第2章 ジンの森 "The Forest of GWM" 7
その日のうちに、ソルは軍を進めた。
軍……と言っても、親衛隊「五枚の盾」と王女派に賛同する、アルスター軍から分離して合流した竜騎士、一般兵を中心とした、わずか150名の、本来はとても軍などとは呼べぬ、王子派からすれば、「烏合の衆」程度の集団だった。
亡き父王を敬い、王女と運命を共にしようという者がこの程度だったことに、王女たちは少なからず衝撃を受けたが、それでも、その中心となる顔ぶれは強力だった。
幼い頃から姫を守ってきた、最も信頼できる親衛隊の5人、「五枚の盾」。
軍の統率と訓練を任せた、老将軍、セリオ。
その補佐を務める、女竜騎士、レイトゥー。
弓の達人、フレーシャ。
アルスター最強の豪腕と恐れられた、2mを超す巨人、ペケーノ。
ソルの魔法の師匠に当たる、老魔法使い、アノイテセ。
軍師のサビオ。
そして、新たに加わった、異界よりの勇者、暁・クーフーラン。
4万を超えるアルスター正規軍からすれば、蚤のごとき造反組かもしれなかったが、聖剣を手にして神に認められた王の後継者であることを示せば、今は選択肢すら持たず、上からの命に従っている多くの兵士も必ずやこちらについてくれると、ソルは信じていた。
そのためにも、ジンの森に庇護されつつ、彼女は森の深奥部、鍛冶師の隠遁所を目指す必要があった。
森は彼らを守護してくれていたが、それはあくまでソルのオーラが全体を包んでいるからであり、その範囲を出れば、どんな戦士でも魔獣(聖獣)には歯が立つまい。
オーラの中にあったとしても、狂ったコングのように、いつ予想外の敵に襲われぬとも限らぬ。
進軍には慎重を極めたし、一瞬たりとも気を抜くことはできなかった。
「ソル、このままその鍛冶師さんのところに向かうのかい?」
「いえ、そう簡単には参りませぬ。
わたしでさえ、ゴイブン様へ至る道はわからぬのです。
まずは案内役を求めます。
エルフたちが力を貸してくれましょう」
「エルフ?
妖精……のことか?」
「妖精……。
うーん、ちょっと違いますが、魔法の存在であることには違いありません。
わたしは子供の頃、しばらく彼らのもとで暮らしたことがあるのです」
老将軍セリオがソルにドラゴ(竜もどき馬もどきの正式な呼称)を寄せてきた。
「姫様。
今朝のスプレーザ様の言葉、気付かれましたか?」
セリオはソルの曽祖父、第10代アルスター王、オベーリャ・アルスターの代から王に仕えた貴族出身の軍人で、ソルが女王となった暁には、計4代に仕えることになる。
ソルが最も信頼を寄せる存在の一人ではあったが、その齢はすでに70を超える。
本人も老骨に鞭打つとは言うが、あまり無理もさせられぬとは、ソルも思っていた。
「コノートと口走ったこと?」
確かにソルもそれには不穏なものを感じ取っていた。
本来、外の敵に抗するために、内で仲たがいをやるべきではない。
それはソルもわかっている。
父が必死に守ってきた、目に見えない「壁」が崩れたことは敵もすでに気付いているだろう。
王城にいるあの男……いや、アギアは何を考えているのか。
それは最悪のことかも知れぬ。
「考えたくはないですがな。
あの男なら、国を売ることもあながちないとは言えませぬぞ」
ソルは唇を噛み締めた。
ならば余計に屈服なぞあり得ぬ。
「それにしても、セリオ、あなた自身は体に問題はないの?
若くはないのだから、気をつけてもらわないと」
「はっはっは。
姫様にお気遣いいただいて、それだけでこの老体にも気力がみなぎるというものです。
ご安心めされよ。
あの忌々しい貴族たちの輪から逃れられただけでも、健康が増すというもの。
……我が一族のことだけは、気がかりですがな」
最後の台詞の時だけ、セリオの白い髭に覆われた大きな顔が曇った。
王都を逃れ、王女派に合流した兵士たちの家族、一族は、命こそ奪われてはおらぬものの、地下牢に幽閉されているという。
その者たちの救出のためにも、王都の奪還を急ぎたかったが、無謀な攻撃は相手の思うつぼだとは、ソルもわきまえていた。
「クーフーラン様」
セリオは、ソルの斜め後ろでドラゴを進めていた暁を振り向いた。
「え?
俺ですか?」
「ヴェルダージやマリアから聞いておりますぞ。
あやつらがまるで刃が立たぬ、クーフーラン様の剣技の妙。
強力な助っ人を得て、まこと心強い。
このセリオからも礼を述べさせていただきたい」
その台詞をソルが問いただす。
「ヴェルダージやマリアが、何ですって?
何があったのです?
わたしは聞いていませんよ。
まさか、暁様に失礼なことを……。
セリオ!」
セリオはバツが悪そうに、髭を撫でて、ドラゴの手綱を叩いた。
「クーフーラン様。
いつか、この老体ともお手合わせ願いたい!」
あ、あはは。
暁は頬をかいた。




