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事務方 エーベルト・エンブロン

 第二王子のわがままで、モンスター討伐軍の活動が予定よりも早まった。

 しかもその王子が担当した地域は、自分達がダンジョンを作る予定の場所周辺である。

 この情報を受けたジェイクの行動は、実に素早かった。

 長年ダンジョン屋として生きていたエーベルト・エンブロンの目から見ても、申し分のないものだったと言えるだろう。

 自ら陣頭指揮を執り切り込んでいく姿は、ダンジョンマスターとしての頼もしさを感じさせる。

 西辺境の中心街に残ったエーベルトの仕事は、ダンジョンの後方支援だ。

 長年やってきた、いつもの仕事である。


 後方支援、とはいっても、やれることは決して多くない。

 予定されていたものと、前線のダンジョンから注文されたものを用意し、送り出す。

 あとは、国に提出するものや、本社へ送るもの、などなど、各種書類をそろえる程度のものだ。

 ソレこそ長年やって来たものであり、エーベルトと古参の従業員達にとってみればお手の物。

 面接で選りすぐってきた新人達もなかなか使える連中ばかりで、あっという間に仕事は片付いた。

 ジェイクが必死にあれこれと奮闘してくれたおかげで、街中でしなければいけないような仕事には、区切りがついていたのだ。

 こまごまとしたものは当然あるものの、面倒な案件はほぼほぼ片付いている。

 ダンジョン予定地の近くにオオモリバチの巣が見つかる、という不慮の事態はあったものの。

 そちらも、エーベルト達事務方に出来る仕事の大半は終わっている。

 後は知らせを待つばかり、である。


 そんな時だった。

 新たに雇い入れた従業員の一人が、気になることを言い出したのだ。


「第二王子のわがまま、か。しかし、妙と言えば妙な話なんですよね」


 その従業員は、元々国中央に近い役所で働いていた男だった。

 優秀な人物ではあったのだが、「やんごとなき事情」でその仕事を辞めている。

 べつに、本人に問題があったわけではない。

 もし悪いところがあったとすれば、たまたまその「事情」に巻き込まれてしまった、運の悪さと言った所だろうか。


「そうかぁ? 軍部に入った第二王子がいろいろやってるってぇ話やぁ、よく聞くぜぇ?」


 首を捻りながら、エーベルトは第二王子について耳にした噂を、記憶から掘り起こした。

 第二王子は、成人以前から王太子になるつもりがなかったという。

 早くから軍に関連する教育を受け始めており、士官学校を卒業。

 現在では、特別実験中隊、なるものの隊長に収まっている。

 まだ年若い王子に表向きの実績を作るためにあてがわれた、お飾りの部隊、というのが、「表向きの」評価だ。


「実際、あちこちでワガママ言ってるらしいじゃねぇか。邪教との鎮圧やら、国境の向こうの調査やら」


「それなんですがね? 実際、でかい騒動になったっていう話を聞かないんですよ」


「というと?」


「王子のわがままってことで、ことをごり押しした後の事です。そのすぐあと、それの後始末をするやつが必ず用意されるんですよ。それも、何かしら問題が起きる前から」


 王族にもなれば、何か問題を起こしたとしても、それをもみ消すために誰かが動く、というのは珍しくない。

 むしろ、当然の事ともいえるだろう。

 だが、「突然のわがまま」に対応するにしては、あまりにも手際が良すぎる。

 今まで一度も大事になっていないというのも、おかしいと言えばおかしい。


「俺の見聞きした中じゃぁ、王子がわがままを言う前から、その後始末の準備が進んでるようなケースもあるみたいでして。今回のウチがまさにそれですよ」


 王子が飛び入りし、討伐を任された地域が、ベルウッドダンジョン株式会社のダンジョン予定地周辺だった。

 そのベルウッドダンジョン株式会社は、西辺境伯の肝いりで、いろいろと融通が利く。

 後始末をするベルウッドダンジョン株式会社に、その支援をする西辺境伯、という絵面だ。


「金銭的支援だけじゃなくて、物資的な。しかも新古品の戦闘用ゴーレムの払い下げまであったんですから」


「まあ、至れり尽くせりではあったわなぁ」


 お貴族様、それも位が高いお方になればなるほど、無茶の内容というのは「無茶苦茶」になっていく傾向がある。

 今回の第二王子のそれは、確かに「無茶苦茶」ではあるものの、あまりにアフターケアが行き届いていた。


「今回が偶然そうなったにしても、今までもそういうケースが嫌に多いんですよ」


「わがまま王子のわがままは、本当にただのわがままなのか。ってことか」


「それに、昔聞いた話なんですが。第二王子は聡明で、第一王子より出来がいい、なんて話を聞いたぐらいで。悪い噂を聞くようになったのは、軍学校に入る少し前ぐらいからですよ」


