第2章 ジンの森 "The Forest of GWM" 6
ジンの森。
ジンとは何か?
暁が尋ねると、サビオはこう答えた。
「我らは古来、この森をそう呼んでおります。
ジンとは、神の名であり、大地や自然そのものを意味する名とされております。
無論、その姿を見た者は誰もおりませぬ。
あるいは、この森を聖域とするための、迷信なのかもしれませぬが」
ジンとGWM。
神のごとき存在。
呼び方が似ているのは単なる偶然だろうか?
偶然以外、考えられないが……。
小屋の外、上空からバサバサと、異様な音が聞こえた。
暁は急いで服を身に着けて、飛び出る。
ソルがあとに続いた。
すでにサビオ、ヴェルダージ、親衛隊たち、多くの兵士たちが武器を手に、上空を見上げていた。
森の獣たちや、恐竜もどきたちが唸ったり、威嚇の声を上げたりしている。
「スプレーザ!」
ソルが叫んだ。
羽ばたきで風を巻き起こす翼竜(AR訓練室で戦った恐竜というより、翼のある小型のドラゴンに近い)に、中世騎士風の甲冑をまとった、若い男がまたがっていた。
男が飛び降りて、広場に着地した。
小型ドラゴンが飛び去り、上空を舞う。
ソルのオーラに守られていない者が、ジンの森を縫って、無事にここまで来られるのか?
皆、剣を構え、敵意を剥き出しにしている。
敵なのだろう。
ということは、王子派か。
「何の用です!?」
ソルの怒った声は初めて聞いた。
「これはこれは、姫様。
お久しぶりでございます。
このスプレーザを覚えていてくださったとは、恐悦至極」
男は甲冑にかかる、長い髪をふわりと巻き上げて、キザに笑った。
なんだ? こいつ。
笑えるな。
「探しましたぞ。
本日は、国王陛下に許可をいただいて、ここまでまいりました。
慈悲深き国王陛下は、私めに、姫君をお救いする名誉をお与えになられたのです」
回りくどい。
皆がいらいらしている。
典型的なキザ男だ。
ヴェルダージがソルに目配せしている。
それはおそらく、「切ってもいいか」との願いだろう。
ソルは目だけで、それを抑えた。
「ほう。
兄上がわたくしに慈悲をくださると。
王城をお返しくださるとでも?」
ソルの言う「兄上」とは、会ったこともない、先王の「ご落胤」のことだな。
まだ即位はしてなかったはずだが?
こいつが勝手に国王呼ばわりしているだけか?
スプレーザが声を上げて笑った。
うん、確かに、こいつの所作一つ一つがいらいら来るな。
「まさか、ですな。
国王陛下はこう申されました。
姫がスプレーザに嫁ぐのであれば、共に逃げた者どもの命を安堵しようと」
ほう。
本当に笑える奴だ。
暁はソルを見て、その瞳に覚悟を感じた。
この娘は屈しなどしない。
暁は頷いた。
「帰って兄上に伝えなさい、スプレーザ。
ソルは応じぬと。
必ず、いつか、皆で王城を奪い返すと。
そもそもわたしが、あなたのようなゲス男に嫁ぐなぞあり得ぬ」
おー、ソル、よく言った!
あいつの頬が引きつっている。
ざまあない。
そしてその顔が赤く、怒りに染まった。
「ソ、ソル!
いとこ殿!
そんなことを言っていいのか!
君だけでなく、皆が命を落とすことになるのだぞ!」
口調が変わった。
ソルのいとこだったのか。
王族の血を引く者だから、自分一人なら、この森に入れたって理屈か。
それにしてもうるさい奴だ。
「もう趨勢は決しておるのだ。
コノートをこれ以上、怒らせまいとする、私の配慮がなぜわからぬ?」
コノート?
確かアルスターが隣接する、長年の敵国だったよな。
なぜここに、その名前が出てくる?
「ソル、こいつ、いじめてやっていいか」
暁は姫君にお伺いを立てた。
首をコキコキ、指をパキパキしながら。
「な、なんだ、貴様。
平民風情が、出る幕ではないわ」
ソルが頷いた。
「暁様。
命だけは奪わないでやってください」
「な、何?
何を馬鹿なことを……」
さらに戯言をほざこうとするキザ男の口が……驚きにパクパクとなった。
男の喉に剣の刃があった。
その一瞬の動きは誰にも見えなかった。
男の腰に下げた鞘の中にあったはずの剣の柄は、今、暁の手の中にあった。
「お前、うるさいな。
動くとお前の剣の刃が、持ち主の首に食い込むぞ」
耳元に囁いてやると、男の顔が青ざめていった。
Lv.11。
こんな奴でも、それなりに技量はあるんだな。
「さあ、お帰りください、いとこ殿。
命のあるうちに」
ソル、けっこうエゲツないねえ。
「もう、どうなろうと知りませんよ。
せっかくのチャンスを無にするなど、上に立つ者とも思えませんな」
ドラゴンに飛び乗ると、男は捨て台詞を吐いて、飛んでいった。
皆が警戒を解いた。
嵐が過ぎ去ったようだった。
「暁様。
ありがとうございました。
身内の恥を晒すようですが、これで王子派の人たちがどのように思い上がっているのか、ご理解いただけたと思います」
「ああ。
それにしても、まずくなかったかい?
俺の存在をあいつらに知らせることになっちまったわけだが」
「構いません。
むしろ、宣戦布告です。
わたしたちが王都を取り返す宣言となりましょう」
こうして堂々としている姿は、確かに威厳があるな。
皆が女王として推すのも頷ける。
それにしても……こんなすごい女性に惚れられたとは、改めてとんでもないことになったな、と、暁は思った。




