十七話 「ゴメン。テンション上がっちゃって」
ついに、新ダンジョン建設が始まった。
西辺境の中心街から、編隊を組んだ従業員達が出発していく。
輸送用の大型ゴーレムに、それを護衛する戦闘班の従業員。
なかなか大所帯で、大袈裟にも見える一団だ。
といっても、進むのは討伐がある程度終わったとはいえ、モンスターが生息する地域である。
いつ襲われるかわからない以上、護衛は絶対に必要なのだ。
物資や人員の輸送は、何十回も行われる予定になっていた。
なにしろ、作るのは巨大施設「ダンジョン」なのだ。
必要になる資材も、中で使う道具類も、運ばなければならない人員の数も、ちょっとやそっとではない。
一度や二度の輸送では、とてもとても間に合うわけがないのだ。
厄介なのは、輸送の度に護衛が必要なことではあるのだが。
ダンジョン屋は自前で戦闘班を抱えていることが多く、負担になる、というほどではないのが救いであった。
もし、輸送の度に冒険者のような戦闘の専門家を雇うとなったら、腰を抜かすような金額になることだろう。
考えただけで、髪の毛がごっそり抜けそうなほどのストレスを感じるジェイクである。
さて、ベルウッドダンジョン株式会社がダンジョンを建設する予定の場所は、新領土予定地の中でも特に奥まった場所だ。
片道だけでも、かなりの距離がある。
まず目指すのは、討伐軍が物資の輸送などのために作った中継基地だ。
これは魔法などで土むき出しの道を無理やり作ったもので、比較的安全に進むことが出来る。
輸送用の大型ゴーレムで、おおよそ丸一日。
中継基地で休憩を取り、そこからは道なき道を進むことになる。
人間や馬ではなかなか進みにくい道を、高出力のゴーレムで無理やり走破すること二日間。
それで、ようやくダンジョン建設予定地に到着するのだ。
片道だけでも大変な道のりなのだが、建設に携わる従業員達にとっては、本番はそこからである。
道が整備されればもっと早く到着できるのだが、それをするのもベルウッドダンジョン株式会社の仕事の一部。
今はとにかく新ダンジョンの足掛かりを作らねばらないので、道の整備はその後だ。
悠長に道の整備をしていては、モンスターが土地の中に侵入してしまうので仕方ないのだが。
何とも効率の悪そうな話である。
だが、結局のところそうしなければ、モンスターの侵入を防げないのだ。
それに、道を必要としているのは現在「ベルウッドダンジョン株式会社」だけで在り、緊急性もそれほど高くない。
ゴーレムで無理やり進めるのであれば、とりあえずはそれで問題がないのである。
何よりも、まずは拠点であるダンジョンの建設。
これが肝要なのである。
まずは、大雑把にダンジョンを作ってしまう。
一気に全体を作る必要はない。
ある程度モンスターを討伐する機能と、人が生活することが出来るスペースさえ用意できれば、拠点として使うことが出来る。
後はそこを起点に、徐々にダンジョン自体を拡張していけばよい訳だ。
つまるところ、当面に置いて急務なのは、足がかりに出来るような拠点を作ること、であった。
新ダンジョン建設予定地に一番乗りする従業員達に求められるのは、まさにその拠点の設置なのである。
一切人の手の入っていない土地に、最初に作られる足掛かり。
これから脈々と続いていくダンジョンの、最初の一歩。
新ダンジョンを任されるダンジョン屋にとって、それを作る瞬間ほど「これから始まる大仕事」を感じさせる瞬間はないと言っていいだろう。
それまでは事務処理や資材の準備でしかなかった仕事から、ようやく形あるものを作り始める瞬間なのだ。
この瞬間に立ち会うのは、ダンジョン屋にとっての憧れ。
新ダンジョンを任されるダンジョンマスターの、特権と言ってもいい。
当然、ジェイクもその特権を行使していた。
新ダンジョン建設予定地へ向かい、最初に出発した輸送団。
