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PL - escape to the moon -  作者: siz
LITHOS Meets ORB
5/13

ガンエデンへの道標

「ぐえー」

 

 我ながらわざとらしい声が漏れた。

 スクランブルエッグとトマトソースをぐちゃぐちゃとかき回す。

 単純に徹夜明けの疲れが出ている。食べ物で遊ぶなんて子供のすることだ。恥を知れ。

 周りを見渡す。ここはカフェテリアの一席。私のように遅い朝食を摂っている者たちがちらほらといた。楽しく談笑している者もいれば、これから探索なのだろうか、こそこそと作戦会議らしきものをしている者たちもいる。慣れ親しんだ光景だ。

 黄と赤が入り混じった代物を口に運ぶ。なかなか美味い。この香りは良いバターを使っている。探索の間まともな食事は難しい。暖かな食料はレトルト食品くらいだ。それも火を起こせなければ美味しく食べられない。美味しい食事の機会は貴重だ。徹夜明けで疲れていてもこれだけは見逃せない。ここのカフェテリアはパン釜もあるようだから、この焼き立てふわふわのクロワッサンも期待できる。食感を楽しんだらスープに浸して食べるのもありだ。

 美味しい食事で活力が戻ってきた。そのままの勢いで朝食を平らげる。

 食後の紅茶を口にしながら、現状を振り返る。

 遺物の分解解析を進めて早一週間。その間、探索業は休業している。

 進捗は悪くない。予め知っていた構造図が役に立った。どうしても修復が叶わなかった箇所はあるが、エミュレーターを組んで動作は再現できそうだ。それにどうしても手間がかかっているが、それも目処がついた。あと一日、二日あればいけるだろう。認証機能も当然あるようだったから、それをハッキングする用意もしなくてはならないか。最悪、近隣の大学か研究機関に大枚はたいて量子コンピューターの使用権限を借りることも視野に入れよう。

 

「おかしいだろ! それで納得できるかっ!」

 

 大声が聞こえてきて、そちらへ振り返る。

 受付窓口で数人のレリックハンターが騒ぎを起こしているようだった。恐らく探索を共にしているグループだと思われる。

 窓口には中間管理職らしきおじさんがなだめるように対応していた。

 

「間違いなくジョーンズの————あの野郎の仕業だ! アイツの口車に乗っちまったからマイクは探索から帰ってこないんだ! あの野郎にはめられたのは疑いようもない!」

 

「落ち着いてください。証拠はないんです。それでは我々も動きようがない」

 

「証拠だって⁉ やっぱりアンタたちもあの野郎の黒い噂を知ってるんじゃないか! それでも動かないのか!」

 

 仲間が探索から帰ってこない。それは高い確率で死を意味する。死は、レリックハンターにはとって身近なことだ。

 しかし、それを他人に仕組まれたというなら話は違う。確かに他人は成果物を奪い合うライバルだし、妨害行為があるのも珍しくない。それでもレリックハンターは貴重な人材資源だ。生死に関わる事柄は厳しく罰せられる。だから遺跡探索は事前に申請が必要であり、疑いのある者を絞りこめるように管理されている。

 話から察するに、証拠がないというのはその申請がされていないということだろう。————と言うか、ジョーンズってあのナンパ男のことか?

 同じく様子を窺っていた近くの席の二人組がぼそぼそと話し始めた。

 

「噂通りのようだな。ジョーンズとかいう男が軍と繋がっているって話」

 

「ああ。この国の遺跡の管理は軍も噛んでいるからな。ゲートの記録を改竄をしていてもおかしくない。疑わしくとも決定的な証拠がなければ協会も軍には盾突けないんだろうな」

 

 なるほど。お姉さんが口にしかけていた噂とはそのことだったのか。

 その目的は、ありきたりに遺物の横流しだろうか。

 国が買い取った遺物を手に入れるには企業や研究機関たちとの入札競争に競り勝たなければならない。それを通さず、余計な出費をせず手に入れようとしているのなら恐らく癒着相手は軍と言ってもその末端————軍に所属する研究機関辺りではないだろうか。軍の中枢に黒幕がいても、いざとなったらいつでも切り捨てることができる。

 

「ろくな話じゃない」


 気分の良くない感想を、紅茶で流しこんだ。



   +   +   +   +   +   +   +   +   +



 あれから、ちょうど二日が経った。遺物の復元が完了した。

 手持ちの遺物をバラし、筐体も入れ替えてまるで別物の新品のような出来栄えだ。

 

「問題はセキュリティなんだけど」

 

 遺物の認証機能は生きている。中の情報を覗くためには生体認証の突破はまず間違いなく避けられないだろう。

 流石に認証登録をした古代人のミイラを探し出して網膜を読み取るなんてことはできない。手持ちの機材でハッキングできなければ、やはり量子コンピューターの演算能力でこじ開ける必要がある。

 

