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戦闘班新人 クロースの受難 1

 クロースは、農家の六男坊であった。

 継ぐ畑もなく、そのまま行けば将来は小作人になるしかない。

 何とかそんな未来から脱却しようと、クロースは冒険者ギルドへと駆けこんだ。

 幸いなことに、体力には少々自信がある。

 それを生かせば、冒険者として生きて行けるのではないか、と考えたのだ。

 少なくとも、小作人として一生を終えるよりはマシだろう。

 悪くても食うには困らないはず。

 それどころか、上手くすれば一攫千金だってできるかもしれない。

 希望と夢を胸に始まった冒険者生活は、当然そんなに甘いものではなかった。

 モンスターは恐ろしく強く、始めのウチは逃げ回るのがやっと。

 どうにか戦えるようになってきても、出費と収入の兼ね合いで何時もカツカツの生活だ。

 必死に努力をして、相応に食えるようにはなっては来たが、ふと周りを見て茫然とする。

 昨日までペーペーだと思っていた少年少女が、有り余る才能を武器にモンスターをなぎ倒していたのだ。

 所詮、クロースは普通の人間である。

 剣に関する天武の才もないし、巧みな魔法操作技術も持ち合わせてはいない。

 もちろん必死に努力して腕を磨いてはいるが、凡才の努力というのは得てして報われないか、あるいは程度の知れているものだ。

 才能があって努力もしている連中が、世の中にはザラにいる。

 とても、クロースが敵うようなものではなかった。


 決定的だったのが、依頼を受けて森の中を調査しているときの出来事だ。

 自分ではとても敵わないモンスターに出くわしたクロースは、必死になって逃げまわっていた。

 幸い、逃げ足だけは人並みである。

 もう少しで殺される、と思ったその時。

 いかにも田舎から出てきましたと言わんばかりのボロい服の少年が飛び出してきて、そのモンスターを真っ二つに切り裂いたのだ。

 手に持っていたのは、一束幾らの安い剣。

 少年の年齢は、まだ義務教育を終えていない程度だろうか。

 しかも、よく見れば知っている顔だ。

 自分と同じように田舎から出て来たばかりで、ホンの一か月前まで剣も握ったことが無かった少年である。

 立場が似ていることから、何それとなく世話を焼いていた、その少年だったのだ。

 クロースの冒険者としての心は、この時にポッキリと折れたのであった。


 どこかに雇ってもらい、定職に就こう。

 そう考えたクロースだったが、残念ながら彼に出来ることなどたかが知れていた。

 畑を耕すことと、モンスター相手に多少戦えることぐらいだろうか。

 そんな人間に就職の口などある訳もなく、諦めかけた、その時だ。

 西辺境で新領地を切り開くことになり、ダンジョン屋が新人を雇い始めたのである。

 願ってもないチャンスだとばかりに慌てて飛びつこうとしたクロースだったが、ここであるひらめきが頭に走った。

 ただの冒険者としてうだつの上がらない自分が、そう簡単には取ってもらえるはずがない。

 ならばせめて、何かしらの資格を取っておいた方がいいだろう。

 なるべく短期間で取得出来て、それでいてダンジョン屋にとって有利な資格。

 ゴーレムの操縦免許だ。

 最近はずいぶん手に入りやすくなったとはいえ、安物でも一台でクロースの数年分の稼ぎと同じかそれ以上の高級品である。

 自分には縁のないものと、免許を取ろうなどとは考えたこともなかった。

 だが、ダンジョン屋になるのであれば、話は別だろう。