その中に、ジェイクの姿もあった。
終始ニコニコ顔のジェイクの心は、実に晴れやかである。
これから新ダンジョン建設が始まることに対する期待感、というのもその理由の一つだ。
だが、一番大きかったのは、書類仕事からようやく解放されたことだろう。
新ダンジョン建設予定地に行くという理由で、残っていた仕事をエーベルトに任せてきたのだ。
もっとも、残っていた仕事、と言った所で、大したものではない。
物資の調達等はすでに終わっているし、それを新ダンジョン建設予定地へ送り出すタイミングも決まっている。
必要なのは、それを間違いなく積み込み、送り出すことと、それに伴う書類の管理程度なのだ。
今までジェイクがやってきたことに比べれば、楽な仕事と言っていい。
ではあるのだが、ジェイクは現場第一主義であった。
事務所で書類に向かっているより、ダンジョンの現場で動き回っている方が性に合っているのだ。
だからこそ、建設予定地へ向かう道中も、ある意味ご褒美のようなものだったのである。
移動の間、ジェイクは常に大型ゴーレムの上に陣取っていた。
六本脚の獣のような形をしたゴーレムの背中は、高い位置にあるため周囲をよく見渡せる。
そこから、近づいてくるモンスターを警戒していたのだ。
最初の目的地である「討伐軍の中継基地」までは、比較的安全な旅路であった。
整備されているとは言い難いものの、道もあり進みやすい。
比較的交通量も多いためか、モンスターが近づいてくることもなかった。
問題なのは、そこから先である。
中継基地からダンジョン建設予定地までは、道なき道、うっそうとした森の中を進むことになるのだ。
大型輸送用の六足型ゴーレムは、悪路走行に優れている。
四十五度の斜面であろうと難なく進み、岩場や砂地、ぬかるみであろうと問題なく走破出来るのだ。
だが、目の前に立ちはだかる木々に対しては、なかなかそうもいかない。
押しのけて通ることもできるのだが、それでは少々効率が悪いのだ。
そこで活躍するのが、護衛の戦闘要員であったりする。
ダンジョンで使用される戦闘用のゴーレムは、完全に戦闘に特化しきったものであることは少なかった。
同時に、土木作業なども可能なように設計されているものなのである。
例えば、振り回してモンスターに打撃を与えたり、組み伏したりするのに適した大きな腕は、使い方を変えれば木をへし折るのに便利であったりするのだ。
護衛用のうち、数台のゴーレムが先頭に立ち、木々を伐採していく。
と言っても、無理やり引っこ抜き、そのあたりに放り投げておくだけである。
後々利用することを考えていない分、作業スピードは速い。
輸送用のゴーレムは、ほぼ人が早足で歩くのと変わらないペースで進み続ける。
最初の問題が起きたのは、中継基地を出て森の中を進んでいるさなかの事であった。
戦闘用ゴーレム数台が木を引っこ抜いているのを眺めていたジェイクが、急に輸送団全体に響くような大声をあげたのである。
「テメェら、お客さんだ!!」
意味するところは、モンスターの到来である。
すぐさま戦闘班と、戦闘用ゴーレムに乗り込んでいた従業員達が、周囲へ警戒を走らせた。
接近してくるものがあれば、すぐに迎撃しようと身構える。
だが、真っ先に飛び出していったのは、ほかならぬジェイク自身であった。
傍らに置いてあったツルハシを引っ掴むと、ジェイクは森の中へと飛び込んでいったのである。
放物線を描いて落下して行ったジェイクは、大上段からツルハシを振り下ろした。
その先に居たのは、身の丈2mは有ろうかという爬虫類であった。
より正確にいうならば、甲羅を背負った二足歩行の亀である。
強固な甲羅を持ち、屈強で長大な前足には分厚く鋭い鍵爪を有して居る。
非常に顎が強く、噛みつかれれば金属の鎧もかみ砕く、強力なモンスターだ。