「とりあえず起動してみるか」

 

 遺物のパネルを軽く叩いて、起動させる。立ち上がりはスムーズで瞬く間に認証画面が現れ、認証を要求する文字が無機質に表示された。


『パスコードを入力してください』


 文字列の下には零から九までの数字が表示されている。

 チカチカと点滅する入力欄は六桁のスペースが空いていた。

 

「…………」

 

 いやいや、そんなまさか。

 あんなセキュリティをしかける必要があるほどの代物がたかだか一〇〇万パターン程度のパスコードで管理されているわけがない。

 今時、機械音痴の老人ですら顔認証くらい使いこなす。

 

「…………ふむ」

 

 魔が差してしまった。

 

 鍵盤を叩くように、数字を入力していく。

 一、二、三、四、五、六。そのまま特に深く考えず、エンターを叩いた。

 すると認証画面はあっさりと解除され、ホーム画面が表示された。

 

「うっそだろぉぉぉぉぉぉ————————⁉」

 

 さっき仮眠から目を覚まして、顔をしっかり洗った。残念ながらこれは夢ではない。

 落ち着かない気分で遺物を操作し、内容を精査する。

 うわっ、これ論文で見たことあるぞ。確かゲームアプリだ。

 こっちは映像再生アプリ。画像保存フォルダには古代人の家族や白衣を着た同僚たちの写真と思われるものがあった。

 おい、なんでポルノまで保存されてやがる? 人妻ものとか趣味がいいな、おい。

 

 結論に至る。これは間違いなく————

 

「これ、重要機密なんかじゃない! ただの私物だぁぁぁぁぁぁ————‼」

 

 ホワイト支部長、申し訳ないです。こんな打ちひしがれる気分を味わっているということは、やはり私は博打打ちだったようです。

 

「…………まぁ、すごく生活感残ってるし、これはこれで考古学的価値あるかも。うーん、知り合いにいないからなぁ。シュナイダー教授辺りに誰か紹介してもらおうかなぁ」

 

 残念ながら、立派な家が建つほどの価値はないだろう。良くてちょっと贅沢なディナーが楽しめるくらいか。

 まぁ、幸いお金には困っていない。切り替えていこう。

 せっかくならなにか面白いものは残っていないだろうか。目についたメールアプリを開く。

 

「うわっ。こいつ、仕事のメールもこれでやってるよ。公私混同しすぎだろう。古代のセキュリティ感覚どうなってんの…………ん?」

 

 気になる件名が目についた。

 

『【最重要案件】ガンエデン移送計画について』


 ガンエデン。

 確か古代文明の宗教で出てくる言葉だ。確か、えっと————エデンの園という意味だったか。それがどういうものなのかは知らないけれど、どこかの場所を示している言葉だったはずだ。場所を移送するとは不自然な話だ。

 メールファイルを開いて、内容を読みこんでいく。

 要約すると、ガンエデンと呼ばれる代物を別の施設に保管するというものだった。そのメールにはマップデータが添付されており、移送計画の詳細が記されていた。

 その一部分、移送先の施設の地図には見覚えがあった。

 

「これって…………」

 

 自分の携帯端末を立ち上げる。探索計画のフォルダを開いて、ある遺跡の構造データを呼び起こした。

 やっぱりだ。タリ連邦で探索するつもりだった遺跡の一つと構造データが酷似している。

 この遺跡は探索が充分に済んでおらず構造データは未完成のものだが、この地図はその全体像と詳細が窺える。

 

 ————これは、もしかして。お宝の手がかりなのでは?


 ガンエデンという代物がどういったものなのかは判らないが、それすなわち未知なるものだ。

 誰も知らない未知。————未知が私を待っている。宇宙への手かがりの可能性も捨て切れない。

 気がつけば、さっきまで打ちひしがれていた気分はどこかへ消えていた。新しい好奇心で心が踊っている。

 こうしてはいられない。すぐに探索申請をしに行こう。


 

   +   +   +   +   +   +   +   +   +


 

 タリ連邦支部管理下 A5地区遺跡入口


 申請はあっさり通り、翌日には遺跡に辿り着くことができた。

 目的の遺跡が支部のある首都からあまり離れていないのは助かった。流石に数百キロメートル以上運転してからすぐに探索を始めるわけにもいかない。

 遺跡入り口の近くには簡易的に作られた駐車場があり、私と同じように協会から借りた車が何台も停まっている。

 未だ全容が明らかになっていない遺跡だ。成果が期待できる。ここは、レリックハンターにとって今人気の遺跡と言えるだろう。

 装備の最終確認をする。ブーツ、グローブ問題なし。防護ジャケット問題なし。サバイバルナイフやワイヤー一式問題なし。ラハトライフルの動作良し。先日お世話になったばかりのスタングレネードとプラスチック爆弾とその信管はすぐに取り出せるように後ろ腰に装備している。()()()もすぐ手に取れるように右腰のベルト部分にアタッチメントで取りつけてある。新調した探索道具一式が収まったリュックも問題なし。

