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02:話せば分かると言って本当に分かった試しは一度もない

 



 特別なきっかけなんてない。

 結局は、色んな偶然と必然が、タイミング悪く重なってしまっただけだった。























 ―――三〇分前―――





















「どっほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」


 爆走。

 馬鹿みたいな絶叫を上げながら、少年は深い森の中を全速力で駆け抜けていた。


 年齢は一〇代後半。中肉中背で平凡な顔立ち。しいて特徴と言えるものは、この国では珍しい黒髪と黒目くらい。

 それ以外は凡庸一色の少年・ハルトは、半分泣きながら己の不運と不幸をひたすら呪っていた。


 逃げる。とにかく逃げる。

 追い付かれたら、確実に殺される。


「最悪だ! 最悪だ! 僕が何をしたってんだ!」


 別に何をしたというわけじゃない。ただの偶然と必然が、タイミング悪く重なってしまっただけだった。

 当然それは、現状とて例外ではない。

 たとえそれが―――





 五〇体もの『魔獣』の群れに追いかけ回されていたとしても、だ。





 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!! なんて。

 魔獣の大群から一斉に放たれる咆哮は、もはや森全体を震わせるほどの爆音と化していた。


 恐ろしい大音響にビビり、思わず足元を狂わせるハルト。

 そんな彼の背後から、迫る。

 全身を金の剛毛で覆う『獅子』のような魔獣の群れが、森の木々も大地も岩も軒並み食い破り、踏み潰し、吹き飛ばし、辺り一帯を更地に変えながら。


「うわああああああああああああああ!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさあああああああああああああああああい!!」


 なんで追いかけられているのかさっぱり分からないが、こうなったらもう謝るしかなかった。

 背後にピッタリ迫る獅子の魔獣を視界の端で捉えつつ、ハルトは頭の中で「どうしてこうなった!?」―――必死にそればかりを考える。


 しかし何度も言うが、特別な理由なんて存在しない。

 一つ一つの偶然と必然が、タイミング悪く重なってしまっただけだった。



 一つ目。

 王都の外れにある寂れた土地で、ハルトが細々と農業を営んで生活していた事。


 二つ目。

 しかしここ最近の凶作のせいで、深刻な食料不足に陥っていた事。


 三つ目。

 彼の農地のすぐ近くに、たまたま自然豊かな森林が広がっていた事。


 四つ目。

 食べ物になりそうなものを探しに、ハルトがその森の中へ入ってしまった事。





 そして、五つ目。

 その森林の一ヵ所が、獅子型魔獣『キマイラ』の縄張りであると気付かず、勝手に足を踏み入れてしまった事。





 そうして、ハルトは縄張りを荒らされたと勘違いしたキマイラ達の怒りを買い、こうして追いかけ回される羽目になったのだった。


「いで! いででででででで!」


 無我夢中で走りながら、木の枝で皮膚を引っかきまくる。気付けば靴も片方消えている。足の裏がひどく痛い。石やら木片やらを踏み過ぎて、皮膚がズタズタになっているのかもしれない。

 最悪だ。不幸過ぎる。

 でも。


「グゥゥゥゥゥゥルルルルルルルルルルルルルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


「ひ!?」


 死にたくないから、走り続けるしかない。

 木々を潜り抜け、草の波をかき分けて、死に物狂いで逃げ続けて―――そして唐突に、バッ!! と開けた場所に出た。


「な!?」


 そして、立ち止まるしかなかった。


「嘘だろ!」


 思わず叫ぶ。

 しかし目の前の光景は嘘ではなかったし、叫んだところで現実は変わらない。


 ハルトの目の前に現れた、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()も、無かった事にはならない。


「ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ……」


 予想よりも近くから聞こえて来た唸り声に、ハルトは咄嗟に振り向いていた。

 そして見た。

 自分を囲むようにびっしりと、ほぼ隙間なく並んだ獅子の群れが、木々の奥からゆっくり現れるのを。


 殺気の視線。太い四本脚。そして鋼鉄すらも簡単に噛み千切りそうな牙。

 人間など太刀打ちできそうもない、圧倒的な『野生』。

 その全てを向けられて。


「ど……どうすんだよこれ……!」


 そんな事を言っても、どうしようもないのだった。

 ジリジリと距離を詰められ、ハルトは完全に袋の鼠。後ずさりで下がろうとするものの、すぐに背中が岩肌のゴツゴツした感触を捉える。


 ――――下がれない。逃げられない。

 ――――もう、本当に、どうしようもない。


「まっ……待ってくれ! 話せば分かるから!」


「グォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 決死の言葉は、何の意味も成さなかった。

 魔獣の大群が一斉に雄叫びを上げ、ぐっと身を沈ませ爪を立てる。

 元から筋肉質な脚をさらに膨れ上がらせ、瞳を輝かせ、牙を剥いて。

 そして、そのまま―――


「あっ、待!?」


 少年一人に。

 野生の猛威が殺到する。


「うわぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 その時だった。













 グラリ……と。

 ハルトの背後の岩肌が、唐突に動いた。












「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」


 時間が止まった。

 ……ような気がした。


 今にもハルトに飛び掛かろうとしていた魔獣の群れは、皆一様にまるで石化。飛び掛かる寸前の姿勢のまま、固まったみたいに動かなくなった。

 ハルトもハルトで同じく石化。自分の背後の岩肌が、明らかに『意思』を感じさせる脈動を起こした事に、思わず叫ぶのをやめて目を見開いていた。


「…………」


 そーっと……。

 少年は恐る恐る……後ろを振り向く。





 ()()()()()

 というか、()()()()()





「は?」


 緑、青、赤、黄、紫、紺、橙、白―――とにかく数え切れない色に輝く『瞳』があった。

 ただし、()()()()()()()()()()()()()()()

 それがゆっくり、岩と岩を擦り削るような音と共に、大きく一回瞬きをした。

 ハルトがそう認識した直後だった。




 ズズゥゥゥゥゥン……!!!!!! と、足がフラつくほどの地響きが鳴る。




 本当に足元が狂って尻餅をつく。そのままハルトは呆然と頭上を見上げていた。

 周囲の魔獣達もハルトに負けず劣らず唖然としたツラ。自分達の目的も忘れて、静かに空を見上げる。


 ()()()()()


 木々が地上ごと宙に浮き、鳥が一斉に羽ばたいていく。バラバラと空から土の塊が降って、一瞬にしてハルトと魔獣達の前に崖が出来上がる。

 いいや、それは崖じゃない。岩石で形成された『脚』だ。

 そう気付いた頃には、『ソイツ』は堂々と立ち上がっていた。





 全長数キロメートルもの巨体が、そこにいた。





 体の表面を岩石と鉱物で覆った生物だった。背中の上には森そのものを背負い、長い首には鋼鉄のような鱗を纏わせ、そして首の先端には……昔の書物に描かれているような『ドラゴン』の頭部を抱えた、大樹ほど太い八本脚を持つ何か。


