第2章 ジンの森 "The Forest of GWM" 3
暁は剣を振っていた。
心に迷いのある時は剣を振る。
それは昔からの彼の習慣だった。
近くの開けた場で、木の枝や見えない空中の敵を相手に切り込んだ。
さすがに姫の宝剣は使えぬと思い、予備の戦士用の剣を借りていた。
慣れた日本刀とは似ても似つかぬ、重い中世ヨーロッパ風の段平で、ヴェルダージのような屈強の戦士が振るうものと思われた。
しかし暁の戦闘ステータスを吸い込んだ「並の剣」は一気に戦闘力を上げ、おそらくはこの世界でも最強の部類の武具に変貌を遂げていた。
軽い。
負荷をかけていたAR訓練室で用いていた、疑似日本刀よりもさらに軽く感じる。
犬飼家は地球・日本において、居合の技を伝承する、名門宗家である。
暁の先祖は有名な武士の家柄だったそうだが、そんな歴史には興味もなく、暁はただ一筋に、日本刀を抜くその型の美しさに魅了されていた。
地球連邦軍に入ってからは実戦で振る機会はなくなったが、AR訓練では積極的に刀を武器とし、その技を維持していた。
銃や先進の武器を一切使わず、弾丸さえかいくぐり、敵を両断する。
模擬戦におけるそのクレイジーな戦いぶりは、同時に美学に貫かれていて、並み居る兵士をして、サムライと尊敬されてさえいた。
舞う木の葉を切る。
乾いた一片の葉なぞ、常人には切れたものではないが、暁の腕にかかれば、目にも留まらぬ太刀さばきに、スパスパと次々に真っ二つになってゆく。
これが日本刀なら、さらに切れ味がよいのだが……などと、贅沢なことを思ったりもする。
暁は研ぎ澄まされた精神状態に心を置いて、冷静に分析してみた。
なぜ、自分はこの世界の人々よりも遥かに高いステータス有し、あれほど軽やかに体が動くのか。
ゼヒュロスで1.2Gの重力に慣れていたいたこと、この世界が0.8Gだということ、誰よりも抜きん出た剣技を有すること……などを考えれば、自分が勇者と呼ばれるほどのヒーローに相当することは当然かもしれぬ。
しかし、異常なほどのステータスの高さは、そうした要素だけでは説明がつかない気がした。
彼の能力を決定づける、別の要素……。
地球ではないこの惑星には、何かそんなものが存在するのかもしれぬ。
とにかく不確定要素が多すぎる。
この謎の解明は、今後の課題としておこう。
当面は、この能力のおかげで、生き抜いてゆくことができそうだ。
さて……これからどうするか。
姫の一向に同行するし以外に方法が見当たらなかった。
求められるなら、力を貸すしかなかろう。
そして叶うなら、仲間の探索と、海の彼方に存在するかもしれないGWMの確認……。
気配がした。
敵……だろうか?
いや、それに増して、実感のある確かな気配。
「おい、そこにいる奴ら、用があるなら、出てこい」
木の陰から大小様々な男女が5人、姿を表した。
巨大な女? 剣闘士風の壮年の男、小さな男、ソルに体格の似た、若い女……。
中心にはヴェルダージの姿があった。
暁に向けて頭を垂れる。
「勇者様。
失礼しました」
「その勇者様ってのは、そろそろやめてくれよ。
暁でも犬飼でもいいから、名前で呼んでくれ」
「では、クーフーラン様」
ああ、そうか。
そっちかあ。
仕方あるまい。
「ここにおりますは、幼き頃より姫をお守りしてまいりました、親衛隊の者どもです。
「五枚の盾」と呼ばれております。
そのご挨拶と……一つ、確かめたいことがあります」
うーん、なんだか読めてきたぞ。
そういう展開か。
「不満かい?」
図星を突かれて、ヴェルダージの顔に一瞬怒りが過った。
「我らにも姫をお守りしてきたという自負があります。
クーフーラン様のお力を疑うわけではありませぬが、まことに姫をお預けするに足る方なのか、ぜひともお手合わせ願いたい」
いや、預けられても困るんだけどなあ。
とはいえ、それを言ったら、さらにこいつを怒らせることになるだろう。
暁は顔をしかめた。
しかし、彼らにとっては命に変えても守りたい大切な姫様のことだ。
どこぞの馬の骨とも知れぬ輩に、はい、そうですか、と任せることができぬのも道理というものだろう。
仕方あるまい。
乗ってやるか。
「わかった。
全員かい?」
「まずは私から」
ヴェルダージが、暁のものより遥かに巨大な段平を構える。
うん、かっこいいな。
昔の映画のコナン・ザ・グレートみたいだ。
だが……。
「いざ!」
次の瞬間、暁の剣の刃はヴェルダージの喉元にあった。
申し訳ないね。
Lv9じゃ、俺と対等に戦うのは無理だ。
うん? 待てよ。
ソルより、レベルが低い?
「ま、まいった」
ヴェルダージはくずおれて膝をついた。
その顔面は蒼白だ。
残りの4人は何が起こったのか理解できずにいるようだ。
「クーフーラン様。
マリアと申します。
次は私が」
女が一歩出た。
かなりの背丈のある女だ。
暁が174cmの身長で、ヴェルダージがそれより10cmは高かったが、そのヴェルダージよりさらに10cmは高い。
……ってことは、2m近くもある女か?