 リュックを背負って、入り口へ向かう。

 協会が設置した認証ゲートの端末にライセンスカードをかざす。カードの認証チップを読みこんでゲートのロックが開放された。一般人が間違って入りこまないようにゲートはとても重苦しく、厳重だ。

 ゲートをくぐると自動的に閉まり、そのまま施錠された。

 ここは、古代文明の地下道なのだろう。薄暗い中、広い道一本を主軸にしていくつもの道が別れている。下手をすると迷ってしまいそうだ。先客のレリックハンターたちが残した後付の誘導灯に従ってその道を進む。

 

 ————カツン、カツン。

 

 聞こえてきた音に思わず舌打ちをしたくなった。硬い床の上でよく響く。聞き覚えがある。

 薄暗い中、人の気配。遺跡の奥からジョーンズの姿が現れた。流石にあのサテンシャツではなく動きやすく丈夫な装備を身にまとっている。

 あちらも遅れて私の存在に気がついたようだ。下卑た笑みを浮かべて近づいてきた。

 

「おやおや、ジャンクコレクターじゃねぇか。せっせとガラクタ集めに来たのかい?」

 

「そうだよ。アンタは今帰り? 景気が良さそうだね」

 

 重そうなリュックを見て、そう言う。

 噂の真偽は判らないが、不快感を表に出すのは抑えた。警戒するに越したことはない。

 ジョーンズはこちらの腹の中に気づく素振りもなく、自分のリュックへ視線を投げかけた。

 

「ああ。新しいエリアを開拓したんだ。おかげで大量の獲物にありつけてね。これから商談が楽しみだぜ」

 

「それは羨ましいね。マップデータを譲ってくれない? その恩恵を預かりたいよ」

 

 心にもないことを言ってみる。いるか、そんなもん。今、私の手の内には遺跡の全容があるのだ。

 ふと、ジョーンズは黙りこんだ。

 ————なんだ? 罵倒でも飛んでくるかと思ったが。

 

「…………なら、代わりに行ってきてくれるか?」

 

「は?」

 

 出てきた言葉は予想もしてないものだった。

 

「もちろん、タダじゃねぇよ。取り分は八・二。どうだ?」

 

 こういった提案はレリックハンターにとって珍しくない取引だ。探索で予想以上の成果を発見するもそれを持ち帰ることが叶わなかったケースはある。発見した遺物を独占するため、他人に報酬を払ってまで協力を要請することはよくある話だ。

 しかし、この男がそんなことを言い出すとは思わなかった。他人を陥れると噂される輩が言い出すことではない。

 …………ああ、いや。なるほど。そういうことか。

 逆なんだ。他人を陥れるからこその提案なんだ。

 この男、端から分け前なんて払うつもりがない。私が回収してきた遺物を奪うつもりだ。

 恐らく遺跡内のどこかで待ち合わせをしてその場で始末するのだろう。遺体は遺跡の管理システムに片付けさせて、見事帰らぬ人になる。自分は軍の伝手で証拠を隠滅し、悠々と横流しする。

 雑な推理だが、大まかな流れは的中しているのではないだろうか。判りやすい手口だが、遺体も記録も隠滅させられるのがたちが悪い。これを立証するには生き残るか、第三者が目撃するしかない。今まで犯行が明らかになっていないということはどちらも難しい状況なのだろう。私でもすぐに思いつく判りやすい手口で捕まっていないのは、それだけ巧妙な手段を有しているということではないか。

 つまるところ、まともに相手にするのは得策じゃない。

 

「どうする? 俺も早く片付けたいからよ。受けてくれるなら助かるんだが」

 

「いや。言い出してなんだけど、辞退するよ。目的のものは自分の力で手に入れるのが良いんだ。その方がディナーを美味しく楽しめるからね」

 

 返事を聞いて、ジョーンズはわざとらしく大きく肩を落としたが、表情は崩れずにやにやしている。

 

「なるほど、それはわかる。俺も仕事が成功したあとに呑む一杯が格別に美味いことを知っている。仕方がない、この件は俺だけで苦労するとしよう」

 

「悪いね。それじゃあ、私は先を急ぐとするよ」

 

 そう言って、ジョーンズの側を過ぎる。

 やっぱり面倒なヤツだ。もう関わらないようにしよう。

 

「ジャンクコレクター!」

 

 呼ばれて、振り返る。

 ジョーンズはあちらから呼びかけた癖に背中を向け、出口を目指して歩き出していた。

 

「お前の探索が上手くいくことを願ってるぜ」

 

 ぱたぱたと片手を振りながら、去っていった。

 

 ————カツン、カツン。

 

 硬い床の上でよく響く。

 しばらくは聞きたくない音だな、とつまらない感想だけが残った。

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