頬っぺたにチュッとキスをした。

ちょっ………真人の体を借りてやることじゃないって分かってるっ?!

真っ赤になる私にぺろっと舌を出して笑うニャ太郎は、間違いなく確信犯だった。


「てめぇなにしてやがる!!」

「じゃあね真人さん、紬ちゃんのことよろしく〜!」


そう言った瞬間全身から力が抜けて私の腕の中へと崩れ落ちてきた。

魂が抜けたのだと気付き辺りを見渡したが、ニャ太郎はもうどこにもいなかった。


「あんのクソアホ猫め……散々好き勝手して自分で()きやがった。」


本当に……とんでもない置き土産を残してあっという間に去っていった。おかげでビックリしすぎて涙も悲しみもどこかに飛んでいってしまった。

ニャ太郎らしいと言えばらしいのか……

私が泣かないようにと最後は明るく旅立ってくれたんだ。


真人がベッドに飛び乗り、私の腕の中で倒れたままの体に近付くと額に手を添えた。

その瞬間、猫の体がガクンとなって布団の上に横たわった。

ようやく元の体に戻れたようだ。

ぐったりとした真人を抱き起こそうとしたのだが、力が入らないのかこちらにもたれかかってきた。


「悪い……まだ体と魂の調節が上手くいかない。」

「そ、そうなんだ……!」


ベッドの上でお互いに抱きしめ合うような形になってしまった。

お姫様抱っこをされたこともあったし、お風呂で裸を見られたりもしたけれど、なんだろう……こっちの方が何倍もドキドキするっ!


「ありがとな……ガキを成仏させることが出来たのは紬のおかげだ。」

「わ、私は遊んでただけだったからっ。」


「言っとくが、あん時おまえ動いたからな?」

「まだそれ言うの?動いてないし!」


「強情。」

「どっちが?!」


真人が笑う声が耳に近すぎて心臓がバクバクと跳ねた。

こんなに密着してたら私の心臓の音聞こえてるよね?

自分の心臓の音と重なるように、真人の鼓動も伝わってきた。

密着していることがよりリアルに感じられて、恥ずかしいやら嬉しいやらで情緒が爆発しそうだ。

真人にはそんな気はないのに、一人で暴走してしまいそうになってきた。

別のこと、なにか別のことを考えて気を静めないと……!


……あれ、私なにか大事なことをニャ太郎から聞きそびれてない……?



「あっ!そうだった!!」

「くっ……耳元でデカい声出すな。」


ニャ太郎が言っていたあの人のことを聞くのを忘れていた。

移魂(いこん)の術でニャ太郎の魂を真人の体に入れたり、壁を切って出口を作ってくれたり……敵なのか味方なのかもよく分からない謎の人物だ。


「あー……それなら目星はついてる。初めて会った時に違和感があったからな。」

真人は私から離れると伏し目がちにそう言った。


「真人の知ってる人?」

「いや、俺よりも……」


チラリと私を見たがベッドから立ち上がり、置いてあった鞄に荷物を詰め込み始めた。

とりあえずここから出るぞと言って明日だった退院を今日にしてもらい、家に戻ることとなった。








家に着く頃には、時刻は夜の九時をまわっていた。

私はニャ太郎の遺体を仏壇のある部屋に寝かせた。

お母さん、ニャ太郎が亡くなったって知ったらショックを受けるだろうな……

母もとてもニャ太郎のことを可愛がっていた。

ニャ太郎は母の言うことには絶対服従でとっても良い子だった。私のことは若干舐めてる節があったけど……


「母親は今日は帰ってくるのか?」


家まで送ってくれた真人が聞いてきた。

母親は看護師をしている。助産師の資格を持っていて個人が開業する産院に務めていた。

今日は夜勤だと言っていたから帰るのは明日になると伝えると、真人は外に出て家の周りを調べ始めた。


「なにしてるの?」

「結界に異変がないか調べてる。」


真人が蜘蛛からの襲撃を防ぐために一晩かけて作ってくれた結界だ。私の不勉強のせいでその努力を無駄にしてしまったことは本当に申し訳ない。

真人が急に険しい顔つきになった。


「……破られてる。」

「えっ、そうなの?」


結界は妖魔にとっては壁のようなものだ。

外からは入っては来れないし中からは出て来れない。

今回張った結界は(はく)が考案したもので、妖魔の前に鉄壁のごとく立ちはだかる最強の防御壁らしいのだが……


「しかも破壊した箇所を隠すために全く同じものを上から重ねてる。信じられん、この結界を見ただけで模写できるだなんて……」


真人が言うには、今までとは比較にならないくらい格上の妖魔が結界を破ったらしい。


「じゃあ今もその妖魔が家にいるかも知れないってこと?」

「いや……破られたのは中からだ。」



────────中……って?


