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ベルウッドダンジョン株式会社 ~西辺境支部奮闘記~  作者: アマラ
一章 ダンジョンのプレオープンは気合が重要
18/22

十八話 「うっしゃぁ! ベルウッドダンジョン株式会社 西辺境支部ミニダンジョン! 営業開始じゃぁー!!」

 フィッシャーマン・ホーネット。

 あるいは、オオモリバチというのが、そのモンスターの名前である。

 漁などに使う三又銛のような特徴的な形状の針を尻に持っているのが、その名の由来だ。

 形状は、スズメバチに近く、生態もそれに近い。

 女王が卵を産み、群れを作り、巣を作る。

 雑食性で、果物や樹液を集め、あるいはほかのモンスターを襲い、幼虫の餌にする習性を持つ。

 名前から蜂の仲間と思われがちだが、実際にはよく似た形状、習性をもつ別種の生物である。

 それは、尻にある奇怪な針以外の、もう一つの外見的特徴にも現れていた。

 このオオモリバチは空中を飛行し、高い機動力を発揮するのだが、翅にあたる器官がない。

 代わりにあるのが、人間の頭ほどの大きさがある、ガラス質の球体である。

 これの内部には複雑に血管、あるいは翅脈が張り巡らされており、これはある種の魔法道具としての役割を果たしていた。

 三次元に張り巡らされたそれに魔力を流し込むことで、「浮遊」あるいは「飛行」などの魔法効果を得ているのだ。

 これにより、オオモリバチは殆ど音を絶えることもなく、実に素早く空を飛び回ることが可能である。

 単独でも恐ろしいこの2m級モンスターは、しばしば集団で狩りを行う。

 通常、単独で行動する獲物以外は狙わないこのモンスターではあるが、そうなったときは大変危険だ。

 相手が数の多い集団であろうと、集団で襲い掛かる。

 毒は持たないものの、強力な顎、カギ爪のような関節肢、針そのものが凶器であるこのモンスターに襲われれば、小さな村や集落は一溜まりもないだろう。

 もっとも、国内において、このモンスターと出くわすことはない。

 我が国を取り巻くダンジョンが、その侵入を防いでいるからである。




「っつーのが、おおよそのスペックなわけだけれども」


 クラリエッタによる説明を聞いたジェイクは、改めて溜息を吐いた。

 急遽作られたダンジョンマスター室では、やはり急遽持ち込まれた通信装置による会議が行われている。

 水晶玉のような魔法道具からは、主要な従業員の姿が浮かび上がっていた。

 クラリエッタ、エーベルト、マイアー、ブレイス、の四人である。

 四人ともまだ西辺境の中心街にいるため、こんな形で会議をしているのだ。

 議題はもちろん、ジェイクが見つけた「クソデカいモンスターの巣」である。


「偵察中のジェイク君がまず見つけたのは、燃やされたオオモリバチの巣だった。成虫も幼虫も焼かれ、女王らしき焼死体もあった。恐らくアホ王子討伐軍の仕事だろう、ってことで、OK?」


 まとめるように聞いてきたクラリエッタの言葉に、ジェイクは「オッケー」と答えながらうなずいた。

 その言い方だと「アホ王子を討伐する軍」みたいな感じになるが、あえて訂正しない。

 クラリエッタは頭を掻きながら、唸る。


「それに関しては及第点だわ。オオモリバチの成虫と女王は、餌を食べた幼虫が出す甘露、甘い蜜しか食べらんないのよ。だから、狩りに出てる成虫が居たとしても、幼虫と巣を片せば五日から七日で飢死するの」


 だが、どうもそうはならなかったらしい。

 巣を発見したジェイクは、巣に対して成虫の死体の数が少ないことが気になった。

 魔法などで消し飛ばしたという可能性もあるが、どうも嫌な予感がする。

 そこで周囲をさらに捜索すると。


「オオモリバチの巣に出くわしたんですよね。ソレもかなりデカいやつ」


 いくら王子がボンクラだったとしても、見逃すとは思えないサイズだ。

 2m級のデカくて凶暴な蜂の大群がいる巣である。

 流石にジェイクも、撤退を選ばざるを得なかった。


「恐らく、元々の巣は分蜂したばかりだったんだろうね。新しい女王が、巣の蜂を半分ぐらい連れて別の巣を作るの。たぶんボケ王子達がそのあたりを通ったときは、分蜂直後で巣を作ってなかったんだと思う」


「で、古い巣を王子達がぶっ壊した、ってぇわけかぁ?」


 難しい顔で尋ねるエーベルトに、クラリエッタは「あくまで推測だけどね」と断りを入れてから、説明を続ける。


「古い巣を壊された時、狩りに出ていた成虫達は新女王に合流。数が多かったから、巣もこんなに早く大きくなりました。って感じかな。そんなことがあるなんて聞いたことないけど。レアケースに出会えてラッキーってかんじかなぁ。モンスターの調査機関に報告したら、報奨金でるかもよ?」


