０４：※コチラから露骨にアピールすれば変態は「自分は好かれている」と勘違いするのかを検証しています
―――健康状態に異常なし。
―――持病の類も特に確認されず。
―――肉体の損傷は非常に軽度で、致命傷に繋がる箇所も特になし。十分に無視できるものとする。
それが、ハルトに言い渡された『診断結果』だった。
「ぷはー！ やはり人間の身体を診るにはですね！ 目で見て、匂いを嗅いで、鼓動を聞いて、直に触って、舐め回してみるのが一番なのですよ！ はい！」
「しくしくしくしくしくしくしく……」
「男の肉、オスの体、余すところなく堪能したのですよ！ げっぷ。解剖できなかったのは残念ですが、肌の上からでも分かる事はたーっぷりあるのです！」
「ぐすっ、えぐ、ひっく……」
「女性と男性では肉質も艶もまーったく違うのですね！ いやはや大発見、大進歩！ やはり研究とは机上で行うものではなく、五感をフル活用して楽しむものなのですよ！ さらなる躍進、未知なる世界！ パーシェの前には大いなる道が切り開かれているのです！ いざ行かんなのです、人体の神秘へ！」
「めそめそめそめそめそめそめそ……」
「あ、ちなみに変態さんの一番感じやすい部位はですねー」
「いらねえよそんな情報！ んなもん僕が一番分かっとるわ！」
そんなわけで、ハルトは少女にされるがまま。『健康診断』と称して襲い掛かって来た少女に、体中をいじくり回され、凄惨な辱めを受けたのだった。
いやはや、とんでもなかった。
まさか、あんな所やこんな所までひん剥かれるなんて……。
あの部分に、あの部分を、押し当てられてしまうなんて……！
挙句の果てに、あんな部位を、あんな部位で、あんな風にされてしまうなんて！
「ぐすん……もうお嫁に行けない……。こんな恥を抱えたまま生きられない！ 死ぬしかない！」
「そして死んだ変態さんの死体は腐るまでパーシェが面倒を見るのです！」
「チクショウ！ この子に殺される！」
汚れちまった体を己で抱いて、ハルトはしくしくめそめそ、牢屋の隅で丸まって涙を流していた。
命以外の何もかもを、尊厳もろとも奪われた気分だった。
単純な暴力より惨いと思う。あんな事をされてはもう泣くしかない。
一方で、全裸白衣の少女は肌をツヤツヤにしながら、
「むっふー！ まだまだ興奮が収まらんのですー！ むふー！」
「えー、まだ足りないの？ あんなに僕にひどい事しといて？」
「何を言っているですか変態さん！ 神秘へ至る道に終わりはないのですよ！ 差し当たってはですね！ まず変態さんの体を三〇個ほどの断片に切り刻みましてですね！」
「何が差し当ってんだよ。切り刻んじゃったら終わりじゃねえかよ」
どう足掻いたところで解剖はされるらしい。
「そこもふまえて、どうです？ 今一度このパーシェに体を委ねてみては」
「どこをふまえて僕が同意すると思ったんだ。全僕が却下だよ」
「ほほーう？ 変態さんに拒否権があるとでも？」
「誰か助けてくれえええええええええええええええええええええ！！」
冗談抜きで感じ始めた命の危機に、ハルトは本気の救難信号を叫ぶ。
だが、ここは分厚い壁で囲まれた牢獄の中。いくら叫べど外に声など届くはずもなく……。
「―――ていうかそれより！」
その時、ハルトはようやく正常な思考を取り戻した。
「あの！ そろそろ本当に説明して欲しいんだけど！ 君は誰で！ ここは一体どこで！ なんで僕は牢屋なんかにぶち込まれてるのか！」
「あーお、そうでした。説明をしていなかったですね。オスの肉体を前にして、パーシェ、思わず冷静さを失ってしまったのですよ。反省なのです」
そう言って、彼女は「むー、反省反省」と唸りながら両手の拳でグリグリこめかみを揉みほぐす。
男の体を前にして冷静さを失ってしまった事を反省する全裸白衣少女である。
……何から何まで前代未聞すぎる。
「それでは改めまして、おっほん！ ……こほっ、ごほっ！ げほごほ！」
「マジで咽てどうすんのよ」
「し、失礼したのです……けほっ……。ここって空気が悪くて」
喉の調子を確かめながら、少女は、
「それでは改めて―――ごほん！ 初めましてですね変態さん！ パーシェの名前はパニシェイラ＝フーヴ！ 『王立シルフィール異能学園』の生徒にして、特異技能研究に携わる研究員の一人なのです！ キリッ！ 気軽にパーシェとお呼びくださいですぅ！」
と、地肌に白衣を羽織っただけの少女―――パニシェイラ＝フーヴ。
彼女はそう名乗ると、突然ハルトに向かって前かがみになり、その豊満な……タップンタプンな胸の谷間を見せつけて、パチーン☆ とウィンクをしてみせた。
