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ベルウッドダンジョン株式会社 ~西辺境支部奮闘記~  作者: アマラ
一章 ダンジョンのプレオープンは気合が重要
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四話 「言い忘れてた! おかえり、ジェイク」

 ジェイクにとって、兄の言葉は首をひねざるを得ないものであった。

 新ダンジョンの立ち上げは、ダンジョンにかかわるものにとって夢のような話だ。

 ましてダンジョンマスターにとっては、悲願である。

 にもかかわらず兄は、事情があるから行くことが出来ない、という。

 よほど、尋常ならざることに違いない。

 そうでなければ、こんな絶好の好機をみずみず逃すはずがないのだ。

 ジェイクが静かに待っていると、兄は真剣な表情で口を開いた。


「今度、結婚することになった」


「うん。うん?」


 一度頷いたジェイクだったが、すぐに動きを止める。

 兄の発した言葉の意味が、飲み込めなかったからだ。

 結婚というと、やはり結婚のことだろう。

 兄は独身で在り、それなりにいい歳だ。

 今まで結婚してこなかったのは仕事が忙しかったのと、相手がいなかっただけのことである。

 収入もすでに安定しているだろうし、あとは相手さえいれば、いつ結婚してもおかしくはない。


「え、あ、マジで?」


「まぁ。そういうことになってな」


「あ、そうなんだ。え、あ、おめでとうございます」


「いえ、有難う御座います」


 思い出したように、ジェイクはお祝いの言葉を口にする。

 突然のことに言うタイミングを外してしまったが、おめでたいことなのだ。

 おめでとうと言われた兄の方も、なぜか一瞬面食らったものの、丁寧にお礼を返す。

 どちらの口調も敬語になっているが、反射的なものだろう。


「ていうか、相手誰よ?」


「その辺も含めて、俺がここを離れられない件と関係してるんだよ」


「なるほど」


 ジェイクはそういうと、椅子に座りなおした。

 それから、手で続きを促すような動きをして見せる。

 兄はそれを見て、一つ頷いた。

 なにやら言いづらそうに一瞬表情をゆがめるも、意を決したように話し始める。


「実はな。もう、子供が、彼女のお腹にいてな」


「はい?」


「妊娠九か月目だ」


「え、いや、それ聞いてないんだけど」


 ジェイクが思わず素のトーンで言ってしまったのも、無理からぬことだろう。

 もしそれが本当なら、何故ジェイクの耳にその話が入っていなかったのか。

 首都にいた間も、通話機などで実家と連絡は取り合っている。

 九か月ともなれば、かなり以前から妊娠はわかっていたはずだ。

 これまでジェイクに一言もなかったというのは、いかにもおかしな話だろう。

 いぶかしげな顔をするジェイクに、兄は押し黙った。

 一呼吸置いてから、さらに続ける。


「事情があって、お前にも話が出来なかったんだよ。それだけ大事だったんだ」


「大事って。要するに、今はやりの授かり婚だろ? 珍しくもない」


 今のご時世、結婚する前に子供が出来てしまう、等というのは、特に珍しいことではなかった。

 少し前であれば大きな問題にもなるだろうが、時代というのは移り変わるのだ。

 いわゆる「出来ちゃった結婚」や「授かり婚」も、今では「よく聞く話」なのである。

 別段、大事というようなことではないはずだ。


「むしろ、最近じゃおめでたいとか言われてるじゃねぇの。いいことじゃんか」


「まあ、その、なんだ。子供が出来たのは俺も本当に嬉しいし、すばらしいことだと心底思ってる。思ってはいるんだが、問題があるんだよ」


「どんな」


 ジェイクの問いに、兄は一瞬口を閉じた。

 そして、すこぶる言いにくそうに、その言葉を吐き出す。


「その、俺の嫁さんになる人が、だな。南辺境伯の、ご令嬢なんだよ」


「はい? いやいやいやいやいやいや。ははは。聞き間違いかな?」


 ジェイクは表情を硬化させ、硬い声を絞り出す。

 だが、すぐに笑顔を作り、父の方へと顔を向けた。

 盛大にひきつっているし脂汗も流れているが、無理からぬことだろう。

