08:お祭りやイベントの起源って調べてみると意外と下らない事がきっかけだったりする
キス:接吻、あるいは口づけ。
唇を相手の頬、唇、手などに接触させ、親愛・友愛・愛情などを示すこと。
「――――ッ!?」
「「「―――――――――――ッッッ!!!???」」」
少女の唇が、ハルトの唇に押し当てられる。
その瞬間、唇以外の感覚が消える。
一瞬だけ何も分からなくなった直後、ハルトは自分が何をされているのかを明確に理解した。理解した途端にまた思考が爆発する。
ハルトだけじゃない。それを目撃していた全員……周りにいた少女達も含めて全員が、稲妻のようなショックを真面に喰らってしまっていた。
ハルトを囲む少女達は、皆一様に髪の毛を逆立たせ、顎が外れかねないほど口をあんぐりとだだっ開き。
ハルトもハルトで頭の中では狂気乱舞の大パニックを引き起こし、グルグルに目を回して、全力で現状把握に努めていた。
(な、なななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななな!!!???)
把握できるわけがなかった。
なんだこれはと叫びたかった。
だが、心の中ですら叫び声を上げられなかった。
心も体も一色に染まる。緊張も感慨も気持ちもあらゆる全てが吹き飛ばされる。
認識できるのはただ一つ。
触れ合った唇から伝わる、生々しいほどに甘い、毒のような感覚だけ……。
「んぅ……」
「むッッッ!!??」
少女の唇が、さらに押し込まれる。
口の中に、『何かヌルヌルした肉質』が滑り込んで来る―――!!
(何これ!! 何をされてるの!? なんなの!?)
溺れてしまいそうになる感覚の洪水から必死に手を伸ばすみたいに、ハルトは一筋の困惑を無我夢中で掴んでいた。
溺れるハルトは、藁ではなく、困惑に縋っていた。
(どうして!? キス!! なぜ! お口とお口で!! なんで!? なんなの!? どういう趣旨の!?)
混乱に次ぐ混乱。頭の中は真っ白。全身が硬直し、意味もなく痙攣してくる。手足の先が痺れ出した。これはもしかしたら、危険なサインかもしれない。
……ていうか、いつまでキスしてるんだ? この子。
「んっ、んー!? んんんんんんんんんんんんん!!」
突然過ぎる出来事に、現在最も自分の身を脅かす危機の正体に少年は気付けなかった。
「あん……んふ……、んむ」
ちょっと唇に触れるだけ……そんな風に思わせて、少女はもっともっと深くハルトの唇に己の唇を沈めていく。
長い、長い、全然終わらない。
ここまでくればキスだろうが何だろうが関係なかった。全身が痺れ、体が通常の機能をショートさせてしまい、肺が明らかに誤作動を引き起こしていたようだった。
呼吸ができない。
「んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん!?」
ハルトは生存本能に従うままに、少女の背中をバシバシ叩く。
降参の合図だ。
が、一体なぜだ。少女のキスが止まらない。
本格的に目が回り始める。酸素を求めて胸が悲鳴を上げる。心臓の鼓動が早まり出す。頭がクラクラしてくる。
興奮しているのではない。明らかに酸欠のそれだった。
死に物狂いで鼻から息を吸おうとするが、肺の運動が狂っているのか十分な酸素が吸い込めない。
死ぬ。
このままでは、キスに殺されてしまう。
と、そろそろ本格的にハルトが白目を剥き始めたところで、
「――――ぷはぁ!」
解放された。
少女はいい笑顔だった。
「まさか……本当にまさかだわ! こんなところであなたと『再会』できるなんて! うふふ! 私の幸運も馬鹿にできないわね!」
「へ、へ、へっ、へひっ……!?」
一方のハルトは白目を剥いてぐったり脱力。体をビクビク震わせ、怪しく喉を引き攣らせていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、ぜぇ、ぜぇ、ひぃ、ひぃ……!」
これは決して、お口童貞を奪われた快楽に身を委ねる変態の吐息ではない。単に呼吸の仕方を必死に思い出そうとしているだけである。
それと同時、ハルトはもう一つ思い出していた。
――――さいかい?
荒い呼吸を繰り返しつつ、少女の口から放たれた謎の言葉を思い出す。そして当然の疑問を抱く。
さいかい……だと?
どういう事だ。
再び会う――――再会。
自分は彼女と、どこかで一度、会っている?