……どういう意味のアピールなんだ？ それは。
この上なくエロいのは認めるけど……。
「シルフィール……異能学園……？」
「はいです！ シルフィール異能学園なのです！ ……おやおや？ その顔はもしや、シルフィール異能学園をご存知ない？」
「いや、それは……知ってはいるけど……」
王立シルフィール異能学園だと？ 知ってるも何もない。
知らない人間なんてこの世にいないほどの、超絶有名な異能学園じゃないか。
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三〇〇年前に突如としてこの世界に現れた異能力は、今では『特異技能』と呼ばれ、その存在も馴染みのあるものになっていた。
しかしながら、特異技能はこの世の理から外れた異能の力。
たとえば、それが破壊行為に利用されればどうなるかは想像に難くない。
そこでこの世界は、非常に当たり前な対策を講じたのだ。
すなわち『教育』。
特異技能者に覚醒した少年少女が、正常な思想と、健全な人格を養い、そして安全な特異技能の使い方を身につけるための教育機関。つまり『異能学園』が、世界中に設立される事になったのだ。
ここ、アミューゲル王国。
世界有数の規模を誇るこの国にも、合計三つの異能学園が存在する。
その中の一つ、『王立シルフィール異能学園』。
アミューゲル王国の誇る、実力・名声ともに世界トップクラスの特異技能者教育機関。
そして。
創立当時から、一度も男を受け入れた事のない乙女の花園としても有名な学校だった。
つまり、男子禁制の『女学園』なのである。
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――――という事前知識は、まあ、置いておくとして。
「シルフィール異能学園は知ってるけど……なんだって……研究員？」
「ですですぅ！」
そう言って、パニシェイラはペロッと舌を出し、バチコーン☆ と強めのウィンクをしてみせる。
……だからそれは何のアピールなんだ。
「なんでその……超有名な学園から、僕のところに？」
「当然なのです。だって、この地下牢の真上がシルフィール異能学園ですから」
「ふーん……この真上が……」
シルフィール異能学園なのね―――と。
確かに。ここが学園の敷地内だったら、学園の人間が訪れてもおかしくないじゃないか。
あー、なるほどなるほど。思わずハルトはそう納得しかけ……、
「……は？」
一瞬で我に返った。
「は！？ この真上！？ シルフィール異能学園！？」
「ですです」
「その地下！？ ここが！？」
「でーすですです。ここはシルフィール異能学園が所有する施設の一つなのです」
緊張感のない顔で、パニシェイラはそう説明する。
そして「あっ」と何かを思い出したみたいに、彼女は再びバッチコリーン☆ と強烈なウィンクをぶちかます。
……ホントさっきから何なんだ、その謎のアピールは。
「ちょっと待って……頭が痛くなってきた……」
明らかになる事実に対して、ハルトの理解力が追い付いていない。
とりあえず、『この牢屋がシルフィール異能学園の地下にある地下牢だ』という情報だけを頭に思い浮かべるが……それだけで、今の状況に納得はできなかった。
つまり、巡り巡って、最初の疑問に戻って来るのだ。
そもそも、なぜ自分はここに閉じ込められているのか。
「……そういえば、なんで君が？」
「にゃふ？」
ハルトの声に、パニシェイラはネコ科じみた声で首を傾げてみせた。
「研究員って言ったけど……なんつーか、牢屋に来るとしたら普通、看守とか衛兵とかじゃない？ あまり研究員が来るってイメージじゃないなと思って」
「む」
言われて、パニシェイラは無言のまま「確かに」みたいな顔をした。
彼女は目線を上に向け、何かを思い出すみたいに目を閉じて、そして、
「……はっ！ はうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお！？」
唐突に少女がビックーン！ と跳ねる。
それを見ていたハルトも、つられてビク……ッと。
「そ、そうだったのです！ パーシェとした事が、オスの肉体に目が眩んでしまったばかりに『姫様』から与えられた任務をすっかり忘れていたのです！ こうしてはいられんですね！ 今すぐこのデータを持ち帰って報告しなくては！ はい！」
「な、なんだ急に……姫様？」
