第1章 アローン・オン・ア・プラネット "Alone on a Planet" 3
そうだ、キューバに来ていたのだったな。
……いや、違う、違うぞ。
猿に支配された惑星に……それも違う!
美女と恐竜……。
暁は恐る恐る目を開いた。
建物の中だ。
粗末な小屋。
体を動かしてみる。
……動かない。
手首が後ろ手に縛られていた。
「姫様。
即刻処分すべきです。あのような素性の知れぬ輩、どのような害をもたらすとも知れませぬ。
ましてや姫さまはお隠れの身。
お姿を見られたとなれば、生かしておいてはのちの災いとなりましょう」
隙間だらけの壁のすぐ外から険しげな男の声が聞こえた。
処分?
俺を殺すということか?
招かれざる客ということか。
やはりここは異郷であり、俺は異邦人なのだな。
あの若い女性はこの国の姫君らしい。
それにしてもなぜ言葉が理解できるのだろう?
それよりなんだろう、この、まるで他人事のような、落ち着いた感覚。
死が訪れる間際というのに、不思議と慌てる気になれない。
怪我をしているはずなのに、そして縛られているのに、何も恐怖がない。
それどころか、体も心も軽くさえ感じる……。
どこかに「なんとかなる」と感じている自分がいる。
もともと楽観的な性格ではあるが、この場は楽観などしていられる状況ではないのに。
「ヴェルダージ。
もう少し様子を見てくれませんか。
あのお方が敵とはとても思えぬのです。
チクタはとても感が良くて、敵と味方を見分けることのできる子。
そのチクタがなついたのです。
敵意を感じれば、すぐにでも噛み殺していたでしょう。
これは捨て置けぬこと。
我らにとっての、何らかの予兆と思えてならぬのです」
チクタ?
俺を噛み殺さなかった?
あの恐竜もどき馬もどきのことか?
姫様は俺をかばってくれているのか……。
「しかし……」
ヴェルダージとは、部下だろうか?
その時、ぶごごご、と、例の恐竜もどきの鳴き声が幾重にも重なって、一斉に沸き起こった。
あちこちから、鳥や動物と思しき様々なけたたましい鳴き声が上がる。
「逃げろ!
コングだ!」
そして人の叫びや悲鳴。
暁は飛び起きた。
大丈夫だ、体は動く。
いや、むしろ、今まで感じたことのないくらいに軽く感じる。
後ろ手に縛られた両の手首に力を込めると、縄は簡単にちぎれた。
小屋の扉を蹴破る。
外はまだ薄暗く、夜明け前と言ったところだろう。
いったいどれほど寝ていたのだろう?
自分のHPを確認するまでもなく、体力が十分に回復しているのは確かだったが。
人々が逃げまどっている。
皆が逃げゆく方向の反対を見ると、そこには信じられない光景が広がっていた。
4〜5mは高さのある二足歩行の、巨大な猿らしき怪物が怒りに燃える赤い目を、焚き木の炎を反射して爛々と輝かせていた。
その片方の手の中では、哀れな犠牲者の男が、なんとか逃れようと、虚しくもがいていた。
猿が支配する世界?
それとも孤島から連れてこられて怒り狂った、伝説の巨猿?
「ローセルを放しなさい!」
声の方を見ると、気丈にも怪物に向けて剣を突き上げる、あのお姫様の姿があった。
勇ましいが、とても歯が立つとは思えない。
怪物は一声吠えると、空いた方の手で前方をなぎ払った。
あっと思う間もなく、姫の体が吹っ飛ぶ。
暁は次の瞬間の自身の行動に、自ら驚きを覚えた。
彼は樹木に叩きつけられる彼女に一瞬で先回りして、その体を抱きとめたのだ。
頭にステータスウィンドウがポップアップし、彼女の生命に異常がないことを示している。
風圧にやられただけだ。
おそらくすぐに目が覚めるだろう。
「姫様!」
おそらくはそれがヴェルダージと呼ばれた男だろう。
若い短髪の屈強な剣士が駆け寄ってきた。
確か、あの、暁を枝から落とした男だ。
意識を失った姫の体を任せる。
暁はそばに転がっていた、彼女の剣を手に取った。
美しいが華奢で、戦いには不向きとも思える、片刃の小剣。
大き目のナイフといった方が近いだろう。
しかし、彼はその剣の使い方を知っていた。
「お主、何をする!」
この機に乗じて、姫の命を狙うとでも思ったのだろうか。
「何をだと?
決まっている!」
柄が彼に握られた瞬間、剣のステータスウィンドウがポップアップし、攻撃力が基礎値から見る間に跳ね上がってゆく。
8から10、14、18。
一瞬、刃が光を放った。
体中に……力がみなぎる。
暁は駆け出した。
小屋の屋根や木の枝を踏み台にジャンプする。
眼の前に迫った巨猿の頭にステータスウィンドウがポップアップし、HP24を示す。
楽勝だった。
猿の腕をかいくぐってさらに猿の上空までジャンプすると、その落下速度を利用してもう片方の腕を切断し、掴まれていた男を開放してやった。
もう一度ジャンプすると、今度はやすやすと首を一閃する。
赤い血をほとばしらせて、怪物の頭が吹っ飛んだ。
暁が着地した次の瞬間、巨大な体が地響きを立てて地に倒れた。
ほとんど息を切らすこともなく、振り返る。
生き残った人々がその場の一部始終を眺めていた。
ヴェルダージに支えられて、姫様も身を起こしていた。
気がつけば、朝日が昇りかけ、辺りがほのかに明るみ始めていた。
森の中だが、樹々を縫って、陽の光が暁の背中に伸びてくる。
「勇者よ……」
姫が右手を胸に当て、片膝をつき、頭を垂れる。
その場にいた数十名が一斉に彼女と同じ姿勢をとる。
「え? 勇者?」
俺が?
曙の光に照らされて、勇者は光に包まれていた。
第1章完結。次回から第2章に入ります。