「なぁんだ。お姫様の裸を見た変質者ってハルトくんの事だったのね? ふふ。本当に変わっていないのね、いつだって予想外な登場の仕方をするのは」
「ひぃ、ひぃ、ひぃ……?」
なんと、名前まで押さえられていた。
名乗った覚えなど当然ない。それでも知っているという事は、いよいよもってこの少女は、自分の知り合いという事になる。
しかし……どうしよう、本当に思い出せない。
これほど美しい少女なんて、一度でも出会ったら忘れそうにもないはずなのに、ハルトの記憶の中には一切の心当たりがなかった。
「あ、あの……僕は……」
「覚えてない、でしょう? 大丈夫よ、知っているから」
素直に謝罪しようと思っていた事を先に告げられ、一瞬だけ戸惑う。
無意識、ハルトは少女の顔を見つめる。
視界に映るのは、やはりどうしようもなく精緻な美貌。
しかし唯一、さっきまでとは比べようもないぐらい変わっているのは―――
「ね、どうだったかしら? 私とのキス」
「ぬ!?」
頬を赤く染めて、興奮した様子で、少女はずいっとハルトに詰め寄って来る。
その表情はさっきまでとは全然違う、感情の読めない笑顔じゃない。
かと言って、嬉しいとか、楽しいとか、喜びとか、そういうのでもなかった。
なんというかもっと、こう。
艶めかしい感じの――――
「どう? 気持ち良かった?」
「ほ!?」
そんな感慨は、質問の内容で全部吹っ飛んだ。
「感想を聞かせて? ね?」
「い、いいいいいいやいやいや! ど、どうだったと言われましても! こうっ、なんとっ、言いますか! ……わ、ワタクシめはそのっ、ここ、こういう事はなにぶん、はじっ、初めてなものでして!」
「あら? ……ふふ、うふふふふ! そう? 私が初めて?」
「は、はい! それはもう見事に!」
何が見事なのかは分からなかった。
興奮し過ぎて自分が何を言ってるのかも分からなかった。
「いいわぁ、私のキスでたじろぐハルトくんの姿……」
明確な感情の見える表情で、少女はハルトの唾液の付いた唇を舌で舐め取ってみせる。
煽情的で、情欲的で。
そして、どこまでも……
「もーっと困らせたくなっちゃうっ」
嗜虐的に、暴力的に、ハルトの視界に映る。
その表情を、その熱烈に微笑んだ顔を、両目に捉えて、
(……あれ、この子……)
胸の中で妙な感覚が疼いた。
その感覚の正体は分からない。ただ漠然とした『わだかまり』のような何かが、胸の奥底で引っ掛かっている。あと少し、あとほんの少しのきっかけや後押しがあれば思い出せそうな、そんな薄ぼんやりとした何か。
しかし、その正体を知る事はついぞできなかった。
なぜなら、
「マギアお姉様ッッッ!!!!!!」
その思考を強引に遮断するほどの勢いで、甲高い怒声が響き渡ったからだ。
びくっ、と小動物のように体を震わせながら、ハルトは声のした方へと急いで視線をシフトする。
声の主は、先程彼に死刑を執行してやろうと襲い掛かった少女の一人だった。
橙色の髪を側頭部で結い、周囲よりも若干背が高く、大人びた印象が目立つ少女。
その少女は、外見とは似つかない激しい鬼気を身に纏い、
「なっ、何をしてますのマギアお姉様!! 気は確かですか!?」
「あら? なぁにフィルミエ、そんなに血相を変えて」
フィルミエ。
それが、この橙色の髪をした少女の名前なのだろうか。
だとすると、そのフィルミエが呼んだ『マギア』という名が、今こうしてハルトのお口童貞を掻っ攫って行った少女の名前で―――
――――マギア……?
不思議と、その名を初めて聞いたようには思えなかった。
記憶は覚えていなくとも、既視感だけは覚えていた。
以前にも、その名前を、どこかで……どこかで会ったような気がするのだ。
だけどそれはどこだ? いつの話だ?
再会? いつ、どこで?
自分と彼女は、どこで出会ったんだ?
そして……なぜ思い出せないんだ?
