はじめてのクエスト
「えーとぉ… ショートソードが6シルバー。もっと強そうな武器にした方がいいんじゃないの? しょぼいヘルメットが3シルバー。…木の盾が3シルバーって、こんなの使い捨てよ? テンチョーのとこでちゃんとしたの買ったら「…うるさいよ」 えーと…下級治癒ポーションが2本で6シルバー。…解毒ポーションを3本で24シルバーね。って買い過ぎでしょw まあ、ソロ活のアンタじゃあそのくらい慎重な方がいいでしょうけどね。うん、全部で42シルバーね」
「イチイチ突っ込んでくれるなデビー嬢。…はあ、もう残り残金5シルバー(約1万円)に…泣ける」
まあ、武器なんかは正直どうでも良かったが、モンスター相手に素手なんかで戦えるか。相手が不衛生だったりあからさまに刺々しい攻撃的なデザインだったりしたらどうする? 正直、でっかい虫とか出た日には全力で俺は逃げますよ?
俺ははじめてのおつか、じゃあなかった冒険者としてはじめてのクエストもといC級冒険者昇進クエストを受ける為の準備として必要な装備とアイテムをギルドの受付で購入していた。無慈悲にも俺の財布袋からデビーに銀貨を毟り取られたので残金はもう殆ど無くなったが。まあ宿代くらいは残ったかな。でも足踏みできて2、3日だな。困ったらテンチョーの所に転がり込むつもりだったが…あのサスペンダー女のせいで暫くは頼りにできなくなったからな。それでもテンチョーが選別にくれたこの革鎧はありがたい。しかも払下げ品とかじゃあないちゃんとした品だ。それなのにトンボ返りで泣き着くのは…まあ最終手段だな。うん、俺は無理は決してしない男…"命大事に"だ!
「正直怖いのはモンスターってよりは状態異常とか、毒や炎とかの防御無視のスリップダメージなんだよ。いくら俺がスキルで硬くなったところでな…基本は逃げのスタイルだよ」
「なんかなっさけないわねぇ~。まあ、勢いだけの馬鹿よりはずっとましね。精々死なない程度に頑張んなさい…」
「ほいほい」
俺の顔面に購入したアイテムを押し付けるとデビーは後ろ手をヒラヒラさせながら奥へと去って行く。
「…ったく。接客態度がなってないとボンバーのオヤジにチクってやろうかな」
「すいませんセルさん。…ああ見えて先輩も心配してるんだと思います。その…新人冒険者の方の実質最初のクエストですし、場合によっては実戦もあり得ます。世の中に絶対ってことはありませんから、運悪く事故や強いモンスターと遭遇して大怪我をして冒険者生命を失ったり…命そのものを失ってしまったD級冒険者の方も、少ないわけじゃあないんです」
「ふーん…」
そう言ってデビーの方を見やる天使…おっといけない、アディーに釣られて俺もソチラに視線を向けてしまう。まあ、冒険者なんて言ってもやはり安全とは程遠い危険な仕事であるには違いないしな。そういう最期を遂げた冒険者を散々見てきたんだろうなあ~。などと俺がぼんやりしてるところをアディーから掛けられた声で現実世界へと引き戻された。
「ではセルさん! 改めてC級冒険者昇進クエストを受けて頂きますが、討伐・採集・遠征のいずれから1つ選んで依頼を達成して頂きます。…私の個人的なオススメとしましては…"薬草採集"ですね」
「おお!王道の初心者クエストって感じだな! まあ、無難なとこか…内容は?」
「はい。この街周辺の野外採集のクエストでして。…今期ですと、納品対象であるハチベエの実、サルトビの実、ヤシチの実を1点以上採集して、ギルドに納めて貰うことになります。アイテムの鑑定は当ギルドで無料で行います。採集スキルや鑑定スキルを持たない方ですと…雑多な薬草を集めるだけではないので少し大変かもしれませんが、モンスターとの戦闘の可能性は恐らく一番低いかと思います。採集推奨地域はメテオフォール近隣ですから…」
そう言ってアディーは箱に収められた草木の実ような赤い植物を見せてくれた。
ハチベエの実、サルトビの実、ヤシチの実…そして見た目は酷似しているが全くの別物の実。
…アディーが丁寧にひとつひとつ説明してくれるが、俺にはサッパリ判別がつかなかった。
「変な名前の実だな…ん。メテオフォール? あの、ここから半日くらい歩いたところにあるっていう村?」
