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おっさんと俺

「わあぁ~!」と声が聞こえた気がして、慌てて掃除機を止める。

(何? どこ?)換気のために開けた窓の下を見るが通行人すらいない。マンション内で誰かが叫んだのでもない。空耳かと思って室内に戻ると、今度は掃除機内から何か聞こえた。俺の耳が確かなら「たすけてくれ」。

 すぐに開ける勇気もないが、人語を介す何かを入れたままゴミを吸い続ける気にもなれず、本体を開けて恐る恐る紙パックを覗いた。

「誰か、いる?」

 その問いかけに、咳込みながら「おる!」とおっさんの声。マジかー。

「ちょ、ちょっと、待ってて ……」

 床に広げたゴミ袋の上へ紙パックを置き、「倒しますよ~…」ゆっくりと袋を傾けていくと、子供のおもちゃ大のおっさんが自力で出てきて服についた埃を払った。

「うわっ」ビビッて尻もちをつく俺に

「いや~ビックリした~、災難やった~」おっさんは誰に言うでもなくぼやいて、咳込みながら顔の前を手で払った。

 ――聞けばヤモリの化身だとか。

「あんたとこに伝わる家内安全のお守りあるやろ。あれの中身…魂みたいなんが俺」

「はぁ」

 おっさんは洗面台に置いた洗面器の中で身体を洗う。

「服、洗いましょうか?」

「だいじょぶだいじょぶ。まだ脱皮の時期ちゃうし」

「え、皮? 服じゃなくて?」

「そう、皮。ヒトのカタチやのに全身ツルツルの丸裸ってわけにもいかんでしょ。あんたさんみたいに見える人もたまにいるしさぁ。まぁいまはわざと見せてんねんけど」

 おっさんの話を、何故か俺は直立不動で聞いている。水道は出しっぱなしの懸け流し状態だけど、水面に埃が溜まって一向に綺麗にならなかったから仕方ない。

「それにしても、最近の掃除機あれな! 音しないんな! 寝てたとはいえ全然気付かんかった」

「それは申し訳なかったですが、掃除機かけてるとき、姿見えなかったんですけど……」

「そらなぁ、そうやろぉ。ちっちゃいおっさん目に見えておったら気色悪いやろ。普段は見えんようにして暮らしてんねやけどさ」

 頭から顔にかけて、おっさんはザブザブと手のひらで洗う。流れた水が飛沫をあげる。

「実体あるんですね」

「実体ないと家、物理的に守られへんからね」

 水、ありがと。とおっさんが言うので、カランを締める。埃が浮かんでいた水も、おっさんの身体もすっかり綺麗だ。

「まぁいい機会やし、こっから先あんたさんには姿見せててもええ? 姿見せへんようにすんのって、けっこう神経使うんよ」

「そりゃかまいませんけど ……」

 キッチンペーパーを渡すと、おっさんはそれで体を拭き、ようやっと息をつく。

「…なにか、食べます?」

「あぁ、いらんいらん。お気遣いありがと。おっさんヤモリやから、そこらにおる害虫食うからだいじょぶよ」

「えっ」

「ヤモリの生態調べたらええわ。なんかほれ、便利そうな板っきれあるやろ」

 おっさんを洗面台から床におろし、踏まないようにして一緒にリビングへ向かう。

 スマホでヤモリを検索をすると、確かにそんなことが書かれていた。

「化身やからヤモリの姿には見えてへんやろけど、ヤモリなんやんか。やから食うよね」

「そうですか……まぁ、困ったことあったら言ってもらえれば……」

「おん。助かります。っちゅーかあんた、全然驚かんね」

「はぁ、まぁ」

 いままで視界の片隅に見えていたおっさんが空想や気のせいじゃなかったと知れて、どっちかっていうとホッとしている。姿を隠してたつもりっぽいから、敢えて言わないけど。

「壁とか、這います?」

「やめとこか? おっさんが壁這ってたらきしょいやろ」

「そうですね。いつか落ちるんじゃないかって心配になります」

「はははっ、ええヒトやな。これもなんかの縁やし、これからよろしくお願いします」

「こちらこそ」

 床に二人で正座して、お辞儀しあった。

 今度、自動で床を清掃してくれる掃除機を導入しようかと思っていたけど、おっさんのためにやめることにした。



end

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