そんな疑問は、
「血相ぐらい変えたくもなりますわ!!」
「ひっ!?」
フィルミエから炸裂する怒気に当てられ、再び頭からすっぽ抜けた。
自分はまずもって、この絶望的なビビり症を治さなければいけないのかも知れない。
「一体なぜ! なにゆえですの!? どのような意図がありまして!? そんな下劣極まりない男と……せ、せせっ……接吻など!?」
接吻とは……またなんとも古風な言い方……。
そして、自分で言っておきながら自分で恥ずかしそうに顔を赤くしているところが、なるほど、フィルミエ、彼女も箱入り娘なのだろう。
しかし一方のマギアはと言えば、
「フィルミエったら、そんなにはしゃいでどうしたの? 今日はいつも以上に元気なのね?」
あしらうような気楽さ。
「元気なのはステキな事だけど、そんな顔をしたらせっかくの美人が台無しよ? もっと笑ってみせて? 私、あなたの笑ってる顔が好きだわ」
「誤魔化さないでくださいまし!」
誤魔化しは通用しなかったらしい。
あれほど絶対者の風格を放っていたマギアに対し、なんとフィルミエは真っ向から彼女を睨み、物怖じせずに追求の姿勢。
「ワタクシの事などどうでもよいのです! それよりもマギアお姉様! アナタのなさった事が一番の問題です! そのような男と! しかも衆人環視の中!」
「ふふ、皆には刺激が強かったかしら。ごめんなさい、私ったらつい我慢できなくて」
「我慢の問題ではありませんわ!」
「……教育上の問題?」
「一般常識的な問題ですの! 男性と出会い頭にそのような破廉恥な行為に及ぶなど! シルフィール異能学園の規律と風紀を守るワタクシにして、見過ごせぬ暴挙ですわ!」
ビシッ! ビシッ! とフィルミエは、ハルトとマギアを交互に指差して、「ふー!」と鼻息を荒くし、
「たった今ご自身がなさった事! そしてご自身の立場! しっかり自覚していますの!? マギアお姉様!」
「やだもう。唾を飛ばして叫ぶなんて……はしたないわよ」
「マギアお姉様は飛ばすどころではなかったじゃないですか!!」
「じゃあ私はどうしたの?」
え? とフィルミエの檄が止まる。
「唾を飛ばすどころじゃなかったのでしょう? あら? じゃあ私は何をしたのかしら?」
「え、えーっと……それは! ま、マギアお姉様が一番理解していますでしょう!?」
「えー? 私、とーっても悪い子だから、言われないと分からないわぁ」
「な!?」
「ね、教えてちょうだい? フィルミエ。私、何をしちゃったのかしら? このボウヤと、口と口を合わせて……」
「な、な!?」
「口の中で、私の舌と、彼の舌を……」
「な、なっ、な……!?」
「私の唾液と、彼の唾液を……ん?」
「あわわわわわわ……!」
「あら? 言えないの? 言えないのに私を叱りつけるの? それって職権乱用? あらあらいけない子ね。私、あなたをそんな風に育てた覚えはないわ」
あしらわれていた。
というより、遊ばれていた。
「分からないなら、私が手ずから教えてあげてもいいのよ? とーっても気持ち良くなっちゃうキスの、し・か・た♡」
「はっ、破廉恥ですわああああああああああああああああああああああああ!!」
首まで真っ赤に染め、フィルミエは両手で顔を隠し天井に向かって叫ぶ。そんな彼女の意思と呼応するみたいに、サイドテールがピーンッ! と勝手に逆立つ。
……それは本当に髪の毛なのか?