「はいそうです。ご存知でしたか?」
「いいや。まだ話に聞いただけなんだ。…そうか俺が落ちたあの村にねえ。しかし歩いて半日か…」
「…お、落ちた?」
「ああ、気にしないでくれ」
「そうですか…? 目安としては2、3日ほどは掛かると思います。期限は6日間ですね。いかがでしょう?」
うーん。ぶっちゃけ俺ってば探し物苦手なんだよね。というかその実の区別がつかん。どうやらスキルの有り無しの影響なのか俺には識別に時間が掛かるだろうし、持ち帰ってハズレを繰り返すのも正直しんどいです。
「うん。だいたい…大体はわかったよ。一応、他の依頼も聞いていいかな?」
「はい。その…戦闘スキルをお持ちでないと聞きましたので、セルさんにはできれば薦めたくはないんですが、遠征は"ドラゴンストーンに到達"です。遠征試験となりますが、ここから徒歩で1週間ほどの姉妹都市ドラゴンストーンの冒険者ギルドまで遠征して頂きます。順調に進行しても全2週間以上は掛かりますし、そのパーティを組まれていない冒険者には厳しいものとなるかと思われます。通過地点にはモンスターが多く生息する地域や野盗の類も出ますので…」
2週間? はは。俺の残金は5、シルバーですよ? 冗談にもならんよ。絶対に嫌だ。
「無理だね。今の現状じゃ。…じゃあ討伐は?」
「はい。討伐はこの街の"旧下水迷宮のウイップテイル討伐"ですね」
「旧下水迷宮…もしかしてダンジョンか? この街にダンジョンだあったとはたまげたなあ」
「クスクス…いいえ違います。正確には元ダンジョンですね。まだこの街が鉱山そのものだった頃の時代に発見されたダンジョンだったんです。ですが百年以上も前にダンジョンマスターが討伐されたので無力化されて下水施設として使われていたんです。ただ現在もモンスターが住み着いているので、定期的に討伐系のクエストが出されるんですよ」
「へえ~」
「現在では2階層まで解放されていますが、3階層以降の入り口は封鎖・破壊されています。討伐対象のウイップテイルは長い尾を持つ獣系モンスターです。そこまで手強いモンスターではありませんが比較的動きが素早く攻撃スキルがないと最初は苦戦するかもしれませんね。ウイップテイルを討伐または捕獲してギルドに納めて頂きます。パーティであれば2人組なら3体。3人以上なら5体を納めて頂く規定ですが…ソロであれば1体となります」
アディーは近くのファイルからモンスターらしき絵が描かれた羊皮紙っぽいものを取り出して見せてくれた。ほうなんか尻尾がやたらぶっとい頭の無いイタチみたいな奴だな…何故か尻尾は毛で覆われてはいない。うん、心なしか気持ち悪い生き物だった。でも何とか勝てそうだな。お! じゃあ運が良ければ今日中に終わるじゃないの。
「討伐だね」
「え…セルさん。確かにウイップテイルは強いモンスターじゃあないですし、近日にD級冒険者のパーティも同じクエストを受けてはいますが…危険ですよ? 具体的にはウイップテイル以外のモンスターと遭遇した時です。毒種も少なからず確認されています。…考え直してはみませんか? セルさんが仮にパーティなどを組まれていたら何も止めたりはしませんが、おひとりでは…やはり危険かと」
俺を侮るとかじゃあなく、普通に心配してくれるアディーのその気持ちが嬉しかった。しかし…
「そーだな。…でもま、俺も少しばかり経験を積みたいんだ。もしクエストを失敗したらどうなる?
もうC級冒険者昇進は受けられないとか?」
「いいえ。訓練場で数日指導を受けて頂いた後に再度チャレンジして頂けますが…」
「なら決まりだ。討伐にするよ! …心配するなよアディー嬢。俺は情けないがこれでも臆病な男でね。ヤバイと思ったらすぐに逃げて帰ってくるさ。討伐が無理そうなら採集に変えるよ」
「…わかりました。ではウイップテイル1体の討伐をC級冒険者昇進クエストとしてセルさんに依頼します。依頼達成時にはギルドから10シルバーが支払われます。くれぐれもお気を付けて…!」
俺は瞳を潤ませるアディーに俺の腰から小瓶を取り出して振って見せる。
「…なに。解毒ポーションを3本も買ったから大丈夫さ!」
決して死亡フラグではないぞ?