 クロースは有り金をはたき、ゴーレムの操縦を習うことにした。

 そして、ここで思わぬことが分かる。

 冒険者としては平凡だったクロースだが、何の因果か「ゴーレムの操縦」に関しては、才能と呼べるようなものがあったのだ。

 これが分かったとき、クロースは歓喜と共に、大きな虚しさに襲われた。

 自分に何らかの才能があり、それによって今後の道が開けるかもしれないことは、素直にうれしい。

 だが、もっと早くそれが分かっていれば。

 例えば、兵士になっていたなら、適性試験で早々に「才能」は見付けられていただろう。

 そうしたら今頃、軍のゴーレム乗りとして出世の道が開けていたかもしれない。

 或いは、もっと早く試験を受けていたら、ゴーレムを使っているような裕福な冒険者パーティに転がり込み、もっと素晴らしい生活が出来ていたかも。

 頭に浮かぶのは、あった「かもしれない」輝かしい未来ばかりだ。

 もっとも、それらも所詮たらればの話である。

 実際のクロースは、うだつの上がらない元冒険者で。

 何とか就職の口を得ようと、ゴーレムの免許の取得を目指している、凡才の青年だ。

 出来ることをして、なんとかダンジョン屋に雇ってもらわなければならない。

 考えてみれば、免許を取るために有り金をはたいているのだ。

 雇ってもらわなければ、食うにも困ることになる。

 何とか雑念を振り払ったクロースは、ゴーレムの操縦技術習得に没頭した。

 そして、数か月後。

 なんとか、「ベルウッドダンジョン株式会社」への就職を射止めたのである。




 ベルウッドダンジョン株式会社に就職することが出来たクロースは、新人研修を受けていた。

 新しいダンジョンで働くための人員を教育するのだとかで、内容はなかなかにハードだ。

 しかし、充実した時間でもあった。

 まず、たらふくうまい飯が食わせてもらえる。

 暖かい寝床も用意されていたし、金払いだっていい。

 冒険者として活動していたころには、考えられないような好待遇だ。

 その代わり、いつ死ぬかわからないし、万が一の時は死んでもダンジョンを守らなければならない、というが、どうということはない。

 冒険者稼業だっていつ死ぬかわからなかったし、兵士になっていたらそういった命令にも従わなければならなかっただろう。

 それ以前に、金欠での野垂れ死んでいた恐れもあるのだ。

 何かを守るために死ねるというのは、自分のような凡庸な人間にとっては中々にかっこのいいことなのではあるまいか。

 クロースはそんな風に考えていた。


 研修は、昼の部と、夜の部に分かれている。

 昼はひたすら肉体を酷使する訓練だ。

 兎に角走り、兎に角戦い、兎に角疲れ果てるまで動き続ける。

 かなりきつい内容だが、文句を言うものは誰もいなかった。

 ダンジョンマスターであるジェイク・ベルウッドが、同じかそれ以上の運動量を飄々とこなしているからだ。

 B級冒険者の資格も持っているというダンジョンマスターは、化け物かと思うほどの体力を持っていた。

 新人達がひぃこら言いながら登るアスレチックを、当然のような顔でこなしていく。

 戦闘訓練では、ゴーレムをツルハシ一本で手玉に取っている。

 クロースもゴーレムに乗って戦ったのだが、まるで歯が立たかった。


「ゴーレム乗りたてのド新人に負けてたまるかっつーの」


 というのはジェイクの言葉だったが、軍隊上がりのゴーレム乗り相手にも同じように勝っている。

 格の違いを見せつけられた気分であった。

 それでいて「反応が良い」「相手の動きをよく見てる」と褒められたりするのだから、余計に複雑だ。

