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03:全裸だから変態なのか、変態だから全裸なのか

 



 ぴちょん――――


「…………?」


 頭に水滴が落ちる感覚で目が覚めた。

 ボンヤリとした意識の中、ハルトは重い目蓋を上げ、なんだ……? と周りを見渡そうとして、体に痛みが走ったのは一瞬、


「つ……。……ん?」


 身をよじろうとして、なぜか体が全く動かない事に気付く。

 ほんの少しだけドキっとしたが、見てみれば何の事はない。単に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だと知る。


 なーんだ、これのせいか。

 ほっとして、ハルトはもう一度眠りに落ちかけ、


「は?」


 クワッと目頭が裂ける勢いでハルトは目を見開いた。

 鉄の枷? なんだそれ? ―――現実に引き戻された少年は、壁に張り付けられたまま視線を巡らせる。


 そこは、薄暗く狭苦しい空間だった。


 土が丸出しの石壁と、雨水が滴り落ちる脆い天井。

 嫌悪感を覚えるほど不潔なトイレとベッドに、黒く錆び付いた鉄格子。

 外からの光は無い。

 唯一の光源は、細い廊下にぶら下げられた簡易的なランプのみ。


「……嘘だろ……」




 嘘でもなんでもない。

 数分してようやく、()()()()()()()()()()()()()()()のだと理解した。




 ……いや、全く意味が分からない。

 あまりにぶっとんだ現状に、一瞬、自分は悪い夢でも見ているのかと思い、


「ああ! 夢だったのか!」


 叫んでみたが、一向に夢から覚める気配もなく。

 というか、時間が経てば経つほど寝惚けた頭がどんどんクリアになっていって。


「現実か……」


 もう、認めるしかないのだった。

 けどそれにしたって……牢屋? しかも拘束? 罪人扱い? なんで? どうして? ―――善良な一般市民(自称)は混乱の極みであった。

 まずもって、自分が『こう』なってしまった経緯が全然思い出せない。


「え―――――――――――……っとぉぉぉぉ……」


 魔獣に追われていたのは思い出せる。そして見上げるような巨体。降って来る太い脚。衝撃波。飛ばされる自分。そのまま成すすべなく落下して……。


 そして……。


「……なんだったっけ……」


 そこから先の記憶がスッポリ綺麗に抜けていた。

 多分そこから先に『こう』なった経緯があるのだが、どれだけ頭を働かせても思い出せる気がしない。


 記憶がないまま牢屋の中という、常人なら慌てふためいてもおかしくない状況。

 しかし、そこは不運と不幸の申し子ハルト。そんな事で無様に慌てたり、焦ったりする事はない。


「とりあえず生きてる。生きてるなら、まあ……良し」


 ここまで来れば悟りの境地だった。

 だって慌てたって仕方がない。死んでないだけ、及第点としておこう。

 ……じゃないと本格的に心が壊れる。


「今さら今さら。理由も分からず牢屋にぶち込まれたくらいじゃ驚かねえぜ」


 己が不運や不幸に愛されている自覚はあった。

 だからこそ、厄介事を回避する能力だけは必死に磨いてきた。

 そうやってこれまで多くの苦難を乗り越えてきたのだ。


 ある時なんかは、ただ道を歩いていただけで突然暴れた馬車に轢かれるし。

 ある時なんかは、畑を耕していただけで野鳥の群れに襲われて全身をボロボロにされるし。

 ある時なんかは、欠片も身に覚えのない冤罪をかけられて、衛兵に一〇時間ほど尋問されるし。


 ……そういう数え切れない困難を、なんとか乗り越えてきたのだ。


 ただでさえハルトは、社会の最底辺階級『農民』。そんな貧民に、好き好んで救いの手を差し伸べてくれる奴もいない。だからこそ、一人でも生きていける力を身に付けてきた。

 ようやく畑仕事も板につき、それなりに人間関係も上手くやってきて、やっと順調な人生を見つけたと思ったのに――――


「気付けば牢屋の中ってか。あはははははは! ははは、はは……」


 アホか。

 こういう事になるのが嫌だから頑張ってきたのに、最終的にはこうなるのか。

 自覚はしていた己の不運と不幸。まさか、これほどとは。


「はぁ……」


 お先真っ暗。

 一寸先どころか、すでに闇のど真ん中でハルトはため息をつく。


「……これからどうなんのかなあ、僕」


「何を悩んでいるですか?」


「ほわぁぁあああああああああああああああああああああ!?」


 独り言にあるはずのない返事が飛んで来て、ハルトは驚愕の悲鳴を上げる。

 これには返事の主も驚いたらしい。「ひゃーお!」と跳び上がるみたいに……みたいにというか本当に跳び上がって、向かい側の牢屋の鉄格子にしがみ付き、


「ああああああああわわわわわわわわわわわ!? な、なんて凄まじい気迫なのですか! さすがは上空からのダイビングで『姫様』の裸を覗き見した変態さんなのです! 高度です、変態性が実に高度なのです! これが噂に聞く変質者! と、とてつもない神秘を感じるのですよ! ……じゅるり」


