00:異能学園へようこそ
「この学園へ入学する生徒には、必ず話している事よ」
優しく包み込むような声だった。
目の前の少女は、長い青色の髪をふわりと漂わせ、柔らかく笑いながらコチラを振り向いた。
「今からあなた達が足を踏み入れるのは、きっと『初めて』ばかりの世界になる。驚く事がいっぱいあると思うから、しっかり心構えをしておいてね?」
呼吸が止まりそうなほど美しい少女だった。
スラリと伸びる肢体。端正な顔立ち。そして冷たく輝く氷のような瞳。その立ち振る舞いや唇の動き、髪の流れさえも優雅な色を振り撒いているようだった。
「さ、準備はいい? 今日はまず、心構えの第一歩から」
そんな少女が。
愛おしそうに目を細め、年相応に可愛らしく微笑んで。
「それじゃあ、『入学式』を始めましょう」
告げる。
直後だった。
世界を縦に揺さ振る轟音が、少女の背後で炸裂した。
超常現象……と表現する以外になかった。
山一つなら簡単に突き崩せるような『氷の槍』と、都市一つを一瞬で焼き払うような『炎の津波』が、恐ろしい勢いで真正面から衝突していた。
壮絶極まる大爆発が発生する。
凄まじい余波が全方位に放たれる。
だが、コチラに向かって語りかける青髪の少女は、己の背後で巻き起こる超常現象になど一瞥もくれなかった。
「何度も聞いているとは思うけれど、私達、そしてあなた達が持つ『この力』は、今まで多くの先人たちが求めてきた『奇跡の力』なの」
説明の最中である事などお構いなしだった。
突如、上空から『ゴォォォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!』と謎の絶叫が降り注ぐ。
遥か頭上を、『巨大な影』が突き抜けた。
全長一〇メートルを超える大型の『飛竜』だ。
全身を虹色の鱗で包んだその怪物は、二対六枚の翼を恐ろしい勢いで振り下ろして猛スピードで天を翔けていく。
「こうしてあなた達が見ているのも、そんな奇跡の一つ」
少女の言葉と呼応するかのように、またしても超常現象が勃発する。
バギン!! という強烈な音と共に、天空に大きな『亀裂』が走った。
「三〇〇年前、この力は突如として現れたわ。当時は単純に『奇跡』と呼ばれていたこの力も、長い年月と共に法則性を見出され、安全な運用方法も整えられて、今では『奇跡』を取り扱うための教育システムまで作られるようになった」
ベギベギベギベギベギベギ!! と空間をガラスのように叩き割りながら、亀裂の向こうから身長一〇〇メートルの『巨人』が現れた。
岩石のように凹凸の激しい漆黒の肉体。その表面に浮き出るマグマの如き血流。まるで活火山が人の形を成して歩いているようだった。
その巨人な手には、燃え盛る『炎の大剣』が握られている。
「しっかり目に焼き付けてね。不可能を可能にする奇跡の力。そして、そんな奇跡すらも手中に収めた人類の進化の象徴―――」
巨人が、爆音のような雄叫びを上げる。
そのまま上空を飛ぶ飛竜へと襲い掛かる。
「―――それが私達の持つ異能力、『特異技能』よ」
圧倒的な爆轟が、天空で炸裂した。
巨人の振り回す炎の大剣と、飛竜の口から放たれた黄金の閃光が衝突し、その衝撃波が白い雲を向こう数キロメートルに渡って真っ二つに引き裂いていく。
「ふふ、緊張してる? 大丈夫、すぐに慣れちゃうから」
今なお凄まじい爆風が吹き荒れているというのに、その少女はそよ風の中にでも立っているみたいに、優しく微笑んでみせた。
……ここは、『コロシアム』と呼ばれる広大な空間。
そのど真ん中にたたずむ少女と、彼女に案内される数人の『新入生』。
そして、彼女達の周囲で今も『模擬戦』を繰り広げているのは、同じ制服を身に付けた年端もいかない少女達。
全員が全員、異能の力―――特異技能を使いこなす特異技能者だ。
「さあついて来て。この学園の皆を紹介してあげる」
そう言うと、案内役の少女は腰まで伸びた髪を翻し、新入生達に背を向けて歩き出した。
爆音と衝撃波で埋め尽くされた戦場を、のんびりと散歩気分で。
「そうね、まずは『魔法使い』の皆から紹介しようかしら」
少女は遠くを指差してみせる。
五〇メートルぐらい離れた場所に、絵本に出てくるようなトンガリ帽子をかぶった少女の集団がいた。
「『魔法』は、特異技能の中で最も多才な異能力よ。一度に多くの自然現象を操れるのが強みなの。努力が実力と直結しやすいから、魔法使いには努力家が多いの」