 ジェイクの視線を受けた父は、ゆっくりと頷いた。


「南辺境伯のご令嬢だ」


 ジェイクは眼を鋭く細めると、父と兄を交互に見据える。

 どちらも、全くの真顔だった。

 押し黙って気まずそうな様子で冷や汗を流しているあたり、とても冗談を言っているようには見えない。

 だが、ジェイクはわずかな可能性にかけ、へらっと破顔する。


「まったまたぁー! そんなことになったら超大事じゃーん! 冗談きついわぁー! ははは!」


「だから大事なんだよ」


「シャレにならんよな」


 笑い声をあげるジェイクに、兄と父は深刻そうな様子で言った。

 ジェイクは徐々に笑い声を小さくしていき、すっと真顔を作る。

 そして、全力で兄を睨みつけた。

 顔面のあらゆる筋肉を総動員して、メンチを切りまくっている。

 それに対し兄は、全力で顔を逸らす。


「まてまてまて。おい、コラ。クソアニキ。マジか。マジか、これ」


「うん。マジ」


「ま、お前、ちょっと待てって。え? 南辺境伯?」


「そう。南辺境伯」


 素早く肯定してくる兄に、ジェイクは殺意を込めた視線を送る。

 ベルウッドダンジョン株式会社があるのは、南辺境領域だ。

 つまり、直接のご領主様は、南辺境伯ということになる。

 ダンジョン屋にとって、「ご領主様」の存在はすさまじく大きい。

 まず、ダンジョンを建設する際のことだが。

 これは国の依頼によってなされるわけだが、この依頼は実は「ご領主様」との連名という形がとられている。

 つまり、ダンジョン建設の依頼は、正確には「国」と「ご領主様」、この両者からの依頼なのだ。

 また、建設されたダンジョンは定期的に検査を受けるのだが、これもまた「ご領主様」が行っていた。

 建設された後のダンジョンを管理する許可なども、すべて「ご領主様」によって出されている。

 さらに。

 ダンジョン建設やダンジョン維持などにかかる費用は、「ご領主様」の負担であった。

 つまるところ、ダンジョン屋にとって「ご領主様」というのは、完全な上位存在なのだ。

 絶対に逆らってはいけない、ある種、神と言ってもいい相手なのである。

 兄は、そんな相手の娘と、授かり婚をすることになったらしい。

 ジェイクは盛大に青筋を立てた。

 荒々しく立ち上がると、両掌で机を叩く。


「テメェー何してくれてんだクソアニキ!! やっていいことと悪いことの区別もつかねぇーのかよ!! 貴族様の! それも、よりにもよってご領主様のご令嬢に手ぇーだすってなぁーどういう了見だボケゴラァ!!」


 ガチギレである。

 状況を考えれば、無理からぬことだろう。

 いくら「授かり婚」が増えてきて、特に珍しくなくなったとはいえ、それは庶民同士であれば、の話だ。


「ご、ごめん。っていうか、事情があるんだって」


「ふっざけんなぁあああ!! あるに決まってるだろそんなもん! 無かったら今頃一族郎党皆殺しだわ!!」


 ジェイクが言っていることは、別に大げさなことではない。

 実際に起こったことを参考にして言っているのだ。

 少し前の事である。

 とある貴族の娘に、調子に乗ってる感じのチャラい男が手を出す、ということが起きた。

 それを知った貴族は、知ったその日のうちにチャラ男ごと棲み処の建物を、対大型魔獣用攻撃魔法で消し飛ばしたのだ。

 娘に手を出したバカを始末した貴族は、「人里に紛れ込んだサルを駆除してやった」とコメントしている。

 実際、新聞やら雑誌やらに公式なコメントとして乗せられているというのが恐ろしい。

 ちなみに、この貴族は罪に問われる事もなく、罰せられることもなかった。

 良識ある正しい行動をした、立派な父親であると賞賛されているほどだ。

 それを「おかしい」と指摘するものもいない。

 居たとしたら、今頃そのことを後悔することになっていることだろう。

 貴族と平民の身分差というのは、それほどに隔絶したものなのである。

 ジェイクは頭を抱え、額をテーブルに打ち付けた。


「あああぁあぁもぉおおお!! 何やらやらかしてんだよマジでっ!! マジメだマジメだと思ってたら、コレかよっ!! アレか! 上半身はマジメだけど下半身はゆるゆるでしたってか!? ははは! 笑えないわっ!!」