ジェイクのツルハシは、この「ハシリカミツキ」と呼ばれるモンスターの頭を正確に捉えていた。
頑丈な鱗に覆われ、強固な頭蓋骨に守られた頭部であったが、ジェイクのツルハシは易々とそれを打ち貫く。
思考器官である脳を破壊されてしまえば、さしものモンスターも御終いだ。
悲鳴を上げるような隙もなく、あっという間に地面に倒れ伏した。
ジェイクはそれを確認することもなく、すぐさま別の方向へと駆けだす。
その先には、やはりハシリカミツキの姿があった。
通常の亀は集団行動をとらない生物なのだが、このハシリカミツキは群れを作って獲物を襲うモンスターなのである。
ジェイクはゴーレムの上から、その群れを発見していたのだ。
戦闘班の面々も、ジェイクが倒したハシリカミツキの姿を見て直ぐに状況を理解した。
輸送用ゴーレムを守る様に、陣形をとる。
周囲を警戒し、攻撃に移ろうとする従業員達だったが、直ぐに取りやめとなった。
荷物を守るため防御を固めている間に、ジェイクがハシリカミツキを全滅させていたのだ。
そんなジェイクに、従業員達は何とも言えない視線を向ける。
「あの、ジェイクさん。いいんですけど。一応、ほら。責任者ですし」
「ゴメン。テンション上がっちゃって」
ジェイクはバツが悪そうに、頭を掻いた。
結局、その後もう二回、モンスターの襲撃を受けた。
だが、幸いなことに被害は一切出ていない。
近づいてくるモンスターを発見した瞬間、ジェイクがあっという間に殲滅したからである。
「いやぁ! やっぱりモンスター討伐はいいなぁ!」
晴れ晴れとした表情でそういうジェイクの笑顔は、妙に輝いていた。
普通ならばモンスターと対峙すれば恐怖を覚えるモノなのだが、生粋のダンジョン屋であるところのジェイクにとってはそうでもないようである。
古参の従業員達は、そんなジェイクの姿を見て呆れつつも、妙に納得もしていた。
ベルウッド家の人間は、生粋のダンジョン屋である。
基本的に、モンスターを見たら、討伐せずにはいられない性質を持っていた。
ジェイクもやはり、その血を色濃く引き継いでいたわけだ。
日が沈んできたところで、野宿となった。
夜の移動は、大変に危険だ。
モンスターの襲撃は、正直なところどうにでも出来た。
こっちはモンスター討伐の専門家なのだ。
まして「地下迷宮型」ダンジョンで働く従業員達なのである。
暗闇はむしろ、戦い慣れた場所と言っていい。
では、何故進むのをやめるのかと言えば、進路を見失う恐れがあるからだ。
日が沈んでいる状態では、周囲の地形などを把握しにくく、方向が分からなくなってしまうかもしれない。
未開の土地で迷子になるというのは、あまりにぞっとしない話である。
夜間の見張りは、交代で行う。
幸いなことに、襲ってくるモンスターは居なかった。
ベルウッドダンジョン株式会社が担当するこの周辺一帯のモンスターは、おおよそが昼行性か、薄明薄暮性である。
夕方や明け方ならばまだしも、夜間はあまり好んで動かないのだ。
翌朝、朝日が昇るとともに、輸送団は再び移動を開始する。
移動を開始してすぐに甲虫型のモンスターによる襲撃を受けたものの、発見された瞬間ジェイクのツルハシで真っ二つにされた。
いったいどう使ったらツルハシで3mからの巨大なものを一撃で切断できるのか不明だが、B級冒険者というのはそういうものなのである。
その後は特に襲撃を受けることもなく進み、お昼過ぎ。
ようやく、目的の場所へとたどり着いた。
深い森の中にあって、突然できた少し開けた土地。
魔法によるものか、草木が炎で焼き払われ。
その中央には、やはり魔法によるものと思われる石柱が二本立っている。
近づいてみれば、石柱の一方には、人間の手によるものと思しき文字が彫り込まれていた。
「新ダンジョン予定地 担当:ベルウッドダンジョン株式会社」