 ベルウッドダンジョン株式会社は、南辺境にあった会社だ。

 そんなところまで届く噂というのは、ごく限られたものになる。

 エーベルトの耳に入って来ていたのは、王子が軍に入ってからのモノばかりだ。

 それ以前のものは、聞いたことも、意識したこともない。


「そうなると、放って置くのも気持ちわりぃなぁ。関係ない話ならともかく、今回はウチも巻き込まれてんだ」


 ダンジョン屋という商売は、なんだかんだと言って荒事であり、国の成り立ちにかかわるものである。

 立場上、貴族同士や国同士のいざこざに巻き込まれやすく、陰謀やらなにやらに知らないうちに関わらされることもざらにあった。

 そういったものから身を守るには、まず情報を持っていなければならない。

 何もわからないうちに、わからない事件に巻き込まれてましたが、状況が分かりません、では、話にならないのだ。

 最低でも、おおよその概要位は掴んでおかなければならない。


「ぼちぼち、噂程度は集めておくかぁ」


 エーベルトのこの決定により、西辺境の中心街に残った事務方従業員達はそれぞれに情報収集を始めることとなった。




 ダンジョン屋の事務方というのは、特殊な商売だ。

 軍事用品を買い付けたり、荒事専門の人材を集めたり。

 傭兵団や武器商人などと言った、物騒な相手と折衝することも少なくない。

 実のところ、非常に危険な仕事なのだ。

 そんな中に生きていれば、当然様々な情報に触れることになる。

 必要な情報を集める術も自然と身に付き、独自の情報網を持つようにもなっていく。

 もちろんそういったものを扱うようになれば、危険な目にも合うようになる。

 となれば、自分の身を守る力も必要だ。

 つまるところ、ダンジョン屋の事務方というのは。

 ダンジョン建設に必要な土木資材だけでなく、食糧や嗜好品。

 武器やトラップ、ゴーレムなどと言った兵器も調達する。

 貴族や武器商人、場合によっては犯罪者などとも交渉し。

 時には、自ら調達した武器などを使い、戦うこともある。

 言ってみれば、物語の中のスパイや、特殊諜報部員を地で行く商売なのである。

 そんな彼らが「噂程度」と考える情報を集めるのに要した時間は、約二日ほどであった。


「じゃあ、報告会と行くかぁ」


 エーベルトは全員が集まったのを確認すると、近くに置いてあった木箱に腰を掛けた。

 彼らが居るのは、ベルウッドダンジョン株式会社が借りている、郊外の貸倉庫だ。

 誰かに聞かれたくない会話をするのに、これほど都合がいい場所もないだろう。

 まず、周囲に人気が無い。

 ダンジョンの資材を置いてあるので、それを自由に使うことが出来る。

 そういったことに長けた従業員ならば、それらを使って諜報対策を施すことも可能だ。

 侵入者を感知、撃退するのは、ダンジョン屋の十八番でもある。


「じゃあ、まずは俺から」


 一人がそう言って手をあげると、手にした手帳に視線を落としながら口を話し始めた。


「第二王子が使用していた列車ですが、軍用の車両だったようです」


「そりゃ、軍隊さんが使うならそうだろう? ほかの荷物と一緒に運ぶわけにいかないんだ。貸し切りにもなるだろうさ」


「いや、そういうことじゃなくてな。他国が侵攻してきたり、ダンジョンが破られたときに軍を移送する特殊高速車両があるだろ。どうもあれで乗り付けてきたらしいんだよ」


 従業員達の表情が、にわかに真剣なものに変わる。

 この国は、ダンジョンによって国土を広げてきた都合上、辺境領域にへと延びる鉄道を有していた。

 外部からの侵略、モンスターの攻勢に対しては、通常は辺境伯の保有する軍隊が当たることになる。

 これで補えない場合は、国中央から鉄道を使用して、国軍を送り込むことになっているのだ。

 なによりも速度を要求されるそういった緊急事態の為に、国軍は軍輸送のための特殊高速車両を保有していた。

 有事の際に使われる、国防の要の一つである。


「おいおい。ありゃ、おいそれと使われるもんじゃないだろう。訓練や試験運行ならいざ知らず、第二王子の部隊を運ぶために引っ張り出されたってのか?」


「顔見知りになった鉄道会社の職員が、えらく興奮した様子で話してくれてね。実物を見るのは数度目だが、公開軍事演習で見たことがあるから間違いないってさ。列車オタクの目ってのは確かなもんだよ」