「何一つうれしくありませんよ」


 嬉しそうに言うクラリエッタに、ジェイクはげんなりとした様子でいう。

 それを見て笑いながら、「それにしてもぉ」とマイアーは頬に手を当てた。


「新ダンジョンを作ってる近所に、新しい巣を作ってるハチさんが居るなんて。なんだか因果な話よねぇ。同じ働きバチ同士、親近感とか感じちゃうわぁ。同情しちゃいそう」


 マイアーの言葉に、クラリエッタが苦笑いをしながら手を振った。


「まぁねぇ。しかも処女のお嬢さんばっかりな訳でしょ? かわいそうだわぁー」


「言い方が最低すぎる」


 下卑た笑いを浮かべるクラリエッタに、ブレイスがドン引きした様子でぼやく。

 もちろん、クラリエッタはそんな顔なんぞどこ吹く風だ。

 そこで、マイアーはしまったというように眉をひそめた。


「ゴメンなさい、コレから戦うっていうのに私ったら。やりにくくなっちゃうかしら」


「相手ぁ、そういう生態のモンスター。人間ってなぁ、テメェらで決めたルールで動いて働いてる。似てるように見えて別モンだ。だから、遠慮しねぇで片付けられる。まぁ、働きバチってなぁいい例えだけどなぁ」


 エーベルトは軽い様子でそういうと、大袈裟に肩をすくめて見せた。

 外回りで飛び回り、事務所に戻っては書類を作る。

 そんなことを繰り返しているエーベルトを指して、「働きハチの様だ」と言われることがあった。

 ちなみに、ダンジョンで働く従業員は「働きアリ」に例えられる。

 だからと言って、ハチやらアリやらに共感して、討伐の手が緩むことはない。

 まあ、多少我が身を鑑みて、遠い目になったりすることはあるのだが。

 ジェイクは苦笑しながら、肩をすくめて口を開いた。


「まあ、とにかく。巣は、ダンジョンから中継基地の間。輸送ルート近くにありました。危険、且つ、邪魔極まりないことです」


「しかし、なんで一回目二回目の輸送は襲われなかったんだぁ? ありゃぁ、輸送団ぐれぇの数なら襲うだろ?」


 首をかしげルーエベルトに、クラリエッタは肩をすくめながら答える。


「たぶん、巣を新しくしたばっかりだから慎重になってるんじゃないかなぁ? ただ、次の一団が襲われないとは断定できないやね」


「輸送中に襲撃してきたモンスターって、群れを作るタイプばっかりでしたからね。たぶん、慎重になってるってのはあたりだと思いますよ」


 ジェイクの言う通り、今までの輸送団を襲ったのは、群れを作るモンスターであった。

 それ以外の単体で行動しているモンスターは、おそらく大部分がオオモリバチの餌食になっているのだろう。

 襲われていない群れを作るモンスターが、必然的に多く残っているということだ。


「ってことは、単体で動いてるモンスターが少なくなってきたら、いよいよ次は群のヤツを襲い始めるんじゃない?」


 首を捻りながら言うブレイスに、「たぶんね」とクラリエッタはうなずいた。

 新ダンジョン予定地には、最初のジェイク達を含め、三回の輸送が終わっている。

 この三回目の輸送団は、ジェイク達が巣の発見を知らせる前に送り出されたものだ。

 四回目の輸送団は、現在中継基地にとどまっている状態である。


「あまりぞっとしないよねぇ。元々襲われる前提って言っても、これじゃリスクマネージメントが出来てなさすぎるっていうかさぁ。兎に角この巣を破壊するっていうのはプライオリティ高めの案件なんじゃなぁい?」


 ちなみに、プライオリティというのは「優先順位」などといった意味合いの言葉である。

 ポテトチップスをコーラで流し込みながら言うブレイスに、ジェイクは大きくうなずく。


「ですね。この巣は、早々につぶす方向で行きます。方法もある程度固めておきました」


 方法は、従来のダンジョンのやり方と、討伐軍の手順を組み合わせたものである。

 まず、今回の討伐だけのために使う、ダンジョンを製作。

 オオモリバチをおびき寄せ、討伐。

 巣の規模からおおよその数は割り出し、四分の三ほどを討伐したところで、次の手へ。

 特別に編成した討伐隊をを出撃させ、巣と幼虫、女王を潰す。


「捻りも何もないですけど。安全策で行きましょう」


 ジェイクの言葉に、四人がそれぞれに了承の返事をする。

 それを見て一つ頷くと、ジェイクはすぐに指示を飛ばし始めた。


「幾ら最低限のダンジョンでも、材料が足りません。残り、どうしても必要な分を強行軍で運んでほしいんですが」


「調達の方は任せてください。どんなものでも二時間以内で用意してみせますぁ」


 エーベルトが、任せろというように胸を叩いた。


「ダンジョンを動かすなら、戦闘指揮者がいります。クラリエッタさん、こっちに来てもらえますか。ついでに、エーベルトさんが用意した物資の護衛の選出と指揮、頼みます」


「まーかせて! ドロ船に乗った気でいてちょうだいな」


 ニヤリと笑いながら、クラリエッタはVサインを作った。


「食獣植物はこっちには一切持ってきてませんから、急ぎでもってきても耐えられるものの選別。それと、こっちでの植え付け。こっちに来てもらうことになりますが、ブレイスさん、よろしくお願いします」


「ほかの連中に変な触られ方するよりずっといいからねぇ。調整もボクが居ればすぐに終わるよ」


 さも当然というように、エーベルトは肩すくめる。


「輸送用のゴーレムは、荷物少な目にする代わりに高速調整。護衛用の戦闘ゴーレムもそれについてくれるようにセッティングし直し。こっちに来たら、ダンジョン用と討伐隊用、それぞれの戦闘ゴーレムのセッティング。マイアーさんも結構忙しくなると思いますけど、行けますか?」