つまりそれは……真人が結界を作ってる時には既に家の中に居たってこと?

そんなの有り得るの?だってあの時家にいたのは真人と私と母の三人だけだった。

仮に妖魔が潜んでいたとしても、こんな狭い空間で真人まで気付かなかっただなんて信じられない……

困惑する私に真人は衝撃的な言葉を放った。




「妖魔はおまえの母親だ。」




………えっ……?


耳には届いているけれど、頭では理解出来なかった。


「妖魔が人間の体を使用している場合、腐らないように霊力で肉体を維持する必要がある。だから歳を取らないんだ。」


確かに母は実年齢よりかなり若く見られる。高校生の私といても姉妹にしか見られない。

でも、そんな人間なんて世の中には沢山いる……!


「それに、同じ部屋にいても全く気配が感じられなかった。恐らく俺が猫の中にいることに勘づいて、自分の正体を悟られないように気配を消したんだ。」


「───────やめて!!」


真人の決めつけるような言い方に堪らず叫んだ。

娘の前で適当なことを言わないで欲しい。今朝の母の様子にはなんの違和感もなかった。

私のために朝ご飯を作ってくれたし玄関では出かける私のことをハグして見送ってくれた。

そんなことが妖魔に出来るはずがない!!


ふもとから車のエンジン音がしてきた。

この場所は人里からは離れた山の中腹で、住宅は私の家と真人の屋敷くらいしかない。

夜勤だと言っていたけれど、私の勘違いだったのだろうか……

母かどうかを確かめたくて迎えに行こうとしたら、真人に腕を捕まれ真っ暗な茂みに引っ張り込まれた。


「俺が言っていることが正しいかどうかは、見ていれば分かる。」


もし母が妖魔なら結界の張られた家には入れない。

車から降りてきた母は黒のリネンシャツにゆったりとした白いパンツスタイルだった。

今朝と同じ服装で、ウェーブのかかった長い髪をかきあげる仕草は私が幼い頃からの母の癖だ。

玄関扉の前まで来ると鍵を取り出すために鞄を探った。あのキーケースは私が中学生の時に母の日にプレゼントしたもので、今も大切に使ってくれている。

母の右手の甲にあるケロイドは、私が昔熱いお茶をひっくり返した時に庇って出来た傷跡だ。

鍵穴に鍵を差し込もうとした母がパッとこちらを振り返った。



「紬、そこにいるの?」



優しくて穏やかないつもの口調……疑う必要なんかない。あそこにいるのは間違いなく私の母だ。

止めようとした真人を振り切って母の元へと向かった。


「お母さんお帰り!夜勤じゃなかったの?」

「だって学校があんなことになって、臨時休校になったって連絡はきたのに紬ったら全然帰って来ないし。」


学校はスマホ禁止だから家に置きっぱなしだ。

ニュースにもなっていたし、母には要らぬ心労をかけてしまったようだ。

夜勤は院長に事情を言って帰らせてもらったらしい。


「もうっ……お母さん心配したんだからね!」


無事だったことに安堵した母が私を抱き締めようとしてきたのだが、その動きが不自然に止まった。

両手を広げたまま、顔からはみるみるうちに笑顔が消えていった……



「どうした?娘を抱きしめないのか?」



茂みから真人も姿を現した。

いつもの母なら誰が見ていようがこちらが呆れるくらいヨシヨシとしてきてもおかしくないのだが……

真人は首元を見ろという手振りをしてきた。

私の首には、いつの間にか真人の母の形見である勾玉(まがたま)のネクレスがかけられていた。



『これを身に付けていたら

悪意のある霊に触れられることはない』



まさか……これのせいで私に触れられないの?

母は能面のようになった感情のない顔付きで、じっとペンダントを見つめていた。




「思ってたより、なかなか頭が働くようね。」




母の声だけどこれは母じゃない………



「あなたお母さんじゃないの?お母さんはどこ?どこにいるの?!」

「紬下がれ。俺が話をする。」



真人の言う通りだった……

見た目は変わらない。当たり前だ……あれは母の体なんだから………

じゃあ母の魂は?

まさかっ────────……



「おまえ何者だ?目的はなんだ?」



印を組んだ臨戦態勢の真人から凄まれても、妖魔はまるで動じる様子もなくフゥとため息をついた。


「どこから話せばいいのかしら。」





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