三話 「やっぱアニキってさ、オヤジに似なくてよかったよな」
不可解そうな表情のジェイクを無理やり椅子に座らせ、父と兄は引きつった笑顔を浮かべていた。
落ち着かない様子で右往左往しており、明らかに挙動不審だ。
「いやー、長旅で大変だっただろ? とりあえず、あれだ! お茶でも飲もう! なぁっ! ほら、利尿作用とかあるし!」
「いいよお茶は。ていうか、さっき何話してたんだよ」
なぜか妙にお茶を押してくる父に、ジェイクは胡乱気な視線を向ける。
普段冷静な父にしては、珍しい狼狽え方だ。
許容量を超えるモンスターがダンジョンに攻めて来ても、顔色一つ変えなかった男とは思えない。
父と同じく、兄の方もかなり動揺している様子だ。
「まぁ、そんなことはいいじゃないか! それよりもあれだ、列車での移動は疲れるもんな! とりあえず休もう! もう飯食って寝た方がいいぞ!」
「今、昼時だろ。めちゃくちゃ太陽でてんじゃねぇーかよ」
話題を逸らそうとしているにしても、あまりにも雑すぎるだろう。
ジェイクは苛立たし気に溜息を吐くと、ギロリと二人を睨んだ。
「休むにしてもなにするにしても、さっきの話が気になってしょうがねぇよ。どうせ俺が聞かなくちゃいけないことなんだろ? ちょうどいいじゃねぇの。今話せばいいだろうに」
ジェイクの言葉に、父と兄は顔を見合わせた。
お互いに渋い顔をし、考え込むような様子を見せる。
二人の様子を見て、ジェイクは少なからず驚いていた。
どちらも基本的に短気であり、即断即決を尊ぶ気性だ。
その父と兄が、説明するのをためらうとは。
どうも、よほどのことであるらしい。
ジェイクは椅子に座りなおし、二人の動きを待った。
「そうか。お前がそう言うなら、先に話しとくか」
ため息とともに椅子に座ったのは、父であった。
兄も、複雑そうな表情ではあるものの、それに倣うように椅子に座る。
張り詰めた雰囲気に、ジェイクは思わず息を呑んだ。
真剣な面持ちで腕を組むと、父はジェイクの方へと体を向けた。
「なんだ、ちょっと事態が複雑でな。説明が長くなるが、順序立てて説明するから。兎に角聞いてくれ」
「じゃあ、質問も最後にした方がいいかね?」
ジェイクがそう聞くと、父は大きくうなずいた。
隣で、兄も小さくうなずいている。
どうやら、父が説明役をするらしい。
兄は腕を組み、難しい表情のまま押し黙っている。
どうでもいいことだが、こうして並べてみると、父と兄の差がよくわかる。
差というのは、主に顔面偏差値のことだ。
父は平々凡々とした顔立ちで、若干眠そうな垂れ目が特徴と言えば特徴だ。
それでも、同い年のおっさんを複数並べたら、一瞬でその中にまぎれるだろう顔立ちをしている。
ジェイクは、そんな父親に非常によく似ていた。
若干眠そうなこと以外、これといった特徴のない顔をしている。
対して、兄は同性であり弟であるジェイクの目から見ても、非常にいい男であった。
どこぞの王子様だ、と言われても納得するような涼やかな顔立ちで、鋭くどこか冷たさも含んだ目元などは、流し目をするだけで黄色い悲鳴が上がるほどである。
親子三人で歩くことも時折あったのだが、初見で全員が血縁だと見抜くものはほとんどいなかった。
むしろ、父とジェイクを、兄の使用人だと判断されることすらある。
そんな兄は、母に似ていた。
若いころはそれはそれはモテたという話の母だが、何をどうしてか父がそれを射止めたわけである。
そのころの父は、いったいどんな手を使ったのか。
ベルウッド家七不思議のひとつである。
「やっぱアニキってさ、オヤジに似なくてよかったよな」
「テメェぶっ飛ばしてやろうか、コラ」
並んだ父と兄の顔を見て、ジェイクの口から思わず本音がこぼれた。
瞬発的に腕まくりをしようとする父を、横に座っていた兄が慌てて宥めに入る。