「任せてちょうだいっ! 直ぐに準備するわ!」


 マイアーは両手を打ち鳴らし、笑顔を作る。

 しかし、すぐにわずかに表情を曇らせた。


「でも、流石にあっという間っていうわけにはいかないわ。少し時間は貰うわよ?」


 コレには、ジェイクも苦い顔をしながらも頷いた。

 ゴーレムの調整は、時間がかかる。

 複数となれば、なおさらだ。


「どのぐらいかかりそうです?」


「そうねぇ。何があってもいいように、いろいろ準備して置け、って指示をもらってたでしょぉ? その時に仕込んだものを使っても、半日はかかるわ」


 申し訳なさそうに言うマイアーの言葉に、ほかの面々は度肝を抜かれたように目を丸くする。

 それは、破格の速さだった。

 ゴーレムの調整というのは、時間のかかるものである。

 まして速度調整のような大幅な設定の変更は、場合によっては一日仕事だ。

 驚いた様子の面々を見回して、マイアーはおかしそうに噴き出した。


「んもう、自分でウチの若い子達連れてきたんでしょっ! まだ皆慣れてないけど、そのくらいには使えるように仕込んであるわよっ!」


 一瞬頭の中でオカマバーを連想したジェイクだったが、すぐに別の理由に思い至った。

 マイアーの所の新人と言えば、ロリドワーフ達の事だ。

 手先が器用で力が強く、魔法道具の扱いにすこぶる長ける。

 そんなドワーフが、ベテラン整備士であるマイアーの下に集まっているのだ。

 ロリドワーフである彼女らは、確かに腕力こそ不足している。

 だが、古参従業員や整備用ゴーレムを使えば、そんな問題は一瞬で解決してしまう。

 ジェイクは苦笑いしながら、頭を掻いた。


「まさかこんなことになるとは思いませんでしたけどね。それなら、割と早々にどうにか出来そう、ですか」


「じゃあ、早速細かい注文を頼みますよ。ダンジョンマスター」


 エーベルトは、ベルウッドダンジョン株式会社の中でも、古参の従業員だ。

 新ダンジョンで働く従業員の中では、間違いなく最古参の人物だろう。

 そのエーベルトに「ダンジョンマスター」と呼ばれ、ジェイクは「はぁ」という間抜けな声をあげてしまった。

 だが、すぐに表情を改めると、気合を入れるように両手で顔を叩く。


「じゃあ、仕事を始めますか」




 新ダンジョン予定地に、マイアー、ブレイス、クラリエッタを伴った輸送団が到着したのは、細かな指示を出した二日後の事であった。

 あの後直ぐに準備を始めたと考えれば、移動にかけたのは一日半ということになるだろう。

 ジェイク達が片道に三日かけたことを考えれば、驚異的な速さと言っていい。

 どうやったのかとジェイクが聞くと、クラリエッタはケタケタと笑いながら理由を教えてくれた。


「道は、先に行った三つの輸送団がつけてくれてるでしょ? あとは、ゴーレムの乗り手を交代させながら休みなしで走り続けただけよ! 夜通し!」


 さも当然のように言うが、簡単なことではない。

 ゴーレムを操るというのは、神経を使う仕事である。

 長時間操り続けるには、訓練だけでなく、慣れと経験が必要だ。

 恐らく、クラリエッタが、それが出来る人員を見繕って輸送団に組み込んだのだろう。


「でも、夜って危なくないですか」


 襲われる心配だけではなく、夜の走行は危険が多い。

 整備された道路ではないのだから、凹凸もあれば障害物だっていくらでも転がっている。

 昼間であれば目で確認することが出来るが、夜中であれば見通すことは相当に困難だ。

 一応、ゴーレムの前方に照明器具などを取り付ければ、ある程度改善させることは出来る。

 とはいえ、「多少」の話だ。

 山の中の獣道を、ランタン一つで走り抜けるようなものである。


「そこはほら。あたしとミルドナちゃんで」


 言いながら、クラリエッタは自分の目と、後ろにいるミルドナを指差した。

 相当に疲れているのか、ミルドナ放心したような状態になっている。

 幽霊が放心しているというのは、中々にレアな光景だ。

 狼人族であるクラリエッタは、夜間でも昼間と変わらぬ視力を持っている。

 ゴーストであるミルドナにしてみれば、むしろ夜のほうが見えやすいほどだ。

 クラリエッタが輸送ゴーレムの操縦手にすぐ後ろに着き、指示を。

 ミルドナが先頭に立ち、先を見通しながら路面やモンスターなどによる襲撃の危険を知らせる。

 そんな体制で、無理やり駆け抜けてきたという。

 話を聞いたジェイクは、困惑した表情を浮かべる。


「え? 二人とも働き詰めってことですか?」


「チョーたのしかった」


 クラリエッタはツヤツヤした顔で、親指を立てる。

 彼女にとって仕事というのは、九割九分九厘が楽しみなのだ。

 ちなみに、疲労というものがないゴーストであるはずのミルドナは、小刻みにカタカタ震えていた。

 精神的に疲れたのだろう。


「まあ、二人はとりあえず休んでてください。どうせミニダンジョンが完成するまでは仕事ないでしょうし」


 言われて、ミルドナはほっとした様子でクラリエッタのペンダントの中へ入っていった。

 どういう構造になっているのかはよくわからないが、ミルドナにとっては自室のようなものらしい。

 クラリエッタはといえば、「戦闘指揮に必要だから」と言いつつ、今回使う最低限のダンジョン、通称ミニダンジョンの建設を眺めているつもりのようだ。

 図面にも実物にも目を通し、隅々まで確認するのがクラリエッタのスタイルである。

 何を言ったところでそれを曲げるような玉ではないので、ジェイクはとりあえず放っておくことにした。


 輸送団が到着したところで、さっそく作業が開始された。

 真っ先に動き出したのは、マイアーが率いる整備士達である。


「さぁ! 移動中何もできなかった分、ここでとりかえすわよっ! 移動と戦闘で傷ついたゴーレムの修理に、戦闘用ゴーレムの調整! それから、トラップとダンジョンコアの設置! やることはヤマモリよっ!」


