六話 「げぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーっぷっ! うぅーん、やっぱりピザはヘルシーだよねぇー。小麦粉と野菜と牛乳で出来てるから、完全に野菜だしぃー」
ダンジョンというモノは、それを作り管理するダンジョン屋ごとに全く違う形を見せるモノであった。
どのような建築物を作るのか。
どのようにモンスターをおびき寄せるのか。
どのようにしてそれを倒すのか。
ダンジョン屋ごとに異なるそれらは、ダンジョン屋の個性と言ってもいい。
それらの個性は、ダンジョン屋が長年をかけて培ってきたものであり、最大の財産だ。
ベルウッドダンジョン株式会社にも、当然そういった財産があった。
その一つが、植物系モンスターの育成、運用である。
所謂「食獣植物」ともいわれるこれらのモンスター種は、人間にとっても大変危険なものであった。
森に入った新人冒険者達が、動物型のモンスターとの戦いに気を取られるあまり、うっかり植物型モンスターに食われて死んだ。
等というのは、よく聞く話であった。
ことほど左様に、植物系モンスターというのは恐ろしい存在なのである。
しかし。
それと同時に、大変有益な存在でもあった。
「食獣植物」などと呼ばれる植物型モンスターの多くが、動物型モンスターを獲物とするからだ。
深い森の中に棲む食獣植物達にとって、最も遭遇頻度が多い獲物は「モンスター」なのである。
人間が食われるのは、あくまでそれらのモンスターと間違われての事なのだ。
植物型モンスターにしてみれば、血肉も魔力も少ない人間に引っ掛かれては、むしろ迷惑。
狙っているのは、肉厚で食べどころが多く、含有魔力も豊富な、栄養満点のモンスターなのだ。
そのために、「食獣植物」は様々な武器を研ぎ澄ませているのである。
長年かけてモンスターを食らうために進化してきた「食獣植物」は、ソレそのものが対モンスターのトラップと言っても過言ではない。
となれば、利用しない手はないだろう。
一つ扱いを間違えれば、こちらが餌にされる危険はある。
だが、その危険を踏まえてなお、「食獣植物」の能力は魅力的だ。
上手く利用することさえできるのなら、これほど頼もしいものもないだろう。
様々なものがそれに取り組む中、それを実現したダンジョン屋の一つが、ベルウッドダンジョン株式会社だったのだ。
採集するだけでも危険な「食獣植物」を、ベルウッドダンジョン株式会社は長年かけて収集してきていた。
そして、多大な犠牲を払い、それらの栽培方法を確立し、運用に成功したのだ。
何人もの人間がかかわったこの事業の中で、特に功績が大きかったとされる人物がいる。
ブレイス・ブラインドミスト。
業界では名の知られた、「食獣植物」の研究者で在り、栽培と運用の専門家だ。
元々は無名な研究者であった彼を、ベルウッドダンジョン株式会社がその腕を買い雇用。
研究のための施設や資金を、惜しげもなく与えた。
そのことに痛く感謝したブレイスは、研究開発に没頭。
ついに、幾つもの大きな成果を上げたのである。
彼の確立した技術や、品種改良した食獣植物は、今ではダンジョン業界に無くてはならないものだ。
現在でも研究を続けているブレイスは、多くのものから一目も二目も置かれている、ダンジョン屋である。
そんなブレイスは、魔法使いとしても大変に優秀であることで知られていた。
魔法、あるいは腕力は、危険な「食獣植物」を扱ううえで、必須の能力である。
ブレイスがその扱いに巧みになるのも、必然と言えるだろう。
だが、ブレイスが魔法使いとして優秀であることには、もう一つ理由があった。
彼が魔法にたける種族、エルフであったことだ。
エルフとは魔力量に富み、その親和性から高い魔法適性を持つ種族だ。
数が少なく希少な種族ではあるもの、その能力は破格と言っていい。
そのエルフが、「食獣植物」という危険と常に顔を突き合わせ、必要に迫られ魔法を使い続けてきたのである。
扱いが巧みにならない方が、不自然というものだろう。
偉大な「食獣植物」研究者であり、希代の魔法使い。
それが、ブレイス・ブラインドミスとというエルフであり。
ジェイクが最初に連れていきたいと言っていた三人のうちの、一人でもあった。
通常、ダンジョン屋が研究用の施設などを建設する場合、事務所などの社屋の近くに作るのが一般的であった。
事務所は人が住むエリアとは少し離れた場所に作ることが多いので、危険な装備なども扱うことが出来る。