で、ひとしきり叫んだ後、
「――――はっ!」
叫んでいる場合じゃない事にようやく気付いたらしい。
フィルミエは煩悩を追い払うが如く頭を横に振って、
「と、とにかく! 今のは決定的です! 敬愛するマギアお姉様とて許す事はできません! 不本意ですが、また『躾部屋』行きにさせていただきますからね!」
「えー、嫌よそんなの。だってあの部屋、とってもつまらないのよ?」
「面白ければ躾の意味がないからです!」
「反省文を書かされるのも飽きちゃったし」
「何度も書かされれば飽きるに決まっていますの!! しっかりなさってくださいマギアお姉様! 今月だけで何度躾部屋行きになったとお思いですか!?」
「え? ……いち、にぃ……」
マギアは片手の指を折り始め、
「……ろく、なな」
「どうして片手じゃ足りないのですかああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
少女はキレた。
頭から湯気が昇るんじゃないかと思うほど顔を真っ赤にして、力の限りフィルミエは叫ぶ。その強烈な鬼気に煽られるみたいに、彼女のサイドテールがグルルルルルー! と謎の高速回転。
……どうして髪の毛が勝手に動いてるんだ。
で、彼女は唐突に、
「―――って! だからそんな事は今はどうでもよいのです!」
ようやく本題を思い出したようだった。
今度こそ、フィルミエはハルトに向かって、キッ! と睨みを利かし、
「問題はそこの男ですのよ! マギアお姉様、今すぐそこをどいてくださいまし!」
「それは無理ね」
「なぜですの!?」
「なぜって。私が退いたらあなた達、彼に何をしでかすか分からないもの」
「――――っ!? その男を庇うとおっしゃるのですか!」
「そうよ。何か問題でも?」
「問題しかございません!」
「それは一般常識的な問題?」
「ワタクシ共の問題です! マギアお姉様、どうして邪魔立ていたしますの!? その男は我らが姫様に屈辱を与えた大罪人ですのよ!!」
「……はぁ。ほんとにもう、血の気が多いんだから」
困ったみたいにため息をつくマギアだが。
何を考えてるか分からない笑顔だけは、崩さなかった。
「まずは落ち着きなさいな。その大罪人を罰するために……罰を決めるために、こうして私達が集められたのでしょう?」
「刑罰など! 極刑で満場一致ですわ! 話し合う必要などありません!」
「それを決めるのは私達じゃないわ。私達の役目はあくまで意見調整、最終的な判断はお姫様が下すのよ。今はまず落ち着て、お姫様の到着を待ちましょ?」
「ワタクシ共は! その男と姫様を再び相合わせる事すら許せませんの! マギアお姉様、そこを退いてくださいまし! 姫様がここへ来る前に、いっその事ワタクシ共が」
「もう遅いわ」
マギアを鋭い指摘の直後の出来事だった。
それは、突然。
それは、唐突。
どうしようもなく予想外で、限りなく想定外。この世の誰もが予測できない突発性をもってして、『それ』は起きた。
つまり。
何かが落ちて来た。
ゴゴォォォォォォォンッッッ!!!!!! という馬鹿みたいな轟音と共に。天井を突き破って、真上から垂直に。
強烈な速度と圧力で落下した『それ』は、莫大な衝撃波を全方位へと撒き散らした。
大広間の天井を突き破り、床を大きく抉り返し、建物全体を縦に揺さ振る。絶大な爆風は大量の粉塵で可視化され、大理石で出来た空間を呑み込んだ。
まるで隕石の墜落だった。
猛烈な爆風に、誰もが吹き飛ばされないよう踏ん張るだけで精一杯だった。
濛々と立ち昇る粉塵のカーテン。
空気中に散乱した粒子に反射しているのか、天井にポッカリ開いた穴から降り注ぐ陽の光が、変にぼやけて辺りを覆う。
目の前で起きた現象に、誰も何も言えなかった。
それほどの威力。それほどの圧力。
真上からこの大広間に降って来た『何か』。
その正体は。
「ふあーっはっはー!! 待たせたなオマエら!!」
立ち込める粉塵の中から、そんな乱暴を言葉が響いた。
直後、ドッ!! と絶大な爆発音と共に、巨大な烈風が渦巻いた。
それは一面を覆う粉塵を瞬く間に破壊していく。外界からの風圧ではない。粉塵は、その内側から引き千切られるように霧散したのだ。
「遅れて悪ぃな、異能協会の連中を言いくるめんのに時間かかっちまったぜ。……ったく、腰抜けほど難癖つけたがるもんだ。森一つ吹き飛ばした程度でゴチャゴチャ言いやがる」
目の前に広がる光景に、思わずハルトは目を細めた。
視界が晴れる。
徐々に薄くなっていく粉塵の中から、『声の主』が現れる。
「ムシャクシャしてぶっ飛ばして来たから天井ぶち抜いちまったが、まーいいだろ。後で職人呼んどけ。ここをもっと豪華な部屋に作り変えてやる」
「な!?」