 マイアーの激に、古参新人入り乱れた整備士達が、気合の声を上げる。

 ゴーレムというのは、精密魔法機器の塊だ。

 強靭であり、強固ではあるが、動かせば調整が必要となる。

 移動をすれば足回りを、戦闘をすれば全体を確認しなければならない。

 ましてダンジョンを動かして、モンスターを討伐しようというのであれば、必須である。

 南辺境ではゴーレムや大型トラップなどだけを担当していたマイアーだったが、新ダンジョンでは魔法道具設備の最高責任者だ。

 元々そういった知識を豊富に持っているので、こういう時には一人いると頼もしい。


「でもよかったわぁ。新型のダンジョンコア用意できてて」


「予算的にけっこうアレでしたけどね。まあ、エーベルトさんが駆け回ってくれたおかげですよ」


 しみじみというマイアーに、ジェイクは大きく頷いた。

 ダンジョンコアというのは、モンスターを呼び寄せる為に用いられる、複数の魔法道具からなるシステムの総称である。

 モンスターは、種によってさまざまに違った感覚器官をもっていた。

 ただ、陸生のモンスターのほとんどは、「魔力に敏感」という特性を持っている。

 それを利用したものが、魔力を発散させることでモンスターを呼び寄せる、「ダンジョンコア」なのだ。

 モンスターが好む波長の魔力の流れを作り出し、それを使ってモンスターをダンジョンに誘い込むのである。

 とはいえ、じゃあ、ダンジョンの一番奥にダンジョンコア装置を置けばいいのか、といえば、そうではない。

 魔力の流れは、専用の装置を使って誘導しなければならず。

 そのほかにも、多種多様な外部魔法装置をダンジョン内のあちこちに設置する必要があった。

 これがなかなか煩雑で専門知識と技術を要するものであり、作業が似通っていることから「配管工事」などと呼ばれることもある。

 実際、ダンジョンの壁面などに「魔力流誘導装置」を埋設する作業は、上下水道の整備にそっくりだ。

 ちなみに、二人が言っていた最新型のダンジョンコアというのは、ここ一年程度で売り出された新しいモデルである。

 同じメーカーの従来型よりも様々な面が強化されており、中でも売りの一つになっているのが、「呼び寄せるモンスターを絞る事が出来る」というものだ。

 魔力の流れに呼び寄せられるモンスターのは、種類によって好みが異なることが知られていた。

 だが、実際どの種がどんなものを好むかは、よくわかっていないのが現状だ。

 試そうにも、相手は文字通りのモンスター。

 あまりにも危険すぎるのである。

 だが、このダンジョンコアを作ったメーカーは、一部のモンスターの好む魔力の流れ発見することに成功。

 ごくごく大雑把なものだが、呼び寄せるモンスターを特定することが可能になったのだ。

 とはいえ、正直これは「ついでに付けたおまけ機能」であり、ダンジョン経営に必ずしも必要なものであるとは言い難かった。

 ダンジョンというのは、周囲にいるモンスターを片っ端から討伐することを目的にしているのだ。

 ピンポイントな種類だけを呼び寄せても、意味がないのである。

 本来この機能は、「さまざまな魔力の流れを組み合わせて、強力にモンスターを誘引する機能」の一部を、単独で使う「こともできる」といったようなものであり、本当におまけ機能の類なのだ。


「完全に無駄機能だと思ってたけど、今回に関してはぐっしょぶよねぇー! 今後も無駄機能が活躍すること、あるのかしら」


「やめてくださいよ縁起でもない」


 しみじみというマイアーに、ジェイクは震えながら首を振った。

 厄介ごとが舞い込んでくるのは、これで最後にして頂きたいところである。


 さっそく、ミニダンジョンの製作が始まった。

 といっても、作業自体はごく単純で小規模なものである。

 穴を掘り、魔法装置を埋設。

 しかる後、トラップを設置していく。

 従業員達には作業内容を入念に説明してあるため、滞りも一切ない。

 ダンジョン作りが進む中、ジェイクはブレイスの下にやってきた。

 従業員達に指示を出しながら、自身もせわしなく作業を進めている。


「順調ですか?」


「ああ、ジェイク君。いや、ダンジョンマスター。順調だよぉ。ただ、あの後いろいろ考えたんだけど、やっぱりどうしても設定はピーキーになるよねぇ」


「その辺は仕方ないですよ。今回は場合が特殊ですから」


 ブレイスの言葉に、ジェイクは苦笑いする。

 今回は荷物の量を削減するため、食獣植物はすべて種の状態で持ち込んでいた。

 それを、魔法で無理矢理成長させて、使うことにしたのである。

 ただ、そういった方法には様々な問題があった。

 その中でも大きな問題になるのが、トラップとして使用可能な期間が極端に短くなること、である。

 成長を促進させるという事は、花が咲き、実をつけ、枯れ落ちる。

 というような工程を、短い期間に行わせるという事に他ならない。

 あっという間に育てて、モンスターを捕る期間だけを長くする、といった都合のいい変更を行うには、専門の魔法道具と、膨大な魔力、それに、繊細な魔法調整が必要になってしまうのだ。

