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狼は花だけを見つめる(一年目の夏⑤)

「咲……!!」



 名前を最後まで呼んでいる余裕がなかった。


 リヒトハインの声は届いた様だ。

 その特徴的な異なる二つの、花と空の様な瞳は驚きで丸々と広げられたが、硝子玉の様に透き通ったその両目に彼を映し出すと、幸せそうに微笑んだ。



 全然背筋が凍る。

 もしこのまま落下したら彼女はどうなるのか。

 が、深い思考に落ちるよりも前に、青年は自然と体が動いていた。


 常人離れしたその狼の様な脚力で中心部である神葉樹(しんようじゅ)を登り、落下していく少女の方向へ、的確に飛ぶ。


 その体格差のおかげで、すっぽりとその体に包み込まれ、青年は少女を抱え込んだまま、受け身を取りつつ、真下にある透明な鏡の様な泉に落ちていく。



 バシャァンッと、鋭く冷たい飛沫がぱらぱらと雨の様に飛び散る音が、蝉の声を掻き消して、響いた。



「リヒトハインさん……?」

「無事か!?」


 いつもの落ち着いた雰囲気とは違い、少女を抱きしめたまま、鬼気迫る表情に咲初は驚きながらも


「は、はい……ごめんなさい、ご迷惑おかけして…」

「どうして、そんな危険な事をお前さんがやるんだ!? 俺はお前さんの守人(もりびと)だ。俺に頼めば良い!」

「ご、ごめんなさい……けど、あの距離なら、命に別状はありませんから……」

「そういう問題じゃない……」

「ふふふっ…」


 怒られているのに、嬉しそうに口に手を当ててくすくすと笑う少女も、自身が不謹慎だと分かっているのだろう。

 ごめんなさい、と付け加えながら


「心配してくれて嬉しいんです」

「それは」


 守人だから、と言いかけて、揺らぐ。

 本当にそうなのだろうか?


 が、その揺らぎは、くしゅんと言う小さな音によって止まった。


「すいません、水浸しでしたね……」

「いえ、ふふ、リヒトハインさん、髪がびちゃびちゃで、犬さんみたいです」

「濡れた犬ってこんな感じなんでしょうか……」


 と、青年は少女の違和感にやっと気付いた。

 現在の格好が普段の碧を基調としたフリルドレスではなく、シンプルながらも所々にレースやビーズがあしらわれた真っ白なサマードレスである事に。


 そして水浸しになったその真っ白なドレスは当然透けてしまい、少女の柔肌が薄らと見えていた事に。


 青年は慌てて自身が着ていた黒のジャケットを少女にそっと掛ける。


「リヒトハインさん……?」

「は、破廉恥になりますから……」


 あの時は申し訳ございません、と丁寧にこちらを見つめて、謝罪をする青年に、少女はただただ愛おしくて。

 ぶんぶんと、その花々を纏ったツインテールを横に振る。


「それと」

「?」

「その、夏服……とても良く似合っています」

「気付いてくれたんですね…!」


 少女の乙女心は、単純な小さなわがままで。

 単に彼に新しいサマードレスを見て、感想が欲しかっただけなのだ。

 今まで一番嬉しそうに幸せそうな笑顔を浮かべる乙女に、青年は口元が少し緩んだ。


 夏空の宝石にきらきらと、雨の様に飛び散ったたくさんの水飛沫が、屈折して、まるで魔法のようにプリズムの役割になる。


 綺麗な小さな虹が彼らの真上に架かった。

 まるで二人を祝福するかの様に。

 暑かった夏はお別れが近く、涼しい次の季節へと移ろっていく。

向日葵の花言葉❀「私はあなただけを見つめる」

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