それでいて自分達の拠点には近いわけで、何をするにも便利だからだ。
だが、ブレイスの研究室に関しては、その限りではなかった。
ベルウッドダンジョン株式会社が保有する、第二ダンジョンの内部に作られていたのである。
扱うものが、あまりにも危険すぎるからだ。
ダンジョン屋の社屋は、郊外とはいえ多少は一般人の行き来もある。
そんな場所に、隙あらば動物を食おうとする「食獣植物」などという危険なものを置いておけるはずもない。
ゆえに、ダンジョン内部にわざわざ専用の施設を作っているのだ。
すこぶる利便性は悪いし、危険な場所に作るため安全性を考慮した建設費は大きな負担にはなるのだが、コレばかりは仕方ない。
そんなわけで。
ジェイクはブレイスに会うべく、第二ダンジョン内にある彼の研究室へとやって来ていた。
第二ダンジョンの指令室から降りた先にある入り口の前に立つと、ジェイクはしみじみとそれを眺める。
厳重な作りのそれは、一種の自動ドアになっていた。
カメラとマイクが設置されており、それを使って内部、あるいは指令室にいる人間が確認して、初めて開くようになっているのだ。
ダンジョン内にある以上、それだけで十分なセキュリティではあるのだが、念には念を入れての事である。
ジェイクは入り口に設置された、呼び鈴のボタンを押す。
しばしあって、近くに置かれたスピーカーから声が響いた。
少しくぐもったような、それでいて若干高いような男性の声である。
「はーい。どちらさま?」
「どうもー。ジェイクですー」
「ジェイク? おお! ジェイク君!? そっか、もう学校卒業かぁ! ちょっと待って、今開けるからさぁ!」
「ありがとうございまーす」
ややあって、ジェイクの目の前の扉が動いた。
二重の分厚い扉が、空気が漏れだすような音とともに開く。
そこにあったのは、10mほどの廊下と、その突き当りにある扉だ。
廊下を歩き、扉を開ける。
扉の向こうは、広く明るい部屋になっていた。
壁には幾つもの棚が並べられ、実験器具や本などが並んでいる。
部屋の中に幾つか並んだ長机の上には、紙束やら木片の入ったシャーレやら、様々なものが散乱していた。
広く、たくさんのものが並ぶ部屋であるにもかかわらず、人気はほとんどない。
奥にある仕事机に、人一人が付いているだけであった。
極端に大きくとがった耳が、その人物がエルフであると教えてくれる。
もっとも、彼の身体的特徴を語るうえで、そのとがった耳はさして重要ではない。
ソレよりもなおわかりやすい特徴が、彼には合ったのだ。
男の太ももほどもある、太い腕。
同じく、胴と頭が一体化したような、凄まじく太い首。
それ、中に人とか入ってますよね? と聞きたくなるようなサイズの腹。
シルエットは全体的に丸っこいのだが、種族特有の長身も相まってが、見るモノに凄まじい圧迫感を与える。
それは、エルフと呼ぶにはあまりに大きすぎた。
大きく分厚く重く、大雑把過ぎた。
それは正にデブであった。
ぱっつんぱっつんのシャツとジーパンに、わかりやすく白衣をまとった、凄まじくでっかいデブ。
それこそが、ブレイス・ブラインドミストの外観なのである。
エルフの特徴である長耳は間違いなく顔の横についているものの、それよりもまずその体型に目が行ってしまうのだ。
椅子に座っていたブレイスはくるりとジェイクの方へと体を向けると、手にしていたものを口に頬張った。
ホカホカと湯気の立つ、三角形の食物。
小麦粉を練った生地にトマトベースのソース、具材とたっぷりのチーズを振りかけ焼き上げたもの。
ピザである。
ブレイスはピザの一切れをモノの二口で食べ終えると、今度は机の上に置いてあったものへと手を伸ばす。
透明な容器に収まった、真黒な液体。
パチパチと小さな気泡を爆ぜさせるのは、炭酸飲料である証拠。
甘く、舌の上ではじける飲みごたえ、みんな大好きコーラである。
ブレイスは一リットル以上は有ろうかというそれを片手に持つと、ゴクゴクと飲み始めた。
炭酸が染みるとか、口の中で一気に割合が増えて吹くとか、そんなことは一切感じさせない。
まるで当たり前だと言わんばかりに中身を一気に飲み干すと、ブレイスは満足げに溜息を吐いた。
そして、体にたまっていたであろう炭酸を、恐ろしく長いゲップという形で排出する。
「げぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーっぷっ! うぅーん、やっぱりピザはヘルシーだよねぇー。小麦粉と野菜と牛乳で出来てるから、完全に野菜だしぃー」
んなわけねぇだろ!!
