(7)
思わず、わたし、
「知ってる、それ」
って言ったけど、ふたりはまだ無視するの。家の人、なんかの用事で、家でわたしひとりで、押入れから探しだした花火に火をつけて、何年前のか分からないけど、台所のシンクで、けっこうきれいだった。
田んぼにかこまれた、田舎の一軒家、光は、たぶん、その夜は月も出てなくて、線香花火は、どろっとした夜の深さ、重さにたえきれないみたいに、何度やっても落ちて、わたしの背負った大きな影、線香花火が燃えるあいだじゅう、肩をふるわせて、うつむいてて、線香花火が消えれば、わたしとわたしの影はなくなる、砂糖は、砂糖は白いけど、黒砂糖、コーヒーに溶けるから、って思ってたら、
「行こうか」
「ちょっと待って」
「そんなのほっとけよ」
「でも」
「行くよ」
「待ってよ」
うるさいな、と思った。
げたの音が、かたかた、ねずみのおもちゃみたいに、男の人のあとを追いかけていった。男の人は大またに、なんか思い出したのか、ずいぶん急いでるみたいだった。
藍色の男の人の浴衣が、まず見えなくなった。女の人のほうの白地の浴衣は、ちいさな点になって、どんどん、ちいさくなって、砂糖みたいには夜に消えない。なんで、って思った。
しばらく、足音、耳の底に残っているみたいで、わたしはベンチにすわって、もたれた背中がだらっとうしろに折れて、どうすることもできず、そのまま休んでいるしかないかもしれないけど、眠ってしまうとあとがめんどうだと思った。そしたら、
「遅かったね」
って、夢うつつのわたしに、言った、誰か、
「うん、置いていかれちゃった」
なんか、よく分かんないけど、なんとなくこたえた。わたしもなに言ってるのか分かんない。
「そう」
「さみしいね」
「ひどいね」
さっきのふたりの知り合いの人なのかと思った。わたし、誰かとまちがえられてると思った。
「ねえ、こんな時間までなにしてたの」
「おまつり、行ったの。ひとりで。帰れなくなっちゃった。花火はきれいだった。お金ないから、たこ焼きとか買えなかった。ヨーヨーつりしたけど、なくなっちゃった。なんか、ごみみたいなおもちゃ売ってるお店で、知ってる同級生がいて、見つからないようにって、体を変な感じにねじって、おとなりのお店、ガラスの動物園みたいなのを見ようとして、地べたに置いてあるまっ白の光の電球に足があたって、ちょっとやけどしたかも。ここの、すねのとこ」
「それで」
「それだけ。終電に間に合えばいいと思ってたら、バスは八時くらいで終わるでしょ。田舎だね。どうしようもないよ」
「わたしは、たいくつだから、散歩してる。最近、寝れない」
「ずっと寝てないから、今日も寝なくていい。帰らなくてもいい」
「心配するよ、お父さんとお母さんが」
「しないと思うよ。たぶん。いま、誰も家にいないと思う」
「わたしの家もそう。親たちはわたしのことなんかほっといて、いつもけんかしてた。それで、離婚した」
「それで」
「ちがうわ」
「なにが」
「説明、横着しようと思った。けんかはしなかった。でも、離婚した。それで、ええと、再婚した。あたらしいお父さんができた。お兄さんもできた」
「よかったやん」
「よくはないけど」
「わたしも、あたらしいお父さんとお母さんができるといいけど」