直ぐに失言に気が付いたジェイクも、しまったという顔で謝った。
「ごめんごめんごめん! 今、関係ないことだった! 二人が並んでたもんだから思わず顔比べちゃったんだよ!」
「ケンカ売ってんのかコノヤるぁあ!?」
「まぁまぁ! 落ち着けってオヤジ! 今それよりも先に説明終わらせよう! なっ!」
「そうそう! 俺が悪かったから! ごめんって!」
兄弟の声に、父は納得いっていなさそうな顔ながら、椅子に座りなおす。
それをみて、兄弟はお互いに胸を撫でおろした。
見た目こそ平々凡々とした父だが、腕っぷしは強くて気が短いという特徴を持つ、ダンジョン屋の権化のような存在なのだ。
父は仕切りをつけるようにテーブルを叩くと、「まあ、それじゃあ、それは置いておくとして、だ」と話を始めた。
「西部辺境の新領地開拓。お前も知ってるだろ」
「話だけは」
数日前まで、ジェイクがダンジョンマスターを育成するための学科に通っていたのだ。
その手の情報は、嫌でも耳に入ってくる。
世話になっていた教授との話題に上がったのも、記憶に新しい。
父はジェイクの言葉に、一つ頷く。
そして、間違いのないように、しっかりとした口調で言葉を続ける。
「端的に言う。西部辺境の新領地開拓の為に作られる新ダンジョン。その中の一つを、うちが、設計から制作、保守管理まで。一括して請け負うことになった」
いかにも大事、といったような、重々しい声音で放たれたのは、それに見合うだけの内容のものであった。
ジェイクは一瞬動きを止め、表情を大きく歪める。
あまりにも、話の内容が突飛なものだったからだ。
まさか、うちの会社に声がかかるはずがない。
ジェイクはそう考えていた。
だが、全く可能性がないか、と言われれば、そうとも言い切れない。
ベルウッドダンジョン株式会社は中小ではあるものの、実績のある老舗のダンジョン屋だ。
古くから勤める者も多く、技術力は中々のものがある。
ダンジョン関連の特許等もいくつか保有しており、また、新しい技術の開発なども行っていた。
二つではあるものの、複数のダンジョンを保有。
それも、ここ数十年の間、安定して維持してきた、というのも大きい。
国から仕事を入札することが出来るか、では無く。
新しいダンジョンを作り、維持できるか、という質問をされたとしたら、ジェイクは迷いなく「可能だ」と答えられた。
それだけの技術と社員の、「ベルウッドダンジョン株式会社」は抱えているのだ。
しかし。
それと「実際に国から仕事を委託されるかどうか」というのは、全く話が別なのだ。
確かにベルウッドダンジョン株式会社には、それだけの能力がある。
だが、能力がある、という条件に当てはまる会社は、何十社と存在していた。
それこそ、二桁近いダンジョンを維持管理している大会社や。
大貴族や大財閥の後ろ盾を持つ、大手企業のダンジョン事業部、なんていうところだってある。
新領地開拓となれば、そういったところが興味を示さないはずがない。
少々損をしてでも、権利を得ようとするのが当然だ。
本気になった巨大資本を前に、中小であるベルウッドダンジョン株式会社が敵う筈がない。
敵う筈がない、のではあるが。
ジェイクは慌てて、視線を兄へと向けた。
兄は、この手の冗談が言えないタイプの、いわゆる「クソ真面目」な性格だ。
その兄が肯定するのならば、あるいは本当なのかもしれない。
ジェイクのそんな考えを見透かしたのか。
兄はジェイクと視線が合うと、ゆっくりと首を縦に動かした。
「マジかよ…」
ジェイクは引きつった半笑いを浮かべると、片手で口元を覆った。
大事だ。
あまりにも、大事なのである。
新たなダンジョンを作るというのは、並や普通の事ではない。
ダンジョンというのは建物で在り、人間が働く場所であり、国の安全を守るための防壁だ。
