第2話
ゼブルンの町にて同じ目的を持つエスメラルダと出会ったアルディア。
二人はカスティード国を目指すため、北の大陸へと向かう船が出る町『ルベン』を目指し、林の中を歩いていた。
――林の中
「へぇ~、エスメラルダ君って男の子だったんだ」
「そうだよ。見た目のせいでよく間違えられるんだけどね……」
「わかる。私より肌白いし髪もサラサラだもん」
何気ない会話をしながら、整備された道のない林の中を歩いていく二人。
「……今更だけど、本当にこの先にルベンって町があるの?」
「うん。方角は間違ってはいないよ」
アルディアの問いかけにそう答えながら、地図とコンパスを見るエスメラルダ。
「でも、全然道ないよね」
「ルベンは地図上で見ればゼブルンやアシェルからは近いんだけどね。でもゼブルンもアシェルも他の町とはそんなに交流もないからね。往来の多さを考えると、ゼブルンからは街道は造られなかったんだろうね」
「成る程……。私、アシェルとゼブルン以外行ったことなかったから全然知らなかったよ」
「まぁこれから色々と見ていくわけだし、どんどん知っていけるよ」
「そお?」
そんな会話のやりとりをしながら、更に林の中を進んでいく二人。
すると突如、左前方の草がガサガサッと音を立てながら揺れ出した。
草の音に反応し、アルディアはロッドを、エスメラルダは長尺の杖を構えた。
二人が身構えると、草の音の主は待っていたかのように、ゆっくりと姿を現す。
二人の目の前に現れたのは、赤茶色の髪を二つ結びにした女性であった。
背格好から、二人よりは少し年上と思われるその女性。緋色のノースリーブのチャイナドレスに黒色のパオを穿いた拳法家のようなその服装は、東の大陸ではあまり見かけない格好ではあったが、二人の目はその服装よりも女性の尖った耳に向いていた。
「もしかして……魔族?」
「魔族?」
エスメラルダが突然つぶやいた『魔族』という言葉。
初めて耳にする言葉に、アルディアは思わずエスメラルダに聞き返した。
「うん。僕たち人族と同じく、魔法を使って文明をつくっている種族。殆どは僕たちと同じような見た目をしているし言葉は通じるけど、魔族は耳が尖っていて、歯が猫のようにギザギザになってる点が人族とのわかりやすい違い」
「成る程。だから魔族ってわかったんだね」
「そーいうこと」
そんな会話をしている二人のところへ、魔族の女性はゆっくり、ゆっくりと歩いて近寄っていく。二人はいつ行動を起こすのか伺いながら、身構えた状態を継続している。
そして魔族の女性が二人の目の前まで歩み寄ると、歩みを止め、その場に立ち止まった。
いよいよ行動を起こすか? 二人はそう思いながら、手に持った杖を強く握る。
すると
「た……食べ物……」
魔族の女性はそう言うと、その場でゆっくりと倒れ込んだのであった。
――港町ルベン・飯屋
「ガツッガツッガツッガツッ」
空腹で倒れた魔族の女性を連れてルベンの町の飯屋に入ったアルディア達。
食事にありつくなり、魔族の女性は物凄い勢い料理を食べ進めはじめた。
そしてアルディア達のテーブルの上には、女性の食べた料理の空き皿が山のように積み重なっており、その様子を見た周囲の人々は、唖然とした表情を浮かべていた。また、エスメラルダも周囲の人々と同様、飲んでいたレモネードのカップを持ったまま、唖然とした表情を浮かべていた。
一方、アルディアはそんな周囲の様子はお構いなしに、自身の頼んだ料理を次々と食べ進めていた。
そして、魔族の女性は現在食べている料理を食べ終えると、
「っはぁー! 食った食ったー!」
満面の笑みを浮かべ、大きくなったお腹をポンポンと叩きながら、そう言った。
そんな女性の様子を見ながら、エスメラルダは
「あ、はい、そうですか……」
と、乾いた声でそう言う。
そしてアルディアも
「すっごい食べるね~」
と、料理を口にしながらそう言う。
「いや、アルディア、君も相当だからね?」
アルディアの言葉に対し、テーブルの上に積まれた皿の山を指さしながらそう言うエスメラルダ。と言うのも、魔族の女性ほどではないものの、アルディアもまた、かなりの量の料理を食べていたのだった。