 どこの世界にも、愛好家というのは居るものだ。

 そういった人種が持つ情報というのは、なかなかバカにならないものがある。


「その列車の積み荷の話なんだが。通常の輸送用ゴーレム以外に、コンテナ輸送用ゴーレムまで用意してたみたいだ」


「コンテナ輸送?」


「列車て輸送してきた物資は、普通は全てが輸送用ゴーレムに移し替えられる。整備されてない森の中を輸送する必要があるから、行軍用の特殊なやつだ」


「金のある所は羨ましいねぇ」


「だが、どうも王子は、一部の荷物を輸送用コンテナに入れたまま輸送していたらしい。わざわざ民間企業が売ってるコンテナ輸送用ゴーレムを持ち出してな」


 列車などで輸送された貨物用コンテナを、ゴーレムに乗せ換えて輸送する。

 民間の流通では、よくある話だ。

 だが、それは舗装された道を移動する場合の話である。

 今回のような場合は、森の中を進まなければならない。

 コンテナ輸送用のゴーレムでの移動というのは、不可能とは言わないものの、向いているとはいいがたいだろう。


「ただ、市販品をそのまま使ってたわけでもないようだ。気になったんで、軍の中継基地に行ったときに知り合いの兵士に話を聞いたんだが。どうも足回りを改造していたらしい」


「わざわざ森の中を歩けるように、ってことかぁ?」


「らしいな。軍が使ってる輸送用ゴーレムの貨物室は、下手をしたら輸送用ゴーレムよりも容量がある。わざわざコンテナで運んでるのを不思議に思ったから、よく覚えていたんだそうだ」


「よっぽど中身がだいじなのか。さもなきゃ、コンテナ自体が特別なのか、ってところか」


 外見はコンテナだが、その中には特殊な機材が組み込まれている、というのは、定番の偽装だ。

 軍や治安維持組織はもちろん、犯罪組織の麻薬密造所に至るまで、幅広く活躍している。


「あるいは、その両方かもしれんぞ。今回、第二王子は近衛騎士団を連れてきた、って話だっただろ?」


「らしいな。自分の中隊は置いてきて、人間との戦争用の兵隊を連れてきたって話だが」


「そいつがなぁ。どうにも妙な塩梅なんでよぉ」


 言いながら、エーベルトは難しそうな顔で腕を組んだ。


「近衛騎士団が動いたっつーから、どの隊が動いたのか気になってなぁ。中央に残ってる連中に調べさせたんだわ。で、動いた所は掴んだんだが。どうにも辻褄が合わなくてよぉ」


「辻褄が合わない? というと?」


「近衛騎士ってなぁ、要するに貴族の三男以下か、よっぽど優秀なヤツしか所属できねぇだろ? まして人間相手の戦争屋だ。行軍中や基地でならともかく、人里に降りてるときゃ、派手に飲み食いするもんだ。なのに、西辺境中心街じゃぁ、そういううわさを聞かねぇ」


「エーベルトさんに言われて調べてみたが、それはそれはお行儀が良かったみたいだな。飲み食いも、遊びの方もきっちり節度を守ってる。おかげで目立たなかったのか、調べるのに苦労したぜ」


「こりゃおかしいってんで、まぁ、また調べさせてみた訳よぉ」


 エーベルトに促され、一人の従業員か片手をあげた。


「駅に忍び込んで、監視カメラの映像を拝聴してきたんだが。近衛騎士団が映ってそうな映像が殆ど消されててな」


「おいおい、念入りだな」


「まあ、腹が立ったんで、近くの商店の映像も片っ端から調べたんだよ。クラッキング掛けて」


 魔法による外部からの干渉で、魔法道具の中身を不正に改ざんしたり覗き見たりする行為だ。

 こともなげに言っているが、犯罪行為であるだけでなく、かなりの技術を要するものである。


「で、ようやく近衛騎士の制服着た連中の映像を見つけたんだけど。驚いたね。第二王子の実験中隊のメンツが殆どなのよ」


「ホントかよ。っていうか、なんでお前そんな連中の顔知ってるんだ?」


「前職がお役所だったもんでね」


 言いながら肩をすくめた従業員は、新ダンジョン建設に向けて新しく雇い入れられた新人であった。

 最初に第二王子の件に疑問を持った、あの従業員だ。


「じゃあ、まとめると、だ。モンスター討伐軍に乱入してきた第二王子が連れてたのは、実は近衛騎士団じゃなくて、自分の実験中隊だった。持ち込んだ荷物の中に、妙なものがあるらしい」


