第3章 出王都 "Leaving the Capital of the Kingdom" 6
サジェイの報告を聞いて、サビオは決意した。
猶予はわずか30日。
それが過ぎたからと言って絶望とは言い切れまいが、向こうが王権を手中に収めたのちとなっては、こちらが王権を取り返すまでにより多くの犠牲と費用と時間を費やすことになるだろう。
計画が確定したわけではない。
だが、動き出さねば、何も始まらぬ。
森へ。
そして聖剣を手に入れる。
サビオ邸から出てきた使用人の女は大量に荷を積んだ荷車を引いていた。
重そうだが、なんとか車を動かす。
裏口を守護していた竜騎士が問い質した。
「おい、いつもよりだいぶ多い荷物だな。
検めるぞ。
荷は何だ?」
「サビオ様の弟君、テリャード様へのお届け物です。
小麦粉と野菜など、もともとこのお屋敷にあったものです」
竜騎士がごそごそと荷を確かめる。
「ふむ、問題ないようだな。
行っていいぞ」
女が荷を引き始めた。
「おい、止まれ!」
声をかけたのは、裏口の反対端が持ち場の竜騎士だった。
兜の中の顔までは確かめられないが、声からすると、まだ若そうだ。
「何だ?
今、確かめたぞ。
問題はない。
それとも俺の仕事が信じられないとでも言うのか?」
最初の竜騎士が声を荒げた。
兜の中の瞳が光を放つ。
「どうも怪しいな。
俺も確かめる」
若い竜騎士が荷を確かめ始めた。
じきにそれが無駄な行為だと悟ったようだった。
しかし同時に、彼はあることにも気づいた。
「おい、女、フードで顔が見えないな。
顔を見せろ」
使用人の女とその横に並ぶ竜騎士、双方の動きが止まった。
女がゆっくりとフードに手をかける。
竜騎士もそれとテンポを合わせるように左手を上げる。
竜騎士の左手の甲が見えた時、若い竜騎士が唸った。
「あ、あなたは……」
左手の甲にはバラの形をした傷が見えた。
誇り高き竜騎士であれば、誰もが知る伝説的なその模様。
「あなたはもしや……」
バラの傷を持つ竜騎士が兜の中で頷いた。
「……ふむ。
やはり、問題はないようだな。
行って構わぬぞ」
その声は、なぜか震えていた。
女はフードにかけた手を下ろした。
荷車が去ったあと、持ち場に戻った若い竜騎士は兜の中で、声が漏れぬように嗚咽した。
城下町の民も形上は喪に服していたが、そんなものでは腹が膨れぬと、大半の者がいつもと変わらぬ働き方をしていた。
むしろそれこそが、民の生活のために尽力した亡き王の望むところであったろうし、賢王の死は悲しく先行きの不安を誘うものではあるとはいえ、いつまでも悲嘆にくれてばかりはいられなかった。
通行人や荷車が賑やかに行き交う中、土産物屋の店主は異様な組み合わせの4人の男女を見上げた。
先頭の剣士の男は立派な体格ではあるものの、けっして珍しい姿形というわけでもない。
しかし殿をつとめる女は目を引いた。
身の丈、2mはあろうか。
しかも並みの男ではとうてい敵わぬような筋骨隆々の体躯の持ち主である。
誰も彼女に抗せる者はいないように思われたが、ある小柄な汚い身なりの男とすれ違った時、一瞬だけか弱い女の顔をした。
さらにはその女の半分ほどの背丈の小さな男と、フードに顔を隠した、荷車を引く女。
店主は「ああ」と思って、それ以上、見上げることをやめた。
神のご加護がありますようにと、彼は心の中で呟いた。
トロヴェオとミーアローナを除く「五枚の盾」の3人と、荷車を引く一人は急ぎぎみに、しかし慌てず、城門外のマーケットの人混みの中を堂々と進んだ。
多くの市民がその一行に気づきはしたが、誰も声をかけてきたりはしなかった。
むしろその少人数の行軍は、近い将来の、真の王の帰還を宣言するものであったし、それこそサビオの作戦でもあった。
マーケットが途切れ、彼女は立ち止まった。
振り向いて、王城を見上げる。
あそこに帰れるのはいつになることだろう。
仲間たちと歩みだしたソルは二度と振り返らなかった。




