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PL - escape to the moon -  作者: siz
LITHOS Meets ORB
2/13

レリックハンター

 日夜、世界の未知を暴き続けるレリックハンター。

 その一人、私————リトス・アルギュロスは古代文明の遺跡のただなか、遺跡の防犯機能(セキュリティ)つまるところ罠にかかり、今まさに生命の危機にさらされていた。

 

 対峙するのは、歪な人型が三つ。ぎゃりぎゃり、と音を立てて私を威嚇する。

 身長は約三メートル。上半身は黒金の装甲で構成されており、関節部は高トルクのサーボモーターを積んでいると謳うように肥大化している。下半身はより歪で、大腿部から下はつま先まで伸びるキャタピラになっており、突起が生えた球体状の(ヒール)とともに無機質な床を引っ掻き回して鳴いている。


「逃げたいなぁ、ちくしょう」


 悪態を漏らしながら背負っていたリュックを捨てて身軽になる。

 あいにく逃げ道はない。ロボットたちが私をこの部屋に追いこんだ時点で出口は隔壁が降りてしまった。あれはすぐには開けられない。

 一方、逃げこんだ先はお誂え向きだった。恐らく、この遺跡————研究施設の実験室なのだろう。バスケットコート四枚分くらいだろうか。随分と広い空間だ。一箇所だけある大きな強化ガラスが張られている部分から研究者が覗きこんでいたことが窺える。まるでスタジアムのVIP席のようだ。

 これから始まる見世物は、セキュリティロボットによる盗人の殺戮ショー。さぞ見応えがあるだろう。誰も見ちゃいないけど。


 ぎゃりぎゃりぎゃりぎゃり————‼


 ショータイムは、趣きに欠けていた。始まりのゴングはより強く床を痛めつける金切り音。

 二体のロボットが悲鳴の音を出しているとは思えないほど滑らかな動きで急速に距離を詰める。左右から挟み撃ちする気だ。


「————ふっ」


 深く息を吐きだし、精神を研ぎ澄ます。

 研がれた意志(イメージ)が心臓に————ラハト器官に命令を下す。


 ()()()


 思い描いたイメージに応えるため、心臓が大きく脈打った。血管を通って身体中にラハトを行き渡らせ、一瞬の奇跡を実現させる。

 次の瞬間、私の身体は跳ね飛んでいた。

 二つのラハトスキル————身体強化と念動力の合せ技。強化された脚が床を軋ませながら蹴り上げ、見えない力が思い描いたイメージ通りに身体をより跳ね飛ばす。

 挟みこんだ獲物が紙一重で逃げてしまい、そのまま激突して間抜けな火花を散らせてくれることを期待したが、二体は華麗に交差した。


 ()()()()()————()()()()()()()()()


 思い描いたイメージに応えるため、心臓が大きく脈打った。頭へ血が集まる感覚のあと、つむじから足の爪先まで感覚が鋭敏になっていき、捉えることのできる視野が広がっていく。

 鋭敏になった感覚器官と加速した思考は時の流れを遅滞させ、敵の動きが見て取れた。高速で回転する履帯の鋼板を数えることができる。滑らかに動けるほどの精巧な作り。その正確さが仇となる。動きが丸見えだ。

 抱えていたラハトライフルの安全装置を外し、振り回すようにその銃身を敵————右へ抜けた方に向けた。照準器を使って行儀よく狙う必要はない。加速した思考がすでにその射線を演算済みだ。

 引き金を絞る。装備者のラハトを喰らい、それを圧縮した光弾の暴力を吐き出した。光弾はキャタピラの側面に集中して命中し、履帯に亀裂を走らせた。

 ロボットは自身に生じた異常に気づき急制動をかけたが、それが無限軌道の終わりを告げる。力が加わったことで亀裂は広がり、あっという間に履帯は引き千切れ、ロボットは派手に横転。慣性に乗って勢いよく壁に激突した。