「どうにもキナ臭せぇなぁ」


「そうそう、これ。暇だったから作ったんだけど。今回確認した、実験中隊のメンバーの名簿」


 そういって取り出されたのは、数枚のレポート用紙だ。

 書き込まれているのは、名前の表である。

 従業員達はそれに素早く目を通すと、次々に隣へと回していく。

 一度目を通せば、おおよその内容は記憶することが出来るモノばかりだからだ。

 どんどん回されていく中で、一人の従業員が声をあげた。


「コイツは。おい、ここに書いてあるこの名前。これって、南辺境の軍事研究施設に居たやつじゃないか?」


 その従業員の言葉に、エーベルトが険しい表情で名前を確認する。

 ほかの古参従業員数名もそれを覗き込み、声をあげた。


「本当だ。たしかモンスターの身体を、生体パーツとしてゴーレムに組み込もうってイカレた研究してたヤツだぞ」


「そんな事可能なんですか?」


「わかんねぇなぁ。確か、ウチでも討伐したモンスターをいくらか下ろしたことぁ、あるんだがぁ。ありゃ、確かハチ系統のモンスターと、ツノウサギだったかぁ?」


「それであっていると思います。羽根なしハチが飛ぶときに使うガラス玉を使って空を飛ぶ、とか。ツノウサギの低燃費な攻撃魔法を解析するんだ、とかなんとか」


「つまりなにか? そんなモンを研究してたやつが居る実験中隊が、第二王子のワガママを隠れ蓑にして、記録消しながらモンスター討伐軍に合流した、と?」


「しかもご丁寧に、得体の知れないコンテナ付きで、だ」


「おいおいおい。厄介事の匂いしかしねぇーぞ」


 エーベルトは思わずと言った様子で、頭を抱え溜息を吐いた。

 詳しいことはわからないし、何かあると確定したわけではない。

 だが、疑わしいことはこの上ないと言っていいだろう。

 巻き込まれるのはサラサラゴメンだが、既に片棒を担がされているらしいことは事実だ。


「今回の件、西辺境伯は知ってたんだろうな。じゃなきゃ、第二王子の尻拭いを手伝ったりしないだろう」


 尻拭いというのは、ベルウッドダンジョン株式会社が現在進行形で行っているハチの巣退治の事だ。

 それ以外に出てくるであろうあれこれの問題の解決も、任される事となっている。

 西辺境伯の、支援を受けて。


「どうします? コレ」


 従業員に聞かれ、エーベルトはしばし考えるように目を閉じた。


「これ以上手を出せば、藪蛇をつつきかねぇ。ひとまず、これ以上探らねぇ方向で行く。が、ケジメは付けなきゃぁならねぇ。俺が直接、西辺境伯に挨拶に行ってくらぁ」


「大丈夫なんですか? それ。余計に面倒なことになるんじゃ……」


「状況が状況だ。一言もなしに巻き込まれたのはこっちなんだからよぉ。身の安全保障してもらわにゃぁならねぇ。そのために下調べしたんだ、文句言われる筋合いわねぇってもんよ」


