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06:極めろ! 謝罪の極意!

 



 いくら事故とはいえ、一国の王女に恥をかかせてしまった罪。

 果たしてそれはどれほど重いものなのか。


 不敬罪? それとも侮辱罪?

 社会の最底辺で農民生活を営んできたハルトには、そういう『高貴な世界』の罪悪基準など、まるで想像もできなかった。


 まあ、想像できようができなかろうが、これから嫌でも分からせられるのだけど。


「ふう……。お姫様の前に立つ時は白馬の王子としてって決めてたんだけど、まさか裸を覗いた変質者として立つ事になろうとはね。人生ってのは分からないもんだぜ」


「あなたが何をおっしゃっているのかも分かりかねます。そろそろ死にますか?」


「いや、まだ生きたい」


 どんな罪をかぶろうとも、生への執着だけは忘れたくないものである。


「よいしょーっと」


 というわけで、ハルトは絡まった鎖を器用に外し、気合いと共に立ち上がる。


「さてと。一国の姫様との謁見とあっちゃあ、僕も準備不足じゃいけないな。姫様の面前で失礼のないよう、しっかり心構えをしなくては」


「下郎風情にしては良い心掛けですね。しかしその甲斐虚しく、死刑は確定事項でしょうけれど」


「それはどうかな。僕の謝罪スキルを舐めてもらっちゃあ困る。滑稽なまでに見事な平謝りっぷりを、お姫様に見せてやろうじゃないか」


 ハルトは自信満々、準備運動をしながらそう豪語する。


 これから彼が見せるのは、東洋の国に伝わる伝説の謝罪作法『ド・ゲイザー』。熟練の達人が行えば、どんな不祥事も無かった事にできるという究極の一手だ。

 まさかハルトも、約一年に渡るド・ゲイザーの練習成果を、こんな形で発揮する羽目になるとは夢にも思わなかった。


 しかし、初披露が一国のお姫様というのはむしろ僥倖だ。

 相手にとって不足なし。



 一国の姫のお怒り、見事に鎮めてみせようじゃないか!



(まずは出会い頭にド・ゲイザーで先手をうつだろ?)


 ハルトは頭の中で綿密な計画を立てる。


(そして! 姫様が神秘の謝罪作法に見惚れている隙に、すかさずダッシュ! 窓から脱出! 即行でこの学園から脱走! 後はほとぼりが冷めるまで雲隠れ! よし! 完璧な計画だぜ!)


 バカみたいなバカ計画をバカな頭でバカに思い描くバカは、ニヤリ、とバカの如きバカな笑みを浮かべてみせる。

 その愚かな企みを知ってか知らずか、幼女メイドは「はぁ……」と呆れたようなため息を一つ吐くと、


「それでは変質者様、腕をお出しください」


「え? ……なに、いきなり……」


 突然の意味不明な命令に、ハルトは思わずたじろいだ。

 腕をお出しください、だと? まさか……「貴様の腕を今すぐ切り落とし、姫様への献上品として差し出してやろう!」という意味か!?

