01:せっかくなので凝視します
「は?」
突然視界に飛び込んできた光景を、ハルトは呆然と見つめていた。
裸だ。
綺麗なミルク色の肌と、全身を構成する滑らかな曲線。
全体的に小柄な体格と、少々控えめな胸部の膨らみ。
それは、どう見ても女性特有のシルエット。
しかもまだ成熟し切っていない、成長の余地を存分に残した幼い少女のもの。
――――なんだこれ。
町外れにある大森林。その奥地に広がる小さな泉。
陽の光でキラキラ輝くその水面には、辺りを囲う緑の木々と、四つん這いになった自分の姿が、まるで鏡のように綺麗に映し出されていた。
――――待て。なんでこんな事に……。
混乱する頭をなんとか落ち着かせ、今の状況をゆっくり整理しようとする。
その時だった。
「おい」
叩き付けるように、強い声が聞こえた。
四つん這いになったハルトの下から。
ハルトに押し倒されるように水の中に倒れていたのは、一人の少女だった。
泉をふわふわと漂う、肩まで伸びた銀髪。
深紅に染まる二つの瞳は、一級品の宝石の如く輝きながらハルトを鋭く睨む。
そして……熱でもあるのだろうか。幼い少女の顔は、首の下から耳先まで真っ赤に染まっていて―――
「て……」
その少女は凄まじい眼力でコチラを睨み、不敵な笑みを浮かべてみせ、
「テメエ……今自分が何してんのか、分かってねえわけじゃねーだろうな」
その可愛らしい容姿からは想像もつかない乱暴な口調。
問われたハルトは、思わず言葉に詰まる。
「……えーっと……」
とりあえずは……どうしようか。
そう、まずは落ち着こう。
頭を整理するために、改めて少女の裸体を凝視して、心を落ち着かせるのだ。
それは、いっそ作り物めいて見えるほどの美貌であった。
整った顔立ち、どころじゃない。もはや年齢性別問わず、誰がどの角度から見たって満場一致で『絶世』を悟るような美の集大成が、幼い輪郭に収まっていた。
水に濡れて煌めく首筋。恥ずかしそうにキュッとすぼめられた肩。そこから伸びる両腕は華奢なラインを描きつつ、柔らかそうな胸を健気に覆い隠している。
引き締まったお腹。くぼんだおへそ。
ハルトの視線は、そのまま下腹部へ―――
その洗練された美は、明らかに黄金比を超越していた。
腕の立つ画家が一〇〇人がかりで挑んでも、この美しさをキャンバスに写し取る事は不可能だと確信させられるほど、その美は究極の域に達していた。
というか、要するに。
少女は完全無欠に素っ裸なのだった。
「つまり、僕は……」
ハルトは全裸の少女を見下ろしながら、声を絞り出すように言う。
「全裸の君を押し倒して、その裸体を満遍なく凝視している……っていう、事になります……」
「…………」
その言葉に返事は無かった。
しばしの沈黙が流れ、不意に少女は、
「……はあ……」
思わず気の抜けてしまいそうなため息を一つ。
で、その直後。
「いつまでアタシの裸を見てるつもりだテメエはァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
ドゴァッッッ!!!!!! と。
少女の絶叫と共に空間そのものが『謎めいた大爆発』を起こし、壮絶な轟音を鳴り響かせながら、泉を丸ごと吹き飛ばしたのだった。
……一体、どうしてこんな事になってしまったのだろう。
大爆発に巻き込まれ、涙をちょちょぎらせながら宙を舞うハルトは、およそ三〇分前の出来事を、走馬灯のように思い出していた。