「そういう理屈が通用する相手なんですか? 西辺境伯って」


 その問いに、エーベルトは苦笑いを浮かべる。


「まぁ、なんだ。多少顔見知りでなぁ。悪いようにはされねぇだろうさ。事が決まったらテメェらにも伝えるからよぉ。とりあえず足が付かねぇように始末だけは付けとけや」


 言いながら、エーベルトはひらひらと手を振り、立ち上がった。

 それを合図に、従業員達も解散していく。

 兎に角、西辺境伯に直接会って、話をしなければならない。

 こちとら、舐められたら終わりの商売だ。

 ダンジョンマスターであるジェイクには確認を取っていないが、「そういったこと」についての裁量を、エーベルトは任されている。

 むしろ、そういった部分を補うようにと、「社長」から指示を受けてもいるのだ。

 エーベルトはさっそく、事務所に戻ることにする。

 西辺境伯へ連絡をつける算段を考えながら、速足でこの場を後にするのであった。




 西辺境伯に会いたい。

 そんな要望への返答が来たのは、一時間ほど経っての事だった。

 ならば、今夜にでもどうか、と提案をされたエーベルトは、それを承諾。

 当日の夜には、西辺境伯の邸宅で、直接謁見する運びとなった。

 約束の時間に邸宅を訪れたエーベルトを、西辺境伯は応接室で迎える。

 通り一遍、お約束のお堅い挨拶を交わし、人払いが済んだところで、ようやく落ち着いて話し合いが始まった。


「はぁ。ったく、辺境伯なんてのも面倒なもんだな。昔のパーティ仲間に会うのにも、やれアポイントメントだなんだと。冗談じゃねぇってんだよ全く」


 ため息交じりに言うのは、西辺境伯だ。

 古参の従業員であるエーベルトは、西辺境伯と前社長とが「冒険者仲間」であることをよく知っていた。

 それどころか、一時期はエーベルト自身も、そのパーティに加わっていたことすらあったのだ。

 彼らは、命を預け合った仲なのである。


「オメェさんが冒険屋やってたなぁ、ばらせねぇ話だろうよ」


「そりゃそうなんだが。さて。そんな話をしに来たんじゃねぇよな。差し当たって、第二王子の件か?」


「ご名答。ウチのダンジョン予定地に得体の知れねぇもん持ち込んでたみてぇじゃねぇか」


「流石に調べが早えぇなぁ。説明が省けて助からぁ」


 そういうと、西辺境伯は苦笑交じりに話し始めた。


「軍部にかかわるようになってから、第二王子は新しい兵器の開発に力を入れてきている。中でも注力しているのは、戦闘用ゴーレムだ」


 周辺をモンスターの生息域に囲まれ、ダンジョンを作ることで国境を守ってきたこの国では、歴史的に魔法技術で他国から一歩秀でていた。

 第二王子はその中から、ゴーレムに高い可能性を感じていたらしい。

 一台で圧倒的な兵力を持つゴーレムは、戦闘において高い優位性を確保できる要素の一つだ。

 これの強化は、確かに国防という面において大きな役割を持っている。


「そんな中で、第二王子にある研究者が接触した。ソイツの研究分野は、モンスターの生体パーツのゴーレムへの転用だ」


 恐ろしい話のようだが、実はモンスター素材の利用自体は、そう珍しいものではない。

 強靭な骨格、爪、牙。

 あるいは毛皮などは、様々に利用されてきたものなのだ。

 魔法の力が宿った身体器官、角や目などは、特殊な魔法道具として加工されることも多い。


「モンスターが発動させる魔法ってなぁ、人間のそれとは大きく異なる形態のものも多い。未だに人間が持つ技術だけでは、再現不可能なものが殆どだと言っていいだろう。だが、ある方法で、それを限定的ではあるものの再現することが可能だ」


