起きてしまった事
つい数年前のことだ。
平和過ぎるほどに平和であったこの国に、災厄が訪れた。
天災の類ではない。
大義の名を借りた大いなる悪意が、国家の中枢を覆い尽くしたのである。
彼らはそれを、革命と呼んだ。
だがそれは、大規模な同時多発テロという破壊的な手段を以て、大勢の罪なき人々の命を奪うものでもあった。
議会が、省庁が、あるいは主要な国家機関の中枢が、職員や来庁者もろとも爆破され、あるいは無差別な攻撃を受けて、既存の指示系統を同時に失った政府は混乱を極めた。
その不便が社会に苛立ちを生み始めるや、民意の代弁者を語る一派が現れて首都を席巻し、驚くべき周到さで暫定政府を立ち上げてしまったのである。
彼らは、一見、救世主であった。
大衆は彼らを受け入れ、混乱の収拾を称えた。
だが、彼らこそがこの一幕の首謀者であり、これは、革命という名のクーデターであったのだ。
そんな時代に、とある団体の顧問弁護士を務めていたのが、誠志郎の父である。
そこでは、近年までこの国に数千年に渡り君臨していた王家の末裔らが集い、表舞台への関与は避けつつも、今なお多くの支持者を纏め上げていた。
当然のごとくに革命一派の主たる標的の一つではあったが、勝見白流をはじめとする強固な防衛陣に護られ、いまや反革命派の旗手として、その威光を高めつつある。
なにしろ時代の新旧問わず、物を言うのはカリスマ性なのだ。
今更王権復古を望むわけではなくとも、大衆は、より儚げに輝く威光に集う。
なかんずく美化された過去は、否応なく人心を惹きつけるものだ、
こうしたドラマティックな歴史を後ろ盾とする「一族」に敵対するには、周到に台頭してきた暫定政府といえども、相当のリスクを伴う。
それが故に、矢面に立たざるを得ない弁護士などの第三者は、格好の標的だった。
父・興志郎は数々の捏造された不祥事を背負った挙句に、暗黙下で拘束され、今は消息不明の憂き目に遭っている。
そのあおりを受けて、家も、多くもなかった財産全てを徴発された朝日家は、目下、一家離散中。
中でも命の危険すら少なくなかった誠志郎は、逃亡生活の末に白流に拾われて、ここに至っているのであった。
それなのに、未だ、白流からの指示はない。
いつまでここで、何をするべきなのかすら、わからない。
ただ漠然とわかっているのは、ここに集められた青年たちは、所属や立場に差こそあれ、皆それぞれに何らかの選択を強いられている者達だということだ。
ただ安寧に時を待つなどという無意味な贅沢を許すほど、白流は、甘い人物などではない。
先例を云々するほど学園に歴史があるとは思われないが、すでに結構な年齢の面子もいるところから鑑みて、近い将来、何らかの動きがあるだろう。
誠志郎はといえば、まだ、身の振りを決めかねている有様だ。
恨みつらみを募らせたところで、前向きな思考は生まれない。
親の仇とはよく言われる喩であるが、正直なところ、仇を討ちたいかと問われても、是とは答え難いものがある。
できるものなら、様々なしがらみなどは綺麗さっぱり振り払い、真っ新の人生を歩んで行きたいとすら思う。ましてや、父親と同じ道を歩むことなど、まっぴら御免だ。
朝日興志郎の息子としてのここ数年間、誠志郎の人生は真っ暗だった。
こうして身も心も安らいでいると、しみじみ、よく耐えて来たものだと自分でも感心してしまう。
父の正義を疑っているわけではないのだが、巻き込まれるのは、もうたくさんだった。
この学園に来て以来、これまでとは打って変わって、退屈と暇を持て余す日々が続いている。
当初は、貴重なはずの時間の浪費に焦燥感すら覚えたものだが、最近になって、みずからの思考に余裕が生まれ始めている事に気が付いていた。
目先のあらゆる波風から遮断された、いわばこれは賢者の時間。
日常の全てがリセットされたここで、これから先の人生における方向性という、事によると致命的となりうる決断をせねばならない。
衝動のままに、過去を捨て、出自をすっかり塗り替えて逃げ出すのもひとつの選択肢。
おそらく学園は、支援してくれるであろう。
ただし、出立するまでだけだ。
父を探し出し、救出すること。
これはもちろん根本的な大義だ。
だが、それだけで終わる事はできない。単独では成し得ず、かつおそらくは暫定政府に敵対する羽目になる以上、己の身ひとつで終始でき得る問題ではないからだ。
誰と組み、この複雑な世の中の何処に与するか、通常ならば緩やかな流れに任されていたであろう選択を、否が応もなく迫られる。
さらに現在、ここに、白流の愛弟子が絡んできてもいる。
孫云々の真偽に因らず、王家擁立派の大黒幕の腹心が接触して来ているからには、これが無意味であるはずがない。
というか、スルーして許されるとも思えない。
ほかの園生らはいざしらず、こと誠志郎に関しては、明らかな意図を以て誘導されているのは明らかだ。
ただし、まだ、試されている段階なのだろう。
同志たるに相応しいものを有しているかを、量られている。
かといって、このまま見逃してもらえるはずもない。
「なんだよ、結局、選ぶ余地なんか無いじゃないか」
ため息交じりに独りごちたが、諦観こそあれ、そう悪い気はしなかった。
白流一派にとって、父・興志郎は貴重な同志。
救うためなら、猫の手ならぬ、息子の手すら借りたいとでも言ったところなのだろう。