 それを尻目に、今度は左へ抜けた方に銃身を振り回す。

 こちらの脅威度を計り直したロボットは、弱点の側面を隠して真正面に私を捉えた。馬鹿め。狙い撃てと言っているようなものだ。

 先とは正反対に銃床を肩に当て、正確に照準。引き金を絞った。光弾の雨が黒金の装甲を叩く。

 光弾のほとんどがその厚い装甲に弾き返されるが、一点に集中して放たれた光弾はすぐに装甲の表面を歪ませ、貫通した。装甲の内側を光弾が跳ね回り、からくりの腹わたを蹂躙する。

 古代文明で運用されていた人型ロボットの動力源は大抵胴体にある。あのサイズでバッテリーユニットがシールド処理されている機種は少ない。期待通り、ロボットはその機能を停止した。

 

「ひとつ!」

 

 静観していた三体目がようやく動き出す。

 間抜けなヤツめ。最初から全員で来れば別の結果になっていただろう。圧倒的に機械のお前らの方が有利だったのに人間を見くびるからこういうことになる。

 コイツを仕留めたら最後に壁でダウンしているヤツに止めを刺すだけだ。

 

「————?」


 遅滞した時の流れの中で妙なものを見た。

 ロボットが両腕を伸ばすようにこちらへ向けようとしていることが判った。しかし、距離は数メートル離れている。こちらを捕まえようとするには不自然な動きだ。

 そこで初めて違和感に気がついた。肥大化した関節部。それに反してそこから伸びる腕はスマートに収まっている。なんだあれは。高トルクが活躍する形状とはとても思えない。

 腕部の先端————マニュピレーターはなぜか手刀の形を取っている。やはり不自然。なんだあの形は。

 手刀の指先がゆっくりとこちらを捉えた時、ようやく自分が狙われていることを理解した。

 

「ッ!」


 反射的に身体は動いた。その指先から外れるように横へ駆け出す。次の瞬間、さっきまで立っていた場所に弾丸の雨が降り注いだ。

 実験の高負荷に耐える設計なのか無機質な床は大して傷つかず、弾丸の多くが跳弾として跳ね回る。

 弾丸の雨は止むことを知らない。床を舐め尽くすようにして私の影を追いかける。


「マジかよマジかよマジかよ⁉ 指先が砲口ってどういう設計思想してんの⁉ 馬鹿なの⁉ 馬鹿なんだな⁉」


 腕部内蔵の機関砲。あの関節部は弾薬が詰まったタンクだったのだ。あのロボットは静観していたのではない。最初から固定砲台だったのだ。

 このままではいけない。ラハトで強化された身体は確かに通常より早く駆けることができるが、機械の狙い撃ちから逃げ切れるほど速くはない。穴だらけになるのは時間の問題だ。

 加速した思考で解決策を模索する。この空間に遮蔽物はない。立ち尽くしたまま沈黙するロボットはあるが、あの機関砲の口径はラハトライフルより明らかに大きい。あの装甲を貫く威力を有しているだろう。結局のところ、逃げ場はない。

 ならば、撃破するしかない。しかし、さっきより離れたこの距離から動力部を狙うのは難しい。当たるには当たるだろうが、全速で走りながら集中火力を浴びせられるほどの技量は私にはない。

 このままでは、間違いなく死ぬ。私の人生はここで幕を閉じる。

 

 それならば。

 

 死んでしまうのであれば。

 

 覚悟を決めるまでもなかった。

 確証はない。やったこともない。やれる自信もない。それならば、やれるようにやってみれば良い。それだけのこと。

 足向きを変える。目的地は沈黙したロボットの影。あれにはやはり()()()として働いてもらう。必要なのはわずかな隙だ。それだけ耐えてくれれば良い。

 弾丸の雨が追いかけてくる。射線が身体に重なるのはあとわずか。

 物陰を捉えた瞬間、そこへ目がけて大きく飛びこんだ。同時に強化していた感覚を打ち止めする。遅滞していた時間が現実に引き戻される。もう考えてから動き出すことは許されない。