 そんなことをしようとすれば、膨大な金と、百人単位の専門家が必要になってしまう。

 言うまでもなくそんなものが用意できるはずもなく、今回は成長サイクルを無理矢理早くするという方法を取らざるを得なかった。


「食獣植物屋としてはオススメできる方法じゃないんだけどねぇ。種もとれなくなっちゃうしさぁ」


 そういった無理な成長をさせれば、当然悪影響もあるのだ。

 種が取れなくなるというのは、ダンジョンで使用する食獣植物の個体数管理の面で、かなり手痛いことではある。

 背に腹は代えられないとはいえ、あまり喜ばしいことではない。


「まあ、場合が場合だからしょうがないけどね。作業自体は順調だよぉ。みんな優秀だしねぇ。こういうメンバーがそろってると仕事がやりやすくていいよ」


 満足そうにそういいながら、ブレイスは傍らに置いてあったバームクーヘンを持ち上げ、齧りついた。

 輪になった状態で、さらに四十センチほどの高さがあるそれは、彼にとっては手軽なカロリー補給食である。

 それに顔を引きつせながら、ジェイクは作業を続ける従業員達に目をやった。

 まずスコップを使い、用意してきた特殊な肥料を土に混ぜ込んでいく。

 魔法で急成長させる際、消費するエネルギーを補う目的のもので、通常のものよりもはるかに濃度の高い栄養が詰め込まれている。

 次に、袋を用意し、一番下に魔法道具、その上に肥料を混ぜた土を入れていく。

 この袋は植物栽培用のもので、根が成長していく際、突き破る事が出来る粗さと強度となっており、成長を阻害しないようになっている。

 魔法道具は、遠隔操作で「成長促進」の魔法を発動させるものであった。

 下手に植物の近くで発動させると、自分達が餌になってしまうので、「遠隔」という部分が重要なのである。


「土木と配管が終わるまでには、準備も終わるから。そしたら、すぐに作業に取り掛かれるよぉ」


「仕事が早くて助かります」


「まぁ、きちんとした従業員がいればフレキシブルに対応できるからねぇ。プロセスをこっちにコミットしてもらえばコンセンサスもとりやすくて、アジェンダも確定しやすくなるしぃ」


