第37話
ルベン町長であるタンザの行方を求めて、ディナの都を訪れたアルディア達。
ディナの都で政に携わっているディアを尋ねたものの、ディアからもタンザの行方も、ハインについての情報も得ることは出来なかった。
ディアの屋敷を後にし、あてもなくディナの町中を歩いていた一同。するとそこに、黒馬に乗った魔族が率いる集団によるトラブルに遭遇したのであった。
――――ディナの都・町中
「よく聞け、愚民ども!」
黒馬に乗った魔族は、野次馬に向けて話しかけるように、大声でそう叫ぶ。
そして、
「貴様たちも知らぬわけではあるまい? 俺の名は『ハイン』。四柱帝『妖帝ラファエル』様の直属の僕」
と自分の事を話し始めた。
「あいつがハインか」
ハインと名乗った魔族の言葉を聞き、そう反応するザフィーア。
「あたしと同じ、耳尖ってるし、魔族だよねぇ」
「っていうか自分でラファエルの僕って思いっきり言ってるし……」
ルービィ、エスメラルダも、ハインの言葉に反応し、各々そう言葉を口にした。
一方ハインはというと、アルディア達の事にまだ気がついていないらしく、話を続けた。
「この女は、妖帝ラファエル様の直属の僕であるこの俺の前を横切っただけでなく、あまつさえこの俺の進行を妨げた。この俺の妨害をするという事は即ち、妖帝ラファエル様に宣戦布告をするということ。よって、ラファエル様に刃向かった愚か者がどのような末路を向かえるか、見せしめのために、今この場で処刑することとする!」
「「「「……は?」」」」
ハインの暴論に、思わず言葉を漏らしてしまうアルディア達。
「いやいや、言っている意味がわからない……」
エスメラルダは呆れた様子でそう言う。
「よかった。わからなかったのあたしだけじゃなかったんだ……」
エスメラルダの言葉を聞き、少し安心した様子でそう言うルービィ。
一方、アルディアは、何も言わずただ目の前の様子を見ていた。
そして、ザフィーアはというと、
「……これは、最悪の事態を考えるべきか」
と、眉間に皺を寄せながらそう呟いた。
そして、
「エスメ、悪いがアルを連れて宿に戻ってくれないか?」
と、エスメラルダに声をかけた。
「アルを連れて宿に? この状況で?」
ザフィーアの突然の言葉に理解ができず、思わず聞き返すエスメラルダ。
だが、ザフィーアは、
「恐らくだが、最悪の事態になる可能性がある。流石にアルにソレを見せるわけにはいかないだろう?」
と、エスメラルダに説明をした。
それを聞いたエスメラルダは、
「成る程。……て事は止めれそうにもない?」
と納得し、その上でザフィーアに尋ねた。
「数が数だ。それに都の人も居る。止めるつもりだが、上手くいかないかもしれない」
「そっか。わかった」
ザフィーアの言葉に、そう答えた。
そして、
「アル、行こう」
と言うと、アルディアの手を強引に引っ張った。
「え? ちょっと、エスメ君」
突然自分の手を引っ張り、連れて行かれたアルディアは、驚きながらエスメラルダにそう言う。
だが、エスメラルダは、
「いいから、早く!」
と言うと、アルディアの手を強く引っ張り、その場を去ろうとした。
アルディアはわけもわからないまま、エスメラルダに手を引っ張られるまま、ハインのいる場所を振り向きながらも、その場を後にしたのであった。
「た、助けて……」
アルディアとエスメラルダがその場を離れた時と同じくらいのタイミングで、ハインに命を狙われている女性が周囲に助けを求める。
だが、集まってきていた人々は、ハインがラファエルの名を出したこともあり、誰も彼もが目をそらしてしまっていた。
ハインはその様子を見ながら、
「ハハハ、誰も俺には刃向かわんよ。なんたって、俺のバックには四柱帝ラファエル様がいるのだからなあ!」
と、得意気に笑いながら、女性にそう言った。
すると、
「虎の威を借る狐、とは正にこのことだな」
と言いながら、ザフィーアが群衆の一歩前に出る。
続けてルービィも、
「狐? あいつが金髪だから?」
と、一歩前に出ながら、ザフィーアに尋ねた。
ルービィの問いかけに、ザフィーアは
「そういう意味ではない……」
と、呆れた様子で返したのであった。
「あ? 貴様ら、何者だ?」
自身の前に現れたザフィーアとルービィに気がついたハインは、両者を睨みながら尋ねる。
「悪いが、四柱帝の配下に名乗る名前は持ち合わせてはいない」
四柱帝の配下である自身の前に立ちはだかった上、虎の威を借る狐とまで言われたことに、明らかに不機嫌な様子を露わにするハインに対し、ザフィーアは淡々と、ハインにそう答えた。
