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地味な第一歩

内情を知っていそうな連中と言えば、まず、千葉と枚方である。


だが彼らの立ち位置は、これが何らかの課題であれば、むしろそれを課す側であろう。

たまに館内で見かけはするが、両名ともに、どうやら一般の入居者とは寝食の場が異なるようなのだ。

幾度か後をつけてはみたが、見失ってばかりだ。



他は、といえば、例のハウスキーパー集団だ。



彼らは、公には、最下層の職員兼務者用の寮で生活していることになっている。

そう言っておけば、この館に招かれるやんごとなき歴々の子弟が、あえて興味を示すことはあるまい。


普通ならば、だ。


だが、彼らは、どこかおかしい。


と言うより、誠志郎をして未だ「どこか」と言わしめている時点で、すでに真っ黒だ。

第一、その「寮」という物が見つけられない。

千葉らと同様、念入りに後をつけても、あっさりと撒かれてしまうのだ。


明らかに要人である千葉や枚方なら、それもわからない事ではない。

だが、いわば「たかが」雑役人が、そこまでせねばならない理由は謎だ。


いや、百歩譲って、この際理由はどうでも良い。

そんな本来雑魚であるはずの連中が、なぜ揃いも揃ってそれほど高度な隠密行動を会得しているのか、そちらの方が謎である。




誠志郎自身が、実のところ、ちょっと「普通」とは言えない体だ。


たいていの場合、知りたいことを知るにあたって、苦労することは無かったと言っても過言ではないし、まして、モップや掃除機を担いだ10代半ばの少年の群れを見失うなど、本来であればあり得ない。


そもそも、この「学園」に来るにあたって、最も興味を引かれた点は「情報の無さ」だった。

ここまで情報収集に行き詰った事は、かつてない。


何しろ、未だにここで暮らす人間の素性が、一人としてわからない。

それどころか、まず、言葉を交わす機会が無い。

お互いに用でもあれば話は別だが、個々完璧に管理されたこの環境においては、そんな用事が生じるほどの出来事すらない。

漏れなく訳ありの人間同士、不用意に馴れ合うには難があるし、何しろ大多数が偽名なのだ。

名乗ることが無意味かつ微妙に危険な世界では、当然ながら、積極的に名乗り合ったりはしない。


千葉と枚方以外で、仮にも名前を聞いた事のある人物は、初日に、荷物を運んでくれたはずの「葛城」だけだ。とっかかりを求めるなら、まず、そこだろう。

だが、それらしい人とは未だ出会っていないし、あれ以来その名の片鱗たりとも見聞してはいなかった。

当初は園生の1人かと思っていたが、よく考えてみれば、入居者達はいわば賓客。あんなにぞんざいに、荷物運びなんぞを押し付けるはずがない。

だとすると?


「ちょっといいかな」

ワゴンを押す少年に声をかけた。

とりわけ頻繁に見かける、ハウスキーパーだ。

少し長めの髪が肩口で揺れる様は、一見、少女のように愛らしい。

呼び止められて、恭しく腰を折り深々と頭を下げて見せてはいるが、その顔に微かに過った不敵な笑みを見落とす誠志郎ではなかった。

「君達の仲間に、葛城って名前の人はいるかな?」

「なぜ、そのような事を?」

珍しく、有否以外の言葉が返ってきた。

慇懃に振舞ってはいるが、明らかに面白がっているようだ。

「僕が来た日に、荷物を運んでくれたはずなんだ。」

「何か、不手際がございましたか?」

少年は、小首を傾けて微笑んだ。

可愛い。

可愛いが、これは、計算された可愛らしさだ。

「いや、お礼くらいは言っときたくてさ。それともチップを渡すべき?」

いきなり、少年はは吹き出した。

弾けるような笑いに、悪意は全く感じられない。

「そんなに面白い事を言ったかな、俺?」

「いや、実のとこ、つまんない冗談だったよ。」

そう言いつつも、まだニヤニヤと笑みを残したままだ。


この、てらいのない笑みには見覚えがある。

不可侵を確信していられるが故の余裕が生み出す、天真爛漫。

自覚すら無用の強さがあってこその、無垢。

誠志郎をここに推挙した勝見白流の笑顔が、まさに、こうだった。


「なんで君みたいな人が、掃除なんかしてるわけ?」

「あんたら弱っちいからね。僕らなら、ホコリも叩けりゃ、鼠も捕れるしさ。」

なるほど。

そこそこ育ちの良い経験不足の少年達なら、ハウスキーパーの出入りにも無頓着だろうしな。

一部の隠しておきたそうな品にさえ気をつけておけば、多少私物に触れられても気には留めまい。

そして、素人の10代が思いつく隠蔽術なんぞは、たいてい、たかが知れているものだ。

これは思春期の子供を持つ母親当たりが普通に持っているスキルなのだが、大概の反抗期な少年達は気付いていない。

「で、葛城は、君?」

「いいや、あれは符丁だよ。悪いけど、荷物を調べさせてもらったのさ」

そう言った彼に、悪びれる素振りは全くなかった。

誠志郎はちょっと眉を顰めたが、思えば、それはあって然るべき手続きだ。不愉快ではあるが、致し方無い。

「因みに、葛城も居るには居るよ。葛城義宏。実際、監視官だから、あんたの荷物も運んだかもね。」


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