 クロースは、冒険者時代はC級冒険者であった。

 ジェイクとは一つしか階級が違わないのだが、BとCの間には大きな壁が存在する。

 それ以前に、Cの中ですら差があった。

 食うのにもやっとだったクロースのようなものもいれば、十二分に稼ぎを上げ、個人でゴーレムを買って使っているようなものもいる。

 どうしてそこまで差が付くのかと思うのだが、やはりそういったものも含めて個人の実力なのだろう。

 非常に悲しい事実ではあるが、クロースはそういった器量を持ち合わせていないのだ。


 夜になると、今度は座学だ。

 ダンジョン屋に必要だという知識を、片っ端から詰め込まれていく。

 この「授業」を受け持ったのは、クラリエッタ・ハーフェルだ。

 教えるのは上手いのだが、「生徒」を追い込むことにも長けた「先生」であった。

 しこたま運動をし、食事を終えた夜の座学だ。

 居眠りをするモノが出そうなところではあるが、クラリエッタはある方法でそれを撃滅した。

 いかなる方法で、それを行ったのか。

 簡単な話である。

 彼女の「授業」で最初に居眠りした人物が過去に書いたラブレターを、その場で読み上げたのだ。

 恐ろしいことに、彼女はそれを完璧に暗記していたのである。

 読み上げられたものはそのことを後で知り、同僚達に同情と半笑いの視線を向けられることとなった。

 その可哀そうなやつの名前は、クロースだ。

 田舎から出るとき、当時惚れていた娘に出したラブレターを読まれたのである。

 一旗揚げて戻ってくるまで待っていてくれとか、なんかそんなような内容だ。

 ちなみに相手の娘は現在、二男一女の母親になっている。

 世の中は無常だ。

 同僚達からものすごく同情され、何故か飯をおごってもらう機会が増えたのはよいことかもしれない。

 食費が浮くというのは喜ぶべきことであり、ちょっと何かを失った気持ちになる事程度と引き変えになる程度なら、安いものなのだ。

 話はそれたが、この「授業」にもジェイクは出席している。

 クラリエッタの授業を補佐し、時折注釈などを入れているのだ。

 あれだけの身体能力を持ち、知識も膨大。

 一体どんな化け物なのかと思ったが、恐ろしいことに「ダンジョンマスター」というのはそのぐらいできて当然な商売なのだという。

 聞けば、B級冒険者であることも、ダンジョンマスターの最低条件なのだとか。

 世の中には恐ろしい職種もあったものである。

 身体能力も高く、頭もよくなければらないというのか。

 少なくとも、クロースはなろうとも思わない。

 自分の限界など、とっくに思い知っているのだ。




 訓練が始まって、二か月少々。

 ようやく基礎訓練が終わり、専門的なことを教えられるようになってきた。

 戦闘班の所属でゴーレム乗りであるクロースは、モンスターとの戦い方を叩き込まれている。

 モンスターを模したゴーレムや、ゴーレム同士での模擬戦闘なども行われていた。

 訓練に参加する古参の従業員も増えている。

 皆、その分野の専門家であり、優秀な人物ばかりだった。

 ただ。

 クロースにはどうしても納得できないことがあった。


「どうしたのよ。難しい顔して」


 食堂で食事をしているクロースは、かけられた声に顔を上げる。

 そこにいたのは、食事のトレーを持ったジェイクだ。

 理由はよくわからないが、ジェイクはクロースの事を妙に気に入っていた。

 クロースの方もジェイクのことを慕っており、今ではずいぶん打ち解けた関係になっている。

 ちなみに、年齢はジェイクの方が少し上だ。

