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やんごとなき少年達の悩める休暇

其処では、皆が訳ありだ。

それぞれ事情は異なるが、大なり小なり、世間の目を避けねばならない理由があって、ここへ来る。

ここがそういう場所だと知る者は多いが、それはそれで、構わない。

一枚の木の葉を隠すなら、無数の木の葉に紛れさせてしまえば良いのだ。


つい先日までは普通に暮らしていた誠志郎も、故有って、ここへやって来た。

とはいえ、自分が一体何から逃れて来たのか、それすらまだ確りとは、理解できていなかったのだが。

紹介してくれた知人は、ここを、ただ「学園」とだけ呼んでいた。



「学園」



それは、便利な呼称だ。

教育の場であることが多いが、養育、療養、あるいは教護、様々な目的の下にこの呼称は使用されている。


誠志郎は、少し前までは高校生であった。

そこを辞した今は、特に名乗る社会的身分も失ってしまったわけだが、少なくともここへ来て、再び「学生」と名乗ることはできるらしい。


だが、それにつけても、世間との隔絶振りが半端ではない。

名を聞いたこともない辺鄙な駅で列車から降りると、そこには、文字通り何もなかった。難なく分かった迎えの車に乗り込むと、無口な運転手は、道と呼ぶのもおこがましいような、とんでもない獣道へと分け入り、ここに至ったのである。

山間の雑木林の切れ間にひっそりと建っていたのは、それなりに広大かつ堅固ではあったが、たったひとつの清楚な館だった。


表に面した窓々の内側で、いくつかの影がうごめくのが見えた。

新参者への好奇であろう。


なにしろここは、山の中。

鳥のさざめきと、風に揺られる木々のこもずれ、そんな所謂「山の声」しかない静寂の地にエンジンの音が響けば、それは、何らかの意図を以て下界との接触が持たれた事実を示すのだ。

ましてこの規模の施設であれば、この日、新参者がやって来ることは、周知されているだろう。


「朝日さん?」


重厚な扉が開かれ、なかなかに端正な面立ちながらも地味な感じの青年が、誠志郎に呼びかけてきた。


そんなこと、確かめるまでもなかろう?

こんな所に一時に何人もの入所者が押し寄せるはずもあるまい。


そうは思ったが、口に出して指摘するほど朝日誠志郎という少年の性根は、まだ腐り果ててはいなかった。そうなってもおかしくはない、そんな事情も、このところ多々あったのだけれど。


「遠い所を、お疲れ様。まあ、入ってよ。」


返事を待たずに、青年は気さくに手招いた。



「朝日誠志郎です、始めまして」


「うん、白流から聞いてる。ここの水が合うといいね」


てきぱきと荷物を運び入れ、軽口を叩きながらのにこやかな顔の内で、隙のない目線が素早く辺りを見渡していた。

どうやら、この人も普通の生き方はして来ていないようだ。

この世の不幸を全部背負い込んだような気がしていた今日この頃。

友人も、信頼できる身内も全て失ってしまった誠志郎だが、この人には、いったいどんな不運がつきまとっているのだろうか。


「たいして広くもない所だから、すぐに慣れると思うよ。まあ、とりあえずこっちに来てくれる?」


「はい」


「ああ、荷物はそこに置いといて。おおい、葛城、覗いてんだろ?これ、運んどいてくれよ!」


エントランス脇の部屋に入ると、元居た扉の向こうで、どやどやと人の群がる気配があった。

呼ばれた葛城とやらだけでなく、結構な人数がそこかしこから覗き見ていたらしい。


招き入れられた部屋は、ちょっと古風で、何やら仰々しい設えの、執務室めいた場所だった。

巨大な机の向こうに座っているのが、貧相なまでにほっそりとした少年であるあたり、部屋自体が見かけ倒しなのは間違いない。


「ようこそ、辺境へ」


少年が立ち上がり、微笑んだ。


「で、君は何と名乗りたい?」


「え?」


唐突な問いかけに、誠志郎は戸惑った。

この人は、何を言っているのだろうか?


「僕はここでは、マイカタ コウタロウ。ヒラカタと書くけど、マイカタだ。自分で付けた名前だよ」


「ここでは、本名を名乗る必要はないんだ。」


案内してくれた青年が、補足してくれた。


「ちなみに僕は、千葉万葉。嘘くさい名前だけど、気に入って使ってる。」


「偽名なんですか?」


「いや、仮名。あえて本名を名乗っていないだけだから。こんな狭いコミュニティーでも、お互いに、素性を知ってしまえば生きにくくなるケースもあるだろうからね」


誠志郎は、あらためて目の前の二人をまじまじと見据えた。



目立たぬように、地味に、ひそやかに、自らを打ち消したような、千葉。

痛々しいほどに華奢な、少し女性めいた物腰の、枚方。


そのどちらもが、こんな辺境に隠れ住み、なおかつ名を偽っていなければならない事情があるのだ。



事によると、誠志郎の不幸など、ここでは物の数ではないのかもしれない。


「僕は、このままで構いません。」


迷わず、そう、言い切った。


「そうだね、朝日先生の御子息だもの。世の中さえ当たり前に回っていたなら、本来は何一つ、偽る必要もなければ、世間に恥じる事もなかったはずだ。」


千葉が、そう言ってほほ笑んだ。

この人は、誠志郎の事情をすっかり承知しているらしい。


そういえば、ここは理事長の養子が取り仕切り、園生の自治で運営されていると、白流から聞かされていた。この、千葉万葉が、その人なのだろう。



「生き難いこの社会で、ほんのひと時、ここで安らげるように願っているよ、朝日君。ようこそ、僕たちの隠れ家へ。」


奇妙な隠遁生活は、こうして始まったのだった。


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