 わかる言葉でしゃべれ、と言いたいジェイクだったが、とりあえず作業が順調そうなので黙っておくことにした。

 従業員の個性を優しく包み込むのも、ダンジョンマスターの大切な仕事なのである。


 丁寧に作ろうとも思わなければ、ダンジョンというのは比較的たやすく完成させる事が出来る。

 特に地下迷宮型は、その傾向が強い。

 今の時代、地面を掘削することは難しいことではなく、それを固めることも魔法道具のおかげで簡単だ。

 ダンジョンコアやトラップ、食獣植物、監視用の魔法道具の設置についても、専門の技術を持った人間が、専門の道具を使って行えばあっという間である。

 今回のミニダンジョンは、まさにその典型だ。

 ベルウッドダンジョン株式会社のスタッフは、わずか半日足らずで「オオモリバチ討伐用ミニダンジョン」を作り上げたのである。


「各種監視用魔法道具。トラップ。食獣植物。戦闘班。指令室、およびそのほか諸々まとめて準備よぉーし!」


 指令室の戦闘指揮者席に座ったクラリエッタは、すこぶる楽しそうに指さし確認を終えた。

 爛々と目を輝かせ、恍惚とした様子で笑うその様子は、まるで好物を前にした無邪気な子供か、獰猛な肉食動物のように見える。

 無邪気で凶暴。

 一番手に負えないタイプのアレだ。

 そのクラリエッタは後ろを振り返ると、そこに立っているジェイクへと視線を向けた。

 腕を組んでぼうっとした顔立ちで立っていたジェイクは、何度か頷くと、「それじゃぁ」と口を開く。


「はじめちゃいましょうか」


「うっしゃぁ! ベルウッドダンジョン株式会社 西辺境支部ミニダンジョン! 営業開始じゃぁー!!」


 楽しくて仕方ないといった様子で、クラリエッタは叫んだ。

 クラリエッタの声は通話器を通して、ダンジョン内全体に届けられる。

 それを聞いた従業員達から、すぐに短く、気合の入った了承の声が返ってきた。


「あれ? そういうのって俺の仕事じゃないの?」


 そう思って周りを見回したジェイクだったが、既に従業員達は作業を始めていた。

 ジェイクは一瞬どうしたものかと上を見上げたが、すぐに結論を出す。


「ま、いっか」


 一人で納得すると、ジェイクはいつもの眠たそうな顔で頭を掻いた。




 ミニダンジョンの構造は、至極単純だ。

 まず、ダンジョンコアの効果で、オオモリバチを出入り口に引き付ける。

 中に入ってきたオオモリバチは、奥に向かって進んでいく。

 どういう理屈かはよくわからないが、一度ダンジョンに入ってしまえば、その進行は止まらない。

 ダンジョンの内部を進み、最深部へ向かって進んでい来る。

 最初にオオモリバチ達を待ち受けるのは、「地下迷宮型」定番の分かれ道だ。

 とはいっても、あくまで「ミニダンジョン」なのでそこまで複雑な構造ではない。

 最初はまっすぐな道が二つに分かれ、それぞれがまた二つに分かれる。

 そして、奥に進むにつれて交わっていき、再び一つの道に戻る、といったようなものだ。

 あまり意味がない構造にも見えるが、これには大きな意味があった。

 まず、モンスターを分断させること。

 大量のモンスターが同じ道を通ると、罠や食獣植物が破壊される危険が高まるのだ。

 罠や食獣植物は、一度モンスターがかかってしまうと、従業員がそれを取り除くか、消化しきってしまうまで次のモンスターを討伐する事が出来ない。

 機能しない罠や食獣植物は、侵入してきたモンスターにとってはちょっと邪魔な障害物でしかない。

 通りがかりに踏みつぶしたり、興味本位で破壊したり、つかまっているモンスターを食べようとしたり。

 さまざまな理由で、破壊されてしまうのである。

 それを少しでも避けるため、道を分けるのだ。

 また、分かれ道の入り口を扉で塞いでしまえば、モンスターを望んだ場所に誘導することもできる。

 そうすれば、その間にかかったモンスターを排除し、罠や食獣植物を仕掛けなおすことも可能だ。

 もっとも、この扉というのは万能ではない。

 何しろ相手はモンスターであり、分厚い城壁をも破壊するような、文字通りの化け物も存在する。

 ダンジョン出入口に設置するような魔法で強化した扉ならともかく、ダンジョン内で使うようなものは基本的には目くらましのようなものでしかないのだ。

 さて。

 無事にミニ迷宮を通り抜けたオオモリバチは、ダンジョンの最終地点である、大広間に出る。

 何度も言うようだが、ミニダンジョンの大広間であるわけで、さして広いものではない。

 精々、学校の体育館程度と思ってもらえればいいだろう。

 天井までの高さは、さほど高くない。

 オオモリバチが飛ぶのを防ぐためである。

 そこに待ち受けるのは、戦闘用ゴーレムに乗った戦闘班だ。

 装備は、対オオモリバチに特化したもので、金属製の投網と、バトルハンマー、大型格闘アームである。

 戦い方は単純だ。

 投網で動きを止め、バトルハンマーでボコ殴りにする。

 あるいは、大型格闘アームでつかみ、引きちぎる。

 大雑把なようだが、オオモリバチ相手には有効な方法だ。

 槍や剣は、オオモリバチの硬い外骨格に阻まれてしまう。

