九話 「そりゃあれだ。そういう心得違いのガキの教育は、ダンジョンマスターの仕事だろうよ」
ジェイクが目をつけていた三人全ての、新ダンジョン行きが決まった。
エルフの植物系モンスター栽培家「ブレイス・ブラインドミスト」。
狼人族の戦闘指揮者「クラリエッタ・ハーフェル」。
ドワーフのゴーレム整備士「マイアー・ラインベック」。
いずれも人格には問題があるものの、腕には申し分がない人材だ。
彼らへの声かけだけで、ジェイクは既にひと仕事えたような体力と精神力を消費していた。
とはいえ、新ダンジョン建設の準備は、まだ始まったばかりだ。
休んでいる暇は、一切なかったのである。
三人に新ダンジョン行きを取り付けた、数日後。
ジェイクは数名の従業員とともに、事務所にある従業員休憩室に居た。
事務所で一番広いこの部屋は、しばしば会議室として使われることもある。
まさに、今の状況だ。
従業員の一人が、難しい顔でテーブルの上に乗り出した。
そこには、西辺境に建設予定の新ダンジョンの図面が広げられている。
「あの三人からそれぞれ注文をもらって図面を引き直しましたが、まあ、想定の範囲内ですぁあねぇ」
特徴的な口調のその従業員は、外見もまた特徴的だった。
おおよそは人間と大差ないのだが、皮膚は緑色で、体のあちこちが植物のようになっている。
植物人、等とも呼ばれる「ドライアド」と呼ばれる種族だ。
このドライアドは、総じて他種族でいうところの子供のような外見をしている。
幼く、美しく、中性的で、魅力的な外見だ。
ドライアドは年齢を重ねても、外見上の年齢は一切変わらない。
また、植物であるためか性別もなく、まさに「中性」であった。
このドライアドの従業員もまた、見た目は子供のようだが、実際には中年も中年、種族的初老にどっぷりとつかった年齢だった。
キラキラとした大きな瞳の、穏やかそうな顔立ちではあるが、まさに「ダンジョン屋」と言った気性の持ち主だ。
つまるところ、短気で喧嘩っ早く、腕っぷしがめっぽう強い。
実に、外見と中身が伴わない人物なのである。
「エーベルト・エンブロン」という名のこのドライアドは、ベルウッドダンジョン株式会社の古参従業員であった。
事務全般を担ってきた経験が買われ、新ダンジョンの事務方のまとめ役として動いている。
この「事務」というのには、機材の発注から設置、飯の調達から費用の計算、収入と支出の管理までが含まれていた。
要するに、ダンジョン内の何でも屋なのだ。
「あら。無茶行ってくると思ってたんですけどね?」
「元々がかなり贅沢に設計してましたからねぇ。あいつらの注文も、すこぉしばかり手を加えりゃぁ、答えられましたよ」
意外そうな声を出すジェイクに、エーベルトは肩をすくめて見せる。
彼らが今見ている図面には、修正の後が何か所か見受けられた。
ジェイクが誘ったあの三人の意見を、反映されたものだ。
「流石その道に覚えのある連中、ってぇところですかねぇ。妥協はしねぇようでしたが、贅沢は言ってこなかった見てぇですねぇ」
興味深そうに図面を覗き込むジェイクに、エーベルトは説明を加える。
「温室の高さが足りねぇだの、カメラの設置位置が悪ぃだの、機材運搬用リフトの位置が気に食わねぇだの。実際、改善点として取り入れられるもんばっかりでしたよ」
「あの人達なら、自分用の大型冷蔵庫よこせとか、指令室にベッド作れとか言い出すかと思ってたんですけどね」
「んなこと言ってたら、頭の一つもカチ割ってやるところだったんですがねぇ」
ニヤリと笑いながら握りこぶしを作るエーベルトに、ジェイクは乾いた笑いを浮かべた。
見た目こそ、どこのご令嬢かと思うようなエーベルトだが、見た目とは裏腹に腕っぷしは強いのだ。
カチ割るといったら、本当にカチ割りにいくだろう。
実際、若いころは父と一緒に、どこぞに殴り込みに行ったこともあったらしい。
「しかしまぁ、なんか思ったよりも大げさっつうか。でっかくなりますね」
話を変えようとそういったジェイクの言葉に、エーベルトは難しい表情を作る。