 物陰に滑りこむと弾丸の雨が同胞の装甲を激しく叩いた。見ることは叶わないが確かな破壊を秘めた豪雨は装甲を急速に溶かしていることだろう。

 もう一刻の猶予もない。後腰から目的の代物を引き抜く。


 さぁ、このショーのクライマックス。一緒に盛り上げようぜ、クズ鉄め。


 手に取った代物のピンを外して、物陰の向こう側————豪雨の元栓に向けて放り捨てる。そしてそれはキッカリ一秒後、炸裂した。

 つんざく爆音は耳が音を捉えられなくなるほど強烈で、放たれる閃光は一〇〇万カンデラに達する。感覚強化を解かなければこれを存分に堪能して意識を手放していたことだろう。

 放り捨てたもの————スタングレネードは本来対人用のものだが、機械相手にまったく通用しないわけではない。

 その閃光はわずかな時間だけ確かにそのセンサーの眼を焼き、機能を低下させる。照準は狂い、射線が振れた。あらぬ方向へ振り向き、破壊の豪雨はあべこべになって天井に降り注ぐ。

 センサーが復旧するまでのわずかな隙。これだけが私に許された反撃の機会だ。正直なところ、センサーが狂うのは賭けだった。あれが熱源探知センサーだったらこの手段は通じなかった。

 物陰から乗り出し、銃を構える。間髪入れず引き金を絞った。光弾が黒金の装甲を叩き続け、貫通する。

 豪雨が止む。ロボットは両腕を天井に伸ばしたまま沈黙した。


「これで、ふたつ!」


 最後の標的に銃身を向ける。ようやく体勢を立て直したロボットがこちらへ指先を向けようとしていた。それを許すものか。

 再び鋭敏になった感覚がその砲口を正確に捉える。ラハトを圧縮して放たれる光弾は空気抵抗の影響が少ない。弾道の演算は最低限で済む。

 引き金を絞る。放たれた光弾は指先の砲口に吸いこまれ、その機構を喰い破った。腕の動きが止まる。ロボットは攻撃手段を失い、立ち尽くすしかない。

 その胴体を狙い撃ちにする。光弾は装甲を貫き、止めを刺した。


「終わり! あー、しんどかった!」

 

 スタングレネードの余韻で未だ耳は遠い。訓練しておいてよかった。三半規管が狂っていればまともに動けなかったことだろう。

 閉ざされた出口に視線を向ける。隔壁は閉じたままだが、逆に言えば開く気配もない。ロボットの増援を危惧していたが、どうやらその心配はなさそうだ。

 帰り道は————あの強化ガラスを手持ちのプラスチック爆弾で爆破してみよう。場合によってはロボットの機関砲を引きずり出して試してみても良いかもしれない。

 腰のショルダーバックから今回セキュリティに追いかけ回された元凶を取り出した。

 

 それは携帯型情報端末。古代人が遺した遺物(レリック)。この古代遺跡を冒険して手に入れた成果物だ。


 これを遺跡の一室から持ち出したことでセキュリティが作動した。情報漏洩を防ぐためとはいえ、なかなか苛烈な歓迎だった。二度とゴメンだ。

 しかし、部屋から持ち出すだけで作動するセキュリティは初めて体験した。それだけこの施設の情報は厳重に管理されていたのだろう。

 

「これは、当たりを引いたかな?」


 古代人が流出を危惧した代物。これは凄まじい価値があるに違いがない。今から取引が楽しみでたまらない。い、いかん、よだれが出る。

 ふと、身軽になるため捨てたリュックの存在を思い出した。あれには探索道具一式が詰まっている。帰り道に必要なものだ。辺りを見回す。


「あっ」


 そこにはズタボロになった残骸が転がっていた。どうやら機関砲の餌食になってしまったようである。

 愛用のステンレスマグカップが取っ手だけになって果てている。道具のほとんどが使い物にならなくなっていた。


「帰り道、どうしよ…………」


 どうしようもない。ここに至るまで苦労した道のりを根性で戻るしかない。幸い、プラスチック爆弾は身に着けている。少なくともこの密室からは脱することができるだろう。

 頑張れリトス。お前の冒険はまだまだ終わらないぞ。

 

 正直ちょっと、涙が出た。

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