騒動の予感
綾と貴也は、順調に付き合いを続け、こちらの心配を他所に、以前より仲良くやっているようだった。
私は相変わらずサークルとは距離を置いて、趣味仲間と行動を共にし、綾達とも最低限の関わりしか持たないようにしていた。
もう振り回されたくなかった。
半年程経って、夏になっても仲良く過ごす綾と貴也を見て、今度は本当に大丈夫なのかも知れないと思い始めていた矢先、綾が今回の騒ぎを起こした。
実は昨日、久々にサークルの部室に顔をだしたときから、近いうちに何か起こるかもしれないという予感はあった。まさかこんなに早いとは思っていなかったが…
部室に顔を出したのは、最終学年である私達4年生から、後輩たちへサークル内の役割を引き継ぐためだった。
私はサークルと距離を置いてはいたが、割り振られた自分の役割はしっかりこなしていた。
やめてしまおうかと思ったこともあったけれど、楽しかった思い出もたくさんあるこの場所を、なかなか切り捨てることが出来ないでいた。
昨日の午後、全ての講義が終わった後、しばらくぶりに訪れた部室の扉の前に立ち、少し緊張しながらドアを開いた。
開けた瞬間、なんだコレ?と思った。
表情を無くし、声も出さずに涙を流している綾と、怒ったような顔の例の後輩ちゃんが、向かい合って座っている。そして、綾の横に立ったまま、泣きそうな程困った顔をして、おろおろしている諒太がいた。
ピリリと張り詰めた空気が部室内に満ちており、開いた扉にも、その先にいる私にも、誰も気が付かない。
これはどういう状況?
いや、いい。知りたくない。
そう思うと同時に、ドアノブに手をかけたままだった私は扉を閉めようとした。
扉が閉まる前に、諒太がこちらに気付いた。
「いやいやいや!ちょっと待ってよ唯さん!」
と言いながら諒太が物凄いスピードでこちらに近付き、閉まる直前の扉からスルリと出てきて、私の腕を取った。
「ちょっ、何で行っちゃうの!アレ、俺じゃ無理!助けてよ。」
と諒太が情けない声で引き留めてくる。
「私の方こそ無理。もう関わりたくない。」
「そりゃ気持ちはわかるけど、何であんな状況なのか気にならない?」
「ならない。言わないで。どうせ貴也の事で揉めてるんでしょ?それなら貴也を呼んでどうにかしてもらいなよ。」
「貴也は今日、卒業論文のデータ集めで教授と一緒に県外に行ってて、明日の夕方にしか帰れないって言ってた。だから…」
「本当に無理。私はもう振り回されたくない!」
諒太が言い終わらない内に、被せ気味に拒否した。
押し問答をしていると、通路の向こうに佳成が歩いている姿がみえた。
こちらに気付いて、駆け寄ってきた。
「唯さんいた!探したよ!貴也のやつ、またやった!浮気した!しかもまたあの子だよ!」
佳成はとても怒っていた。
「待って。それ以上言わないで。私はもう知りたくない。」
佳成の言葉を遮り、その先は言わないでくれ、もう関わりたくないと伝える。
「何でだよ。唯さん綾の友達だろ?怒らないの?綾が可哀想だよ。」
そう言って佳成は、信じられないものを見るような目で私を見た。
「そうだよ。友達だよ。そう思ってたよ。」
「でも綾にとっての友達って何だろうね?私は前回の事で綾のことがわからなくなったよ。辛かったのはわかる。それでも感情を好きなだけ吐いて、支えてもらっておいて、裏では不満を言うなんて。それって友達?」
そうなのだ。
綾は、支えてくれて感謝していると私に言いながら、その裏ではサークルの男性達に貴也の浮気のことを相談しつつ、私が話を真面目に聞いてくれないだとか、何のアドバイスもくれないだとか、私への不満をこぼしていたのだ。
その事で私は責められ、とても嫌な思いをした。
話は真面目に聞いていたし、アドバイスもしてほしければそう言えば良かったのだ。責められる謂れは無い。
そう思いながらも、あの時の綾は正常じゃなかったんだと、私は自分に言い聞かせた。
しかし、誤魔化しが効かないほど辛くなり、綾から距離を置いた。
「そんな訳だから、私にはもう無理なの。」
そう言って私は、2人が止めるのも聞かずにその場を後にした。