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第3章 出王都 "Leaving the Capital of the Kingdom" 5

 広い礼拝堂には、独特な香の匂いが充満していた。

 必ずしも悪い匂いではないのだが、それが遺体の腐敗臭を抑えるためのものであることを知らぬ者はいなかったし、僧侶たちの絶え間ない詠唱と相まって、文字通り厳粛な空気を作っていた。


 先例を曲げ、王の崩御4日後、簡略化された王の葬儀が行われた。

 伝統を重んじる者や、王を敬愛していた者の多くが、亡き王へのこの仕打ちに憤慨したが、もはやアギアを筆頭とする反王派に牛耳られた王室会議に対し、公然と歯向かう者はいなかった。

 中には王を殺害したのはアギア自身と推測する者もいたが、彼らはそれを口にすれば自分の首が飛ぶということも知っていた。

 形の上では喪主は王のおじ、ジャネラがつとめたが、実際はアギアがすべてを取り仕切り、権力を手中にしたことを世に知らしめた。

 その権力を確実なものにするためには、次期王の宣言が必要なはずであったが、ソル姫が失脚した今、誰もそれにふさわしい、思い当たる人物がいなかった。

 喪主がジャネラということは、この御老体が王になるということだろうか?

 そしてアギアの隣に座り、所在なげにしている、痩せた若者は誰だろう?

 その面影はどことなく……。


 参列者の中には、ありがちな貴族のなりをした、痩せた小男がいたが、誰も気にも止めなかった。


「慣例に則り、この場で次期王を推挙する」


 葬儀が滞りなく終わり、第12代アルスター王、コベリオ・アルスターの棺を前に、ジャネラは王の胸に置かれていた錫杖を取り上げ、大きく振った。


 こののちは錫杖の譲渡人たるジャネラがいったん王の座を預かることになるが、その玉座は即位式において、王室会議で決定された次期王に錫杖と共に渡されることになる。

 では、次期はジャネラにあらずということか。


「誰ぞ、王にふさわしい者を挙げられる者はおるか?」


 あくまで儀式である。

 一連の儀式は仰々しく、芝居がかって行われる。


「我ぞ知る!」


 立ち上がったのは、アギアである。


「偉大なる亡き王、王の中の王、コベリオ・アルスターの後を継ぐは、この方しかおられませぬ。

 ルアノイテ・アルスター!

 立たれませ!」


 アギアの隣に座っていた若者が、おずおずと立ち上がった。

 葬儀の場に臨むことを許された王族、貴族を前にして、青ざめている。

 予想外のできごとに一同が驚きに目を見開いた。


 アルスターだと?

 こんなアルスターは初めて見るぞ!

 アギアは偽物でも王に据えるほど、我ら貴族を馬鹿にしてもよいと思っているのか?

 そこまで図に乗るとは!


「静まられよ。

 先王のご遺体の前であるぞ!」


 アギアが叫ぶ。

 王族・貴族のざわつきに、少しも焦っている様子はない。

 それどころか、思い通りとでも言わんばかりに、唇の端で笑っている。


 アギアはジャネラの足元に跪いた。


「私、貴族の筆頭にして内務大臣リセンサ・アギアはこちらの、ルアノイテ・アルスター様を推挙いたします。

 ルアノイテ・アルスター様はコベリオ・アルスター王と、かつての侍女、ベリシアとの間にお生まれになられた王子。

 正当なアルスター家の血筋をお持ちの、男子にあらせられます」


 静まるどころか、騒ぎはいや増した。


「そんな話、信じられるものか!

 証拠はあるのか!?」


 ついにそれを言葉にする者が現れた。

 衛兵がすぐに駆け寄り、彼を拘束する。


「証拠だと?

 不遜な輩めが!

 よかろう。

 王子、お力をお示しくだされ」


 ルアノイテがもう一歩前に出て、叫んだ男に向けて、手を伸べる。


「そなたは……、レベル7、HP26、MP12……」


 ルアノイテの呟きは、魔法の詠唱のように聞こえた。


 衛兵に掴まれたまま、男の顔が引きつり、顎ががくがくした。


「そんな馬鹿な!

 では、私のステータスもわかると言うのか?」


 貴族の中でも上位クラスの男が叫んだ。

 位の高さに応じてレベルも基本的に高いとされる。

 したがって、彼の言いたいことは、「自分のステータスが読めるのは、王族だけだぞ」という意味だ。

 アギアのやりように不満を抱いていた貴族だ。


「そなたは、レベル10、HP38、MP24……」


 男は愕然として膝をついた。


 アギアが思い通りにことが運んでいることにほくそ笑んでいた。


「まだ異を唱える者はおるのか?」


 すべての参列者が呆然としていた。

 そして、彼らはこの国が、壇上で勝ち誇った男に牛耳られたことを悟った。


「これより30日ののち、新王が即位される。

 では皆の者、亡き王とルアノイテ様の前に跪け」


 ジャネラが両手を上げた。

 跪かなかった者は一人もいなかった。

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