その筋骨も逞しく、覆いかぶされれば、暁の体なぞすっぽり隠れてしまいそうだ。
マリアだって?
そんなかわいい名前とはあまりにも不釣り合いな体格だな。
それを指摘したら……きっと、腹を立てるパターン……。
重戦車級だ……。
片手に軽々と振り回しているのは、これも重量級にふさわしい、ハンマーのような武器だ。
「では、行くぞ」
暁が言うと、彼がいた場所をハンマーが通り過ぎた。
馬鹿力だけでなく、スピードもある。
常人であればひとたまりもなかったろう。
しかしそこに暁の体はなかった。
マリアが驚いて辺りを見回すと、振り上げたハンマーのヘッドの上に、平然と暁が立っていた。
ごめんね。
こんなことも簡単にできちゃうんだな。
ふうん。
Lv12か。
こっちはソルより上。
基準がよくわからん。
ぽんと跳ねて、マリアの肩の上に立つ。
眺めがいい。
「まだ、やるかい?」
「ま、まいった……」
跳ねて、元の位置に着地する。
「次は?」
「では、魔道士のミーアローナがお相手いたします」
杖を構えた、マントの若い女が一歩前に出た。
暁よりも10cmほど低い背丈。
フードに覆われた顔は細部までは判断しかねたが、背丈や体格も含め、その姿はソルを思わせた。
ソルの金髪に対して、フードから少し漏れた髪は黒。
ソル自身が輝くような明るい娘とすれば、こちらは暗い陰気なソル……といったイメージか。
その顔つきはソルとそれほど異なる年齢とも思えなかったが、彼女が信頼する親衛隊の魔道士ということは、それなりに力があるのだろう。
しかしこの気候でマントとは。
魔法か。
これは対処の方法がわからないな。
呪文を唱えている間に懐に入り込むことは容易だが、それではおもしろくない。
やはり、魔法には魔法で対抗すべきだろう。
しかし、魔法なぞ使ったことはないし、そもそも使えるのだろうか?
とりあえず、ステータスウィンドウを調べてみる。
魔法に関する能力……あった。
なんだ、この「魔法耐性」って。
そもそも地球やゼヒュロスの艦上では、MPも含め、そんなステータスは存在しなかったぞ。
Lv.9。
ステータスを見ると、MPは320でソルの半分ほどだが、魔法攻撃力は76あった。
対して、暁の魔法攻撃力は15と、MPを含め、ほとんどないに等しい。
だが、魔法耐性力なるステータスは237もあった。
タップしてみる。
敵の魔法から身を護る手段が、ずらーっと羅列された。
属性だけでも地を先頭に、水や火、風……、いわゆる四元素って奴だな。
相手の属性は火らしいが、こっちはどれを使えばいいんだ?
水でいいのかな?
とりあえず、先頭にある「オート」に設定する。
こんな便利なものが使えるのか。
ますます理屈がわからんが、まあ、やってみよう。
「うん、構わないよ。
やってみて」
魔道士は呪文を唱え始めた。
戦闘時には剣士たちが肉弾戦で敵の攻撃を防ぎつつ時間を稼ぎ、攻撃魔法で相手に決定的なダメージを与えるといった戦法なのだろうな。
魔道士の目が赤く光った。
かざした手のひらから振動波のようなものが広がり始める。
「フレーム・ウェーブ!」
手のひらから炎が渦を巻いてほとばしり出てきた。
暁は特に何もしない。
その炎に焼かれるなどとは、微塵も思わなかった。
暁の正面、少し前に青い透明の盾のようなものが現れ、炎を飲み込んでゆく。
魔道士や親衛隊たちの顔が引きつった。
青い盾が反撃に出る……と暁には思えた。
防御が攻撃に……。
細かい泡が大量に現れ、もの凄い勢いとなって、魔道士を襲った。
炎が消え、泡の勢いに小さな姿がすっ飛ぶ。
それを残りの二人の内の一人、40歳ほどの男が受け止めた。
しょ、消化器かよ……。
「ま、まいりました」
無事なようだ。
「あと2人はどうする?」
2人とは、ヴェルダージと似た体格の、魔導士を受け止めた壮年の男と、もう一人、マリアの半分ほどかと思われる身長の、灰色の衣をまとった、細くて小さな男だ。
壮年の男の左手の甲に、バラをデザインしたかのような大きな傷があり、暁の目を引いた。
5人とも膝をついて、胸に右手をあて、頭を垂れた。
「クーフーラン様。
お力を試すなぞ、思い上がった我らをどうかお許しください。
我らの未熟を思い知りました。
今後は姫様と合わせ、あなた様にも忠誠を尽くします」
まあ、あんたらの頭になるつもりはまだないんだけどね。
方針を決めた。
せっかく俺の存在を認めてもらえたことだし、しばらくは「共闘体制」といこう。
「忠誠と言われてもあまりぴんと来ないんだが、まあ、よろしく頼むわ」
また気配を感じた。
暁だけでなく、5人も同様に振り向く。
5人とはまったく別の気配。
「誰だよ?!」
暁が叫んだ。
応えはなく、その声は木霊となって、森へ消えていった。