それを丸ごと一つ新たに作るというのは、都市機能の一端を担うというのと同義語である。
「マジかよ、おいおいおい」
ジェイクの手が、小刻みに震える。
責任の重大さからくるプレッシャー。
当然、それもある。
そして、それ以上に。
ダンジョン屋としての血が、否応なく騒ぎ始めたのだ。
新しいダンジョンの立ち上げにかかわることが出来る。
地図に載るような、とてつもない大仕事だ。
それに関われることを喜ばないダンジョン屋は、そうはいないだろう。
喜びや緊張のせいで、いささか混乱したような表情のジェイクに対し、父は改めて、大きくうなずいて見せる。
「マジもマジ、大マジだ」
「俺も驚いたけどな。これが本当だから、世の中質が悪いんだよ」
父に続き、兄もそれが事実であると肯定する。
洒落や冗談を言っている顔ではない。
どうもこうも、二人が言っていることは、れっきとした事実であるようだ。
「すげぇ。すげぇ、っていうか、え? いや、っていうか、なんでウチが? 入札勝ち取れるような地力、うちには無ぇだろ? そもそも、参加してたなんて聞いてねぇけど」
事実である、となれば、今度は別の疑問がわいてくる。
どうやって、新ダンジョン建設の権利を勝ち取ったか、だ。
新ダンジョンの建設は、競争入札によってその権利が決定する場合が多い。
これには金額の提示だけではなく、「どのようなダンジョンを作るのか」などのプレゼンテーション、実際の実行能力などもその査定に含まれることになる。
当然、資本と人材が豊富な大企業が有利であり、お世辞にもベルウッドダンジョン株式会社のような中小が勝てる場ではないのだ。
「ソレがな。うちのじじぃ覚えてるか。じじぃ」
「覚えてるも何も。自分の祖父さん忘れるかよ」
父の言葉に、ジェイクは呆れたような顔をしつつ、首を捻った。
どうして突然、祖父の話になったのか、判断しかねたからである。
「じじぃ」というのは、ジェイクにとって父方の祖父の事であった。
三年ほど前、ジェイクがダンジョンマスター学部に入る直前に亡くなっている。
非常にパワフルな人物で、死ぬ直前まで武器を片手にダンジョンで暴れまわっていた。
いつものように自室で入眠し、翌日亡くなっていることが確認されたのだが。
隣で寝ていて、最初にそれに気が付いた祖母が「まさかこの人がベッドの上で死ぬとは思わなかった」と面食らっていたぐらいだから、よほどの人物であるといっていいだろう。
あの時は大変だったと、ジェイクはしみじみと思いだす。
祖父が亡くなったこと自体も衝撃ではあったが、問題はもう一つあった。
それまで祖父が勤めていた「第一ダンジョン」のダンジョンマスターを、だれが勤めるのか、というものである。
ダンジョンには、一つにつき必ず一人、ダンジョンマスターを置かなければならない。
それまでは、祖父が第一、父が第二ダンジョンを、それぞれ管理していた。
祖父が突然亡くなったことで、ダンジョンマスター不在、という事態に陥ってしまったのだ。
通常であれば大変な事態ではある。
だが。
幸いなことに、この時は既に兄がダンジョンマスター資格を所得していたのだ。
既にマスター見習いとして業務を行っていたこともあり、引継ぎは実にスムーズに行われた。
不幸中の幸い、と言っていいだろう。
父の口ぶりでは、どうやらその祖父が、今回の件には関係しているらしい。
「あのじじぃ、メチャクチャ顔広かっただろ。それが、思ったよりも尋常じゃないレベルだったらしくてな」
やたらと活動的だった祖父は、父の言うように兎に角顔が広かった。
同業者や他業種の社長などはもちろん、貴族にまで知人がいたほどである。
「今度の西部辺境の辺境伯閣下とも、知り合いだったらしいんだよ」
「はぁ!?」