ジェイクの言う通り、図面に書かれたダンジョンは、ベルウッドダンジョン株式会社が持つ二つのダンジョンと比べて、かなり大きく見えた。
とはいっても、モンスターをおびき寄せる、いわゆる「ダンジョン」の部分は、大きく変わらない。
幅をとっているのは、従業員の居住スペースや、事務、整備工場、倉庫などだ。
「なにしろ、近所に人里がねぇですからねぇ。自前でやらねぇことには、なんとも」
どれもこれも、普通ならダンジョンから離れた、街や村などに作られる施設ばかりだ。
ダンジョンはモンスターと戦う場所であり、人間が落ち着いて暮らすための場所ではない。
まして、襲われる前提の場所で書類仕事をしたり、装備を修理したり、備蓄するなどというのは、ぞっとしない話だろう。
では、なぜそんな場所にそんなものを作るかと言えば。
ほかに作るのに適した場所がないから、であった。
なにしろ、新ダンジョンはそういった「安全な場所を作る」ために設置されるのだ。
そういった諸々を建設するのに適した街も村も、ダンジョンの近くにはないのである。
一応、旧国境と新国境予定地との中間地点には、国が物資集積拠点を作る予定ではあった。
高い壁で囲われ、周囲に武装を施した砦のような場所になるという。
だが、それはあくまで物資の集積、あるいは、万が一の場合ために、国軍が駐屯するための場所だ。
ダンジョン屋の為にスペースが割かれることはない。
となれば、別に安全な場所を確保しなければならないわけで。
ダンジョン屋が確保できる安全な場所となれば、それはもうダンジョン以外ありえないわけだ。
「しかし、職場で寝泊まりするってのも気が休まりませんねぇ」
「クラリエッタ辺りは喜ぶかもしれねぇですがねぇ。まあ、気が滅入らねぇように娯楽設備は入れにゃぁならんですよ。その分スペースと予算は食いますがぁ。いい仕事するにゃぁ必要なことです」
「コレばっかりはねぇ。まあ、従業員皆には、船にでも乗ったと思ってもらうしか」
言いながら、ジェイクは肩をすくめた。
ダンジョンの外は、モンスターがはびこる領域だ。
外に出ることが出来ないという意味では、ある意味で船と似た環境と言ってもいいかもしれない。
エーベルトは少し考えるようなしぐさを見せ、なるほどとうなずいた。
「船と違って、広さが贅沢に取れるのは救いですぁねぇ。その分、設備の連中にゃぁ穴掘りを気張ってもらうことになりますが」
エーベルトに視線を向けられ、何人かの従業員が苦笑いを零す。
彼らは設備関連を担当しており、実際の工事に携わることになる従業員達なのだ。
「相当掘ることになりそうですね。ゴーレムと操縦者、数足ります?」
ベルウッドダンジョン株式会社のダンジョンは、「地下迷宮型」と呼ばれるタイプのものだ。
つまるところ、地面に穴を掘り、その中をダンジョンとするのである。
となれば、穴を掘る必要があるのだが、人力でそれをやろうとすれば、とてつもない労力になってしまう。
そこで使われるのが、ゴーレムであった。
人間よりも大きく、力も強いゴーレムを使えば、ずっと素早く作業をすることが出来る。
ゴーレムは土木作業に、欠かすことが出来ないものなのだ。
ジェイクの質問に、エーベルトは苦い顔を作った。
「ゴーレムの数は、西辺境に行ってる連中がメーカーから直接買うことになってますから問題ないんですがねぇ。乗り手のほうがどぉーにも」
「戦闘用ゴーレムのパイロットなら揃ってるんですけどね」
「モンスター殺すなぁ上手い連中ですがねぇ。穴掘りは勝手がちげぇでしょう。まして、連中にゃぁ本業がありますからねぇ」
実のところ、ゴーレムを操れる人材ならば、豊富に居はするのだ。
新ダンジョンに連れていく古参の従業員の中にも、ゴーレム乗りは少なくない。
だが、そのほとんどが「戦闘用ゴーレム」の操縦を専門とする従業員ばかりだ。
戦闘用のゴーレムと土木作業用のゴーレムでは、動かし方が大きく異なる。
基本は同じだし、どちらもやってできないことはないだろう。
とはいえ、作業効率が下がることは否めない。
そもそも、戦闘用ゴーレムのパイロットには、別の仕事があるのだ。
ダンジョン建設中、モンスターが近づいてきた場合の撃退である。