「お前は、そこまで言うか!?」


「っつーか事情ってソレかよ!! そりゃ子供生まれるのは大事だけど、最悪アニキが先に単身赴任してたってっ」


 そこで、ジェイクは凍り付いた。

 自分の言っているセリフの中に、引っかかるものがあったからだ。

 兄の子供。

 ということは、当然相手との子供ということになる。

 相手というのは南辺境伯のご令嬢だ。

 つまり、兄とご令嬢との子供は、南辺境伯にとって孫ということになる。


「なぁ、オヤジ。南辺境伯閣下って、お孫さんいらっしゃったっけか?」


「いや、今のところお生まれになってない。今のところな」


 つまるところ、兄のところに生まれる子供は、南辺境伯の初孫ということになる。

 貴族というのは、後継ぎを必要とするものだ。

 長子、初孫というのは、当然大切にされる。


「まさか、アニキ、おい。子供の性別って、もうわかってたり?」


「男の子だそうだ」


 それが男の子となれば、なおさらだ。

 兄の子供は、場合によっては「辺境伯」の地位を継ぐことになるかもしれない立場になるらしい。

 となれば、有象無象様々な危険にさらされることになるだろう。

 子供は当然として、その家族も。


「ってことは、なるほど。この街にいた方が安全か」


「お前、そういうもの分かり早いよな」


 苦々し気に言うジェイクに、兄は感心したような表情を見せる。

 ダンジョン屋にとって、地元ほど安全な土地はないといっていい。

 対侵入者用の罠そのものとも言っていいダンジョンに籠れば、絶対の優位性を確保できる。

 普段モンスターを相手にしているわけで、武力の方も相当に高いといっていい。

 武装した盗賊やヤクザ者程度であれば、束になって来たところで簡単に叩き潰せるだろう。

 そんなダンジョンが二つもあるこの土地は、ベルウッドダンジョン株式会社にとってはどこよりも安全な土地なのだ。

 例えば、命が狙われそうな子供を守ろうとする場合などは、特にである。


「幸い、南辺境伯閣下は結婚も子供の件も喜んで、応援して下さってる」


「マジかよ。いや、そうでもなきゃアニキが今も生きてる理由が説明付かねぇか」


「そうだな。在り難い限りだ」


 兄の言葉にうなずくと、ジェイクは深く溜息を吐いた。

 両手を組んでどっかりと椅子に座りなおし、考え込むように目を閉じる。


「嫁さんと子供を守るには、ここに居るのが一番、ってことか。確かに下手に他所にゃいけねぇわな」


「お前には迷惑かけるが。申し訳ない」


「いや、そういう事情ならしょうがないだろう。むしろ、そうすべきだと俺も思う。家族を守るためなら、そうすべきだ。そうしなきゃならねぇ。身内は体張って守るもんだ」


 体を張り、命を張る商売だからこそ、ダンジョン屋というのは身内意識が強い。

 ジェイクもご多分に漏れず、一度身内になったなら全力で守るのが筋だし、そうして当然だと考える人種だ。

 故に兄の事情、状況を理解すれば、そうせざるを得ないと納得でる。

 自分のできうる限りの協力もしようと、ジェイクは心底から考えていた。


「有難う。恩に着る」


 僅かに涙ぐみながら、兄は頭を下げた。

 ジェイクの態度に感動したのか、わずかに涙ぐんですらいる。

 しかし。

 そんな兄に対して、ジェイクはやおら組んでいた腕を解き、ぎろりと鋭い視線を向けた。


「身内を守るのは当然だ。そっちの方はわかった。がっ!! もう一つの方が納得いかねぇぞゴラァ」


「もう一つ?」


「ご領主様の娘さんを妊娠させたことに決まってんだろうがこのクソったれがぁあああっどるぁあああ!!」


 ジェイクは勢い良く立ち上がると同時に、テーブルを蹴り上げた。

 狙ったのは、油断しきっている兄である。

 回転しながら跳ね上がったテーブルは、狙い違わず兄の顔面に直撃した。


「ぱぶらっ!?」


 痛打を食らった兄は、顔面を押さえて地面を転げまわる。

 父はと言えば、いつの間にか椅子から立ち上がり、少し離れたところでその様子を観察していた。

 どうやら、ジェイクの動きを予測していたらしい。

 流石は親と言った所だろうか。

 ごろごろと転がっている兄に対し、ジェイクは怒りの声を浴びせかける。


「テメェこのカスっ!! マジでシャレにならねぇーことし腐りやがってよぉ!! マジメとツラが自慢だったんだから、きちんとキャラ貫けやダボがぁ!! こちとらダンジョンマスター免許取りたてたぞ!! ふざけんなよボケ!!」