と、突っ込みたいところだったが、ジェイクはぐっと我慢した。
既にその手の突っ込みは、散々してきている。
言った所で無駄だと理解しているのだ。
ブレイスは近くにあったナプキンで手をふきながら立ち上がると、にこやかな笑顔をジェイクに向ける。
にこやか、というか、本体の圧倒的な霜降りっぷりのせいで「ぎっとり」といった擬音の方が似合う笑顔ではあるが、あくまでにっこりである。
「いやぁー、ひさしぶりだねぇー。元気そぉーじゃぁーん!」
ブレイスの声は、エルフ独特の美しい原型を持っていた。
ただ、太りすぎて気道がつぶれているのか、「美声だけどデブ声」という非常に厄介なものになっている。
声だけを聴くといいのだが、ビジュアルが付くと途端にうざったくなるのだ。
もっとも、相手は古参の社員で在り、ジェイクは付き合いも長い。
慣れたものである。
「はい、おかげさまで。無事に免許も取れましたよ」
「よかったじゃない。まあ、ジェイク君なら簡単だったんだろうけど」
どういうわけか、ブレイスはジェイクのことを高く評価しているようだった。
子供のころから家業を手伝っていたこともあり、古い従業員はその仕事ぶりをよく目にしている。
小器用で大抵のことを率なくこなすため、あちこちで便利に手伝わされていたりもした。
ブレイスも、よく自分の仕事をジェイクに手伝わせていた一人である。
「んなわけないじゃないですか。留年しないように必死でしたよ」
「またまたぁー! しかし、ジェイク君が戻ってくれると助かるなぁー。最近ってソリューションが出来てないルーキーが多くってさぁー。自分のタスクも処理できてないみたいなぁー? テキトウにやってる感が見えちゃってるのが多いんだよねぇー。ダンジョン屋って言うビジネスのビジョンがないのが原因だとおもうんだけどさぁー」
ブレイスはぷしゅーっという奇妙な音を口からたてながら、やれやれ顔でいう。
どうやら、溜息だったらしい。
さて、この発言から、お判りいただけるだろう。
ブレイスという人物は、非常にうざい言動を操るエルフなのだ。
意識高い系、とでもいえばいいのだろうか。
その言動は果てしなくうざく、相手によっては殴りかかりたくなるほどイライラさせてしまうのだ。
もっとも、彼そのものはいわゆる「意識高い系」とは異なると言わざるを得ない。
なぜなら「意識高い系」というのは「実態が伴っていない」場合に使われる言葉で在り、ブレイスは凄まじく実績を残しているからだ。
になっている役割のため、ダンジョン屋業界というのは成果・実力至上主義である。
その両方を兼ね備えているブレイスの言葉は、正しいと言わざるを得ない。
というか、実際正しいことが多かった。
ただ。
「その点? ジェイクくんって若い頃からこの仕事に関わってたでしょぉー? うちの会社のメソッドがわかってるからなにをプライオリティすべきとか説明しなくていいしさぁー。ほらぁー、ボクってい意外と繊細じゃない? ビジュアル通り! そういうのストレスになっちゃってさぁー」
そのデブっている身体と言い回しのせいか、聞くものの癇に障ってくるのだ。
こんなことを言っているが、ブレイズはけっしてむやみやたらと相手を見下すタイプではない。
能力に応じて、相応に評価する人物であった。
多少基準は厳しいものの、自分に対してもそれを適応し、実際に成果を出してもいる。
にもかかわらず、ブレイスは部下受けの悪い人物だった。
評価は公平で、悪い場合は指摘し、良い仕事ぶりを見せた場合はきちんと褒めてもいる。
にもかかわらず、どういうわけか評判が悪いのだ。
その理由を調べてみれば「何かムカつく」というのが大半を占めていた。
やたらとだらしなさそうなデブが正論で攻めてくるのが、ムカつくのかもしれない。
時折入ってくるヨコ文字も、イラっとさせるアクセントになっているのだろう。
あまりに部下受けが悪いので、一時期「なんか変な固有魔法でも発動させてんじゃねぇーの?」と疑問視され、検査を受けたこともあるほどだ。
