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第2章 ジンの森 "The Forest of GWM" 8

 木の枝の根本を蹴ってさらに宙に舞う。

 アクロバチックに体をひねらせて、巨大な魔物の背後に回り込み、片方の翼をバッサリと断ち切る。

 血飛沫を避けながら首に向かうと、キメラのライオンの頭を切り落とす。


 本来、段平は相手を叩き切る、もしくは叩き潰す武器であり、相手に苦痛を与えるものだが、ステータスが格段にアップされた暁のモノは、まったく異なるシロモノに変化していた。

 暁好みというか、見かけに反して、その切れ味は日本刀のそれと同様になり、暁自身の技と相まって、狙った獲物をまるでナイフで野菜でも両断するかのように、スパッと断ち切ることができた。

 それでも暁にとってはその切れ味や手ごたえはけっして満足のゆくものとは言えず、あくまでもしっくり来る剣が見つかるまでの、しのぎの武器に過ぎなかったが。


 AR訓練室でこうした戦いを経験していたとはいえ、それはあくまでも鍛錬の一環だった。

 上陸した惑星でどんな敵に遭遇するかなど、まったくわからなかったから、プログラムされた仮想上の敵は、人であったり、人の一個大隊であったり、実在した巨大獣であったり、戦闘ロボットだったりした。

 暁は架空の神話・伝説上の生物、古代の恐竜などを好んで選んだ。

 それは敵としてのレベルが比較的高いとか、予測を超えた動きをするとか、好みであったりとか、単純な理由からだったが、まさかそれがこれほど実戦に役立つとは、思ってもみなかった。

 いや、それは不思議な符合という以上に、こここそがまさに、自分の活躍する場、生きる場、本来あるべき場……とでも言いたくなるほどの適合だった。


 さらなる不思議は、現れるモンスターのことごとくが、かつて訓練したことのあるモンスターたちとほぼ同じものだったことだ。

 しかもモンスターの種類や習性まですぐに理解、判断できる。

 自然と体が動くのは、まるでAR訓練室で戦っている感覚だ。

 それもここでは自分の能力がさらなる進化を遂げて、というオマケ付きだ。

 モンスターたちにしてみれば、ちっぽけで敵とも言えないはずの人間を襲ったつもりが、まったく歯が立たず、あっという間に殺されてしまうのだから、チートにでもはめられた気分だろう。


 その、目で追いかけるのも難しい速さと戦いぶりは、この世界の戦士たちにとっても異常で、誰もが呆気にとられた。

 自分たちが一人で一体の魔物に立ち向かうのも難しいのに、この異国から来た謎の助っ人は、わずか数分の内に何体も倒し、降ってくる血潮さえもかいくぐり、ほとんど息も荒らさないのである。


 アラクネーのクモの足をすべて切り落とすと、魔物が上空の木の枝から降りてきた丈夫なクモの糸を伝って上昇し、ヴェルダージが苦戦していたハービーのさらに上から飛び降りて、その比較的小さな魔物を両断する。

 暁が助け起こしてやると、ヴェルダージは神とも見紛うこの勇者に、自分が一度でも勝負を挑んだことを、改めて恥じた。


「皆、無事か!」


 暁が叫んだ。


 戦闘はあらかた、片がついていた。

 大型の魔物の死体が数体、転がっている。

 と言っても、そのほとんどは暁のなした仕事ではあったが。


 森の中をエルフの里へ向かう一向を、突如魔物の一団が襲ったのである。

 魔物たちは、普段であれば、ソルのオーラによる結界に近づかないはずだ。

 ましてや種族の異なる魔物同士が一斉に群れを成して襲ってくるなど、あり得ぬこと。

 魔物たちは狂っていた……。

 いや、一様に赤く光っていた目の色は、何者かに操られていたと考えた方が、辻褄が合っていたかもしれなかった。


「暁さま。

 お怪我はありませんか?」


 ソルは無事なようだ。


「うん。

 それより、こいつらの襲撃、何か異常だとは感じないかい?」


「ええ。

 この先のエルフの里が心配です。

 お疲れのところ、申し訳ありませんが、先を急がなければ」


「ああ、そうしよう。

 俺は平気だよ……」


 ソルが突然、暁に抱きついた。

 大きな胸が押し付けられる。

 どんなモンスターにも勝つ自信のあった暁だが、今のところ唯一歯が立たないのは、このお姫様の予測のつかない攻撃かもしれなかった。


「ソ、ソル?」


 声が裏返る。


「暁さま。

 ごめんなさい。

 私たちは暁さまに頼ってばかりです。

 これでは王都の奪還なぞ、夢物語です。

 もっと強くならなくては……ね」


 肩を掴んで引きはがすと、ソルは笑顔で涙を流していた。


 暁は赤くなり、頬をかいた。


 その時、一本の矢が暁に迫った。

 暁は、彼自身にとってはスローモーションで近づくその矢を横から掴むと、それをへし折った。


「どうやら、ビンゴだ。

 モンスターたちは、戦いたくて戦ったのではなさそうだ。

 ……もう、気配はなくなってるみたいだ。

 ソル、この矢じりの形に見覚えはあるかい?」


「ビン……ゴ?

 ……いえ。

 アルスターではまず使わない、鳥の羽のようですが」


 その矢は暁を狙ったものか、ソルを狙ったものかも知れなかった。

 あちこちに敵がいる。

 モンスターとそれを操っているかもしれない、しかも姿の見えない敵。

 王都からの差し金なのか、それとも別の敵か?

 いずれにしても、ソルや、もしかしたら暁自身の存在を煙たがっている誰かが複数いるのは確かなようだ。

 魔物退治、魔法、陰謀、鍛冶師探索、そして王都の奪還……。

 いかに自身に超人的な力があるとしても、全てをクリアするのは簡単ではないと容易に予想できた。

 こいつは……自分の本来の仕事に戻るまでの道のりは、かなり遠そうだな。

 暁は唇を噛んだ。


 ふと現実へ気持ちを戻してみると、ソルが頭を抱えてうずくまっていた。


「ソル!」


「姫様!」


 「五枚の盾」や主だった者たちが血相を変えて駆け寄ってくる。


「ソル!

 どうした!?」


 矢が当たった?

 いや……。


「あ、頭が割れるように痛い……」


 意識はあるようだが、その顔つきは厳しい。

 目が虚ろで焦点が合っていない。

 息も絶え絶えに、しかし必死に呟く。


「悲しみ。

 た、たくさんの魂が……。

 みんな、消えてゆく……」


 ソルは涙を流しながら、暁の腕の中で意識を失った。

第2章完結。次回から第3章に入ります。

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