モンスター討伐軍が置いていった、新ダンジョン建設のための目印である。
ジェイクはゴーレムから降りると、その石柱をじっと眺めた。
周囲には、うっそうとした森がある。
モンスターが跋扈し、隙を見せればあっという間に命を落とすことになる、危険な土地。
こういう場所に最初の足掛かりを作るのが、ダンジョン屋の務めである。
後ろに目を向ければ、他の従業員達も感慨深げに周囲を見やっていた。
当然だろう。
この数か月、ここでダンジョンを作るために、奮闘してきたのだ。
苦労していないものはない。
皆、大変な思いをしてここにきている。
少し時間をおいてから、ジェイクは「よっしゃ!」と声を上げた。
「じゃあ、仕事を始めますか」
従業員達から、小気味よい返事が来る。
続くジェイクの指示に従い、全員が一斉に動き出した。
こうして、新ダンジョン建設が、ようやく始まったのである。
昨今の建築技術の進歩というのは、非常に凄まじいものである。
特に、魔法を使っての加工技術は、目を見張るものがあった。
ダンジョン建設も、その影響を大きく受けている。
中でも、「地下迷宮型」ダンジョンに置けるそれは如実だ。
「地下迷宮型」ダンジョンを作るには、まず穴を掘る必要がある。
従来であれば人の手やゴーレムにより、物理的な手段でえっちらおっちら穴を掘らなければならなかった。
すさまじい重労働なうえ、恐ろしく時間がかかる作業だ。
だが、現代ではそういった手法はほとんど使われていない。
使用されるのは「掘削魔法」と呼ばれるような、穴掘り専用の魔法である。
魔法道具に組み込まれたそれを、魔力をため込んだ「魔力備蓄装置」から取り出した魔力を使って発動。
人間やゴーレムが何日もかけて掘るようなものを、ものの数十秒で掘り進んでしまうだ。
地下に掘り進む通路を作り、学校の体育館ほどの広さのスペースを作るのに、一時間もかからない。
この魔法道具と魔力備蓄装置は、土木用ゴーレムが背負い、作業をする。
土木用ゴーレムは二人乗りで、一人はゴーレムの操作。
もう一人はオペレーターと、魔法道具の制御をおこなっている。
二人で一台のゴーレムを操るのは、息が合っていないと難しい作業だ。
もっとも、ベルウッドダンジョン株式会社に勤める古参の従業員たちにとっては、お手の物である。
穴を掘った後、その壁を固める作業もまた、魔法を使ってのものであった。
石や岩などを作る魔法は、珍しいものではない。
掘り進んだ後の壁面の土に、岩石へ変化させる魔法を掛ける。
そうすれば、あっという間に頑強な壁面の完成だ。
柱なども、魔法で一気に作ってしまう。
これも、魔法道具を積んだ土木用ゴーレムによって行われる。
さっそく地下に作られたスペースに立ち、ジェイクは考え深げにゴーレムの作業を見やった。
「昔はこういうの手作業だったっていうんだからなぁ」
「すごいですよねぇ。魔力備蓄装置も、出てきたのここ四、五十年ぐらいですよ。その前は自前の魔力でやってたっていうんですから」
隣に立っていた従業員が、肩をすくめて見せた。
魔力備蓄装置に詰められている魔力は、モンスターの体内にある、魔石を利用したものだ。
ダンジョンで討伐したモンスターからとりだし、加工施設で利用できる形に変換。
その後、魔力備蓄装置へ詰められるのである。
この「利用できる形に変換」というのがなかなか曲者で、専用の加工施設で無ければできないことであった。
簡単に変換が出来るのであれば、ダンジョンにそのための設備を作り、自前で魔石から魔力を作ることもできるのだが。
如何せん、魔力変換のための加工施設を作るには、ベルウッドダンジョン株式会社のダンジョンが三十個ほど作る事が出来る資金が必要になる。
原材料を自分達で作り、加工されたものを金を払って買わなければならないわけで。
世の中、ままならないものである。
