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第2章 ジンの森 "The Forest of GWM" 1

 空には二つの月が輝き、窓から光が力強く滑り込んでくる。

 城の最上階、王の居室では、小さな男が一人、床に座り込み、膝を抱えて震えていた。


 身なりこそ立派ではあったが、体格はいかにも貧相で、その部屋にはあまりに似つかわしくなかった。

 月明かりが傍らに転がる王の錫杖を輝かす。

 それは王の権威を象徴するアイテムであり、会ったこともない父との絆を示すものであったが、彼にとってはおもちゃ以下の単なる重い鉄の固まりに過ぎなかった。

 できることなら、元の生活に戻りたい……。

 

 彼は名をルアノイテといった。

 アルスター王、ルアノイテ。


 彼を王と認める者は多くなかったが、それでも正当な王の血を次ぐ者であり、その血筋には誰も異を唱えることはできなかった。


 誰もが王と崇めるべき存在は他にあったが、それを口にすれば、自らの存在が危うくなることも皆知っていた。


 ルアノイテ自身も、自分が王の器だなどとは思っていなかった。

 しかし内務大臣アギアと、ナズークを筆頭とする「カゲ」の存在は、彼を否応もなく、王にまつりあげていた。


 爪を噛むルアノイテのそばにナズークがそっと立った。

 いつから部屋にいたかは不明だったが、ルアノイテはそんな登場の仕方にも慣れていて、怖がることもなかった。


「ルアノイテさま……、ヒヒヒ。

 間もなくですぞ、間もなく。

 あの剣が手に入ります。

 戴冠式には間に合いますとも。

 さすれば、あなたは名実ともに王となります……ヒヒヒ」


しかしルアノイテは表情も変えず、まるで無関心だった。


「僕は……王なんかになりたくないよ」


「それは困りましたなあ……ヒヒヒ。

 あなた様は正統のお世継ぎ。

 それ以外に王を継ぐお方なぞおりませぬ。

 (いたとしても排除しますとも……ヒヒヒ)

 まあ、あの剣を手にすれば、お気持ちも変わりましょう」


 カゲは影の中へひっそり消えた。




 暁の頭の中は疑問符だらけだった。


 何だ、この豪華な食事は。

 おそらくは一番の上座に座らせられて。


 異世界に放り出されて、最初のステージをクリアしたという実感はあったが、あくまでもそれは「しのいだ」だけに過ぎず、彼は何も理解してはいなかった。

 にもかかわらず、自分は「勇者」と言われ、皆から羨望の眼差しで見られている。

 それは不思議と心地よい感覚ではあったが。

 ゼヒュロスを出てからまだ1日も経っていないはずだが、この別世界で、まったく異なる世界で自分は生き抜いている……。


 1. そもそもこれは現実なのだろうか?

 それともすでに死んでしまっていて、死後の世界とは、こんなファンタジー風なのだろうか。


 2. ゼヒュロスはどうなった?

 母船の爆発という絶体絶命の状態。

 もはや地球にも、惑星探査の旅にも戻れぬのか。

 となれば、ここで生き抜くしかないのか。


 3. チームのメンバーはどうなった?

 みんな、死んでしまったのだろうか。

 しかし自分が生き残っているとすれば、彼らも生存している可能性は高い。

 彼らと合流することが、まずはすべきことだろう。


 4. ファンタジー風世界?

 ここにいる者たちは、俺と同じ人間なのか。

 少なくとも、まったく違和感はない。

 そもそもなぜ言葉が理解できるのか。

 お姫様?


 5. ポップアップ・ステータスウィンドウ。

 戦っていた時は、ゼヒュロスのAR訓練室と違和感なく動いていたし、そこでの行動パターンと同様だったので、当たり前のつもりだったが。

 ここは……本当に現実世界なのか?

 それともゲームの中にでも紛れ込んでしまったのか?

 意識を集中して、自分のステータスウィンドウを現出させてみる……出た。

 ということは……待てよ、GWMが生きているということか?

 ウィンドウの隅を見てみる。

 GWMのマークがあり……!


「GWM……いるのか?」


「はい、ご用はなんでしょう?」


 暁はさらに混乱した。

 なぜ、なぜ?

 GWMが生きている?


「GWM、ゼヒュロスはどうなった?」


「ゼヒュロス……。

 申し訳ありません。その単語に関しては情報がありません。

 西風を司ると言われるギリシャ神話の神のことでしょうか?」


 GWMは生きていて、ゼヒュロスは存在しない……?

 ウィンドウを操作して、周囲の地図を表示する。

 出た。

 降下前に確認した大陸の形そのままだ。

 自分はその大陸の東海岸にいる。

 間違いない。

 これはGWMだし、その情報も正確だ。

 大陸上や広い海のいくつかの地点にポイントマークが表示されている。

 この表示は何だろう?