その正体を見て、ハルトは驚く。
粒子のカーテンを引き裂いて現れたのは、幼い『少女』だった。
しかも、
「き、君は……っ」
その『少女』を、ハルトは間違いなく知っている。
森の泉で、最悪の出会いを果たした『彼女』。
わざわざ天井を突き破って上空から登場したのは、まさかあの時の意趣返しのつもりなだろうか。
「はんっ! アタシの事をしっかり覚えてくれてるよーで嬉しい限りだ。アタシもテメエの事はしっかり覚えてんぜ、このクソ野郎」
上品とはお世辞にも言えない、お淑やかなんて間違ってでも言えない、聞いただけで粗悪と分かる口調。
にも拘らず、その少女から出る声は、問答無用でハルトの心を揺さ振る。
耳ではなく、『心』に直接響き渡る、その声。
心の壁を無理やり打ち崩し。心の扉を強引にこじ開けに来るその声。
聞く者全てを強引に従えるような、強く、鋭く、絶対的なその声。
「アタシとしちゃあテメエに言いてー事は死ぬほどあるし、なんなら今すぐその汚ねー顔面を素手で捻じり潰してーが、その前に一つ、お決まりの儀式といこうじゃねーの」
大穴の開いた天井から、真っすぐ光が差し込む。
それはまるでスポットライトのように、『少女』をこの世界で最も色付かせる。
この世の全ては『彼女』を中心に回っている―――そう確信させられる何かがあった。
「ここまで大胆に登場してやったんだ。最後は格好良く名乗ってやるのが礼儀ってもんだろーがあ!!」
肩の辺りまで伸びた銀色の髪。
見るもの全てを燃やし尽くすような赤い瞳。
全体的に幼い身体つきで、未だに成長の余地を残す、黄金比を超越した姿。
そんな『少女』が、
「ひれ伏せ! 拝め! 崇め奉れ! 頂点の前で図が高ぇぞテメエら!!」
両手を腰に当て、豪快にふんぞり返り、声を上げ、誇り高き己が名を叫ぶ。
「よおく聞いとけ! アタシの名は――――」
その時だった。
神の悪戯か。悪魔の罠か。
まさかのこのタイミングで、大破していた大広間の天井がさらなる崩壊を起こしたのだ。
先程から壊れかけていた、しかし今まで何とか持ち堪えていた大き目の瓦礫が一つ、そのまま垂直落下する。
真下にある『少女』の脳天目掛けて。
「んぼぇっっっ!!!???」
直後に、ズゴン!! という凄まじい音が炸裂した。
赤子ほどの大きさのある瓦礫が、『少女』の頭頂部に勢いよく突き刺さったのだ。
静寂に埋め尽くされた空間に、おそらくは『少女』が発したと思われる可愛げのない悲鳴が、ただただ虚しく木霊する。
しばらく『彼女』の頭の上で静止していた瓦礫がパラパラと灰燼に帰し、今度こそ本当に、世界に沈黙だけが降り積もる。
で、不意打ちを喰らった『少女』は。
アミューゲル王国の王女、シャットアウラ・ギルティルークは。
自分の名を最後まで名乗ることも叶わず、バタン! と地面に立てた棒のように、呆気なく顔面から倒れ込んだ。
「…………」
「…………」
「…………」
「「「「「「……………………」」」」」」
この有様には、誰も反応できなかった。
ハルトも、マギアも、フィルミエも、他の少女達も、こぞって黙り込むしかなかった。
いっそ清々しいとさえ思える完璧な静けさの中、次にどんなアクションを起こすべきかを皆が思案し、誰も彼もが答えを掴みかねる。
そんな中、フィルミエという少女は、やはり一味違った。
たっぷり十秒も続いた静寂を引き裂くように、彼女は胸に手を当てて大きく深呼吸。ゆっくり心の準備を整え、しっかりと限界まで息を吸い、
そして、
「この変質者ああああああああああああああああああ!! 姫様に一体何をしましたの!? 死罪っ、問答無用で死罪ですわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「いやぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 世界一身に覚えのねえ冤罪の餌食にされてるぅぅううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!?」
そこからシャットアウラが目覚めるまでの間、変質者大魔王のハルトと、少女軍団の、地獄の大運動会が開催される事となった。
ちなみに、唯一ハルトの味方をしていたマギアはというと。
「あら、なんだかとっても面白い事になってるのね!」
「と、特異技能をこんな事に使っていいんですかマギアさん!?」
「使わなければなんでもいいわぁ」
「そんなんアリか!」
「頑張ってぇ、応援してるからぁ」
「いいから助けんかい!!」
実はこの地獄の追いかけっこが、後にアミューゲル王国で毎年行われる事になる恒例イベント『大異能聖祭』の起源となるのだが、それはまた別のお話。