「嫌な話だね。だから昔は魔力の多い人が過労でぶっ倒れるようなことになったわけだ」
嫌そうに顔をしかめ、ジェイクは顔を横に振った。
今でも、魔法道具を自前の魔力で動かすことは多い。
だが、魔力備蓄装置は、大出力の魔法道具を稼働させるときに使うのが普通だ。
出力の高い魔法道具を稼働させ続けるのは、例えるなら数十キロの荷物を背負って歩き回るのと同じである。
絶対にできないことではないが、すさまじく疲れるのだ。
魔力備蓄装置を使えば、その荷物をリアカーに乗せているような状態になる。
動かすために多少魔力は使うが、疲労度はまったく別だ。
こういった物が普及したおかげで、ダンジョンの建設や維持管理は、格段にやりやすくなっている。
ダンジョンの建設作業は、順調に進んでいた。
地下に潜ってしまえば、モンスターによる襲撃の危険はがっくりと減る。
人員をすべて建設に回す事が出来るから、進みも速い。
ジェイクはといえば、全体の作業が滞りなく進んでいるか確認しつつ。
食事の用意などの雑用をこなしていた。
ダンジョンに関する様々な技術と資格を持っているジェイクではあるが、餅は餅屋だ。
専門の従業員が作業をしている今、ジェイクはその補助をするだけで十分なのである。
作業が始まって、五時間弱。
地下数十メートル地点に、岩石で出来た洞窟のような空間が出来上がった。
ダンジョン建設資材を置くためだけの、がらんとした何もない空間。
ベルウッドダンジョン株式会社、西武辺境新ダンジョン。
その、出発点となる場所である。
「はぁー。やっとここからかぁー」
夕食を食べながら、ジェイクはしみじみとため息を吐いた。
地べたに座って食べているのは、温めるだけで簡単に食べられる保存食だ。
大型食品チェーンが売り出しているシリーズで、下手に自炊するよりも数倍美味いと評判の商品である。
ジェイクの言葉に、周囲に座っていた従業員達も大きく頷く。
「ていうか、よくダンマス死ななかったですよね」
「気が狂ったみたいに働いてたじゃないですか」
ダンマスというのは、ダンジョンマスターの略称である。
曲がりなりにもダンジョンの足場が完成したことで、ジェイクは正式に「ダンジョンマスター」になったのだ。
未だ完成しているのは「ダンジョン」と呼ぶにはおこがましい、ただの石造りの広い部屋なのだが。
それでも、ダンジョンの最初の一歩であることには違いない。
「しょうがないでしょうよ。やらなきゃどうしようもなかったんだし。ていうか、お役人との交渉とか書類仕事とか。俺には向いてないわけですよ」
「ダンジョンマスターになったら、むしろそういう仕事がメインなんじゃありません?」
従業員の言葉に、ジェイクは思わず遠い目をする。
実際、ダンジョンマスターの仕事内容というのはそんな様なものであった。
それぞれの部署で仕事をする、専門の従業員の橋渡し。
事務方の従業員では相手にできないような、貴族やお偉方、他のダンジョンとの交渉。
人手が足りないときなどはあちこちの部署に赴き、その手伝いなどもする。
ぶっちゃけたところ、ダンジョン内の何でも屋、兼、何かあった時に責任を取る人、といったところなのだ。
一応、最高責任者であり、最大の権限を持ってはいる。
が、それが行使されるようなことはほぼほぼないと言っていい。
何しろ、モンスター討伐では戦闘指揮者が。
事務仕事にはそれぞれの専門従業員が。
魔法道具の維持管理、ゴーレムなどの取り扱いにも、プロの整備士達がいるのだ。
ダンジョンマスターが口を挟む余地がないのである。
ダンマスのんきで暇がいい。
というのが素晴らしいダンジョンを褒め称える言葉になっているあたり、その実情をよくよく表していると言えるだろう。
「いーの。どうせダンジョンがある程度形になるまでは、まだまだバタバタだから。やることはいくらでもあるでしょうよ」
「そのうち過労死しますよ」
