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夏至物語  作者: 川光俊哉
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(9)

 あと百段くらいのあいだ、なんにも言わなかった。鳥居をくぐった。まっ赤な鳥居が、十段にひとつ。ぱっとひらけて、そこは公園で、砂浜みたいに白い、でもかたい土がたいらにひろがってて、月に忘れた探査機、ロケットみたいに、ぽつり、ぽつり、ジャングルジムとか、ぐるぐるまわる、まるい檻、グローブジャングル、シーソーは黄色くて、水飲み場、ブランコ、鉄棒、みんなはなれて立っていた。

 ブランコのくさりにさわって、がちゃがちゃさせて、前、うしろ、学校の木造のほうの旧体育館のげた箱、消火器の上にある古時計のふりこ、あんなふうにゆらした。体育館はかびくさくて、あたらしいほうの新体育館が上級生につかわれてると、そっちで体育の授業がある。風邪っぽくて休んでいたとき、バスケットボールやってて、そういえば優子ちゃんも休んでた。三角に体育すわりして、ボールを目で追いかけるわけでもなく、床の板のあみだくじみたいな線をじっと見てた。ぼくは入口の右側であぐらをかいてた。優子ちゃんは、一番奥のステージのまんなかの階段の一段目にいた。あんなにちいさくなれるのか、って、変なことに感心した気がする。あのとき、話してみればよかった。

「暑いね」

 なんて。たしか、暑かった。蝉が鳴いてないのがおかしいと思った。

「なにそれ」

「今日は、暑いと思うんだけど」

「わたしも思うよ」

「なにしてればいいんだろ。先生、なんにも言わないから分かんない」

「なんにもしなくていいよ。本でも読んでれば」

「図書室で」

「どうでもいいよ。行きたければ行けばいいやん。わたしは知らん」

「優子ちゃんが言ったんだけど」

「うるさい」

「優子ちゃんも風邪ひいたの」

「めんどくさい」

「ああ、めんどくさくて、仮病なの。まあ、ぼくもやれないことはないくらいなんだけど、バスケットボールね、あんまり得意じゃないし、おもしろいと思わない。誰がこんな変なルールの遊びを考えたんだろ」

「神さま」

「神さまが、地球と火星と太陽とかを見て思いついたのかな。木星、金星、土星、あとなに、水星、ばらばらにちらばって、宇宙をごちゃごちゃに行ったり来たり、たまにぶつかったりして、そういうのを見てた神さまの思い出がバスケットボールってこと」

「そゆこと」

「よかったね、ちゃんと太陽系になって」

「めんどくさいな」

「なにが。見てるのが」

「あんたが」

「なんで」

「うるさいよ。ほっといてって言ってるでしょ」

「言ってないけど」

 優子ちゃんを怒らせるだろうと思う、あんまりよく知らなかったから。いまも、別に知ってることはそんなに増えてない。優子ちゃんの読む本、シャーロックホームズをよく読んでるみたいだってことくらい。

 授業が終わって、古時計の前を通った。とまってた。さびたトランペットみたいな、あのふりこ、満月におはしを突きたてた、あのまんまるが一番下、まっすぐになって、動かない。長い針、みじかい針も、とまってた。それから、次の旧体育館の体育まで一週間あったけど、消火器の上にはバレリーナの絵がかかってた。カーテンが燃えてるように見える背景があって、青白い顔の外国の女の人が、白い服でおどってる。炎にかくれて、タキシードの男の人がへそから下だけのぞいてる。ぜんぜん、たのしそうじゃない。火の粉が飛んで、バレエのみじかいスカートのすそに燃えうつって、熱くて泣きそうになっているみたいでもあって、だったら、おどっているんじゃない、どこかのステージが火事になって、あわてて逃げてる。そんなふうにしか思えなくなってきた。友達に、

「古時計なくなったね」

 って話した。

「大きなのっぽの」

「そんなに大きくないし、だから、のっぽでもないけど、古い」

「なくなったんだ。どこにあったの」

「ここ。この絵のところ」

「この絵のどこ」

「どこ、じゃなくて、この絵のところ。なくなって、かわりに絵が」

「この絵、気持ち悪いよね」

「もういい」

 旧体育館の正面のげた箱、床と壁は、コンクリートと石と黒くてつやつやした木だけで、うす暗い。午前中は少し寒い。友達の顔がよく見えなくて、友達だったとは思うけど、誰なのか知らない。靴ひも、むすんで、こつこつ、足音をたてて走っていった。蝉の声が、さあ、って急にボリュームをあげたみたいに下のほうからわきあがってきた。頭の先までつかって、おぼれそうで、背中だけになった友達はいなくなるし、暗いなあと思ってたら、空がくもってて、本当は蝉じゃなくて夕立、じゃない、にわか雨だったみたいだし、わけが分からなくなった。

 ブランコが、とまってた。ぼくは、なんにも考えずに、ただゆらしただけで、そういうのあるでしょ、ここを通るとき、いつもそうする。だから、いつもみたいにそうしただけ。優子ちゃんがいなくなってた。

 木がたくさん生えている小山、そこから川が流れてて、底はタイルが敷きつめられてる。われた教会のステンドグラスを、もう一度、集めて、でも、てきとうにしきつめたみたいで、きれいだった。シーソーの真上、身を乗りだして原始時代みたいな、パイナップルみたいな、シダ植物が影をつくってて、頭がつかないように、シーソーを渡っていくと、ジャングルジム、そこで小山にそってぐるっとまわって、ちらっと振りむいたら、柵にかこまれて、まんなかより少し上、すずしそうな屋根つきの休憩所がまだらな影のなかで、ただようみたいにゆらゆらしてる。

 飛び石が足もとにあって、踏むでしょ、そしたら、次も踏むことになって、どんどんジャンプさせられて、いつのまにか黒いじゃりのみずうみ、一番大きな石の上に立って、やっとぼくは優子ちゃんはいないかとゆっくりまわりを見ることができた。

 まわり、っていうか、正面にいた。神社の黒いゼリーみたいな影、そのなかに埋まった黒いいちご、優子ちゃんは賽銭箱の前で、階段に腰かけてた。もう、こっちを見てる。

「まだいたの」

「そうだよ、いたよ」

「めんどくさい」

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