 立場的なこともあり、ジェイクがアニキ分的な立場になっていた。


「あ、ジェイクさん。いや、大したことじゃないんですけど。気になることがありまして」


「気になること? って何よ」


 ジェイクはクロースの前の席に座ると、食事をとり始めた。

 今日のメニューは、近くの川で取れた魚のかば焼きだ。

 甘辛くて非常にご飯が進む。

 ジェイクもクロースも、こういう系統のおかずは米で食う派であった。

 まあ、どうでもいいことだが。


「いや、実は昼の訓練が終わった後にですね。ブレイスさんとすれ違ったんですよ。ブレイスさんも走ってたらしくて、汗だくだったんです」


「今日一緒に走ってたみたいだしね。あの人、ああ見えて速いんだよなぁ。動けるデブっていうか」


「あの体型でどうやってあの速度維持してるんですかね、って、問題はそこじゃないんですよ」


 クロースは振り払うように手を動かすと、話を元に戻す。


「訓練が終わった直後で、シャワー浴びる前だったんですけどね? その、なんていうか。ブレイスさんがですね。すっごい、もう、引くぐらい」


 言葉に悩んでいるのか、クロースは両手を動かしながら難しい顔でうなり始めた。

 そんな様子を眺めながら、ジェイクは川魚を米で流し込んでいる。

 研修施設なので正直食事はあまり期待していなかったのだが、なかなかどうしてここの調理師はいい腕をしていた。

 特にコメに会う料理の味は中々のものである。

 こういった料理が出来る人間を、ダンジョンに雇い入れたい。

 ただ、安全を確保してからでないと、戦闘が得意でない完全な裏方は雇いにくいのだ。

 そうなると、そういった人員の募集はもう少し先だろうか。

 等ということを考えている間に、クロースは決心がついた様子で、口を開いた。


「すっごく、いい香りだったんですよ。なんていうか、お花の香? みたいな」


「お花ってアナタ。ずいぶん可愛らしい」


「いいじゃないですかそこは。それよりもですよ。なんていうか、あの体格で、汗だくでですよ? なんかこう、ふわっと香る良い香りって。どういうことなんですかね」


 太っているうえに汗をかいていたら、むしろ臭くなるものではなかろうか。

 クロースはそういいたいのだ。

 それを察したジェイクは、「あー」と声を上げなら、細かくうなずく。


「そりゃぁ、ブレイスさんエルフだもんよ。当然じゃね?」


「え? エルフってそういうもんなんですか?」


 ジェイクの言葉に、クロースは目を見開いた。

 そんな話を聞くのは、初めてだったからだ。

 だが、ジェイクは当然のようにうなずく。


「そりゃそうだろうよ。って、ああ、あれか。クロースの実家って農村だっけ? 周りに人族しかいなかった系?」


「はい。うちの村は人族だけでしたね」


 地方によって差があるのだが、いわゆる農村の住民は、同じ種族である傾向が強かった。

 住みやすい気候風土が似ている。

 農民が殆どなので、土地を離れることが少ない。

 等々、理由は様々だ。

 とにかく、田舎であればあるほど、住んでるのは一つの種族だけ、というケースは多いのである。

 村に人族しかいなかった、というのは、それだけド田舎であるということも意味していたするのだ。


「すげぇ所だな。じゃあ、知らないかもしれないけどね。体臭って、種族によって劇的に違うんだぞ」


「マジですか。え、どのぐらい違うものなんです?」


「そうだなぁ」


 ジェイクは魚を齧りながら、悩むような表情でうなり始めた。

 その間に、クロースはご飯とおかずを掻き込む。


