第3章 出王都 "Leaving the Capital of the Kingdom" 2
「アギア、なんて不謹慎な!」
アギアは大げさに驚いた顔をしてみせた。
「不謹慎ですと!
これはこれは……。
姫君こそ不謹慎では?
……姫にはコベリオ・アルスター王陛下の殺害容疑がかけられております」
「な!」
周りがざわついた。
ソルもさすがにここまでの展開は予想していなかった。
「わたしがお父様を殺したなどと、よくもそんなふざけたことが言えましたね!
衛兵! 衛兵!」
竜騎士たちが一歩踏み出して、周囲を圧倒した。
アギアが手を振ってそれを抑える。
「姫の部屋からこれが見つかりましてね」
アギアが上げた指の間には小瓶が挟まれていた。
中には少量の液体が入っている。
無論、ソルには心当たりがなかった。
しかも自分の部屋からとは、どういう……。
はっとしてゾフィーを探した。
いない。
「いやあ、してやられるところでした。
なんと言っても、先例のなかったことを曲げてやりたがる方ですからな。
陛下以上に周りの話を聞かず、わがままを通したがる。
それが証拠に、さきほどは、女王になると、御自ら宣言されてしまった」
口の立つ奴だ。
はめられた?
「これが何を意味するか、皆さん、おわかりでしょう」
アギアの側近が彼の傍らに立つ。
その腕には一頭の犬の亡骸が抱えられていた。
「ひっ」と、あちこちから声が上がる。
ソルは思わず、口に手を当てた。
ブレンコ……。
「犬にこの液体を舐めさせたところ、あっという間に死んでしまいました。
……人間ならば、犬のようにすぐには死なずとも、徐々に徐々に弱まることはありましょうな……」
ソルは今度こそ、悔しさと腹立たしさで、涙をこらえることができなくなった。
「なんて……なんて、ひどい……」
「ひどい?
それは姫、あなたのなさっていることでしょう!
内務大臣の名の下に命ずる。
姫を連行せよ!
陛下の殺害、並びに反逆罪容疑だ」
竜騎士たちがさらに一歩踏み出して姫に近寄ろうとすると、それを制すかのようにさっと、ソルの周りを5人の男女が取り囲んだ。
「ふん、姫の親衛隊か。
抵抗すると、そなたらも反逆罪に問うぞ」
放心状態のソルの肩に手が置かれた。
サビオは頷くと、ヴェルダージの脇から滑るように出て、アギアの前に立った。
「サビオか」
「アギア様。
陛下のご遺体の前での騒ぎがよろしくないことは、アギア様も同意されましょう?
どうですかな。
姫様を牢につなぐわけにもいきますまい。
裁判までの間、我が家に籠もっていただくというのは。
内務大臣をお勤めになるアギア様であれば、よもやお忘れではあるまい。
確か、反逆罪といった重篤な容疑についての裁判は、規定では最低7日を要したはず。
無論、隙間なく、周囲を竜騎士殿たちに囲んでいただくとしましょう」
ソルの養育係、サビオもその地位は貴族の末端にあった。
彼の家は塀の内、貴族の住宅街の一角にあった。
貴族は寛容さを示さねばならぬ。
そもそも裁判という事態は、大臣の念頭にあっただろうか。
アギアはぎりっと歯ぎしりした。
「……よかろう。
ただし、7日の間、一歩も外へ出ることは許されぬ。
そなたは……仕方あるまいが、この親衛隊5人を含め、姫に近い者はいっさい近づくことを禁ずる」
「寛大なご処置、さすがはアギア様ですな、感服いたします」
アギアがさっと手を振ると、竜騎士たちが5人を押しのけて、姫とサビオを取り囲んだ。
ヴェルダージはサビオを見たが、その何かを決意した顔つきに、断腸の思いで無抵抗を決めた。
「姫、しばらくは我が家でごゆるりとなされませ。
お父上を弔うことが叶わぬのは、力不足で残念でなりませぬが」
「サビオ。
そなたには迷惑をかける……」
ソルはもう一度、亡き父のベッドを振り向いた。
しかし父の顔を見ることは許されず、力なく連行されるに身を任せるより他はなかった。




