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プロローグ

 美しく紅く、ルビーのようにキラキラと輝く太陽は

 そろそろおやすみ。

 別れを告げる頃。


 そんな黄昏時の空をぼうっと見つめる、一つの人影があった。


 狼のような毛並みに対して、自身の容姿に興味がないのだろう。無造作な、まるで草葉の移り変わりのような、枯草と新緑のグラデーションが特徴的な長髪の青年——リヒトハインは、周囲を見回す。


 夕日が反射して燃えるように輝く一面の草原に、いくつもの木々。

 先には小さな街に都市が見える。そして、一際目立つ特徴的な"ある建物"があった。



 ——まさに黄昏の世界だった。

 栄えていた文明は潰え、荒廃していったこの世界では、今では木々や花々が美しく咲き誇り、それらが街や都市に恵みを与えていた。



(路銀がそろそろ尽きるな。手頃な依頼があると良いが……)



 リヒトハインは、金で動く傭兵だ。

 天涯孤独のこの青年は、旅をしながら、傭兵稼業で稼げるだけ稼ぎ、また旅を再開する。

 これを繰り返していた。


 今回も同じように、それを繰り返す…はずだった。



 ✿❀



 空はもう暗くなり、月が優しく周りを照らす。

 優しい月に見守られながら、賑やかな都市に辿り着いたリヒトハインは酒場に足を向けた。

 酒が苦手な彼の目的はただ一つ、次の依頼を探すためだ。



 カランカランと、凛としたドアに付いていたベルが鳴り響く。



「いらっしゃい!」


 明るく出迎える酒場のマスターとその妻である受付の女性は顔馴染みであるリヒトハインだと分かると嬉しそうに話しかけた。


「あら! リヒトハインくんじゃない! 久しぶりねぇ」

「そろそろ来る頃だと思ったぜ!」

「お久しぶりです、何か良い依頼はないか?」

「そうだなぁ…魔物討伐とかが賃金的にも良いかもなぁ」

「ちょっと探してみるから、そこで待っててちょうだいね!」

「ああ、すまない」


 依頼表を広げ、探している夫婦を横目に差し出されたコーヒーを飲みながら、自身も探そうと、パラパラと資料をめくっていると、ふと、一枚の依頼書に目が止まった。


「……神葉樹(しんようじゅ)とその花嫁の守人(もりびと)役?」

「あぁ、それかい?」

「お前も知っているだろう? 神葉樹様の伝説は」

「聞いたかもしれんが、興味がないから忘れた」

「おいおい……」



 酒場のマスターは神葉樹について語り出した。


 この世界には、宝石以上に価値がある美しい果物「黄金の林檎」を、唯一実らすという伝説の"神の木"と呼ばれる神葉樹が存在している事。


 そして、その神葉樹が黄金の林檎を実らせるのは、花嫁と婚姻を結ぶ時——つまり結婚式の日であり、それまでの期間、神葉樹とその花嫁の花嫁修行を見守る為、守人役を募っているらしいと言う事だった。



「真実なのかは、ワシも見た事がないから分からんのだかな!」


 ワッハッハと豪快に笑うマスターに、表情が変わらない青年は、説明に対し、感謝を伝えた。


「依頼を受けるのかい?」

「相当実入りが良いからな、雇用期間の記載がないのが気になるが……」

「婚姻の日は、花嫁——"神子(みこ)様"が神葉樹様の啓示を受けてお決めになるそうだぞ」

「守人役は神子様を守り、送り出す立場だから"天使様"とか呼ばれてるそうだよ、リヒトハインくんが天使ねぇ! アハハハ!」

「俺が天使は気持ち悪いな」

「ガッハッハッ! 確かにな!」


 和やかな談笑を終え、記載された場所へ向かう為、酒場を後にした青年は金の為に動く。

 冷たい思考だが、周囲から本当の愛を与えられてこなかったリヒトハインの行動基準は見えるものでしか対応できなかった。


 唯一、明るく接してくれる酒場夫婦も実際の家族ではなく、あくまで"依頼人と客"の関係なのだから。



 ✿❀



 着いた場所は黄昏時に見えた、都市をも超える一際目立つ"ある建物"だった。


 遠くからだと分からなかったが、この建物の正体は、植物園だった。

 しかも、普通の植物園ではない。

 レインボークリスタルで作られたガラス製の鳥籠のような形の建物は夜の月に瞬いて光り、神秘的だった。


 リヒトハインは警戒しながら、草や木々の装飾が凝られている、同じくガラス製の取っ手に手をかけ、開けた…瞬間だった。



 ——全てに目を奪われて、動く事ができなかった。



 シンッと静まり返った室内には、色とりどりの木々や草花が美しく咲き誇っており、まるで楽園のようだ。


 そしてそれ以上に惹きつけるのは、鳥籠に隠れ見えていなかったが、目の前の巨大な大木ー神葉樹が独特の神々しさで、ただ静かに、そこに存在していた。

 青年が目を離せずにいた、そんな時——



「……誰、ですか?」


 鈴を転がしたような、透明なか細い少女の声が、リヒトハインを現実に引き戻した。

 声の持ち主を確認しようと、振り返るとその幼い風貌に目を丸くしてしまった。



(こいつが、今回の依頼対象…!?)



 スイートアリッサムや白薔薇が淑やかにツインテールに咲き誇っている。

 月夜とガラスに反射されて、きらきらと輝く、その年端も行かぬ少女こそ、神葉樹の花嫁であり神子、咲初(さきそめる)であった。



 これが彼らの初めての出会い。



 定められた運命は、青年と少女が出会うことによって

 ゆっくりと、けれど確実に、狂い始めていく。

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