「いや~、ホント一時は空腹で死ぬかと思ったわ~」
満腹のお腹を今度はさすりながら笑顔でそう言う女性。
「まぁ、九死に一生を得たのであればそれはようござんしたね……」
唖然とした表情が戻らないまま、エスメラルダは魔族の女性にそう言った。
「ところで、貴女はなんであんな林の中にいたの?」
「っていうか僕としてはそろそろ自己紹介して欲しいんだけどね」
「あーゴメンゴメン! あたしの名前はルービィ。あの林のあたりに住んでて、通りかかった人から食料とか貰ってたんだけど……」
「え? ルービィ!?」
ルービィという名を聞くと、ルービィと名乗る魔族の女性の話を遮るかのようにそう言うエスメラルダ。
「え、うん。あたしはルービィだけど?」
不思議そうな顔をしながら改めて名乗るルービィ。アルディアも同様に不思議そうな顔をしながら、
「どうしたの? エスメラルダ君」
とエスメラルダに問いかけた。すると、エスメラルダは、
「アルディア、ちょっと!」
そういうと、アルディアの腕をぐいっと引っ張り、アルディアの顔を自身の顔に近づける。
そして、小声で、
「ヒソヒソ(やばい! あいつ、この辺りを縄張りにしている女野盗ルービィだ)」
と囁いた。
「え! 野盗!?」
エスメラルダの耳打ちを聞いたアルディアは思わず大声を出す。
エスメラルダは慌ててアルディアの口に手を当てると、
「ヒソヒソ(馬鹿! 声が大きいよ!)」
「ヒソヒソ(ご、ごめん……。でもあの人? 食べ物は貰ってたって……)」
「ヒソヒソ(貰ってたってのは本人の主張だよ。実際は奪ってたんだって!)」
「ヒソヒソ(えぇ~……。……でもそんな悪そうな人? には見えないけどなぁ)」
「ヒソヒソ(見た目や言動は確かにそうだけど……。まぁでもこれ以上は関わらない方がいいね)」
エスメラルダはアルディアに小声でそう言うと、ルービィの方を向き、
「ねぇルービィさん。お腹もいっぱいになった事だし、そろそろ店を出ない?」
と問いかけた。
「そーだね。いつまでも居ても悪いしね~」
エスメラルダの問いかけに、そう答えで席を立つルービィ。
「じゃあ皆の会計は僕がしておくから、二人は外で待っててよ」
「「は~い」」
エスメラルダの言葉に二つ返事で答えるアルディアとルービィ。
そして席を立ち、エスメラルダは会計カウンターへ、アルディアとルービィは店の外へと出て行った。
「(しかし二人とも、滅茶苦茶に食べてくれたなぁ……)おいくらでしょうか?」
財布の中身を確認しながら店員に尋ねるエスメラルダ。
「えーっと……、合計で4,980ガラッドです」
「4,980ガラッド!?」
店員より合計金額を聞いたエスメラルダは、予想外の金額に思わず裏返った声で金額をオウム返しする。
「あ、はい。4,980ガラッド、です」
急に変な声を出したエスメラルダに少し圧倒されながらも、改めて金額を伝える店員。
改めて店員より金額を聞いたエスメラルダは、冷や汗を流しながら財布の中身を改めて確認をする。
「(おいおい、嘘だろ? この店のメニュー、大体1品数十ガラッド程度、高くても100ガラッド前後だよ? 何で4,980ガラッドも行くのさ)」
心の中でそう思いながら、財布の中のお金を確認するエスメラルダ。
しかしながら、彼の財布の中には2,000ガラッド程度しか入っておらず、店の精算をするだけのお金は持ち合わせていなかった。
「(嘘だろ? 足りない……。アルディアやルービィを呼び戻して出して貰う? いやいや、そもそもアルディアは元々全然お金持ってないし、ルービィも空腹で行き倒れするような状態だから持っているとは考えにくい)」
「あのー、お客様?」
財布の中を確認しながら硬直をしているエスメラルダに声をかける店員。
しかし店員の声にも反応をせず、エスメラルダは財布を見ながら硬直したままであった。
「(どうする? そもそもカスティードへ行くための定期便代の事もあるのにどうすれば……)」
相変わらず財布の中身とにらめっこをしながら硬直をしているエスメラルダ。
「(……仕方ない。これだけはやりたくなかったけど……)」