「そこまで言うことないだろうっ! それ以前にお前、アニキに向かって何してんだ! オヤジもなんか言ってやれ!!」


 どうやら強打したのは、主に額であったらしい。

 転がったまま真っ赤になっている額を押さえながら、兄は怒鳴り声をあげる。

 それに対し、父はわずかに考えるような仕草を見せた。


「いや。ぶっちゃけ俺も、何してんだこの腐れ外道!! よりにもよってお貴族様のお嬢様引っかけてんじゃねぇぞ殺す気かヤリ〇ン野郎が!! ぐらいのことは思ってたし」


「オヤジてめぇ!! 事情知ってんだろうが!!」


「知ってて納得するのと、事態が飲み込めるのは違うだろうが。頭ではわかってても心がムカつくんだよ」


「そういうのを納得してねぇっつーんだろうが!」


 親子そろって、どんどん口調が荒れていく。

 荒事にかかわる職業だから、というわけではないが、基本的には三人とも口が汚いのだ。

 意識して直してはいるのだが、感情が高ぶってくると素が出てきてしまうのである。

 何とか起き上がる兄に、ジェイクはさらに怒りの言葉を投げつけた。


「大体、恋愛は自由だっつってもだな! 時と場合があるだろうが! 人様に迷惑、しかも命にかかわるようなヤツがかかる場合はだな! せめて事前に報告するとか連絡するとか相談するとかあるだろうが!」