だが、ハインはザフィーアの腰に携えている刀を見ると、
「その刀……。成る程、貴様、ガブリエルを倒した一味の、冬雪の魔剣士だな」
とザフィーアに言った。
「だとしたら?」
自身にそう言ってきたハインに対し、そのように返すザフィーア。
「ふん。海を支配していただけのガブリエルを倒したくらいでいい気になっているようだが、俺の主は全大陸で人魔密度の高い東の大陸の支配者、妖帝ラファエル様。同じ四柱帝でも格が違うのだよ、格が!」
「だから何だというのだ?」
四柱帝ラファエルについて語るハインに、そう返すザフィーア。
「っていうか何で急にラファエルの話してんの?」
ザフィーアの横に立っていたルービィが、素朴な疑問としてそう言った。
「貴様達が敵に回そうとしているラファエル様がどのようなお方か今一度教えてやったのだよ!」
ルービィの言葉に対し、ハインは声高々にそう答えた。
そして、
「ラファエル様を敵に回す覚悟があるなら……。今ここでこの俺を止めて、この女を助けてみるか?」
と、煽るかのようにザフィーアとルービィに尋ねた。
「無論、そうさせて貰おう」
ザフィーアはそう言うと、腰の刀に手をかけ、ハインに向かって駆け寄った。
そして、そんなザフィーアを見て、ルービィもまた、両手に炎を纏わせ、ハインに向かって駆け寄ったのであった。
ザフィーアとルービィが自身に駆け寄ってくると、ハインは左手首につけているピンク色に輝く腕輪を掲げると、
「てめぇら、前に出ろ!」
と叫んだ。
すると、ハインのつけている腕輪が更に強く光り輝きはじめる。そして、その光に応えるかのように、ハインの後ろで待機していた人族や魔族たちは、ハインの前に出て、ハインを守るかのようにザフィーア達の前に立ち塞がった。
「!!」
統率された動きに、驚いた表情を浮かべるザフィーア。
一方ルービィはというと、駆け寄った勢いからの攻撃が止まらず、そのまま壁となった者を殴ってしまった。
「うわー、ごめん!」
自身の攻撃で殴り倒した相手に、思わず謝罪の言葉を言ってしまうルービィ。
「ルービィ、謝る必要はない。そいつらは敵だぞ!」
殴り倒した相手に謝るルービィに、ザフィーアは声を上げ、そう言う。
「そう言われても……」
ザフィーアの言葉にルービィはそう言いながら、最低限の攻撃で自身に襲いかかり、ハインの壁となる者達に応戦していた。
また、ザフィーアも流石に斬るのは抵抗があったのか、刀の峰側に向きを変え、応戦をしていた。
四柱帝ガブリエルとの戦いを乗り越えたザフィーアとルービィ、一方で数は多いものの一般の者達。流石に戦況としてはザフィーアとルービィが一方的に優勢な状況ではあった。
しかしながら、ハインの命によって動く者達は、倒されてもなお、表情一つ変えず起き上がり、再び襲いかかり、ハインの壁となった。
「くっ……、厄介だな」
「っていうか表情一つ変えず起き上がられると不気味なんだけど……」
何度も立ち上がるハインの配下を見て、思わずそう言葉にするザフィーアとルービィ。
だが、そう言いながらも、攻撃の手を休めることはなく、立ち塞がる者達を次々と倒していた。
だが、そんな両者をハインはいつまでも待ってはいなかった。
ザフィーアとルービィが自身の配下と戦っている一方、ハインは目の前の女性の処刑を執り行うため、右手に持つメイスに魔力を込めた。
すると、メイスはどんどんと長さを増し、メイス先端の金属製の打撃部分は刃へと姿を変えた。
「何アレ!?」
ハインの手に持つメイスの姿が変形したのを見たルービィは、思わずそう叫ぶ。
「金属性魔法か!」
ルービィ同様、ハインの持つメイスを見たザフィーアが、金属性の魔法による変形であると言った。
だが、そんな両者の反応に目もくれる様子もなく、ハインは手に持つ槍の矛先を女性に向けた。
そして、
「死ね、女ァ!」
そう叫ぶと、うつ伏せに倒れ込む女性の胸部を狙い、背中から突き刺そうとした。
「しまった!」
間に合わないと悟ったザフィーアが、思わずそう叫ぶ。
するとその時である。
「何の騒ぎだ」
戦闘中の一同の背後から突然、男性の声が聞こえた。
その声に反応し、ハインは思わず槍を持つ手を止める。
ザフィーア、ルービィも、聞き覚えのある声に、戦闘の手を止め、声のする方を向いた。
するとそこには、大勢の兵と、そしてその戦闘には馬に乗った黒茶色の髪を一本にまとめた男性の姿があった。
「ディア殿……」
男性の姿を見て、ザフィーアは思わずそう呟いたのであった。