事前に国の軍隊がモンスターを間引いてくれるとは言え、危険な場所には変わりない。
作業中だろうが何だろうが、モンスターはお構いなしに襲ってくるのだ。
これを撃退するのは、まさに戦闘用ゴーレムの仕事である。
「本業に励んでもらわないと、安心して穴掘りもできませんよ。しかしそうなると、どっかからか借りてくるか。新しく雇い入れるかですかね」
「借りてくるのは無理筋じゃねぇですかねぇ。あの辺の土木業者は大企業にとられるでしょう」
ダンジョンを作るのは、ベルウッドダンジョン株式会社だけではない。
西辺境には、合計で十のダンジョンが作られることになっている。
中には大手企業も含まれており、そういった所は巨大な資金力を背景に、下請け会社をしっかりと確保するであろうことが予想された。
土木会社にしてみても、一度しか取引をしない中小ダンジョン屋より、大手企業との取引実績がほしい所だろう。
「実際、西辺境に前乗りしてる連中にあたらせてるんですがねぇ。まあ、どこも首を縦にゃぁ振りゃしませんよ」
「でしょうねぇ。俺が向こうの土木業者なら、安くても大手の方を受けますよ。覚え目出度ければその後も使ってもらえるでしょうし」
大手企業の多くは、ダンジョンだけではなく、様々な分野に手を伸ばしていることが殆どだ。
そういった企業とつながりを持てれば、将来的に得をすることになる。
新領地が落ち着けば、そこに人が住み、商店や工場なども作られることになるだろう。
そうなれば、ダンジョンを作っている大手企業も手を伸ばしてくるはずだ。
というより、まず間違いなく様々な施設を作るだろう。
商業施設に工場施設など。
そこに暮らす人間の生活や、雇用にもつながるものが作られるのだ。
大手企業か、中小か。
どちらの仕事を受けたいかと言われれば、まぁ、考えるまでもない訳だ。
「さてと、どうしたもんですかねぇ」
ジェイクがクシャりと頭を掻いた、その時だった。
ノック音が響き、ドアが開く。
部屋に入ってきたのは、どこか眠たげな眼の中年男性。
ジェイクの父であり、ベルウッドダンジョン株式会社の現社長だ。
「おう、おつかれ。話進んでるか?」
「ジルベール社長、お疲れ様です」
声を出したのは、エーベルトだった。
片手をあげる父、ジルベールに、従業員達は立ち上がって挨拶する。
もちろん、ジェイクもだ。
ジルベールは片手を振って返事をすると、近くにあった椅子に座った。
ほかの従業員達も、それに倣う。
話を切り出したのは、エーベルトだ。
「穴掘りの作業員が足りねぇって話です。向こうの土木業者にも話はしてみたみてぇなんですが」
「やっぱダメか。じゃあ、アレだ。新人の戦闘用ゴーレム乗りにも工事やらせるか」
「新しく雇い入れた連中にやらせるってぇんですか?」
「そうそう。まあ、できれば免許とり立ての連中がいいわな」
ゴーレムに乗るためには、資格が必要だった。
訓練学校で一般的な操縦を身に付け、免許をもらう。
しかる後、それぞれの仕事に就き、専門の技術を磨いていくのだ。
この「専門の技術」を教えてくれる学校は、今のところジェイク達が住む国にはない。
それぞれの職場で教え込まれるのが、常識であった。
「そういう連中なら、変な癖がついてないだろうし。使いやすいだろ」
訓練学校では、基本的な動きの練習をする。
「免許とりたてが一番操縦が丁寧」などと言われていたりもした。
新人というのはまっさらな状態であり、なにをするにもなれるのが早い、とジルベールは言っているのだ。
「それに、だ。設備班やら整備班の新人共の中にも、ゴーレム乗れるヤツは雇うつもりなんだろ?」
「もちろん。なるほど。その連中も突っ込みますか」
ジルベールの質問に答えたのは、エーベルトだ。
事務方の取りまとめをしているエーベルトは、そういった情報も把握しているのである。
ゴーレムは、汎用性が高い道具だ。
大きな荷物や物資を運ぶ事務方や、様々な機材を運ぶ整備など、活躍の場は多岐にわたる。
なので、どこの部署でも必ず何人かは、ゴーレムを扱える人間が必要なのだ。