俺は旧下水迷宮の入り口へと向かった。
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「は~冒険者になられたんですね」
「確か…防御系のスキルしか使えないから保護対象だって隊長が…?」
「いやちょっと…自分の限界に挑戦したくなったというか」
俺は結局旧下水迷宮の場所なんてしらないので、ここエピックツルハシ観光案内所に来ていた。俺の相手をしてくれているのは新人の女衛兵さんのおふたり。あのピアン達に連行されたあの日、ここに詰めていた衛兵だ。改めて自己紹介し合ったらナッスさんとキュリウさんというお名前らしい。どちらもこの街の生まれだそうだ。ナッスは紺色の髪と浅黒い肌が妙にマッチしており艶がある少女。キュリウは短く切り揃えた髪と周囲と大して背は変わらないのにモデル体型というか全体的にシュとした感じで引き締まった魅力がある。とそんな事を考えていたらどうやら俺の口に出ていたようで、ふたりが顔を赤らめモジモジしてしまい、他の男衛兵達からジト目で見られてしまった。
というかこんな若い女の子にまで俺が保護対象として認知されてるとか、ちょっと泣きそうだ…
「旧下水迷宮、ですか」
「そう。その入り口を教えて欲しいんだ」
「なら私達がそこまでご案内しますよ。入り口は街の外にあるんです。…でもセルさんがひとりで街を出ようとすると事情を知らない衛兵に止められるかも…」
「あ。そうか!」
「ん? なんで…?」
「「貴方は保護対象として私達に通達されていますから」」
「あ、はい」
「あまり危険な場所に出入りしないよう止められる可能性が高いんですよ。特にひとりだと」
「じゃあ、とりあえずその場所まで行きましょうか?」
「うん…」
なんかいたたまれない気持ちになってしまった。恐らく彼女らでも俺のステータスより強いんだろうなあ。頭ふたつは背が高い俺はまるで子供のように彼女らに手を引かれて案内所から連れ出される。
俺は街の門まで来ていた。あの時はもう真っ暗でよくわからなかったが…改めて見ても大きな門だなあ。造り的には凱旋門ってヤツに似てる、かな?
「む。 なんだなんだ新人共? ソイツは例の天空の男じゃあないのか」
「勘弁してくれよ。あのじゃじゃ馬テップだけじゃあなくてうちの隊の新人を口説くのは」
「ちょっと待ってくれよ。何故に俺があのロープ女を口説かにゃあならんのよ…(絶望)」
早速俺は門番のベテラン衛兵達にからかわれるハメになった。しかし、話してみれば気の良い連中だったな。今迄の経緯やテップの奴にどんな目に遭わされたかを力説してやった。
何故か俺のロープが食い込んで痛かったというエピソードにやたらキュリウが反応していたが…この子、そういう倒錯的な趣味があるのだろうか?
「ああ。冒険者のC級に昇進するっていうヤツな」
「それに…ウイップテイルなら問題ないか」
「お。衛兵のオッチャン達詳しいの?」
「そりゃあもう30年は門番してるとなあ~年に何度かは1階層のモンスター駆除で入るからな」
「攻撃スキルがないんじゃあ苦労するかもだがな…そうだ。逃げるモンスターは追うなよ? 待ち伏せを喰らうぞ。毒種もいるから必ず解毒ポーションを… お。ちゃんと準備してんのかやるな! 特にスライムや虫系には気をつけるこった…まあ、1階層なら心配ないだろうが…あとはムースラットだな。まあ馬鹿でかいネズミなんだが足はそこまで速くないはずだから、速攻逃げるんだな」
「やだなにそれ怖い」
「まあ、1階層は照明が常に点いてるから大丈夫だ。アイツらは暗闇のある2階層にしかいない」
そんな話をしながら俺達は門を潜り抜け、正面の石橋の端の階段を降っていく。橋の下にある河川に街の方から水が流れている…うん。臭いなぁ~テンション下がるわあ。俺としたことが…リアルな臭いまでは気が回らなかったなぁ。採集の方が良かったかもな…ゴメンなさい。
石造りのトンネルがポッカリと口を開いていた。ここが…入口か。
「ま、無理はすんなよ?」
「うんしない。虫が出るならガチでしない」
「…そういやあ、昨日入っていった小僧共はまだ出て来てねえよな?」
「そういえば。恐らく駆け出しぽかったが、まさかな…」
「…ちょっと変なフラグ立てないでくれます」
「まあ、見掛けたら声を掛けてやってくれよな。確か3人組だったはずだ」
「「お気をつけて~ 頑張って下さいね~」」
俺は衛兵達に見送られてトンネルを進んでいった。
よっしゃ!いっちょやってみっか!
入って5分で帰りたくなった。ほんとアディーちゃんの言う事聞いとけば良かったわ。




