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あてがわれた部屋は、おもいがけず、個室であった。


やや狭くはあるが、居間と寝室に、小振りなキッチン、そして、セパレートのバスルーム。

寮と言うより、ホテルのセミ・スイートに近いと言える。

未成年の寮としては、かなり豪華な設えだ。

つまりは、それなりの背景を有する寮生が多いのであろう。


「居心地悪いようだったら、違うタイプの部屋もあるけど」


千葉によると、あるにはあるが、狭くて不便なのだとか。

いわゆるワンルームマンションのような仕様で、室内にシャワーブースはあるが、ゆっくり浸かりたい向きには、別に、共同浴場があるらしい。

寮生の中でも、職員を兼ねた者達がおり、そちらを好んで住まっているのだとか。

誠志郎としては、むしろそちらの方が魅力的に感じられたが、期待を込めたアピールは、あっさりと無視された。

本人にその自覚は薄くとも、ここに招かれたという事は、誠志郎とて世間の向きには「要人の子息」だと認識されているのだ。

そこには、それなりの警備警護は必然。

例えば、一見すると、ここは子供ばかりの不可思議な館である。

だが、そこここから感じる視線は、決して気のせいばかりではない。

瀟洒な内装に巧みに隠されてはいても、荒波に揉まれ、研ぎ澄まされた誠志郎の眼は、モニターカメラの微かなレンズの反射光を、見逃したりはしなかった。

そんな物々しさでさえ、先住者達にとっては、慣れ親しんだ現実であるらしい。

部屋までの道々で、ちょっとしたプライバシーを保てる死角なども教えてくれた。


「申し訳ないけど、室内にもいくつかカメラがある。」


千葉は、天井を示してそう言った。


「ただし、映しているのはドアと窓の出入りだけ。乱用はしないと信じてもらうしかないけれど、なんらかの非常事態でない限り、音声はオフだ。色々と筒抜けになることはないよ。」


これもまた見事に隠されていたカメラを、わざわざ指し示しながらの説明は、いやに念入りであった。

これから育てるべき信頼関係において、これが監視ではなく、危機と対侵入者の策である事への理解を要求しているのだ。


「窓のカーテンは、常時閉めておいて欲しい。結構、室内の様子が映っちゃうからね。」


「狙撃もされにくいですしね」


「まあね」


軽く指で小突いてみた窓ガラスは、防弾仕様であった。

なんとまあ、ここまでする必要があるのか、さすがに頑張り過ぎている。


「規定書はドアの横。普段の日程は、そっちに掲示してあるからね。」


壁のプレートに麗々しく刻まれているのは、ほんの二~三行。




※ 六時から真夜中まで、食堂の利用は任意。


※ 日に一度、部屋の端末による顔と手掌による承認が必要。



それくらいである。

学園と言いつつ、授業も講義も何もない。


千葉が立ち去った後で、とりあえず規定書を繰ってみた。

案内図によれば、この館は、案外と奥行きがあるらしい。

敷地どころか建物からさえ外出が厳しく規制されているのが物騒ながら、それ以外は、ちょっとしたリゾート暮らしも同然だ。


自由のない拘束生活を予期していたが、どうやら、己の気持ちをしっかり保てていさえすれば、ここは結構な楽園ともなりうるだろう。


千葉も、枚方も、何も勧めず、何一つ指示もしなかった。

何人かとはすれ違い、挨拶を交わしてはいたが、紹介しようとすらしなかった。


強制される物事は極めて少ないが、自由の代償には、自ら責任を負わねばならない、という訳だ。



部屋中を探索し、確かに監視はされていないと納得できた後に、驚くほど設備の良い浴室でゆっくりと湯船に体を沈めた。

心地良さに、ため息が漏れる。

ここ数か月というもの、常に気を張り詰めて生きてきた。

そして、身も心も疲れ果てた頃に出会った父の知己から、ここへの推挙を受けた。



ただし、そう都合の良い事ばかりな訳ではない。

ここに招かれて暮らすのは、本人ないしは家族がらみの危険が絶えない、政財界要人の子弟らだ。

だが、招待するにあたり、その複雑に入り組んだ利害関係まで忖度なされてはいないのだ。

いわゆる、呉越同舟もおおいに有り得る。

……もしかすると、やはり、匿名を選択するべきだったかもしれない。


時計を見やると、18時。

いわゆる、ゴールデンタイムが間近だ。

身を清め、疲れを癒し、、誠志郎はあえて、人の多いであろう最もメジャーな夕食時に、食堂デビューを果たそうと心を決めた。

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