 降下中には、こんないくつもの点は確認できなかったが。

 一つだけ、異なる点があった。

 海の真ん中、ここからは千数百キロの地点に、文字が浮かんでいた。

 そこに……GWMがいた。


「勇者様、どうされました?」


 ウィンドウに夢中になっていた暁を、怪訝そうに見つめる姫様の美しい顔に気づいた。


「あ、いや、これは……」


 説明してもわかるまい。

 確かに端から見れば、何もない空間を見つめたり、手をひらひらさせ、誰かに話しかけている様子は異様に見えたことだろう。


 姫の頭にポップアップしたステータスウィンドウを見ると、HPは完全回復していた。

 回復薬でもあるのだろうか。

 しかし、そのLvは異様に低い。

 暁はLv78と表示されるのに対し、彼女のそれはわずか11だった。

 暁のHPが1280なのに対し、彼女は190。

 この世界の人間はみんなこんなものなのか。

 あの猿の怪物がLv22だったから、この世界の人には歯が立たず、自分にはたやすく倒せたことも頷ける。

 驚いたのはMPが異常に高かったことだ。

 暁の30に対して、彼女は760……。


「よかった、怪我は治ったようだね」


 どう表情を作ったものか、とりあえず笑ってみせた。


「怪我が治った?

 どうしてそのようなことを?

 私の怪我の具合がおわかりなのですか?」

 姫は不思議そうな顔をしている。

 何が不思議なのだ?


「え? だって、君のHPが最大値に達しているから……」


 そう言うと、姫は急に顔を赤らめた。

 いや、赤いというよりも、炎が吹き出したようにまでなり、涙までこぼして、その場にうずくまった。

 嗚咽している。


 え?

 暁は狼狽えた。

 ちょ、ちょっと。

 俺、何か言ってはいけないことでも言ったのか?


 ヴェルダージやその他の、おそらくは従者や側使え、戦士たちも何事かと集まってきた。

 皆が勇者を睨みつけている。


 お、俺、姫様をいじめる悪い奴とでも思われてるのか?


「ど、どうしたの……」


「あ、あなたは……。

 では、あなたは私の運命のお方なのですね!」


 姫が泣きながら、憧れの眼差しで、暁を見上げる。


「うんめいの……?

 え?

 ええええええ!」


 暁は抵抗する間もなく、姫に突然抱きしめられた。

 柔らかな肌と、芳しい香り。

 暁にとっては、この世界に降り立って、それが一番の衝撃だったかもしれない。




「た、たいへん失礼しました」


 姫は暁から離れて、彼の足元にひざまずいた。


 まだ心臓のどきどきが止まらない。


 ヴェルダージが鬼の形相でこちらを睨み、腰の剣の柄に手をかけている。


 姫はなおも顔を赤らめたまま、下唇を噛んでいる。


「なんとはしたないことを。

 お許しください」


「あ、えーと……」


 平成を取り戻し、暁は気まずいながらも口を開いた。


「お、俺は……。

 そう、異国からこの国に来たばかりなんだ。

 船が難破し、海を漂って、なんとかここまでたどり着いた。

 けっして君たちの敵じゃない」


 ヴェルダージは柄から手を放し、警戒を解いたようだ。

 隣の男とひそひそ話を始める。


「海の向こうから……ですか?

 海の彼方に別の国があるかもしれないというお話は聞いたことがありますが、実際に異人と会ったことはありません。

 では、勇者様はその国からいらっしゃったと?」


 うまく切り抜けたのか?

 いずれにせよ、敵意はないことを示さなくてはならぬ。

 そして通行手形や協力者でもない限り、仲間の探索も難しいだろう。

 とにかく情報を手に入れなくては。


「あ、そうそう。

 だから、俺もこの国や人のことはまったく知らないんだ」


 姫が真顔に戻った。


「たびたび失礼しました。

 私は名をソルレナータ・シャーヴィ・アルスターと申します。

 ソルとお呼びください」


「お、俺は……犬飼暁」


「アカツキ・クーフーラン様?」


 クーフーラン?

 犬飼はクーフーランと解釈されるということか?

 その名はどこかで聞いたことがあるような……。


「すまん。

 だから、俺はこの国やあんたたちの事情をまったく知らない。

 よければ、話してくれないか」


 ソルの横に小柄な老人が立った。

 さきほどヴェルダージと話していた男だ。

 ひざまずいて、勇者に敬意を表す。


「勇者様。

 では、姫に変わりまして、このサビオめがご説明申し上げます。

 姫が信じられたお方であれば、何も隠し立てすることもありませぬ」


「じい」


「姫、我らに力をお貸しいただけるやもしれませぬぞ」


 まさしくファンタジー・ゲームによくある展開だな。

 姫とじいと守護者にモンスター。


 長く蓄えた白髭を撫でつつ、サビオはこの国の概略を語り始めた。

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