 変な想像が脳裏を過り、ハルトは咄嗟にサッ! と両手を股の下に隠しながら、


「いやだ! 僕の腕は僕だけのものだ!」


「今すぐその心臓を捩じ切ってさしあげましょうか?」


「ひ!?」


 幼女メイドの鋭い眼光に、喉の奥から悲鳴が上がる。

 彼女の目に見据えられただけで、ハルトは完全に理解した。

 ……これは脅しじゃない。彼女なら本当にやる。


 変態は大人しく武力に屈した。

 これじゃあド・ゲイザーどころじゃない。抵抗したら殺される。


「い、痛くしないでね……?」


 痛くしない腕の切り落とし方なんてあるのかどうかは知らないが、とにかく痛いのは嫌だった。

 恐る恐る、ハルトは素直に幼女の前に両手を突き出す。

 しかし、どうやら幼女メイドは、別に腕を切り落とすつもりも、へし折るつもりも無いらしく、


「……え?」


 ガチャリ、と。

 ハルトの両手を拘束していた枷が、あっさりと外れる。

 勝手に取れたのではなく、あらかじめ準備していた鍵を使って、幼女が拘束を解いてくれたのだ。

 ……と思ったのも束の間。


「準備はよろしいですか?」


「お、お!?」


 小枝のような細い腕の一体どこにそれだけの筋肉が付いているのか。

 幼女メイドは片手でハルトの背中をガシィ!! と引っ掴むと、そのまま軽々と頭の上に持ち上げてみせたのだ。


「お! おっ、おっ、おっ、おっ、おっ!?」


 何をされているのか分からない恐怖に、ハルトは体を小さく丸めながら、


「ちょっ! なに!? なになになになに! ど、どういう事! どういう何!?」


「耳元で喚かないでください。あなたの声は聞いているだけで不快です」


 一切の説明はなし。

 赤子のように手足を丸めたハルトを片手で抱え、幼女メイドは空いたもう片方の手で、目の前の扉を一気に押し込む。

 ゴォン……ッ!! と、内臓にまで伝わる重低音が響き渡った。

 扉が―――――開く。


「そろそろ断罪のお時間です。心行くまで晒し者になってください」


「晒し者って……もう全部パーシェちゃんに奪われちゃったから、もはや晒すもんも残ってないというか―――うお!?」


 最後まで言わせてもらえなかった。


 投げられた。

 というより、投げ捨てられた。


 真上から腕を振り下ろすようなモーション。

 まるで石ころでも投げ放つような感覚で、幼女はハルトの体を無造作に扉の向こう側へと放り込んだのだ。


「ぶ!?」


 ハルトはそのまま顔面から床に落ちた。

 直後、グキッ! と、明らかに硬いものが折れたような音が鼻あたりから鳴り響いた。

 そう思った瞬間、


「いっ―――」


 爆発するような激痛が、ハルトの顔面を駆け巡った。


「―――ってぇぇええええええええ!! づあああああああ!!」


 思わず両手で鼻を抑えながら、床の上でもんどりうつ。


「あ、あのサイコパス幼女メイド……! 罪人にだからってもっと扱い方ってもんが……ああああいってぇぇぇ……!」


 顔面ど真ん中を突き刺すような、ズキズキとした痛み。

 本当に鼻の骨でもへし折れてるんじゃないのか? これ。

 一度鏡で自分の顔を確認したいぐらい心配になってきたハルトだったが……しかし、


「あ?」


 そんな暇などなかった。

 状況は、決定的に動いていた。

 特に何も考えず、ふと顔を上げて辺りを見渡したハルトの目に、とんでもない光景が飛び込んで来た。


「……な、ん」


 自分のいる場所を、思い知る。





 ――――そこは、だだっ広い空間だった。

 床も、壁も、天井も、柱も、全てが大理石で出来た艶やかな大広間。横幅の広い一枚の赤い絨毯が、扉の前から遥か向こうの最奥まで伸びている。




 ――――そこは、『玉座』のある空間だった。

 赤い絨毯が伸びる先には、数段しかない階段と、いかにも国王が座っていそうな豪奢な椅子がドッシリ構えていた。




 ――――そこは、ちょっと『良い匂い』のする空間だった。

 花の香り……ではない。香水だ。時たま城下町に訪れる貴族から漂って来る匂いを、ハルトも嗅いだことがある。そんな心地良い香りが、その空間を埋め尽くしていた。




 そして。









 ――――そこは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()









 赤い絨毯を挟むように、数十人もの少女達がズラリと列を作っている。

 髪型も、体型も、背丈も違う……多種多様な少女達が、当たり前のような顔をして並んでいたのだ。


 しかし、思えばそれは当然の事。


 なにせここはシルフィール異能学園。特異技能者を育成する乙女の花園だ。

 むしろ男であるハルトがこの空間に居合わせている現状が、最大のイレギュラーなのである。


 だからこそ。




「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」




 お互いに、しばらく無言だった。


 絶句するハルトは、大勢の少女達の視線を一身に浴び。

 少女達も少女達で、突然現れたその異邦人に呆気にとられ、ただ茫然とハルトを見つめている。


 しん、と静まり返る大理石の空間。

 誰も彼もが機能を停止させていた。


 数秒ほど経って、ようやく。

 少女達の中の誰かが、ゆっくり、深呼吸でもするみたいに、大きく息を吸った。

 直後だった。

 絶叫が迸った。

 きゃー! とか、いやー! とか、そんな可愛らしいもんじゃなかった。




「見つけたわ!! あれが噂の覗き魔よ!! 今すぐひっ捕らえて八つ裂きにしてしまいなさい!! 総員かかれええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!」




 ワアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!! と。

 絶叫というより号令のような叫びを合図に、百にまで及びそうな少女の群れが、空間全体を揺さ振る勢いでハルトに向かって突っ込んで来た。

 