ちなみに、検査の結果は陰性で在り、なぜこんなことになっているのかという疑問を余計に深めるだけに終わっている。
まあ、とにかく。
優秀で在り、きちんと結果を出す人物であるにもかかわらず。
異様なまでの部下受けの悪さと、上にも下にも厳しい態度から、凄まじく扱いにくい人物。
それが、ブレイス・ブラインドミストという人物なのである。
久しぶりの対面で圧倒されるジェイクをよそに、ブレイスはハッと気が付いたように手を打つ。
「ああ、ごめんごめん。立たせっぱなしで。その辺の椅子使ってよ。わざわざこんなところに来たってことは、用事があるんでしょう?」
「あ、どうもです」
ジェイクは近くのテーブルにある椅子を引き寄せ、それに腰かけた。
それを確認したブレイスは、コンロやら冷蔵庫などが置いてある一角へと歩いていく。
「ホットコーヒーでよかったよね? 何入れる? コーラ? 練乳?」
「ああ、いえ、ブラックで。っていうか入れるモノの選択しヤバくないですか」
「え? どっちもなかなかいけるよ? おすすめは両方入れるやつかなぁー」
「ブラックで。ブラックでお願いします。もうなんか最近ブラックがおいしくて仕方ないんですよ。ははは」
引きつった笑いを浮かべるジェイクに首をかしげながら、ブレイスはブラックのコーヒーを手渡した。
自身も椅子に座ると、グイっと一息にコーヒーを飲み干し、カップをテーブルに置く。
ちなみに、ブレイスが飲んだコーヒーには、コーラと練乳、さらにはアイスクリームとガムシロップが混入されていた。
凄まじい味がしそうなものだが、ブレイス本人は満足そうなので、問題はないのだろう。
そんな様子に圧倒されるジェイクだったが、意を決したように咳ばらいをし、話を切り出した。
「いや、実はお察しの通り、用事がありましてね。お願いというかなんというか」
ジェイクとブレイスの付き合いは、意外と長いものであった。
長命種であるブレイスは、ジェイクが生まれる前からベルウッドダンジョン株式会社で働いているのだ。
単刀直入に話を切り出しても、問題がない程度には気心が知れているのである。
難しそうな表情でいうジェイクの様子を見て、ブレイスも何か深刻な内容なのだろうと察したらしい。
若干驚いたような表情を見せ、続きを促した。
「西辺境の話、ご存知ですよね?」
「もちろん。ボクが携わった食獣植物も入れることになってるしね」
「そこの、ですね。ダンジョンマスターなんですけど。俺がやることになりまして」
「え?」
ジェイクの言葉に、ブレイスは変な表情で固まった。
無理からぬことだろう。
免許取り立てが直ぐにダンジョンマスターになることなど、ほとんどないのだ。
だが、ブレイスはすぐにその理由に思い至ったのだろう。
何とも言えない表情で、嘆息する。
「あー。まーねぇー、そうなるかぁー。お兄さんいけないもんねぇー」
どうやら、ブレイスも諸々の事情を知っているらしい。
引きつった苦笑いを浮かべ、非常に言いにくそうに明後日の方向へ顔を向ける。
ジェイクもそっと目線をそらし、気まずそうな様子で体を小さくした。
「この度は不詳の兄がとんだご迷惑をおかげいたしまして」
申し訳なさそうに言うジェイクに、ブレイスは素早く首を横に振った。
「いやぁー! どーだろうなぁー! あれはーもう、なんていうの? 仕方ないんじゃないかなぁー! うーん! 逆にほら! あれはあれで? きちんとご結婚されるわけだし? 誠意ある対応って言っていいんじゃないかなぁー、とおもうね! ボクは!」
ブレイスは腕を組みながら、激しくうなずきつつまくしたてた。
どうやら兄の事情というのは、ブレイスも思わずかばってしまうレベルのものであったらしい。
そんなブレイスに申し訳なさそうにしつつも、ジェイクは話を進めることにした。
「まぁ、あのー。それはとりあえず置いておくとしてですね。ご相談の方の、話を、進めさせていただいても?」
「ああ、はいはい。どうぞどうぞ」