 それが、モンスター素材を使った、「特殊な魔法道具」というわけだ。

 相応の加工を施し、相応に運用しさえすれば、モンスターの魔法を再現しうるのである。

 だが、それにはいくつかの問題があった。


「一つは、モンスター素材それ自体の不足だ。モンスターってなぁ、知っての通りバケモンだからなぁ。利用できるような状態で仕留めるのにゃぁ、死ぬほど労力が居る」


「特殊な魔法道具」に加工できるような部位というのは、モンスターにとっての急所である場合も多い。

 それの部位の無事を確保しながら討伐するというのは、並大抵のことではないのだ。


「次に、魔法を安定させる方法。ある程度ならば兎も角、兵器として利用可能な出力を得ようとすると、これが問題になってくる」


 モンスター素材を利用しての魔法には、いくつか問題があった。

 そのひとつが、「暴走」だ。

 元々が生体器官であるモンスター素材は、魔法を発動する際、ほかの器官から制御や制限を受けている。

 例えば脳であったり、脊椎であったり。

 それらはモンスター毎、部位ごとに全く形態が異なっていた。

 これらを安定して利用するための研究には、どうしても膨大な労力と、膨大な数のモンスター素材が必要になる。

 一つ目の問題が、ここにも響いているのだ。


「もう一つ。外部魔力の確保。コレも厄介だなぁ」


 モンスター素材を使っての魔法の発動には、凄まじく魔力を必要とする。

 死んだものを無理やり使用しているだけではなく、そもそもモンスター自体が人間よりもはるかに魔力を持つ存在であることが理由だ。

 人間よりも潤沢な魔力を利用できるモンスターの魔法は、発動それ自体に必要な魔力が、人間が使用するものよりも多い。

 これを利用するには、使用者の魔力量に頼るか。

 あるいは、「魔石」などの外部魔力装置を利用するしかない。

 だが、そういった外的な魔力は貴重であり、確保が難しかった。

 ましてモンスター素材の魔法を発動させるほどの量となれば、なおさらだ。


「まあ、ほかにも諸々あるわけだが。今あげた三つは、ウチの国でならばある程度解決することが出来る」


 この国には、ダンジョンがあるからだ。

 ダンジョンでモンスターを倒し、その素材と魔石を手に入れることが出来る。

 他国でも、ダンジョンを保有している場合はあった。

 だが、その数は少なく、この国とは比較にならない。

 危険で過酷な環境が、ある意味では有利に働いているのだ。


「最近は演算術式もずいぶん進化してるからなぁ。俺にゃよくわからんが、昔よりもずっと少ない労力でモンスター素材の魔法を制御が出来るようになるんだそうだ。それなりの学者と、それなりの金を掛ければ、の話だが」


「つまり、モンスター素材の魔法を使えるようにするための実験を、ウチのダンジョン予定地でやったっつー訳かぁ?」


「いや。少し違う。第二王子の実験中隊は、既に一定の成果を上げている。今回持ち込まれたのは、既に量産直前の実験機。モンスター素材を使用した、新型ゴーレムだ。その最終調整の為に、この場所が選ばれたわけだな」


 これで、話が繋がった。

 第二王子は自らの指揮下で作り上げた「新型ゴーレム」の最終調整を、新領土予定地で行ったのだ。

 わざわざ「わがまま」という建前と、近衛騎士団という目くらましまで用意して。


「確かにあの辺なら人目は付かねぇだろうがよぉ。それにしちゃぁ、カバーがずいぶんお粗末じゃねぇか? 俺らが調べただけで少しは事情が探れるぐれぇだからよぉ」


「お前さんらの調査能力はそうそう低いもんじゃねぇだろ」


 エーベルトの言葉に、西辺境伯は肩をすくめた。

 そして、表情を改めて、再び口を開く。


「まあ、正直探らせやすくはしてある。それでも、普通はすぐにどうこうできるもんじゃねぇはずなんだが。ダンジョン屋ってのはみんなお前んとこみてぇなのかねぇ」


「中小ってなぁ、自衛していかねぇとすぐにつぶされんだよぉ。こんなご時世じゃぁ、特になぁ」


「恐ろしいねぇ。まあ、で、だ。実は、近々隣国と一当てあるそうでな」


 元々あまり関係の良くなかった隣国に対して、昨今一部の貴族がちょっかいを出し始めた。

 要するに、喧嘩を吹っかけているのだ。

 王族が口を出せない、自治裁量の中でのことというのが、質が悪い。

 国全体の事を考えれば直ぐにでも止めさせたいが、その貴族にも貴族の言い分がある。

 ごちゃごちゃとあれこれ面倒くさく絡み合っており、一筋縄でいかないのが国政というものだ。

 あれこれと揉めているうちに、こちら側の貴族が隣国を攻撃し始めた。

 となると、当然相手は反撃に打って出る。

 手を出した貴族がやられるだけならば「それ見たことか」で済むのだが、ことは国全体の事だ。

 こちらから喧嘩を吹っかけて、あまつさえ手を出した以上、負けるわけにはいかない。

 勝てば官軍、ではないが、圧倒的に勝利しなければならなかった。

 そうでなければ、体面があまりにもひど過ぎる。


「そこに、さらに見栄えを少しでもよくしようってんで、新型ゴーレムが動員されることになった。急遽試験をするために、今回ねじ込んだわけだなぁ」


「第二王子が直々に指揮した新型ゴーレムが、争いを勝利に導いたってか。耳当たりのいい話だなぁ」


「それと同時に、このあたりで噂が立つわけだ。そういえば第二王子がここに来ていたのは、実は新型ゴーレムの実験ではなかったのか。そうだ、そうに違いない。ってな具合に」


「戦意高揚やら国民へのパフォーマンスやら、理由はいろいろか。政治ってなぁめんどくせぇなぁ」


「一応、いざこざが済んで一段落済んだら、ジェイクにも説明するはずだったんだよ。まあ、その前にお前が何かかぎつけるかもしれねぇとは思ったが。少し早すぎやしねぇか?」