部署を問わなければ、新しく雇い入れる新人の中には、少なからずゴーレムを扱える人間がいる。
そう言った人員全てを、土木作業に充てようというのだ。
「それぞれの部署の仕事もあるでしょうけど。大丈夫ですかねぇ」
「そりゃお前、古参の連中と免許ない新人連中にやらせるしかないだろ。なぁに。自分達のダンジョン作ってるんだからよ。掘って立てなきゃ、中身だってやりようないんだから。文句言うやつもいないだろ」
肩をすくめていうジルベールの言葉に、ジェイクやほかの従業員達も納得した。
確かに、ダンジョンという箱が無ければ、ほかの仕事は成り立たない。
そもそも自分達の職場を作るわけだから、それに納得しない古参はいないだろう。
エーベルトは、「しかし」と表情を曇らせる。
「しかし、新入りのゴーレム乗りは不満の一つも言うかもしれませんねぇ?」
古参の中にはまずいないが。
戦闘用ゴーレム乗りなどの中には、土木作業用のゴーレムを軽視するモノもいた。
これが、国を守る兵士や騎士であれば、あるいはそういう考え方がまかり通るかもしれない。
だが、ダンジョン屋においては、それは全くの心得違いだと言わざるを得ないだろう。
何しろ、ダンジョン屋というのはダンジョンを作り、維持管理するものなのだ。
そのために必須である土木作業を軽視するのは、ダンジョン屋の風上にも置けない行為とされている。
昔気質のダンジョン屋の前でそういったことを口にすると、文字通り頭をカチ割られる恐れもあるだろう。
ジルベールやエーベルトあたりであれば、拳の一つは飛んでくることは間違いない。
「そりゃあれだ。そういう心得違いのガキの教育は、ダンジョンマスターの仕事だろうよ」
「ん? え、俺?」
ジルベールとエーベルトの会話を聞いていたジェイクは、驚いて顔を上げた。
目を丸くしているジェイクを見て、ジルベールは呆れたような表情を作る。
「他に誰が居んだよバカヤロウ」
「なるほど。いや、そうか。そうね。ダンジョンマスターだもんな。教育も仕事のうち、か。了解了解。しっかりやらせてもらいます」
ジェイクの言葉に、ジルベールは満足そうにうなずいた。
その時、「あ、そういえば」と、ジェイクが思い出したように手を叩く。
「教育で思い出したんだけど。新人の集団研修、やろうと思って」
「集団研修? なんでまた?」
ジルベールは不思議そうに首を捻る。
ベルウッドダンジョン株式会社では、今まで研修というようなことをしたことがなかった。
新人が入ったら、現場で鍛え上げるというのが流儀だったからだ。
「今回はいつもと勝手が違うだろ。何しろ、出来立てほやほやのダンジョンだからね。古参連中も勝手がわからない、新人は動きが悪いじゃ話にならんでしょ」
「慣れたダンジョンでなら多少何かあっても問題ないが、古参連中も慣れてないダンジョンで何かあればどうなるかわからない。ってことか」
「そうそう。それなら、先に少しは新人を使えるように教育しといたほうがいいんじゃないか、と思ってね」
ジェイクの言うことに納得したのか、ジルベールは「なるほど」と頷いてうなった。
エーベルトやほかの従業員達も、納得した様子を見せている。
少し考えたジルベールは、思いついたというように口を開く。
「新人研修の後、古参連中との連携もある程度訓練させるか。顔合わせも含めて」
「それもいいね。どうせダンジョン作るときには皆で手伝ってもらうんだし」
ダンジョンを作る際には、どの部門で仕事をするものも、全員が手伝うことになっていた。
自分達が守り、戦いの場とするダンジョンをよく知るため、というのが理由の一つだ。
また、作るのに自分も携わったとなれば、愛着もひとしおになる。
戦うための活力になるのだ。
まあ、もっとも。
人手が足りない、というのが、一番の理由なわけだが。
「じゃあ、決まりだな。内容はジェイク、お前が決めろよ」
「わかってるって。何しろ、ダンジョンマスターですから」
ジェイクの返事に、ジルベールは笑いながらうなずいた。
新ダンジョンで働く従業員を束ねるのは、ダンジョンマスターであるジェイクの仕事だ。