 まったく通らないという事もないし、関節などを狙えば比較的容易く刃は通るのだが。

 如何せんそんなことをするよりも捕まえてぶん殴ったり、引きちぎった方が圧倒的に楽なだ。

 罠や食獣植物を掻い潜ってきたオオモリバチは、ここで一網打尽となる。

 それでは大広間がオオモリバチで一杯になってしまうのでは、と思うものもいるだろうが、問題はない。

 ミニダンジョンに入ってくるオオモリバチの数は、一時間に十匹前後。

 多い時でも、十五匹程度だ。

 そのうち、八割以上が迷宮部分で餌食になる。

 大広間にやってきたものも、数で囲んであっという間だ。

 危なげもなく、倒し切ってしまう事が出来る。


 そんなわけで。

 ミニダンジョンによるオオモリバチ討伐は、まったく問題なく進んでいった。

 古参はもちろん、新人の従業員達も手間取ることなく、流れるように作業をこなしていく。

 討伐は順調に行われ、二日間で二百十六匹のオオモリバチを討伐することに成功。

 巣のサイズから働き蜂は全体で約三百匹ほどだと推測されているので、これで約三分の二を討伐した形になる。

 あと一日もすれば、オオモリバチの巣に残る成虫は大分少なくなるだろう。

 そうなれば、あとは直接言って叩くだけである。

 実に喜ばしいことなのだが、それに不満を持つ人物もいた。


「つまーんなーい!! ぜんっぜんピンチにならねぇ!!」


 地面に転がり、両手両足をばたつかせているクラリエッタだ。

 そんな様子を眺めているのは、ジェイク、ブレイス、マイアーの三人である。


「いいことじゃない。予定通り進んでるんだからさぁ」


「そうよぉ。その為にいろいろ準備したんですもの。今更手こずるっていうこともないでしょぉ?」


 二人の言葉に、ジェイクは缶詰の保存食を食べながら、大きく頷いた。

 今日の食事は、グッドリバー食品の缶詰シリーズで、トマトスープのロールキャベツだ。

 とろみのあるスープにしっかりとした歯ごたえがありながら、ほろりとほどける肉が、食べていて非常に心地いい。

 やっぱり大企業というのは強いな、とジェイクは思った。


「そういうことじゃないでしょ!? そういうことじゃぁないでしょうがよっ!! もっとこー、ピンチが訪れて切り抜ける的なやつがあるでしょうがっ!!」


「冗談じゃないですよ、勘弁してくださいよ。こっちはダンジョン建設準備で死にそうになったんですから」


 転がりながら無体なことを言うクラリエッタに、ジェイクはぎょっとした顔で言う。

 取り落としそうになった缶詰めを両手で掴み直し、冷や汗を流している。

 身内とお貴族様、王族にまで仕事を引っ掻き回されたのだ。

 この上、モンスターにまでやられたのでは、堪ったものではない。

 クラリエッタは不満そうに、唇を尖らせた。


「じゃあ、今から巣の討伐行こうよー」


「それは、あの、まだ、やめたほうが、その、いいと思います」


 クラリエッタの背後から、空気から染み出すようにミルドナが現れる。

 おっかなびっくりと言った様子だが、確かな確信があるといったような口調だ。

 それもそうだろう。

 ミルドナはダンジョンに来てから毎日、一日に数回はオオモリバチの巣を確認しに行っているのである。

 物理的な攻撃を一切受け付けないゴーストは、モンスターの脅威にさらされることなく偵察することが可能だ。

 きちんと巣が弱体化したか確認をするには、打ってつけの人材である。


「大分、成虫の数は減ってきましたけど。まだ、予定の数よりは多いです。たぶん、明日のお昼ぐらいにはちょうどいいかなぁー、って、思います。その、多分ですけど」


 直接見てきたミルドナがいうのだから、確かだろう。

 マイアーはそれを聞いて、肩をすくめた。


「ですって。もう少しガマンしなさぁい? 時には待つことが出来るのも、いい女ってもんよ?」


「いーんだもぉーん! またなくてもあたしはいい女だもぉーん!!」


 ギャーギャーと声をあげるクラリエッタを見据えながら、ブレイスは若干困惑した様子で口を開いた。


「女はともかく、いい女っていうのはミルドナちゃんだけなんじゃないの?」


 ブレイスのつぶやきに、ジェイクはただただ無言でうなずくばかりであった。




 ミルドナがいった通り、あくる日の昼頃には、オオモリバチの巣は討伐可能な規模にまで弱体化していた。

 このままダンジョンで成虫を討伐し続けていけば、巣は立ち行かなくなり、やがて自然消滅するだろう。

 だが、今回はそれを待っているわけにはいかない。

 一日も早く輸送路を確保し無ければならないのである。

 放って置けば、幼虫が羽化し、また成虫が増えるかもしれない。

 今が、まさに狩り時である。

 そう判断したジェイクは、クラリエッタに討伐隊の編成を指示した。

 討伐隊の隊長は、ダンジョンマスターでもあるジェイク自身だ。

 本来こう言うところで表に出るべきではないのだろうが、残念ながら現在「ベルウッドダンジョン株式会社 西辺境支部ミニダンジョン」最高の個人戦闘力を持っているのは、ジェイクなのである。