 別の表現をするなら。

 一人一人が軍隊に匹敵する力を持つ特異技能者達が、束になって迫り来るという形で。


「どうしましょう! ワタクシ、男の扱いは存じ上げませんの!」


「噂によると単に殺しただけでは何度でも蘇ってくるらしいわ! 灰も残らず焼き払うか、永久凍土に放り込むしか殺傷手段がないという話も聞きます!」


「生きたまま内臓を引き摺り出せば誰だって死にますわよね!?」


「斬るっ、叩くっ、潰すっ、捻じるっ、刺すっ、折るっ、殺すっ!!」


「長い年月をかけてゆっくり衰弱させてから殺さないと死なない男もいるそうよ!」


「彼が姫様を凌辱した下劣な犯罪者ですの!? まあっ、なんて汚らしい! あの駄馬の如き面構えで姫様を辱めたのですね!?」


「やはり白馬に乗って現れる殿方など幻想でした!!」


「門番と研究員もここへ集めなさい! どんな手段を用いても構いません! なんとしてでもあの汚物を処理します!!」



 人間扱いなど。

 もはや、望むべくもなかった。



「うおおおおおおおおおあああああああああああああああああああ!? 助けてくれええええええええええええええええええええええええええ!!」


 押し寄せる殺意の波に、気付けばハルトは絶叫を上げて逃げ出していた。

 少女達に背を向けて一目散、全力全開で爆走し、ハルトは自分が投げ入れられた巨大な扉へと一直線に突っ込んで行く。

 そのまま体当たりするみたいに扉にしがみつく。

 が、しかし。


「はあ!? 開かねえ! 嘘だろ!?」


 ガチャガチャガチャガチャガチャガチャ!! と。

 押したり引いたりを何度も繰り返すが、肝心の扉はビクともしなかった。


「まさか……」


 心当たりなんて、一つしかない。


「外から閉じ込めやがったなあの鬼畜幼女!! ちくしょうめええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」


 逃げられない。

 避けられない。

 何もできない。


 襲い掛かって来る少女達を。

 ハルトには、どうする事もできずに――――


「観念しなさい変態!! お覚悟おおおおおおおおおおおおおおおお!!」


「ちょ、待! やめ――――」


 この世に生を受けて十七年ちょっと。これまでありとあらゆる不運と不幸に耐え忍び、それらを乗り越え、命からがら生きてきた。

 辛い日も、険しい道も、なんとか歩んで来たのだ。

 そうやってこつこつ積み上げて来た努力の果てに実った人生が、まさかこんな理不尽な形で終焉を迎えようなどと、一体誰が想像できただろう。


 こんなの……ひどすぎやしないか。

 そのあまりに暴力的なシナリオに、百戦錬磨の変態農民ハルトは、思わず涙をちょちょぎらせる。


 ――――あれ? 向こうから、物凄い轟音を鳴り響かせ、ひたすら「殺しますわ!!」と呪文のように叫びながら、たくさんの女の子が迫って来るぞ?

 ――――あれはもしや、僕を迎えに来てくれた天使達?

 ――――とすると、ここってもしかして、桃源郷?


 あまりのショックに現実と妄想の区別もつかなくなったまま、ハルトは遠い目をして走馬灯。「我が人生、一片の悔いなし……」―――んなわけあるか。後悔ばかりだった。


 この時、ハルトが取った行動は、おそらく最も愚かなものだった。

 すなわち……恐怖のあまり尻餅をつき、そのまま体を丸め、押し迫る暴虐から目を背けるみたいに両腕で顔を覆う。

 対処を放棄し、しかし逃げるでもない、現実逃避の構えだった。

 だって無理だ。できない。逃げる事も。ましてや戦う事なんて。

 僕には―――――――――


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 ()られる。

 そう思った。

 そう思った直後だった。





「あら? 面白い事をしているのね」





 聞こえて来たのは、少女の声だった。


 優しく降り注ぐ木漏れ日のような、包み込むような音色。

 にも拘わらず。

 その声には、鼓膜よりも先に意識の方へと強引に突き刺さって来るような……尋常じゃないほどの『圧』が含まれていた。




 たった一人分の小さい声のはずなのに。

 大音声を撒き散らす少女達を、一瞬で黙らせるほどの強烈さがあった。




「皆だけでズルいじゃない。こんな場所で元気にはしゃいで、陽気に走り回っちゃって」


 コツン、と。

 短い足音と共に、一人の『少女』が現れた。

 そして、ハルトの前に立ちはだかった。

 ……いいや違う。立ちはだかったのではない。

 立ち塞がったのだ。



 ()()()()()()()()()()()()()()()()




「とっても楽しそうね? 私も混ぜてもらおうかしら」




 強烈な存在感を放つ少女が、声だけでその場を支配した。






 

 

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