「ていうか、そもそも体臭が少ないかほぼない人種って、人族の中の極々一部なんだよ。この国でも結構いるんだけど。いわゆる黄色人種ってやつね」


「ウッソ」


「マジだって。都会で乗合馬車とか乗ったとき、みんなえらく匂いキツイな、って思ったことない?」


 言われてみれば、思い当たることが多々あった。

 クロースはハッとした様子で、ジェイクに顔を向ける。


「冒険者してた頃、ほかの冒険者に、こいつらろくすっぽ風呂にも入ってないんだろうな、って思ってたんですけど。まさか」


「そりゃお前、いくら風呂入ったってどうしようもないんだよ。草は草の匂いするし、犬は犬、猫は猫の匂いがあるだろう? それと同じで、人にも人の匂いがあるもんなの」


 ジェイクの言葉を聞き、クロースは感心した様子で何度も頷いた。

 言われてみれば、独特のにおいがある動植物は多い。

 人間だってにおいがあったところで、おかしくはないだろう。


「エルフ、ドワーフ、狼人、ドライアド。そのほかにもいわゆる人族ってたくさん種類があるだろ? 当然それぞれ特有のにおいがあってしかるべきだと思わん?」


「思います思います。はぁー。そういうもんだったんですか」


「そうなのよ。まあ、だからブレイスさんのあれは、エルフ独特の体臭な訳よ」


 おおよそエルフという種族は、見た目もよければ体臭もよい。

 知らなければ、香水でも使っているのかと思われるほどである。


「森の中にいた種族だからですかね?」


「じゃない? まあ、専門的なことは知らんけども。そういう意味じゃ、ドワーフも汗かくとびっくりする匂いするぞ」


「どんなんです?」


「鉄っぽい匂いがする。っていうか。なんつーか、血の匂いがするのよ」


 クロースは少し考えるようなそぶりを見せてから、納得した様子でうなずいた。

 血の匂いというのは、鉄さびの匂いと表現されることが多い。

 冒険者として流血沙汰とも縁が深かったクロースには、分かりやすいたとえだったようだ。


「マジですか。超怖い。え、ロリ系ドワーフの人達からも血の匂いが?」


「するする」


「パないっすね。怖いわぁー……」


 血生臭い匂いのするロリドワーフ。

 なんだか青少年向けの冒険活劇小説や、漫画などに出てきそうな字面である。

 昔はそういったものを嗜んでいたクロースは、非常に苦い表情を作った。


「ちなみに、ドライアドの人達は植物だから汗かかないんだけど。純粋に植物っぽい匂いがするぞ」


「エーベルトさんの近く通ると森の匂いがする事があるんですけど。そのせいだったんですね」


「あの人自身はスパルタンだけど、黙って座ってると癒しの空間を作り出すんだよ」


「いや、エーベルトさんが黙って座ってるだけで威圧感っぱないと思うんですけど」


「それな」


 可愛らしくも美しい少年、あるいは少女といった外見のエーベルトではあるが、中身は全くの別物だ。

 ここ二か月以上扱かれ続けているクロースにしても、生まれた時からの顔見知りであるジェイクにしても、睨まれているだけで背筋が伸びる相手である。

 新ダンジョンの裏方全般を取り仕切っている人物でもあり、ジェイクにとって頭の上がらない人物でもあった。


「まあ、それはともかくですよ。ってことはこの流れでいうと、獣系の方の場合は獣の匂いがするんですか? クラリエッタさんとか」


「そうよ。まあ、とはいえ? めちゃめちゃ獣臭い、って感じじゃないけどね。なんかこう、いい意味の? こう、なんだろう。犬とか猫とかそういうのを抱っこしてるときに感じるような、いい意味の香り? 的な?」


