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07:心躍るパーティでゲス



 青色の髪が、ふわりと舞う。

 いつの間にか、一人の少女が立ちはだかっていた。

 押し寄せる特異技能者達と、床にへたり込んで怯えるハルトの、その間に割って入るかのように。


「とっても楽しそうね?」


 少女の声は、


「私も混ぜてもらおうかしら」


 優しい音色のはずなのに、突き刺さるような鋭さがあった。

 時間が止まる。

 そう錯覚してしまうほどに、その場の何もかもが動きを止めていた。


 不自然な静寂が訪れる。

 空気の感触が、ガラリと変わる。


「ふふ、間一髪」


 沈黙の中、青髪の少女の声だけが優しく響く。


「困っちゃうわね、位の高いお嬢様って。住んでる世界が狭いから基本的に世間知らず。その割にプライドだけは高いものだから、何をしでかすか分かったものじゃないわぁ」


 肩をすくめて、彼女はそんな風に笑ってみせた。

 これほど殺気に沸き立つ異能力者達を前にして、全く物怖じする気配がない時点で異常の極みだった。


 むしろ怖気づいていたのは、彼女に見据えられた少女達の方だった。

 あれだけハルトを捕えようと息巻いていたはずなのに、彼女に見つめられただけで動けなくなってしまったのがその証拠だった。



 ――――本能が告げている。

 ――――この場の支配者は、彼女だと。



「それで?」


 青い髪を漂わせる少女は、胸の下で腕を組み、ゆっくりと辺りを見渡し始める。

 彼女の目の前にズラリと並ぶ、少女の軍勢。

 ハルトに襲い掛かろうとしていた特異技能者達だ。

 そんな彼女達は、青髪の少女に見据えられた途端、ギクリッと一斉に体を強張らせた。中には視線を向けられただけで「ひっ」と怯える者までいた。


「はあ……まったく皆ったら、お転婆さんね。元気なのはとてもステキだけれど、何事にも限度というものがあるわ」


 まるで教え諭すような口調。

 しかしそれは、教師や識者というよりも、親が子供を叱るような雰囲気だった。

 あくまで彼女は、柔らかく笑っている。


「私、『入学式』の時に言わなかったかしら?」


 少女は、小さく首を傾げて、


「私達の持つ特異技能は、多くの人が求めた奇跡の力なんだって。それをこんなつまらない事に使うなんて、三百年前の先人達が泣いてしまうわ」


 優しい声の中に、どことなく厳しさが加わる。

 それから彼女はもう一度だけ、目の前の少女達を端から端まで静かに見渡し、


「私は素行にはケチをつけないけれど、特異技能の使い方に関してだけは厳しくさせてもらうわね。少なくとも、私の前でそういう使い方をする事だけは許さない。よろしい?」


「「「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」」」


 誰も、何も、反応できなかった。

 本当は力いっぱい頷きたいのだろうが、少女から放たれる威圧感が、動く事そのものを許さなかった。

 というより、わざわざ行動で示す必要もなかった。


 さっきまでこの部屋を支配していた『殺気』が、いつの間にか少女への『服従』に切り替わっている時点で、支配者は決定したようなものだった。


「うふふ、分かってくれて嬉しいわ」


 言葉だけで暴力をひれ伏させた少女は、長い青の髪を掻き上げながら薄く笑う。

 圧巻だった。

 鼻息を荒くしていた少女達が、次々に落ち着きを取り戻していく。

 そして最後に、青髪の少女は、 


「―――あぁ、それと」


 ついでと言わんばかりに。

 少しだけ笑みを深めて。




()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()




 部屋の空気が一気に凍り付いた。


 明らかに桁違いの『圧』。それを真正面から浴びせられた少女達は、皆一様に顔色を変えた。

 服従が恐怖に変わる。

 思わず数歩後ずさる者がいた。何かに射竦められるみたいに体を硬直させる者がいた。さっさと臨戦態勢を放棄して体を縮こませる者がいた。少女の『圧』に怯えて、「ぴ!?」と可愛らしい悲鳴を上げて尻餅をつく者もいた。