思わずと言った様子で、ジェイクは声を上げた。
この国に置いて、辺境伯というのは特別な意味を持っている。
辺境伯はその名の通り、辺境に領地を持つ貴族のことだ。
そこを治めるということはつまり、モンスターと隣り合わせの危険地帯を、任されていることを意味している。
高いリスクを持つことから、与えられている権限は非常に大きい。
独自に軍隊を編成することすら、許されているのだ。
それだけ大きな力を持つことから、王族と血縁関係にあることも珍しくない。
言ってしまえば、王族に次ぐ名門の家柄である。
「どういう知り合いかはよくわからんのだが。兎に角、新しいダンジョンを作るのなら、ウチにも声をかけろってことになったらしくてな」
「鶴の一声ってやつか。ん? ってことは、うちは入札に参加してないってこと?」
「そういうことだな。ある日いきなり知らせが来て、ダンジョン作ってくださいってんだから。正規の手順ガン無視だぞ。西部辺境伯閣下の一言は、競争入札より重いんだな」
「まあ、そりゃぁ。相手は頭に大が付く貴族様だから? やれって一言おっしゃれば、それが正規の手続きになるんだろうよ」
ある程度の自由経済が許されている国ではあるが、貴族の権力は絶大だ。
法律的にも別の扱いをされるほど、庶民と貴族は隔絶したものなのである。
「とにかくそれで、うちには建設予定地と、周辺に生息しているモンスターなどの詳細データが送られてきたわけだ」
「それ、ウチでどうにかなりそうな場所なのか?」
ジェイクの質問に、父は大きくうなずいた。
ダンジョンというのは、内部にモンスターをおびき寄せ倒す、巨大な罠のようなものである。
建設する場所周辺にどんなモンスターが生息するのかによって、どんな設備を用意するか、全く異なってくるのだ。
空を飛ぶ、数が多い、数は少ないが非常な巨体を持つ、毒を使う、炎を吹く、などなど。
モンスターごとの特徴に合わせ、それに対抗するものを用意するわけである。
当然、ダンジョン全体も、想定するモンスターに合わせたものになるわけだ。
そのため、ダンジョン屋事毎に、「得意なモンスター」が違ってくる。
新しいダンジョンを作るにも、自分達が相手にしてきたのと同じか、似たようなモンスターがいる場所でなければ、意味がない。
今まで培ってきたダンジョン屋としての技術が、生かせないのだ。
「西部辺境伯閣下のとこは相当優秀らしくてな。ウチに割り振られたのは、ウチの第一、第二ダンジョンと変わらんような地形と植生の場所だ」
そういうと、父は兄に合図を送る。
兄はそれにすぐに反応して、席から立ち上がった。
近くに置いてあった荷物に手を伸ばすと、大きな地図と資料らしき紙束を持ち上げる。
テーブルの上に地図を広げ、紙束をジェイクに手渡した。
地図には、「西部辺境新領地 ベルウッドダンジョン株式会社担当区画 ダンジョン建設予定地周辺」と書かれている。
新領地に作られるダンジョンは、何も一つだけではない。
国境線沿いに、いくつかのダンジョンを並べて作るものであった。
広げられた地図は、ダンジョンを並べて作る予定の国境線沿い。
それを何等分かにした中の一つ、というわけだ。
紙束の方には、周囲の植生に、生息しているモンスター等の情報が書かれていた。
これらの情報は、かなり信頼性が高いものと思っていい。
何しろ、国が新領地を得るために必要なものなのだ。
選りすぐりの専門家を総動員して、何年もかけて集められたものなのである。
傾けられた労力と、真剣度は並々ならぬものだ
新ダンジョンを間違った情報を基に作ろうものなら、モンスターに食い破られる恐れがあるということになる。
もしそんなことになれば、国内の人間が住む領域にまで、危険なモンスターが侵入してしまう。
それはまさに、「国家存亡の危機」に他ならない。