 使えるモノはダンジョンマスターでも使え。

 中小企業の辛いところである。

 もしこの場に社長であり父であるジルベールか、あの出来ちゃった婚アニキが居たら、ジェイクは容赦なくそちらを討伐隊に駆り出しただろう。

 いや、その場合結局全員で行くことになるかもしれない。

 やはり、中小企業というのは大変なのだ。


「ていうか、やっぱあの巣デカいなぁ」


 樹木の間から見えるオオモリバチの巣に、ジェイクは辟易とした様子でつぶやいた。

 十数メートルは有ろうかという樹木。

 それを何本も巻き込んだ、巨大なスズメバチの巣。

 おおよそそんな外見のものを想像すれば、それがオオモリバチの巣の外見と思って間違いないだろう。

 その周囲を巨大な蜂に似た全長2mはあろうかというモンスターが、音もなく飛び回っているのだ。

 もしも虫嫌いのものがこの光景を見たら、トラウマになることだろう。

 ジェイクが巣を眺めていると、その方向から何かが飛んでくるのが見えた。

 足元が薄らぼんやりと消えている、半透明の人型。

 ゴーストのミルドナである。


「あの、ダンジョンマスター。確認してきましたけど、その、やっぱり、今なら、いけそうです」


 ジェイクの隣に来ると、ミルドナは今見てきた状況を説明する。

 やはり、成虫の数はずいぶん減っているらしく、今は五十匹弱ほどになっているという。

 餌を求めて狩りに出ているものもいるので、今は二十匹ほどが巣に残っているようだ。


「狩りに出てる連中は、こっちに来てるみたいよぉー」


 ジェイクの手元にある通信機から、クラリエッタの声が響いた。

 クラリエッタは現在もミニダンジョンで戦闘指揮を続け、順調にオオモリバチ成虫の数を減らし続けている。


「しっかし、ミルドナが長距離行けるタイプでたすかったよねぇー」


 クラリエッタの言葉に、ミルドナはビクリと体を反応させた。

 基本的にビビりなのだ。

 ゴーストにも、様々なタイプが居た。

 念動力で、ちょっとしたものならば動かせるもの。

 姿を完全に消して、相手に気取られずに偵察できるもの。

 ミルドナは、移動距離に優れるタイプのゴーストであった。

 クラリエッタが掛けている首飾りに、ミルドナは憑りつく形になっている。

 普通のゴーストならばそこから数十メートルほどしか離れられないのだが、ミルドナはキロ単位で移動することが可能なのだ。

 ダンジョン屋の従業員としては、有り難い能力である。

 ジェイクは何度か頷くと、大きく肩を回し、地面に突き刺していたツルハシを持ち上げた。


「じゃあ、クラリエッタさん。こっち片付けちゃいますんで」


「もうちょっと情緒のある言い方って出来ないもん?」


 ジェイクは肩をすくめながら、後ろにいる従業員達に大きく手を振って見せた。

 戦闘開始の合図である。


「情緒も何も。ダンジョン屋にとったら、モンスター討伐は日常業務ですよ」


「そりゃそうだ」


 ジェイクは通信機を近くにいた従業員に渡すと、ツルハシを肩に担いだ。

 そして、区切りをつけるように溜息を吐くと。


「じゃ、いきますか」


 その言葉を合図に、討伐隊はオオモリバチの巣へ向けて動き出した。




 ジェイク率いる討伐隊は巣に向かうと、まずは遠距離攻撃魔法での攻撃を仕掛けた。

 炎を出さない爆発の魔法を、散々に巣に叩き込む。

 巣を破壊し、幼虫をある程度潰してしまうためだ。

 もちろん、成虫は怒り狂って襲い掛かってくる。

 巣に手を出す相手に対して、オオモリバチは成虫総出で攻撃を仕掛けるのだ。

 討伐隊にとっては、獲物を逃がすことのない、理想的な展開である。


「焦らず正確に! 一匹ずつ丁寧に頼むぞー!」


 そんなジェイクの指示を待つまでもなく、従業員達はテキパキとオオモリバチを片付けていく。

 襲い掛かってくる個体に対しては、金属製の投網、あるいは、サス股でもってその動きを止める。

 釘付けにしたところで、ハンマーや魔法で止めを刺していく。

 捌ききれないものに対しては、魔法で牽制をする。

 強固なオオモリバチの外骨格は、少々の魔法攻撃ではビクともしない。

 だが、飛行中に背中のガラス質の球体を攻撃されることを、極端に嫌う性質を持っている。

 これを利用すれば、一匹ずつ倒していくことが可能だ。

 もっとも、背中側であるガラス質の球体を狙うのは、かなり難しい作業である。

 モンスターと戦い慣れたものでもなければ、できない芸当だろう。

 もちろん、ベルウッドダンジョン株式会社の従業員にとっては、日常業務の一環である。

 従業員達が堅実にオオモリバチを仕留めている間、ジェイクは一人で討伐に勤しんでいた。

 空を飛び回るオオモリバチを、木の幹や枝を足場にして追い回す。

 そして、その脳天をツルハシの一撃で貫くのだ。

 いくら相手が巨大とはいえ、脳は弱点である。

 魔法で強化したツルハシで強固な外骨格を貫きさえしてしまえば、容易く討伐することが出来る。

 まあ、そのツルハシを強化したり、振り回したりすること自体が難しくはあるのだが。

 父や兄曰く、小器用なジェイクにとっては、比較的容易な部類の作業であった。

 少なくとも、突然振られたダンジョンマスターの仕事に比べれば、億倍は簡単だと言えるだろう。

 まあ、ともかく。

 ジェイクと従業員達は、さして時間をかけることもなく、オオモリバチの成虫を討伐することに成功した。

 と言っても、一匹だけ、一番肝心なものが残っている。

 巨大な巣の一部にしがみ付いた、3mは有ろうかという成虫。

 この群の女王蜂である。

 もっとも大きな体を有する女王蜂に対し、ジェイクも従業員も緊張の色はなかった。

 それも、当然である。

 大きな体を持つ女王蜂は、しかし、戦闘能力をほぼ有していないのだ。

 主の特徴である三又に分かれた針も、女王蜂には無い。

 産卵管が変形したものが、彼らの針なのだ。

 それが正常に機能し、卵を生む女王蜂には、戦うための武器もないのである。

 とはいえ、もちろん威嚇や攻撃を仕掛けては来る。

 鍵爪を振るい、顎を噛み鳴らす。


「とはいえ、だわなぁ。まあ、恨まないでね」


 ジェイクは巣を駆け上がると、大上段からツルハシを振り下ろした。

 女王蜂の頭を的確にとらえたソレは、一瞬でその脳を刺し貫く。

 脳による制御を失った女王蜂の体は、ふらふらと空中をさまよい、地面へと落下する。

 周囲に響き渡るような、大きな落下音。

 女王蜂はしばらくの間脚を動かして居たが、やがてそれも痙攣へと変わる。

 ジェイクは女王蜂の絶命を確認すると、深い溜息を吐いた。


「これで仕事が終わりなら楽なんだけどなぁ」


 女王罰を倒して、終わりではないのだ。

 頭を振って考えを切り替えると、ジェイクは後ろを振り返り、従業員達へ指示を飛ばす。


「巣と成虫の死体、燃やす準備しようか。あ、死体から魔石摘出するの忘れないように」


 モンスターの死体は、確実に処理しなければならない。

 きちんと燃やしてしまわなければ、ほかのモンスターの餌になってしまう。

 モンスターは寄ってくるし、栄養を得て増えるしで、よいことは一つもない。

 燃やして、灰にしてしまうに限るのだ。


「っていうか、消火器って持って来たっけ? あの、水が出る魔法道具。アレが無いと延焼しちゃうし」


 後処理の為に動き出した従業員に交じり、ジェイクも作業を始める。

 ダンジョンマスターであるところのジェイクだが、今は貴重な労働力の一人なのだ。

 そんなジェイクに、巣の近くを飛び回っていたミルドナが声をかける。


「あ、あのー! ダンジョンマスター! この、巣が、木から外れないみたいなんですけどー!」


 見れば、数名の従業員が、ゴーレムまで使って巣を木から切り離そうとしている。

 脚立なども使っていないその様子は、いかにも危なっかしく見えた。


「あーあー! もー! ちょ、危ないから! 誰か、ゴーレムでの高所作業慣れてる人いる!?」


 ジェイクは声をあげながら、巣の方へ向かって走り出す。


 討伐自体は、従業員達にとっては慣れた作業であった。

 ダンジョンの中でやっていることを、外でやるだけの話である。

 だが、巣の後処理、というのは、ほぼやったことのない、初めての作業だったのだ。

 ジェイク自身、全くやったことがない仕事である。

 まあ、適当にぶっ壊して燃やせばいいだろう。

 程度にしか、考えていなかったのだ。

 だが、オオモリバチの巣というのは、予想以上に頑丈であった。

 ダンジョンでは、オオモリバチ自体と戦うことはあっても、オオモリバチの巣を破壊するなどということはまずもってない。

 慣れない作業に、予想外の頑丈さ。

 結局、オオモリバチの退治そのものよりも、それが終わった後の作業の方がバタバタで時間を取られるという始末である。

 何ともしまりの悪い終わり方にはなったものの。

 オオモリバチの巣の討伐は、無事に終了したのであった。

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