「お、おぉ……悪い、ちょっと驚き過ぎたみたいで……神秘?」


 高鳴る心臓を抑えつつ、ハルトは声の主をようやく視界に捉える。


 鉄格子の向こう側でコチラを興味津々に眺めているのは、白衣姿の少女だった。

 身長もそこそこ高く、顔つきも成熟に近い。見た目は一八歳かそこらの身体つきだが、その気の弱そうな雰囲気が、彼女の印象を実際よりも幼く感じさせる。


 ふんわりとした栗色の髪と、同じ色の瞳。

 ふっくらした輪郭。豊満な胸。艶のある素足。


 そして、白衣の隙間からチラリと覗く、()()()()()()()

 うむうむ、これはなんとも目の保養―――


「お?」


 素足? 地肌? なぜそんなものが見えるんだ?

 まさか服だけを透視する特異技能でも身に付けたのか?

 なんというご都合主義! ……という事ではもちろんなく、


「へ、変態さんが、パーシェの事を舐め回すように見ているのです! なんという嫌らしい目つき! ……はっ! まさかパーシェに欲情しているですか!? そんな……『姫様』の精美な裸体を目撃したというのに、それだけに飽き足らずパーシェにも変態的欲求を満たそうと!? そ、底知れぬ性欲です! これが男! これがオス! か、解剖してみたい! 実験してみたいのですぅ……!!」


 一人で勝手に話を進め、一人で勝手に興奮し、しまいには牢屋に閉じ込められている少年を解剖する算段まで立て始めた彼女は、何を隠そう―――

 というより、もはや隠されるものが無いぐらい。





 あろうことか、ほとんど全裸白衣であった。





「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」


 まさに言葉通り、全裸に白衣を着たままの姿で、少女は立っていた。

 かろうじて胸と股間だけは申し訳程度の布で隠しているものの、それだってもう、あって無いようなものだった。


 なんなら見える。()っけ透けである。

 というか布の凹凸で全部見える。

 本来隠されるべき、あちらこちらが!


 ナイスバデーな女性の体が、ハルトの網膜に猛烈な勢いで飛び込んで来る!


「な……っ!?」


 言葉を失うしかなかった。

 だから、失いかけの語彙力で、彼はツッコむ。


「何なんですかチミはあ!?」


 なけなしというか、ほとんど無いも同然だった。

 そして女性の裸に対する耐性も無かった。心臓がすごい勢いで跳ねて、ハルトは何か、己の下腹部で謎の熱が帯び始めるのを感じ取っていた。

 ……何かが『ナニ』とは言わないが。


「なっ、ななななななななななななんだねそのエロい格好は!? 一体全体これは何がどういう……くっ! し、視線が吸い寄せられる……!」


 一応は紳士。ほぼ全裸の少女から視線を外そうとするが、オスとしての本能がそれの邪魔をする。目を逸らそうと思えば思うほど、視線は少女の方へと動く。


 何より凄まじいのは、その少女の煽情的な格好だ。


 柔らかそうな肉質。女性特有の脂肪の蓄え方。外から見える身体つきだけでも艶めかしいというのに、極めつけが、彼女は『完璧な裸体ではない』というのが最強にいやらしい。

 ほとんど見えてしまっているとは言え、ある程度の布を身に付けているというだけで、無駄に豊富な男子の想像力をこれでもかと刺激する。


 あの布の向こう側はどうなっているのだろう。どんな形状をしているのだろう。どんな世界が広がっているのだろう。

 そういう想像力こそが、人類の人類たる所以だ。我々が他の生物と一線を画す要因とは、この想像力だと言っても過言ではない。


 やっぱり人間の想像力って偉大だなあ。

 うんうん。


「……はっ! 何を冷静に分析してるんだ僕は!」


 目の前の少女のエロさを丁寧に描写している場合ではない。

 このままでは、あまりのエロさに自分の中のリビドーがはち切れて、下腹部の方から何かが勢い良く飛び出してしまうかもしれなかった。

 ……だから、何かが『ナニ』とは言わないけど。


「あのっ、ちょっとお嬢さん!?」


「ふぉぉおおおおおおおお!? しゃべった! 変態さんがしゃべったのです!」


 ガシャアン!! とすごい音を立てて、全裸白衣の少女はハルトのいる牢屋に鉄格子に思い切り飛びついた。

 しゃべって悪いか……。そうツッコみたくなる衝動をぐっと堪えて、


「頼む! 君がどこの誰かも分からないし! 僕も何がなんだかよく分かってないけど! まずはだね! 君はもっと服らしい服を着るべきだと思うんだ! じゃないと僕、もうなんか色々と我慢ができな―――」