「そうなのです！ 何を隠そうこのパーシェ、我らが姫様から大事な大事な使命を承っているのです！ そうだったのです、変態さんとお話している場合ではなかったのです！ 最重要事項です！ 最重要項目なのです！」
「……？ へえ、なんか大変そう。……頑張ってね？」
ザ・他人事。ハルトはいい加減な激励を送る。
どうやらこの全裸白衣のパーシェちゃんは、姫様とやらから重要な仕事を任されているらしい。
研究員も大変なんだなあ……と、慌てるパニシェイラを、ハルトは無関心にぼんやり眺めていたが、
「変態さんも来るのです！」
突然だった。
お呼びがかかった。
「……え？ 僕も？」
「なのです！ そもそもパーシェ、変態さんをここから出すために牢の鍵をお預かりしたのですよ！」
「ふーん……。……え！？」
出すために？
出すってまさか、牢屋から？
なぜ捕まってるかも分からないのに、まさかもう出られるというのか？
「もう少し具体的に言いますとですねー」
それこそ研究者っぽく、パニシェイラは説明好きの口調で、
「姫様が一度、変態さんにお会いたいと仰っているのです。だからパーシェが遣わされたのです。変態さんの様態と、健康状態を調べるために。今から処罰する相手が獄中で死んでたりしたら、腹の虫が収まらんとか何とかで」
「ちょ、ちょっと待って。話について行けてない……姫様？」
「はい！ 姫様なのです！」
「その姫様ってのが、僕に会いたいと？」
「ですですでーす！」
バチコリドーン☆ とウィンク。
さらに今度は、チュバッ♡ とパニシェイラは謎の投げキッス。
いい加減に教えてくれ、その謎アピールの意味を……。
いや、今はそんな事どうでもよくて。
「姫様ってのは？ 僕、そんな高貴な呼ばれ方する人と面識なんてないけど……」
「はう？ そんなはずはないのですよ？ 変態さんは一度、姫様に会っているはずなのです。森の中で」
「……もりの、なか？」
ハルトはポカンと口を半開き。
呆けたツラのまま、パニシェイラの言葉を頭の中でグルグル巡らせる。
森の中？
ハルトの記憶にある『森の中』と言えば、それこそ森の中で起きたあの逃走劇。
背後に迫る魔獣の群れ。巨大な魔獣の瞳。起き上がる巨体。降って来る脚。
そのままハルトは、宙高く吹き飛ばされて―――
――――その『後』は？
こうして『今』牢屋に捕まっている以上、吹き飛ばされてから今に至るまでの間に、何かがあったはずなのだ。
思い出せ。何があった？
あの後……吹き飛ばされた後は、確か……。
……確か？
………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………？
あ、思い出した。
肌色だ。
生々しい肌色が、視界にいっぱいに広が―――
「あ」
最初は、ちょっとした心当たり。
それが確信に変わるまでに、そう時間は要さなかった。
「あの森はですね！ 姫様がよく学園を抜け出して水浴びをする秘密のスポットなのですよ！ 学園生でも少数しか知らないのですがね！ そして……へへ、パーシェはですね、そこで優雅にお水を浴びてらっしゃる姫様の……うへへ、美しい肉体をですね、えへへ……覗き見て、網膜に焼き付けて、それを、げへ、思い返しながらベッドの上で……へへ、でへへへへへへへへへへへ」
おそらく、部外者には決して知られてはいけない秘密を呆気なく暴露し始めた少女の事など、ハルトはもう意識にも入っていなかった。
それよりも重大な事実が、頭の全てを埋め尽くしていた。
『テメエ……今自分が何してんのか、分かってねえわけじゃねーだろうな』
あの時の、あの少女の言葉の意味が、今になってようやく分かった。
牢屋に捕まる自分。王立シルフィール異能学園の地下。何をしたか。……そして姫様という呼び名。
全てのピースが綺麗にはまっていく。
「姫様って、まさか……」
「はい！ 変態さんにお会いしたいと仰っているのは、本物の姫様なのです！」
名は、シャットアウラ＝ギルティルーク。
王立シルフィール異能学園の生徒の一人。
そして。
アミューゲル王国を統治するギルティルーク家―――『その一人娘』。
パニシェイラは、簡単にそう説明した。
それだけでハルトは全てを悟る。
牢屋にぶち込まれていた理由を。自分が犯した罪の本当の重さを。自分がこれからどんな末路を辿るのかを。
「そういえばです！ 姫様から変態さんに、一つ伝言があるのです！」
そして、
「『覚悟してろよクソ野郎。テメエを本物の地獄に叩き落としてやるからな』、だそうなのです！ はい！」
自分が本当に、不運と不幸に愛されている事を。
