命を育てるということ(一年目の夏②)
おしごとをしましょう、と言った花の娘は、にこにこと嬉しそうに。
とことこと小さく歩き出した少女に、普段の歩き方ではすぐに追い越してしまう事を理解した青年は歩幅を合わせながら、着いて行く。
(本当に小さいな……)
触れたら、ガラスの様に、儚く壊れてしまいそうだ、なんて。その視線に気付いたのか、咲初と、ばっちり目が合ってしまった。
「え、えへへ……」
恥ずかしいのだろうか、しかし、ちらちらとこちらを見る少女は、顔を真っ赤にしながら、何かを期待する様にきらりきらりと瞳を輝かせている。
「……?」
そんな咲初の表情を見ていると、暖かくてくすぐったい。感じた事のないこの感情の名が青年に、分かるわけもなく。首を傾げるリヒトハインに、少しだけ不満があるのだろうか。
ぷくりと頬を膨らませた少女は、特に何かを言うわけでもなく、またゆっくりと歩き出した。
(な、なんだ…分からんな……)
乙女心は難しい。が、理由は後に分かる事になる。
✿❀
少女が案内したその先には。
太陽を浴びてきらきらと透けて光り輝く透明なガラス瓶が、いくつも置かれていた。
その中には、
ちかちかきらきらとカットクリスタルガラスの様な。光り輝くべピーピンクやマゼンタ、美しいピンク色の小さいな菱形の粒。
ツヤツヤと透き通るクリアな大小様々なまあるい粒など。
色や形・輝きが違う、まるでビーズの様な物が個別に閉じ込められていた。
「申し訳御座いません、咲初様。此方は……?」
「その子たちは、すべてお花の種なんです」
「これが……」
この"黄昏"では植物が繁栄している。だからこそ、木々や花々を見る機会は非常に多いが、その根源を見る事などは無いに等しい。
まさかこんな形だったとは、と青年は光に透かしながらまじまじと見つめている。
「だから、赤ちゃんですね」
「……は?」
「…あ、あの、なにか変なこと、私言いましたか?」
ごめんなさいと、謝る少女に「いえ、違います」とすぐに否定の言葉を続けながら、青年は思う。
(なるほど、"物"じゃないのか……)
少女にとって、"種"は物ではなく、同じ"命"であるらしい。本当に変わった子だな、と思いながら、その考えが嫌いではない自分がいる事にリヒトハインは気付いていない。
「なので、今日のおしごとは、播種です♪」
「……播種?」
「種蒔きですね。植え付けは、苗がないので、できないので……」
「……なるほど」
「ふふふ、どれにしようかな。本当は春と秋がいちばん適しているんですけど、発芽に重要な三要素の"水・空気・温度"は、この楽園の花園には揃ってるので、あんまり気にしなくて大丈夫なんです!」
「本当に詳しいですね。そんなに花が好きですか?」
「はい、大好きです。それにこの庭園ではその花に適した温度に変わってくれて……あ、お花って通常、十五〜二十度必要なんですけど、種類によっては、もっと高い二十五度前後だったりするんです。本当にさまざまでいろんな子を育てるのって温度的に発芽できなくなったり、難しいんです。でもここでは、魔法みたいに綺麗にお花が咲くんですよ〜!」
「それは楽しみですね」
「はい、それに……」
「……?」
「リヒトハインさんと一緒に育てられるのが、とっても嬉しいです……!」
「……そう、ですか…」
「はいっ!」
嬉しそうにその色とりどりの種を、そっと。丁寧に、白いレースの手袋をした小さな手で持ち上げて、優しく見つめている少女は、種よりもきらきらと輝いているように青年には見えた。