「はっ! これはまさか、パーシェと意思の疎通を図ろうと!? なるほどです、これほど高次元の変態に成り果てたオスでも一定の理性は保っているのですね! メモメモ……ああああ! メモするものがない! パーシェ、一生の不覚!」


「あんたの方が意思の疎通を図れてないよ!」


 普通にツッコんだ。


「いいから服を着てくれ! 僕の欲求が暴走する前に!」


「むむむ……っ! こうなったら仕方ないのです! 何が何でも()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


「だから僕の話を聞……じっけん?」


 あの少女の中でハルトがどういう扱いなのかは知らないが、どうやら少年の言葉など、あちらは鼓膜にすら届いていないようだった。


 ……というか……え、なに、どういう事?

 じっけん?

 実験!?


「今なんつった!? 実験!? なに!? 僕これから何をされるの!?」


「ふふふふふふ、そう怖がらなくても大丈夫なのですよ。ぜーんぶパーシェにお任せくださいなのです、はい」


「全部お任せしたら実験されんだろうが! ……だから何なの実験て! 説明をしてくれ!」


「ご安心を! 痛いのは最初だけなのです!」


「痛くなる感じのやつなの!?」


 逆に痛くならない感じの実験なんてあるのかどうかは知らないが、とにかく痛いのは嫌だった。


「や、やめろ! 思い直せ! ついでに自分の格好も見つめ直せ!」


「見ているです、よぉぉぉぉぉく見つめているのですよ。あぁ、これが男の体! 生まれてこのかたお父様の肉体しか目にしてこなかったですが……これが人間のオス、しかも変態さんの体なのです! なんて魅力的な筋肉! 肌の色艶も女性とはまるで違うのです! 骨格、声の高さ……ああ見たいっ、中身まで全部眺めて調べて舐め回したいのです! 瞳の味はどうなのですか! 男にも子宮はあるのですかっ! 脳の構造はどうなっているですか!? むっふううううううう!! 未知との遭遇、無知からの脱却っ、まだ見ぬ知識が手に入るチャンス! こ、コーフンしてきたのですうううううううううううう!!」


「聞いちゃいねえ……!」


 大きな栗色の瞳をギラギラに輝かせ、荒い息に鼻を膨らませ、涎を垂らして鉄格子の間に顔を突っ込み始めた少女はもう止まらない。今にも鉄の柱を突き破って内側に入って来そうな勢い。

 が、しかしだ。


「だけど残念だったね! 君は僕に手を出せない!」


 狙われたハルトはそれでも強気に、そんな風に啖呵を切る。


「見ろ! 僕と君の間には鉄格子があるんだよ! それがある以上コチラには入って来れまい! つまり! 君はもう僕に裸を見られ続けるしかないのさ! 僕に手を出したくばその壁を越えてみる事だね! ふははははー!」


「こんな事もあろうかと、パーシェ、牢屋の鍵をお預かりしているのです」


「終わりだああああああああああああああああああああああああ!!」


「はいガチャンと」


「おんぎゃああああああああああああああああああああああああ!!」


 自宅に出入りする感覚で牢屋の扉を開け、ナチュラルに足を踏み込む全裸白衣。


「ふふふ、観念するのです変態さん。すでにパーシェの射程圏内なのです」


「射程!? 何か飛び出す感じのやつですか!? いやそれよりも! いいか、落ち着け! 早まるな! 今ならまだやり直せる!」


 やり直したいのはハルトの方だった。

 具体的には、魔獣に追い駆け回される前から人生をやり直したい。


「安心するのです! やり直す気も起きないほど、この一回で味わい尽くしてやるのです!」


「安心できるか! せ、せめて五回戦ぐらいの分割払いで―――」


「そんなの我慢できないのです! 男の体、いざ! 貪り尽くしてやるのです!」


「うわああああああああああ!! 助けてくれ! 誰でもいいから助けてくれえええええええええええええ!!」


「それじゃあ感謝を込めて……いっっっただきますなのですぅぅうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!」


「いぃぃ―――――――やぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 絶叫は、どこまでも響き渡った。

 あらゆる感情が入り混じった地獄の音響は、壁を越え、大地を越え、実はハルトが閉じ込められていたのは()()()()()()()()()()()()()()()事などお構いなしに、遥か上空まで突き抜けたという。


 そして。

 壮大な絶叫が、次第に快感の喘ぎ声に変わったあたりで、二人の声はプッツリ途切れた。




 ……そこで何が行われていたのかは、推して知るべしである。



 

 

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