 そんな神話的な『魔獣』が。


 悠然と、もはや世界の全てを見渡せるような高度から。

 森羅万象何もかもを見透かすような無限色の瞳で。

 地上の一切合切を睥睨(へいげい)していた。


「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」


 声一つ出せないその威圧感に、ハルトもキマイラ達も、遥か頭上を見上げながら目をパチクリさせるしかなかった。

 しかし、どれだけ規格外の大きさだろうが、相手は生物。


「……へ?」


 当然、そのままじっとしてるわけもなく、


「……ちょ……わ、うわ、うわっ、うわっ!?」


 その時だった。





 ブォォォォォォォアアアアアアアアアアアアア!!!!!! と。

 空気を押し退けるような音と共に、その巨体が脚の一本を持ち上げた。





 ちょうどハルトの目の前にあった太い脚が、鈍重な動きで真上に上昇して行く。

 この巨大な魔獣が、一体何をしようとしていたのかは分からない。普通に歩くつもりだったのか。それとも邪魔な小虫を払うような動作だったのか。


 詳しくは分からないが、一つだけ分かる事がある。

 こんな太い脚を、こんな至近距離で振り下ろされたらどうなるか。


「待て……待て待て待て待て待て待て待てちょっと待てえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」


 絶叫したのはハルトだけじゃなかった。キマイラの群れも同じような恐怖の雄叫びを上げて、振り上げられた脚から遠ざかるため一目散に逃げて行く。


 だけど、もう遅い。


 四本脚で全力疾走するキマイラの群れ。

 そんな四足獣にも追い縋るほどの勢いで爆走するハルト。

 それら有象無象を嘲笑うように、巨大な脚はあっさり地面に叩き付けられた。

 直後の出来事だった。




 なんていうか、もう、全部飛んだ。




 地中深くに根を張っているはずの大樹も、大地を覆っていた草の海も、地上にあるものは全て、脚を振り下ろされた衝撃波だけで根こそぎぶっ飛ばされた。

 魔獣の大群も、一匹残らず晴天の星になった。

 そして当然のように、ハルトも。


「んばあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 叫び声が、勝手に腹の底から迸った。

 周囲の景色が高速で回転している。

 そうしている間にも地面との距離はどんどんと開いていき、森のほぼ全体を見渡せるぐらに打ち上げられて、ようやく己の現状に気が付いた。


 いつの間にかハルトは、脚一本を視界に収めるだけでも精一杯だった魔獣の、その全身を見渡せるぐらいまで遥か遠くに吹き飛ばされていた。


 こうして見るとなお恐ろしい。その魔獣の頭部は、もはや空に浮かぶ雲の中に埋まってしまっていた。あまりに規格外な巨体。八本の脚が支える胴体だって、小さい町か村を丸ごと覆い隠せるレベルの大きさだった。


 だが今のハルトには、魔獣の巨躯にいちいち驚いている余裕はなく―――


「ふぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああああああああああ!! なんで僕ばっかあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 己に付き纏う不運と不幸を全力で呪いながら、少年は一筋の流星と化す。

 しかし、彼の不運と不幸はむしろ、ここからが本番。


「死ぬ! 死ぬっ! 無理だ! 死ぬ!!」


 せめて川の上にでも落ちなきゃペチャンコになって死ぬ! と、ようやく自分の行く末を心配するだけの余裕が生まれ、彼は初めて、自分の真下に何があるのかを確認した。

 そこには――――


「……お?」


 落ちて行く先に、緑の木々で円形に覆われた空間があった。

 その空間の真ん中で光り輝くのは、キラリと輝く鏡のような何か。


「あれ……あれ!」




 泉だ。

 ちょうど落ちて行く方角に、巨大な水溜まりがあったのだ。




「うお! おおおおおおおおお! 掴んだ! 一筋の奇跡を!」


 不幸中の幸いとはまさにこの事だと、ハルトは心の中でガッツポーズを決める。

 でも。だけど。

 果たしてそれは、本当に幸いだったのか。

 それともやはり、いつも通りの不幸でしかなかったのか。




 こうしてハルトは一直線、森の奥に出来た小さな泉に向かって、隕石のように突っ込んで行った。

















 この時の少年は、まだ知るべくもない。


 自分が突っ込んで行った泉では、一人の少女が優雅に水浴びをしていた事を。


 そして数秒後、彼の視界が肌色一色で埋め尽くされる事を。


 さらにその数秒後、彼は再び大空に吹き飛ばされてしまう事を。






 そして、さらにそれから数日後。

 彼は自身の名誉を賭けた、正真正銘の『戦争』に巻き込まれてしまう事を。









 何度も言うが、これは決して特別なきっかけなどではない。

 結局は、あらゆる偶然と必然が、タイミング悪く重なっただけに過ぎないのだ。






 


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