ジェイクは書類にざっと目を通し、地図を眺める。
父の言う通り、現在ベルウッドダンジョン株式会社が持つダンジョンの立地と、予定地の立地は非常によく似ていた。
周辺に生息しているモンスターの種類も、非常に似通っている。
当然、異なる部分もあるわけだが、それも対処可能な範囲内に見えた。
「なるほど。ざっと見た限り、確かにウチ向きだな」
「三年じゃ、流石に錆びつかんか?」
「あのなぁ。学校に行って勉強してきたんだぞ?」
父の言葉に、ジェイクは苦笑いを浮かべる。
実のところジェイクは、ダンジョンマスター学科に入る以前からベルウッドダンジョン株式会社で、ほかの社員と同じように働いていた。
仕事の経験を積んでから、「ダンジョンマスター」の資格を取るためだけに、学園へ通ったわけである。
ダンジョンマスターの資格を取ろうとするものは、大抵が既に実務経験があるものばかりであった。
高等教育を受け、そのまま「ダンジョンマスター学科」に通うものは、ほぼほぼいないといっていい。
なにしろ、ダンジョンマスターというのは特殊な資格である。
正直なところ、取ったところで就職には一切有利にならない。
ダンジョンマスターに必要とされる資質は非常に多岐にわたり、学校を出たばかりでそれを持っているものなど、欠片も信用されないのだ。
そもそもにして、「ダンジョンマスター資格」そのものが、学生が取れるようなものではないのである。
別に、必要な知識量が、学生のうちに取得できるレベルではない、という意味ではない。
単純に、学生では「ダンジョンマスター資格」を得るために必須の「前提資格」が、満たせないのだ。
ダンジョンマスター資格を取得するためには、いくつもの「専門資格」を所得している必要がある。
例えば「危険物取扱責任者資格」、「魔法装置設置責任者資格」「魔獣等飼育責任者資格」などなど。
そのほかにも実にさまざまな種類の資格が必要だ。
必要な資格すべてが在学中などに所得出来るわけもなく、そもそも必要な資格の中には、年齢制限や実績が必要なものまである。
故に、ジェイクも会社で働きながらそれらの資格を取得していた。
そして、それらを取得し終えてから、晴れてダンジョンマスター学科に入ったわけである。
「とはいえ、ずっと学生だったわけだからなぁ。現場にも出てねぇんだろ?」
「そうでもねぇよ。あっちこっちのダンジョンに研修名目で駆り出されてたからな」
ダンジョンマスター学科では、近隣のダンジョンに生徒を派遣することがよくあった。
それだけではなく、教授の研究目的などでも、ダンジョンに足を運んでいたのだ。
仕事をしていたころとあまり変わらないような状態であり、腕が鈍っているというようなことはない。
ジェイクの話に、父は目を丸くする。
「俺の頃と大分違ぇなぁ。いやっつうほど座学やらされたもんだが」
「規定が変わったからなぁ」
父がダンジョンマスター資格を取った頃と現在では、いろいろと法律なども変わっている。
前提となる資格もいくつが変わっており、受ける授業内容も変わっているのだ。
ジェイクは「それはいいとしてさ」と、話を切り替えた。
「じゃあ、マジで西にダンジョン作るわけか。うちが」
「そういうことになる。結果的に、お前に今ダンジョン資格を取ってもらったのは、タイミング的にもよかったわけだな」
ダンジョンを作るには、当然だがダンジョンマスター資格所持者が必須だ。
現在ベルウッドダンジョン株式会社には、三人の資格保持者がいる。
父、兄、そして、ジェイクだ。
もしこの話がもう少し早ければ、ジェイクはまだ資格を持っていなかっただろう。
「まだ一般には情報公開されてないんだが、西へのダンジョン建設は年内に始まるんだよ」
「年内!? ギリギリだったんだな」
