少女の世界(一年目の春④)
ふわりふわりと可愛らしい桃色の花びらが舞い踊り、ステップを踏む。
まるでお辞儀をする様に、その桃色の花びらの主——桜の木の何倍もある非常に逞しい木の根に何枚も落ちていく。
花弁達のダンスホールの主役である神葉樹の傍には、花嫁であるストロベリーブロンドの髪が特徴的な少女——咲初が静かに佇んでいた。
——彼が来てから、はじめての春とのさよならが近い。
"守人"が決まってしまった。
いつかはこの日が来る事は分かっていた。
分かっていたのに。
天使様が来るのが怖かった。
"楽園の花園"……この小さな、まさに鳥籠で大半を一人で生きてきた少女にとっては好奇心よりも恐怖が勝っていたのだろう。
——ただ、彼は。
彼だけは、名前を聞いてくれた。
私のたった一つの忘れかけた名前を呼んでくれた。
少女は、花や葉のモチーフが彫られた可愛らしい装幀の皮革製で出来たどこかレトロな冊子を開いた。
(リヒトハインさんにとってはお仕事…分かってる……けど…一緒にすごした時間を、大切にしたいの…)
書くことをどうか許して下さいと、まるで神に祈る修道女の様に。
手を胸の前で組みながら、ただ、願う。
…はっきり言ってしまえば、咲初はリヒトハインといて楽しいのだ。
彼がどう考えているかは別にして、真剣に彼女の話を聞いて共に花の世話をする者は、久方ぶりなのだから当然だろう。
真っ白な何も書かれていないその最初の世界に、少女は小さく丸い文字を書き込んでいく。
この一日一瞬を忘れないように。
「私は……ほんとうに……貴方の花嫁になるのね……
……神葉樹さま……」
優しく包み込む様な、ぼんやりと琥珀色に輝く飴玉のような月の光と、つやつや透明なガラスの反射を一身に受けて、美しく佇む神に。
花の乙女は、自身の伴侶に寄り添いながら。
全てを忘れる様に目を閉じた。
忘れたくない記憶を小さな体で大切そうに抱え込みながら。
少女の小さな蕾は真っ白に膨らみ始め、ふわりと優しく、ほのかに甘い、喜びを運ぶ香りが風に流れていった。
——少女と青年の、はじめての夏が、すぐそこまで来ている。