「優秀な新人が入って来てなぁ。おかげで助かってるぜぇ」


 エーベルトが今回の件を調べ始めたのは、新人の言葉がきっかけだ。

 褒めればいいのか、余計なことをと怒ればいいのかは、微妙なところである。


「で、事の次第を知っちまった俺らぁ、どうすりゃいい?」


「しばらくは口外無用。時期が来たら、そういえばアレが、って噂を流してくれ」


「西辺境伯閣下のご命令とあれば」


 芝居がかった仕草で頭を下げるエーベルトに、西辺境伯は嫌そうに顔をしかめた。


「嫌味なヤロウだねぇ、ったく」


「ウルセェ。んなことよりも、貸し一つだぞ」


「お前、ゴーレムやら融通しただろ?」


「それとこれたぁ、話しぁ別だろうが」


「わぁったよ。ったく、ダンジョン屋に借りなんざ作りたくねぇんだけどなぁ」


 ぼやきながら、西辺境伯は額を押さえ、溜息を吐いた。

 エーベルトはと言えば、ニンマリ満足げな笑顔だ。

 ダンジョン屋というのは、借りを作る相手としては最悪の部類だろう。

 何しろ荒事をやっている、荒事にかかわる集団だ。

 どんなことを要求されるか、わかったものではない。

 対して、貴族というのは、貸しを作る相手としては最高の部類になる。

 金も権力もあるわけで、これ以上「お願い」のし甲斐がある相手は居ないと言っていい。


「くそ、こんなことなら先にジェイクに伝えておけばよかった」


「そういうわけにもいかねぇだろ。ことが事なんだからよぉ」


 天下国家のあれこれがかかっている話だ。

 おいそれと話すわけにもいかないだろう。

 まぁ、エーベルト達はソレを嗅ぎつけたわけだが。


「はぁ。西辺境伯なんて継ぐもんじゃねぇなぁ。出来りゃずっと冒険者やってたかったってのによぉ」


「オメェ、家継ぐッつぅー条件で無茶苦茶やってたんじゃねぇか。それをカサに着ていろいろやったの知ってんだぞ。テメェの嫁さんだってそれで口説き落としたんだろうがよ」


「いらねぇことばっかり覚えてヤガるな、このガキジジィ。俺よりジジィなんだからもう少しジジィらしくしたらどうだ」


「ウルセェコノヤロウ。テメェらと違ってコチトラまだまだ現役の樹齢なんだよ」


「うらやましいねぇ、ドライアドってなぁ」


 西辺境伯は、溜息を吐きながら立ち上がった。

 壁際の戸棚まで行くと、収められていた酒瓶とグラスを二つ取り出す。


「少しは付き合っていけるだろ?」


「おお、いいねぇ。お貴族様の高い酒。ついでに、久しぶりにカードゲームでもやるかぁ?」


「おもしれぇ。お貴族様の伝手で集めたカードの恐ろしさ、見せてやらぁな。っと、そうだ。お前、あの連中どうするんだ?」


 エーベルトは少し眉を顰めると、不思議そうに首を捻った。


「あの連中? って、俺のことツケてる連中かぁ?」


 昨日あたりから、エーベルトは尾行を受けていた。

 もちろん、相手の正体も目的も分かっている。

 新興宗教として有名な手合いで、いわゆる「ダンジョン不要論者」達だ。

 世界は平和で、モンスターは放って置けば攻めて等来ない。

 現に今は平和そのものであり、モンスターによって襲われた街などはここ何十年も出ていないではないか。

 そもそもダンジョンはモンスターを誘引しており、ダンジョンが無ければモンスターは襲ってこないのだ。

 ならばダンジョンは不要であり、無駄な金を使うだけだから解体すべき。

 というのが、主な主張である。

 まともな思考を持った辺境に住むものならば、正気を疑う発言だ。

 確かに、ダンジョンはモンスターを誘引している。

 周囲にいるモンスターを引き寄せ、それら一切合切を討伐するためだ。

 そうすることで、辺境の安全を確保しているのである。

 今はモンスターも来ていないし安全だから、ダンジョンなんてなくてもいいだろう。

 等というのは、寝言どころの騒ぎではない。

 考える必要もなさそうな道理なのだが、実際に目にしたことが無い、というのは存外恐ろしいものだ。

 理屈にもなっていないそんな言葉に共感し、「ダンジョンなんて要らない!」と言っている連中は、王都を中心に一定数存在しているのである。

 そういう連中は、えてして過激な行動に走るものであった。

 治安維持組織の目を逃れては集まり、時々ダンジョンにちょっかいを掛けてくるのだ。

 爆発物や等を利用して、時々シャレにならないことをしでかしそうになることはあるものの。

 致命的な問題に発展したことはなかった。

