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千葉

毎朝更新される新聞は、昔ながらの紙仕様。

根強い需要があるらしく、割高になりつつも、未だにサービスが続いている代物だ。

煙草と同様、これの最大の効用は、手持無沙汰の解消である。

だが、何より活字の魔力とでも言うべきなのか、ネットワークの画面を眺めている時よりも、より雑多な情報が脳裏に流れ込んで来るように感じられるから不思議だ。

ラウンジでコーヒーカップを片手に、新聞を広げつつ、周囲の様子を窺ってみる。


「接触があったみたいだね」


ふいに、声がかけられた。

と同時に、傍らに、千葉が滑り込むように腰を下ろした。


一足遅れて、枚方がトレイを持って現れる。

グラスは三つ。


地味ながら花の蕾が綻ぶような笑みを浮かべ、枚方が、繊細な指で、誠志郎の前にアイスラテのグラスを置いた。



この二人の姿を見かける機会は、普段、ほとんど無いに等しい。

言葉を交わしたのは、ここに来た日の、あの一幕だけだ。


それなのに彼らは、当たり前のように誠志郎の嗜好を把握している。


まあ、暇さえあればここに入り浸っているので、知ろうと思いさえすればそれも容易い事だろう。


このラウンジには、誠志郎を含めたかなりの住人らが、日々、まったりとのさばっている。

特に何をするでもないし、事実する事はないのだが、本や新聞を手に取ったり、何かの端末を弄ったり、皆、漫然と時間を消化している。


だが、皆が、ここに来る。


決して人恋しいわけではないのだが、こういう世間から隔絶された生活においては、とにかく孤立しない事が大切なのだ。


いまも数名が気だるげに午後を過ごしていたのだが、学園幹部の二人が現れた途端、目に見えた動きは何もなかったにもかかわらず、そこはかとなくここの空気が変わった。


「久しぶりだよね、ここには慣れた?」


「おかげさまで・・・・・・と申し上げたいところですが、どうも、やらなくてはいけない事のない生活ってのは、妙に落ち着きません」


「まあ、湯治みたいなものだと思いなよ。」


そう言いながら、千葉は、アイスクリームを口に運んだ。

彼の前には、ベタな緑色のクリームソーダが鎮座ましましている。

このラウンジのメニューにはちょっと変わった癖があるのだが、もしかすると、入所者の食嗜好まで、ある程度は事前に情報を把握しているのかもしれない。


「で、接触とは?」


「部屋に、可愛らしいのが来ただろう?」


「ああ、カメラ点検の?」


「そう、それ。」


千葉は、目を眇めて誠志郎を見据えた。


「あのな、ここでは、存分に人脈を築いてくれて構わない。あいつらも含めて。」


「マイアが自分から食いつくなんて、珍しいしね」


にこにこしながら、枚方も言葉を添えた。


「浩太郎」


千葉が、鋭い口調で制止した。

ちょっと気まずい空気が流れたものの、ほんの一瞬の間であった。


「名はダメだろ」


「ごめん、でも、どうせ名乗っただろ?」


失敗に気付いたらしく、枚方が地味に謝った。

謝罪と言うには、やや緩い。

結構な過失のはずだが、千葉はあっさりスルーした。

激甘だ。


この二人の上下感が、いまいちよく掴み切れない。

どうやら主導権を握っているのは千葉の方だが、その彼が目に見えて甘やかしているのが、この枚方浩太郎なのである。


「とにかく、ちょっと伝えておこうと思ってね。あいつらと仲良くするのは自由だが、派手に探し回るのはお勧めできない。」


「例えば、地下とか?」


「うん、まあ、あちらは楽屋裏みたいなものだから、見たけりゃ、そう言ってくれれば案内はするよ。でもここは、こういう場所だから、あんまり変な動きをされると、歯止めが利かない連中が出てくるかもしれない。」


「了解」


つまり、ここには、一般的な警備以上の自衛力が存在していると言う事だ。


あの大規模テロ以来、表面的には変わりのない日常が続いている世間だが、一歩深みに踏み込めば、そこは戦国時代さながら、政派が覇権を争って、血で血を洗う大混乱の最中なのだ。


この学園には、比較的穏便な、だが最大級の勢力が絡んでいるに相違ない。

如何に厳選しているとはいえ、入所者全てが心底からの同志とは限らない。

そもそも、当初からそう警告されている。


ここには、敵の子弟もいれば、おそらくは潜入者もいるはずなのだ。

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