 わずか数人だけは、そんな少女の威圧にも屈せず未だにハルトに敵意を向け続けていたが、しかし動く事はできなかった。


「……ふふ」


 周囲の様子を一瞥し、少女は小さく笑う。これで大丈夫だと判断したのだろう。

 すると彼女は、そんな怯えた少女達にさっさと背中を向けて、恐ろしいぐらいのニッコリ笑顔で体ごと後ろを振り向き、


「ごめんなさいね。私の可愛い後輩達が」


「へ?」


 ついに少女の興味の矛先が、ハルトの方へと向けられた。

 彼女は長く伸びた青の髪を耳にかける仕草をすると、スカート押さえながらしゃがみ込み、尻餅をついているハルトと目線を合わせる。


「それで、大丈夫だったかしら」


 心配そうに、ずいっ、と顔を近づけて、


「怪我はある? 彼女達に酷い事されてない?」


「え!? あ、あぁ……っと」


 いきなり問われてハルトはしどろもどろ。あの冷静さを失った少女達を実質『言葉だけ』で退かせた存在を前に、完全に心が竦んでしまっていたのだ。

 不釣り合いにもほどがある。

 たかが農民の自分と、こんな超越的な少女が、吐息のかかりそうな距離まで近付いているこの状況が。


 己の場違い感を改めて再認識したハルトは、ごくり、と外にも聞こえそうなほど大きく息を呑みながら、


「だ、大丈夫で、げす、はい!」


 なんとか絞り出した返事は、元気のいい小物の盗賊みたいになった。


「ひ、酷い事なんて! 全く! 微塵も! むしろこの罪人めには勿体ないほどの、心躍る歓迎会を催してくださいまして!」


 なんなら嘘までついてしまった。

 自分でも自分のキャラがよく分からなくなっている。

 しかし少女は、そこにいちいちツッコんだりなどせず、


「歓迎会? あら、そうだったの」


 素直に受け取った。


「パーティの最中だったのね。嫌だわ、私ったら勘違いしちゃったみたい。水を差してごめんなさいね」


「いえいえそんな! むしろ人が多ければ多いほど楽しいのがパーティですので!」


「まあお上手。見かけによらず紳士なのね」


 ハルトの謎のフォローを、彼女はそんな風に受け流した。

 絶対に嘘だと分かっている顔だった。

 分かった上で楽しんでいる顔だった。


「まぁでも、無事なようで何よりだわ。パーティを楽しむのはいいけれど、はしゃぎ過ぎて怪我をしちゃったら台無しよ?」


「は、はい。しかと胸に刻みませていただきます……」


「ふふ、ならよろしい」


 そう言って微笑む彼女の顔を、ハルトはまじまじと眺めてしまう。

 こうして近くで言葉を交わしてみると、なおさら実感する。まるで次元の違う存在を相手にしているようだった。


 冷たく輝く氷のような瞳。

 全身から放たれる印象とは裏腹に、やはり年相応に幼い顔。

 特段大人びているわけじゃないのに、妙に艶めかしく見える身体つき。


 輪郭に収まる小さい鼻や口。柔らかそうな頬。美しい曲線を描くなで肩。体格とつり合う胸部。その何もかもが、ハルトの目には超越的に見えた。


 彼女を目にしただけで胸の奥から溢れ出る、この全能感は一体なんだ。


 非常に汚しがたい。どこまでも穢しがたい。

 もはや神聖そのものの具現体が目の前に立っているのだとさえ思えた。

 だからこそ、


「―――――――――()()?」


 だからこそハルトは、すぐに気付けた。

 少女の顔に、怪訝な色が浮かんだのを。


「……へ……?」


 改めてハルトは、目の前の少女の顔を見返した。

 ずっと崩れなかった彼女の謎めいた笑顔が、その時、完全に消えていた。

 一体何があったのか。少女は少しだけ驚いたみたいに目を見開いて、しばらく何も言わず、ハルトの顔をじっと見つめる。


「…………」


「……あ、あの……?」


 何か、してしまったのだろうか。咄嗟にそんな事を思った。

 そんなに睨まれるような事を、何かしてしまったのか? 自分は。

 ずっと見つめられているのが心地悪くて、不意に、「あの……なんでしょう?」身じろぎしようとするハルトを、


「ちょっと待って」


「むっ!?」


 止めたのは少女だった。

 彼女は唐突にハルトの両頬を両手で挟むと、ぐいっと自分の方に近寄せる。

 そして今にもキスしてしまいそうなほどの距離感で、熱い視線をハルトに注ぐ。


「……っ!! ――――ッ!?」


 なんだこれ、何をされてるんだ、これは一体なんなんだ!?


 訳が分からない状況に、思わずハルトもタジタジ。

 我ながらなんて情けない醜態だ。女子に見つめられて無様にたじろぐなど、男としてどうなのか。

 バキバキ童貞のハルトである。


 しかし、この少女に見つめられたら、きっとバキバキ童貞でなくたってこうなるに決まっている。それほどまでに、彼女は魅惑の力を秘めているのだ。

 そんな少女が、


「……うそ……」


 およそ、似つかわしくない表情をしてみせた。


「まさか、あなた……どうしてあなたが、ここに……」


「ふぁ、ふぁい……?」


 頬を両手で挟んだまま、少女はハルトの顔を、信じられないものでも見るような目で覗き込む。

 水晶のような瞳が、ゆっくり、何度も瞬く。



 その視線はまるで……()()()()()()()()()()()()()……。



「……ふふっ」


 その時だった。

 思わず目を凝らしてしまいそうな光景が、ハルトの目に飛び込んで来た。


「ふふ、うふふふふふ!」


 いきなり笑い出した。

 少女が、嬉しそうに。

 口元を優しく綻ばせて、肩を少しだけ震わせ、目を線のように細めて、ましてや頬を若干だけ火照らせながら。


「……ふぁのー……ふぇっと」


 わけがわからん。

 一体何が、なんで?

 頬を両側から挟まれたまま、くぐもった声でハルトは、


「はのー……おひょうひゃん? いっひゃいこれはなんの―――」


 言葉は最後まで続かなかった。

 それには理由が二つある。


 まず一つ目……ハルトが呆気に取られて言葉を紡げなかったから。


 そして二つ目……ハルトの口が()()()()()()()()()()()()()()


 それは、突然の出来事だった。

 なんでそんな事になったのか、ハルトには最後まで分からなかった。

 とりあえず、何の脈絡もなかった事だけは確かだった。


「お?」


 がっちりホールドされた頭が、ぐっ! と少女の方に引っ張られる。


 抗えなかった。

 少女の顔が目と鼻の先に近付いた時には、何もかもが遅かった。




 問答無用でキスされた。




 

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