「ほんとにな。タイミングしだいでは、辺境伯閣下のお誘いをお断りしなくちゃならねぇところだった」
父の言葉に、兄とジェイクの表情が同時に曇った。
実に、ぞっとしない話である。
平民にとって貴族様の誘いというのは、命令に等しい。
一歩間違えば、ご機嫌を損ねるだけでこちらの首が飛ぶ相手なのだ。
気を使って当然である。
「しかし、となると西にはアニキが行くことになるのか。羨ましいんだが何なんだか」
肩をすくめながら、ジェイクはため息交じりに呟いた。
普通であれば、西には兄が行くだろと考えたからだ。
まず、父はこの地から離れるわけにはいかない。
会社の代表取締で在り、この地にある二つのダンジョンを実質的に管理している都合もある。
となれば、行くのは当然のようにあるに兄ということになるだろう。
単純にジェイクよりも実務経験も長いし、実力も実績もある。
ジェイク自身、兄の腕は信頼していた。
認めるのは癪だが、兄は顔だけではなく、腕も良いのだ。
新ダンジョンの立ち上げも、率なくこなすだろう。
「あー。まー、そうだよなぁー。ふつうは、そう思うよなぁ」
「そうだな。普通はそうだよな」
引きつった苦笑いを浮かべながら、兄と父はそういってジェイクから目を逸らせた。
その動きの不自然さに、ジェイクは不審なものを感じる。
「普通は、って。え? じゃあ、オヤジがいくってのか?!」
「そんな訳ねぇだろ。そもそも俺はここ離れらんねぇんだから」
父がこの土地を離れられないのは、権利関係や利便性だけの問題ではなかった。
ベルウッドダンジョン株式会社では、一部特殊な「契約魔法」をダンジョンに使用している。
それは、契約者の身を縛るものであり、ダンジョンから遠く離れることが出来なくなる類のものであった。
現在、ベルウッドダンジョン株式会社が持つ二つのダンジョン。
これに使用されているその「契約魔法」の契約者は、すべて父になっていた。
いつかは兄とジェイクに譲渡されることになっていたのだが、二人ともまだ「契約」の条件を満たしていない。
そのため、現在は父が二つの契約を持っているのだ。
「じゃあ、誰が行くんだよ」
「お前しかいないだろう」
「いやいやいやいや! おかしいだろ!」
ジェイクは立ち上がり、机を叩いた。
兄の方に視線を向けるが、わかりやすくそっぽを向いている。
「確かに俺もダンジョンマスター資格持ってるよ? でも、取り立てのペーペーだぞ! アニキだって納得いかねぇだろ!? 新ダンジョン立ち上げだぞ!」
新ダンジョンの立ち上げ。
それは、ダンジョンマスターにとっては夢のような話だ。
自分の思い通りのダンジョンを作り、それを管理する。
当然大変な仕事であり、苦労も絶えないだろう。
だが、そんなものが問題にならないほどの「遣り甲斐」が間違いなくある。
ダンジョン屋として、新ダンジョンの立ち上げに興味がないものなど、まずいない。
まして「ダンジョンマスター」としてそこにかかわれるとなれば、喜ばないものなどいないだろう。
「確かに俺もやってみたいとは思うけどよぉ! 筋道から言ってもまずはアニキにチャンスがあるべきだろ!」
「いや、うん。落ち着け、ジェイク」
なだめに入ったのは、意外にも兄であった。
自分よりもよほど不満があるだろう兄に止められ、ジェイクは一瞬怯んだ。
どうやら何か事情がありそうだと察し、椅子に座りなおす。
それを確認した兄は、父の方へと顔を向けた。
父はその意味を察したのか、大きく一つ頷く。
それを受けて、兄は改めてジェイクへと向き直った。
「俺も、ここを離れるわけにはいかない事情が出来たんだよ。これが、訳ありで複雑でな。落ち着いて聞いてくれ」
どうやら、今度は兄が話す番らしい。
一体どんな事情なのか。
ジェイクは不思議に思いながらも、兄の話を聞くことにした。