「あー。あーあーあー。わかりますわかります。心安らぐ感じの」


「そうそう!」


「そうなんですか? 私、あまりニオイって気にしないもので……」


 楽しそうに会話をしていたクロースとジェイクは、突然かけられた声に凍り付いた。

 何処かほんわりとした温かみのある声は、どちらかと言えば聞くものに安心感を与える類のものではある。

 だが、今の会話をしていた二人にとっては、地獄の使者にも等しいものであったのだ。

 クロースとジェイクは、ぎこちない動きで声のする方へと顔を向けた。

 そこにいたのは、半透明の体を持つ、素朴な可愛らしさの少女だ

 透けるように足元が無くなっており、それが彼女の正体を物語っている。


「あの。ミルドナさん。いつからそこに?」


「えっと、その、獣系の方は獣の匂いがするんですか? ってところからです」


 一番厄介なところである。

 あまりのことに、クロースとジェイクは頭を抱えた。

 ミルドナは、ゴーストの少女である。

 壁などを無視し、おおよその物理的な干渉を受け付けないという特性から、情報収集と伝達係を務めることになっていた。

 今はまだ新人であるため、クラリエッタにつきっきりで訓練をしている真っ最中だ。

 そして、その事実が非常にマズイ状況を生んでいた。

 ミルドナの耳に入ったということは、すなわちクラリエッタに聞かれたのに等しい。

 常日頃から傍若無人なクラリエッタだが、こと隙を見せた相手への追撃のえげつなさは、目を見張るものがある。

 悪口っぽいことを言っていた、等ということが知られた日には、一体どんな目に合わされるか。

 ジェイクは引きつった顔で、ミルドナに向かって両手を合わせた。


「ミルドナさん? 出来ればですね? その、このことはご内密に」


「このこと、ですか?」


 わからないといった様子で、ミルドナは首を捻った。

 ミルドナは、非常に純粋で心優しい少女である。

 あまりに純粋過ぎて、人の悪意などに鈍感なところがあった。

 故に、クラリエッタにいいように利用されていても、気が付かなかったりするのだ。

 二人が言っていたような内容をクラリエッタに伝えれば、ひどい目に合わされるかもしれない、等ということは、考えもしないだろう。

 そういう恐れがある、ということを説明したところで、不思議そうな顔をされるのが関の山だ。

 今時どうかと思う類の純粋さ、というか天然さである。

 とはいえ、全く抵抗せずにいれば、クラリエッタにあれやこれやされてしまう。


「そうそう、このこと。獣系の方ー、のくだり。伝えないでいただけると嬉しいなぁー、なぁーんて」


「え? で、でも、見聞きしたことは全部教えるように、って言われているのいるんですけど」


「そうなんでしょうけどね? そうなんでしょうけど、ほら! それを聞かれると俺達がヤバいっていうかなんて言うか!」


 しどろもどろに説得を試みようとするクロースとジェイクだったが、ミルドナは不思議そうに首を捻るばかりである。


「不味いですって。このままだと俺達、クラリエッタさんの暇つぶしに凄まじい目に合わされますよ」


「私への評価、ひど過ぎない?」


「いやぁあああ?!」


「うをう!?」


 テーブルの下から聞こえてきた声に、クロースとジェイクは悲鳴を上げた。

 ゆっくりと顔をのぞかせたのは、噂の人物。

 クラリエッタである。


「なによ。どんだけビビってんの」


「いや、ぜんぜん? 全然ビビってないですよ、ええ。え、っていうか、どこら辺からそこに?」


「暇つぶしに凄まじい目に合わされますよ、ってところからよ? 今さっき来たばっかりだし」


 ならば、まだ取り返しはつきそうだ。

 クロースとジェイクは、ほっと胸を撫で下ろす。

 が、現実は非常である。

 クラリエッタはミルドナに顔を向けると、満面の笑みで口を開いた。


「じゃ、今日の分の報告聞いちゃおっかなっ! ミルドナちゃん、部屋に戻るよぉー」


「はいっ! 分かりましたっ!」


「ちょっとー!! まだミルドナさんとお話ししてる途中なんですがー!?」


 思わず声を上げたのは、クロースだ。

 ここで口止めをしておかなければ、先ほどの会話がクラリエッタの耳に入ってしまう。

 しかし、そんな態度が、返ってクラリエッタの興味を引いたらしい。

 クラリエッタはニヤリと笑うと、薄笑いを浮かべて高速で走り去っていった。

 ミルドナの体は、それに引きずられるようにして空中を滑っていく。


「なんでー!?」


「ミルドナの依り代持ってるの、クラリエッタさんだからだよ!」


 ジェイクの説明に、クロースはしまったというように顔をしかめた。

 ゴーストであるミルドナは、ペンダントを依り代としている。

 なので、ある程度の行動をその持ち主に操られてしまう。

 そのペンダントは、クラリエッタが首から下げているのだ。

 クロースとジェイクは、このようの終わりのような表情で机に突っ伏した。


「最悪だ……ぜったいオモチャにされる……」


 これが一人で仕事をしていたころにはなかった、会社勤めの恐ろしさだというのだろうか。

 クロースは頭を抱えながらも、とりあえず食事を再開することにした。

 どんな状況でも、腹は減るものなのだ。


 その後、クロースはクラリエッタに散々弄り倒されることとなった。

 訓練をちょっと厳しめにされたり、増やされたりしたのである。

 しかし。

 クロースは半泣きになりながらも、見事にこれを乗り切った。

 そのことで、周囲のクロースへに対する評価を上げる結果になるのだが。

 当人は知る由もないことであった。

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