静かで寂しい、そんな秋の日(一年目の秋①)
ギラギラと世界を照らしたあの、マンダリンオレンジのような大粒の宝石の影。
夏の贈り物の姿はもう、ない。
真っ白なキャンバスに、水色の絵の具を塗りたくった、そんな澄みきった青空にはきらきらと、けれど優しく黄水晶の様な秋の日差しが顔を出していた。
——季節は秋の初め。
暑すぎず、けれど、寒すぎず。
そんな穏やかな気候のある昼下がりの事。
新緑と枯草色のグラデーションが特徴的な長髪の青年——リヒトハインは、あの美しい虹水晶の鳥籠"楽園の花園"……ではなく、珍しく酒場に向かっていた。
✿❀
カランカランと、馴染みのベルが鳴り響く。
が、今日はいつもと少し違った。
「いらっしゃいませ〜♪♪」
——いつもの酒場夫婦とは違い、受付には、くるりとカールされたベビーピンクロングヘアが特徴的なホワイトロリータ衣装に身を包んだ少女が完璧に近い美しい笑顔で、こちらに笑いかけた。
「おお! リヒトハインか! いらっしゃい!」
いつものオーナーが奥から挨拶をする。
疑問に思い、リヒトハインは素直にそれを口にした。
「雇ったのか?」
「あぁ、あの子の事ね。そうなのよ、器量良しで仕事も優秀、本当助かるのよねぇ!」
ほら、酒場の経営が良くてね〜!と、嬉しそうに料理を運びながら、オーナーの妻は嬉しそうだ。
「まあ! 奥様ったら、勿体ないお言葉ですわ♪」
うふふふ、と上品に笑うその少女はリヒトハインの方へ、くるりと向き直る。
そのベビーピンクの両目に片方ずつ、向日葵の花びらときらきらと小さなピンクトルマリンを落としたみたいに不思議な作り物の様な瞳でこちらを見つめて
「初めまして、リヒトハイン様。わたくしの事は枠外の人間程度に思ってくださいませ、真実ですもの。"水先案内人"とでもお呼び下さい♪」
「……ああ、了解した」
「何かございましたら、なんでもお聞き下さいませ。わたくし、貴方様を応援してますの」
「……?」
「不審そうな顔なさらないで下さいませ、傭兵四強のお一人である孤狼を応援するのはおかしい事ではございませんわ。貴方様は有名なのですから」
「……なるほど、詳しいな」
「仕事ですから♪」
四強とはその名の通り、傭兵最強と呼ばれ、恐れられていた四名の事であり、リヒトハインはその中の一人だ。
案内された席に着くと、青年は透明な機械式懐中時計をちらりと見た。
カチカチ……と規則的な音が流れる。
と、騒々しい声によって、この静寂は破られた。
「いやぁ〜!! 遅くなってすまんね、チミィ!!」
今日も前回と変わりなく、頭を光り輝かせた小柄で恰幅の良い中年男性は、鼻下の髭を触りながらニヤニヤと笑った。
青年は呆れて、小さく嘆息する。
そう、今日は依頼人との定期報告の日なのだ。
「神子様は変わりないかね?」
「咲初様は問題ない。これといって報告すべき点はない」
「……チミィ、いつも思うけど」
「そのまま続けるならお前さんの命はない」
「ヒィィ!! あ、相変わらず怖いね、チミィ…」
「…………」
話す事はない、と言わんばかりに鋭く睨みつけるリヒトハインに、冷や汗をかきながらも依頼人は、一冊の古びた絵本をテーブルに置いた。
「これはなんだ?」
「ほら、チミ、神葉樹の伝説知らないでしょ? 今時、子供でも知ってる事なんだぞぅ? だから、ワシが持ってきてやったのだよ!」
「……読んどけと?」
「い、いや、そんな強くじゃないがね…神子様の素晴らしさも知った方が良いからね……」
神の花嫁と書かれた、大きな樹と美しい女性が描かれた絵本を見ながら青年は考える。
(依頼人の咲初様に対する考えを理解するには必要な情報か……)
「分かった。受け取ろう」
「お、おぉ、そうか! うんうん、読んだ方が良いぞぅ、チミィ!!」
「……」
神葉樹様と神子様は素晴らしいぞう!と、満足そうに腹を叩きながら笑う依頼人は、善意での行動なのだろう。
なんとも言えないモヤモヤとしたこの感情をすぐにでも消し去りたい青年は絵本を持ち、その場を去った。
チリンチリンと鈴が鳴る。
先程の騒々しさとは裏腹に、外は風がそよそよと吹き、
リリリ…と小さく虫の声が聞こえる。
太陽はおやすみ、月の時間が来ていた。
(……今日は会えないな)
毎日会っているのに、あの花の娘に焦がれている青年は、もはや"依頼だから"と言う理由では済まされないだろう。
(あの子は、この花を見たらなんて言うんだろうか)
酒場の玄関前に咲いていた可愛らしいヒガンバナの様な小さな花弁が特徴的な、その薄紅色のネリネを見つめていた。