これからダンジョンを運営するための訓練をするとなれば、当然ジェイクの領分になる。
何を必要とし、何を重要視するかは、ダンジョンマスターの領分なのだ。
たとえ「ベルウッドダンジョン株式会社」の「社長」と言えど、おいそれと口出しできる領域ではないのである。
「任せる。まぁ、お前ならうまくやるだろ。エーベルト、うまく手伝ってやってくれな。アニキよりゃ器量は悪いが、要領だけはいいからよ」
「承知で。老骨にムチ打たせて頂きますぁ」
ニヤリと笑うエーベルトに、ジェイクとジルベールは眉間にしわを寄せた。
確かに年齢的に言えば、エーベルトは老骨だろう。
ジェイクの父であるジルベールより上で、祖父が若いころからの従業員だというのだから、間違いない。
だが、その見た目はどちらかというと、深層の令嬢とか、絶世の美少年とか言った具合だ。
歳を経ているためか、可愛らしさと同時に妙な妖艶さも含んでいるから、始末に悪い。
もっとも、そのことを指摘するような人間は、ベルウッドダンジョン株式会社にはいなかった。
そんなことを言おうものなら、舐められるのを極端に嫌うダンジョン屋の鑑のような気性であるエーベルトに襲い掛かられるからだ。
小柄な見た目に反し、エーベルトの拳は重くて硬い。
そもそも体を作っている素材自体が重いのだ。
ドライアドは、身体の構成を樹木で賄っている。
その樹木は自身で調整も可能なのだが、エーベルトが選んだのは船のスクリューにも使われるような、頑強な木であった。
ノコギリの刃をへし折り、水にも沈む質量だというのだから、その丈夫さが知れるというものだ。
「どうかしましたか。二人して似たようなツラして」
「いや? 全然? なぁ?」
「そうそう。別に何にも」
不思議そうな顔をするエーベルトに、ジェイクとジルベールは同時に首を横に振った。
妙に息の合った動きである上に、二人とも同じような表情をしている。
見る人によっては、イラっとする動きだ。
どうやらエーベルトも何か感じるところがあったらしく、若干こめかみに血管を浮かべ始めた。
やっばい。ショタジジィめっちゃ怒ってる。オヤジ何とかしろよ。
ショタジジィて。まあ、気持ちはわかるけどよ。俺に振るなっつぅの。
親子の絆による視線だけでの会話をしていた二人だったが、そこで「あ」とエーベルトが声を上げた。
その表情は深刻そうなもので、どうやら本当に何かを思い出したらしいことが分かる。
「そういえばお前、れいのやつ見つかったってよ」
「ああ? れいの? ああ、れいの! はいはい。そりゃ助かるわ」
一瞬いぶかしげな顔をしたジェイクだったが、すぐに何のことだか気が付いたのだろう。
表情を明るくして喜んだ。
エーベルトも思い当たったのか、意外そうな表情を作る。
「そいつぁ、ありがてぇ話ですね。しかし、どうやって?」
「長男の嫁さんのご実家だよ」
そういったジルベールの顔には、なんとも言えない苦笑いが浮かんでいた。
ジェイクとエーベルトも、微妙そうな顔をしている。
「そりゃ、見つけられるはずだですねぇ」
「ま、何にしてもありがたいじゃないの」
ジルベールの長男の嫁さんのご実家。
といえば、つまり南辺境伯のことだ。
内容にもよるが、これほど頼もしい探し物の助っ人はいないだろう。
ジェイクも、なにもジルベールが南辺境伯に探し物を頼んだとは思っていない。
おそらくどこかから「探し物」のことを聞きつけた南辺境伯が、「ご厚意で」手伝ってくれたのだろう。
そうでなければ、いくら縁戚になるからと言って一ダンジョン屋の探し物をお手伝い頂ける理由にはならない。
一体どういう理由でお手伝い下さったのかは、ジェイクにはよくわからなかった。
というか、わかりたくないというのが本音だろう。
知らぬが仏、触らぬ神に祟りなし。
ジルベールが事情を言わないのも、つまるところそういうことなのだ。
「で、どこにいるんだって?」
「街の南にある、共同墓地だと」
ジルベールの言葉に、ジェイクは大きくうなずいた。
「じゃあ、今夜にでもスカウトに行ってくるわ」
何事か考えながらそういうジェイクの肩を、ジルベールは「おう、うまくやれよ」と言いながら叩いた。