「そうだそうだー。言ってやれジェイクー」


 ジェイクの言葉に、父は小さな声でエールを送る。

 どうやら、同じようなことを考えていたらしい。

 それに対し、兄は盛大に表情をひきつらせた。

 倒れていた机に手をかけると、おもむろにそれを持ち上げる。

 そして、ジェイクと父に向けて、渾身の力を込めて投げつけた。


「イテェだろうがこのボケがぁ!! 大体、オヤジは事情知ってんだろうが! 飲み込めよそのぐらいわよぉ!!」


「うぉおおお!? 逆ギレかぁ!? 上等だごらぁ!!」


「てめぇ!! 親父に向かって何しやがるジャリガキぁああ!?」


 ジェイクと父はそれぞれに叫ぶと、腕まくりをして兄に躍りかかった。

 親子喧嘩の開始である。

 振るわれる拳と脚に、一切の手加減はない。

 たとえ相手が親兄弟であろうが、むしろだからこそ手を抜かずに殴る。

 それが、この親子のスタイルなのだ。

 だが、直ぐにその弊害が現れた。


「いってぇ!! テメェ、俺まで殴りやがったな!?」


「あ、ごめん。当たった」


「ぶっ飛ばす!!」


 ジェイクの拳が、たまたま父にあたってしまった。

 そのことで頭にきた父は、ジェイクにも攻撃をし始めたのだ。

「ジェイクと父 vs 兄」という構図は、いつの間にか「ジェイク vs 父 vs 兄」という形に変わり始める。

 泥沼化の様相を呈してきてはいるが、親子喧嘩を始めると大体こういうことになるので、いつもの事であった。

 そもそも全員がケンカっぱやく、すぐに殴り合いに発展するのだ。

 こういうことは、日常茶飯事なのである。

 親子三人の大人げない全力の喧嘩は、その後しばらく続いた。




 三人の殴り合いは、それぞれが程よく疲れたところで、無事終了した。

 全員が怪我をしているが、それは致し方ないことだろう。

 ジェイクはコブの出来た頭を摩りながら、眉間にしわを寄せながら溜息を吐いた。


「なるほど。そういう事情か。それはー、あれだ。なんか。しょうがないよね」


 彼らも何も、ただ殴り合っていたわけではない。

 殴り合いながら、兄の事情とやらを聴いていたのである。

 そしてそれは、どうやらジェイクが怒りを収めるのに十分な内容だったらしい。


「まぁ、ね。色々、状況もあるしさ。お互い、あれだ。好きあってるなら。うん」


「すまんな。本当に」


「いや、話を聞けばね! しょうがないっていうか。そうもなるわな、っていう気持ちに。っていうかオヤジよぉ! よくあの話知っててあんだけ殴ったなぁ!」


 ジェイクに呼ばれ、父は「ああ?」と返す。

 どうやら怪我を治療していたらしく、治療魔法を使用していたことを示す燐光が手に残っている。

 荒事商売であるダンジョン屋にとって、怪我は付き物であった。

 治療手段も、当然心得ている。


「だから、納得はしてるんだっつーんだよ。ただそれとこれとは話が別だろう」


「別じゃねぇだろうがよ」


「大体だなお前、相手の親御さんのことを考えるとだな。同じ親として申し訳ねぇーっつーか、そういうのがだな」


 難しそうな顔をしている父の言葉に、ジェイクは納得したように何度か頷いた。

 親という立場になれば、また自分と違った見方があるのだろうと思ったからだ。


「そういうもんか」


「そういうもんよ」


「まあ、じゃあ、それはともかくだ」


 ジェイクはそういうと、改めて父と兄の顔を見回した。

 そして、姿勢を正し、真剣な表情を作る。


「改めて、西部辺境ダンジョンの件、引き受けた。ただ、準備の手伝いやらは惜しまないでもらうぞ」


「わかってる。うちの名前で新店出すんだからな。当然だ」


 父は請け負ったというように、胸を叩いた。

 自社の名前の付いたダンジョンの建設だ。

 社長として、思うところもあるのだろう。

 兄の方も、大きくうなずいて見せる。


「世話をかけるからな。できうる限りのことはさせてもらう」


 いろいろと問題を持ってきた兄ではあるが、その能力の高さはジェイクもよくよく知っていた。

 ソレがこき使えるとなれば、準備もさぞはかどるだろう。

 色々と役に立ってもらおうと、ジェイクは考えている。


「まあ、細かいことは、また後でだな。腹へっちまった」


「そういえば、もう昼時か?」


 父の言葉に、兄は懐から懐中時計を引っ張り出した。

 針が指しているのは、正午を少し過ぎたあたりだ。

 兄はそれを、ジェイクと父の方へと向ける。


「そういえば腹減ったなぁ」


 ジェイクがそうつぶやいた時だ。

 ガチャリと部屋のドアが開き、一人の女性が顔を出した。

 兄に似た顔立ちをしたその女性は、ジェイクの母親である。

 部屋の中を見回した母は、呆れたように溜息を吐いた。


「うるさいと思ったら、あんた達またケンカしてたの!? きちんと片付けなさいよ!」


 目を吊り上げて放たれたその言葉に、三人はそれぞれに「はーい」と返事を返す。

 どこでも、母親が強いというの変わりないのだ。


「三人とも、ご飯食べるでしょ? 作ってあるから、早く家の方に上がっちゃって」


「え? 俺の分もあるの?」


 ジェイクは、意外そうな顔をした。

 一応今日帰ってくるとは伝えていたが、何時ごろになるとは知らせていなかったからだ。

 長距離を走る電車は、時間がずれることも多い。

 天候などに大きく左右されることもあり、出発時刻はともかく、到着時刻はあまり当てにならないのだ。

 ジェイクの疑問に、母は「そうよ」と答える。


「お腹空いてるでしょ?」


「ああ。すげぇ空いてる」


「じゃあ、早く手ぇ洗って来なさい! お父さんとお兄ちゃんも!」


「おー」


「直ぐ行く」


 父と兄の返事に満足したのか、母は顔を引っ込めて扉を閉めた。

 残された三人は、なんとなく顔を見合わる。


「行くか」


 父親のその言葉を合図に、全員が立ち上がる。

 と、同時に、再び扉が開いた。

 そこから顔を出したのは、やはり母であった。


「言い忘れてた! おかえり、ジェイク」


「はい。ただいま」


 ジェイクの返事に満足そうにうなずくと、母はさっさと顔を引っ込め、扉を閉めた。

 そういえば、「おかえり」と言われたのは、今が初めてだ。

 父も兄もテンパっていて、それどころではなかったのである。

 実家に帰ってきた。

 そんな実感が、ようやくジェイクの中に生まれる。

 すぐに別の土地に行くことになりそうではあるが、帰ってきたことには違いない。

 ゆっくりする時間はなさそうだが、とりあえず飯を食ってから考えよう。

 そういえば、母親の料理を食べるのは久しぶりだ。

 今日のおかずは何だろうか。

 そんなことを考えながら、ジェイクは笑顔を浮かべた。

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