 狙われたダンジョン屋が、個々に対応していたり、治安組織に突き出されたりしていたからだ。

 ちなみに、ダンジョン屋に対応されたものに関しては、どうしてダンジョンが必要なのか、いかにモンスターが危険な存在なのかを、身に染みて知ったことだろう。


「あんなもん、ほっといていいだろぉ。素人丸出しだぜぇ?」


「そういうわけにもいかねぇんだよ。何しろ、十も新ダンジョンが出来るんだぜぇ? 地元じゃねぇ連中で、下手打つところがあるかもしれねぇだろ?」


 西辺境伯の言葉に、なるほどとエーベルトはうなずく。

 今までダンジョン屋に被害が出ていないのには、環境的なもの理由の一つになっていた。

 おおよそ、「ダンジョン不要論者」というのは、辺境の住民ではない。

 王都などに住んでいる、平和ボケした人種だ。

 そういったものが辺境にやってくれば、当然のごとく目立つ。

 地元の住民は敏感にそれを察知して、ダンジョン屋に知らせてくれるのだ。

 永くその土地に根付く、ダンジョン屋だからこそのネットワークである。

 しかし。

 新ダンジョン建設が始まっている今現在は、そのネットワークそのものが存在していない。

 ソレだけでなく。

 現在、西辺境中央街には、様々な人間が流入してきている。

 新ダンジョン建設にかかわる人間達だ。

 それは、ダンジョン屋だけではない。

 ゴーレムメーカーや、モンスターの素材関連、魔法道具、食糧、雑貨、等々。

 増えた人間を狙った、娯楽、サービスの部類も考えれば、かなりの数になるだろう。

 西辺境中央街は今、凄まじく雑多な場所となっているのだ。

 もちろん、治安維持には最大限の労力が割かれているわけだが。

 多くの人間の流入というのは、そういった努力だけで対応しきることができるモノではないのである。

 今のところ、西辺境中央街の治安は、表面上は保たれていた。

 礼儀正しいものも、妙な連中も入ってくるが、とりあえず問題は起きていない。

 だが、そういう状況は、後ろ暗い目的のある者達にとっては、実に動きやすい環境なのだ。

 事実、エーベルトとその部下は、実にのびのびと仕事が出来ている。


「なら、治安維持組織の出番だろぉ? 俺ら一般人がどうこうしたら問題になるだろうがよ」


「いけしゃぁしゃぁと。今はこっちでも、その手のことに慣れてる人間が足りねぇんだよ。手伝え」


「直球だなぁ、おい。冗談じゃねぇ、コチトラ、テメェんのとこのダンジョンで一杯だってぇんだ」


 不快気に手を振るエーベルトに、西辺境伯は少し考えるようなそぶりを見せる。

 そして、思いついたというように手を叩いた。


「まぁ、そういうな。その程度手伝ってもばちは当らねぇだろ? その間、多少のことは目ぇつぶるからよぉ。それに、あれだ」


 西辺境伯は一つ咳ばらいをすると、少しだけ声の調子を落とす。


「その過程で、たまたま抜き打ちの監査の話を耳にするかもしれねぇなぁ。日程とか」


 それを聞いたエーベルトは、思わず身を乗り出した。

 ダンジョン屋に課せられる監査は、日程の決まった定期監査だけではない。

 時折、抜き打ちで行われるものもあるのだ。

 これは対応が難しく、4~5年に一度はこれに引っ掛かり、国からの年間支払金がいくらか減額されるのが常であった。

 事務方にとっては、悩みの種の一つである。


「おいおいおいおいおい。なるほど、よぉし、わかった! お国の為に働くってぇのは、国民の義務だもんなぁ! まして辺境伯閣下に頼られたとあっちゃぁ、断るなんざぁ男が廃るってぇもんよぉ! まぁ、一つ、俺ッとこに任せときなぁ!!」


「そいつぁ、ありがてぇ! なぁに、情報にゃぁきっちり礼もするからよぉ!」


 ダンジョン屋の事務方にとって、抜き打ち査定日というのはそれほどまでに欲しい情報だったのだ。

 その後、エーベルトは西辺境伯とカードゲームに興じながら、詳細を詰めていった。

 既につかんでいる情報の交換などの約束を取り付けて屋敷を出たのは、日を跨いでからの事となる。


 結局、エーベルトとその部下達は、西辺境中央街に拠点を作ろうとしていた「ダンジョン不要論者」達と小競り合いをすることとなった。

 ジェイクがオオモリバチの巣を討伐しようと、ミニダンジョンを稼働させている間の事の出来事なのだが。

 それはまた別の話である。

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