説明されてる間にも、事態は動く。
魔法を操る特異技能者―――魔法使いの少女達は、慣れた様子で何かを唱える。すると虚空に光り輝く文様が浮かび上がり、それが次第に伸び、分岐し、広がり、大樹のような大きさにまで育っていく。
そして……巨大な魔法陣に魔力を流す。
次の瞬間、いきなり天変地異が起きた。
炎が、水が、雷が、地割れが、凍て付いた空気が、全てを切り刻む斬撃の風が、あらゆる現象が一斉に解き放たれた。それらがある一ヵ所に向かって殺到し、着弾と同時にコロシアム全体を縦に揺さ振る。
強烈な爆音の圧力に、新入生の数人が腰を抜かしかけた。
「怖がらなくても大丈夫。私がしっかり守ってあげてるから、ね? ……そして、向こうにいるのが『超能力者』」
今度は、魔法使いとは反対側を指差してみせる案内役の少女。
彼女が指差す方角は、先程の魔法が着弾した場所だ。大量の爆炎と粉塵が舞い上がり、天まで届く塔のように屹立している。
「『超能力』は魔法とは違って、一つの現象しか操れないの。その代わり、精鋭特化。単体での戦闘能力なら魔法よりも上よ」
その直後だった。
ゴッ!! という烈風が渦を巻き、爆炎と粉塵を瞬く間に引き裂いていく。それは外側からの力ではない。爆炎と粉塵の『内側』から放たれていた。
視界が開けた爆心地から、無傷の少女が姿を現した。
数人がかりの魔法を、たった一人の超能力者が受け止め切ったのだ。
「ほら、次は上を見て」
そう言って、案内役の少女は顔を上げる。
「あのこわーい巨人を喚び出したのが『召喚術師』。そして、飛竜を操って飛んでいるのが『使役術師』よ」
新入生たちの頭上では、飛竜と巨人が規格外の戦闘を繰り広げている。
巨躯と巨躯のぶつかり合いだった。
相手の首元に噛み付こうとする飛竜と、そんな飛竜を拳で殴り返す巨人。そのまま相手を踏み潰そうとする巨人の足を、目にも留まらぬ速度で回避する飛竜。
旋回した飛竜の爪が、巨人の片目を抉った。
反撃とばかりに振るわれる巨人の大剣が、飛竜の翼を二枚ほど切断した。
翼の羽ばたきが生み出す暴風。巨大な剣が空気を切り裂く衝撃波。そうした余波すらも互いにぶつけ合い、相手の肉体を傷付けていく。
「まずは召喚術師―――『召喚術』の使い手ね。彼女達は、こことは違う『異世界』と繋がれる唯一の人材よ。異なるものを寛容に受け入れる精神は、この学園ではとても重要になってくるわ」
ゴッ!! 飛竜の口から神々しい閃光が放たれた。
ボッ!! という唸りを上げて、巨人の大剣が振るわれた。
交差は一瞬。
閃光は巨人の胸板へ、大剣は飛竜の胴体へと一直線に叩き込まれる。
「最後に使役術師―――『使役術』の特異技能ね。この世界に存在する『魔獣』を使役するには、それなりの実力と教養、そして根気が求められるの。皆を引っ張り上げてくれる先導者として、彼女達はとても優秀よ。頼れる先輩もいっぱいいるから、困った事があったらぜひ相談してみてね」
ズズン……ッッッ!! という重い振動が、コロシアム全体を縦に揺らした。
共倒れした巨人と飛竜が、地面に突っ込むように倒れて来たのだ。
全てが規格外のその光景。日常生活では決して経験する事のない異常の数々。
しかし、これほど圧倒的な光景にも、案内役の少女はいちいち驚かない。
これが彼女達、特異技能者にとっての『普通』なのだから。
「これからあなた達は、特異技能を正しく操る術を、この学園で学んでいくわ」
少女は言葉を続ける。
「力は持ってるだけじゃ、ただの凶器。だから正しい使い方を知らなくちゃね。それが特異技能者として『覚醒』した、私達の義務よ」
彼女は再び新入生達の方を振り向いて、いたずらっぽく笑いながら、
「さて、長話はこの辺で終わりにしましょう。どう? 心構えはできた?」
爆音が続く。轟音が炸裂する。
少女と新入生達の周囲では、未だ模擬戦の真っ最中だ。
魔法によって生み出された数十もの現象と、超能力から発生した莫大な烈風が衝突し。
召喚術で異世界から呼び出した三〇体の召喚獣と、使役術によって暴れ回る五〇匹の魔獣がぶつかり合い。
その余波が、止まる事なくコロシアムを埋め尽くす。
「ここから先は、あなた達の学園生活。皆がこの学園で、何を学んで、何を知って、どんな活躍をしていくのか……私、すごく楽しみにしてるわね」
目を細めて少女は笑い、正面から新入生たちを見据える。
「改めて歓迎するわ、次世代の先駆者達」
彼女は言う。
「ようこそ、王立シルフィール異能学園へ」