「いやそのー、俺がダンジョンマスターになるってことでですね? ちょうど今、一緒に行ってくれる従業員を募ってるところなんですよ」
ブレイスは、なるほどと頷いた。
新ダンジョンに連れていく従業員を募るというのは、コレでなかなか難しい仕事だ。
今までの職場を離れる、というだけではない。
まだ開拓以前の辺境に暮らすことになるのだ。
それまでの生活は捨て無ければならず、暮らしは一変することになる。
行けと言われたからと言って、はいそうですかと受け入れられるものは、少ないだろう。
この時点で、ブレイズはジェイクの考えを察していた。
わざわざそんな話をするということは、目的はおおよそ一つしかない。
「それでですね。実は、ブレイスさんにも新ダンジョンの方に、行って頂けないかなぁ、と思いまして」
「うん、わかった。行かせてもらうよ」
あまりにあっさりとしたブレイスの言葉に、ジェイクは思わず「へっ?」と間抜けな声を出してしまった。
そのジェイクの様子を見て、ブレイスは肩をすくめて言葉をつづける。
「ほら。ボクっていつも研究室にこもってるでしょ? だから、別にどこに居ても変わらないからさ。それに、新ダンジョンに食獣植物を定着させるのは少し骨折りだからね。僕が行った方が確実だろうとは思ってたし?」
「あー、ほんとですか! 助かります!」
食獣植物は、ベルウッドダンジョン株式会社が作るダンジョンには、欠かせないものだ。
その専門家であるブレイスに来てもらえるなら、これほど心強いものはない。
「ただ、研究室は新しく作ってもらわないといけないと思うよ? 向こうに行ったとしても、研究は続けないといけないしね」
「それは、もちろん。ブレイスさんに話を持ち込む以上、そのつもりですよ。後で事務所の方にでも顔出してください。要望言って貰えれば、すぐに図面に反映させるように手配してありますから」
「え? ホントに? なら、今まで使いにくかったとこ改善して貰って、自分用のラボ的なの作っちゃっても?」
「もちろん。俺がギルドマスターですから。そのあたりは保証しますよ」
「マジで?! サイコーじゃーん!」
ブレイスは両手を叩きながら、すこぶる機嫌よさそうに笑う。
ビジュアル的には完全に「アレ」な感じだが、こう見えて彼はすこぶる優秀な研究者なのだ。
けっして、ただのキモデブではないのである。
若干動きがキモいデブであることは、否定できないわけだが。
そんなブレイスは、ふと動きを止めた。
「そういえば、ボク以外にはだれに声かけてるの?」
「相手は決めてるんですけど、声はかけてないんですよ」
「ちなみに、誰か聞いても?」
ブレイスが気になるのも、当然だろう。
見た目はアレだが、ブレイスは仕事に厳しい男である。
自分と一緒に働くのが、どんな人間か。
その実力がどの程度のものか、気になるのだろう。
「マイアーさんと、クラリエッタさんです」
「おおう。マジで?」
ブレイスの表情が、驚愕に染まる。
今上がった名前は、ブレイズにとっても衝撃的なものだったらしい。
「ボクがいうのもなんだけどさぁ。あの二人死ぬほど厄介だよ? ジェイク君、過労死するつもりなの?」
それに対して、ジェイクはただただ苦笑いを返す。
古参の社員であるところのブレイスは、今上がった二人のこともよく知っているのだ。
その二人が、いかに厄介な人物であるかも、よくよく承知している。
ついでに言えば、自分自身も厄介な性格をしていると、自覚もしていた。
「なんとかしますよ。皆さん優秀ですし、いてくれればダンジョンとしては助かりますからね。ダンジョンとしては」
「難儀だねぇ」
既にげっそりとした様子のジェイクを見て、ブレイスは肩をすくめた。
今からすでに、ジェイクの苦労を見越しての態度だろう。
「なら、少しは手加減してくださいよ」
「それができない性格だから、ボクは扱いづらいって言われるんだよ」
しれっと言い放つブレイスの物言いに、ジェイクは疲れたように笑い、溜息を吐いた。