「ダンマスが休まないと、休み取りにくいんですけど。休みますけど。何一つ遠慮なく」
自分は働き通しになっているジェイクだったが、従業員にはきちんと休暇を与えていた。
もちろん本来は自分も休みを取りたいところだったが、仕事がばたついていてとてもとてもそんな余裕がなかったのである。
新ダンジョン建設の準備段階では、ダンジョンマスターになるジェイクにしか判断が出来ないことも少なくなく。
時間も差し迫っていたことが、その主な原因だ。
そうでもしなければ、新ダンジョン建設までに仕事が間に合わなかったわけだから、いざ仕方ないことだろう。
もしジェイクが過労死していたとしても、新ダンジョン建設は国にとって重要なものである。
きっと、なんやかんやでうやむやになっていたことだろう。
「まあ、そんなことよりも。次の便が来るのって、明日の予定だっけ?」
ジェイク達の輸送団が出発した翌日には、また別の一団が出発することになっていた。
ダンジョン内で使う設備などを、満載した一団である。
足がかりを作ることを優先するため、ジェイク達の一団は大型の土木作業用魔法道具、それと、土木用ゴーレムのみを輸送していたのだ。
生活に必要なものも殆ど持ってきておらず、食糧なども四日から五日分程度しか持ってきていない。
次に来るのは、そういった物を補うための資材を輸送する一団というわけだ。
ジェイク達に遅れること、一日後に出発した一団なのだが。
その到着は、それよりも早くなるかもしれなかった。
何しろ、ジェイク達が通った後を進むことになるので、木を伐採する必要がない。
それがないだけでも、進みは大分早くなる。
「その予定です。でも、気になることがあるんですよね」
そういったのは、今回の戦闘班で指揮を執っている従業員だった。
「事情が事情なんで覚悟してたんですが。それにしてもモンスターの数、少なくありませんでしたか?」
件のアホ王子による素人仕事の件は、従業員達にもよくよく伝えていた。
特にモンスターによる襲撃が多く予想される最初の輸送団には、徹底させている。
ではあったのだが、実際に襲撃された数は、予想をはるかに下回るものであった。
都合四回しかモンスターに襲われなかったというのは、まるで「まっとうな討伐」が行われた後のような静けさといっていい。
奇跡的に素人がうまく仕事をこなしたのでは、などという幻想を抱けるほど、従業員達は楽観的な性質ではなかった。
「それね。俺もなんかこう、嫌な予感がするんだよね。すごい嫌な予感。多分、ろくでもない落とし穴があるパターンの奴」
神妙な顔つきで言うジェイクの言葉に、従業員達は露骨に嫌そうな顔をした。
こういう時のジェイクの勘は、無駄に当たってしまうのだ。
外れてほしい嫌な予感などの的中率は、無類である。
「とりあえず、明日次の輸送団が来たら、何人か連れて偵察に行ってくるわ」
B級冒険者であるジェイクにすれば、周辺偵察などお手の物だ。
食事を終えたところで、その日の作業は終了という事になった。
もう少し従業員が増えてくれば、交代で一日中作業が出来るのだが、今はそういうわけにもいかない。
持ち込んだ少ない荷物をやりくりして寝床を作り、翌日に来る予定の第二陣を待つこととなった。
輸送団の第二陣が到着したのは、予想よりもはるかに早い時間であった。
翌朝の朝食を終えたころには、ダンジョン予定地へとたどり着いたのである。
予想より早い到着に、ジェイク達は喜びの声を上げた。
だが、二陣の警護をしていた戦闘班の責任者の顔は、妙に曇ったままである。
「いえね。三回しかモンスターに襲撃されてないんですよ」
「二桁前半ぐらいは来るだろうなって思ってたんですけど。異様ですよこれ。絶対なんかありますって」
普通ならば、喜ばしいことだろう。
だが、さまざまな事情が重なっている現在、どうにもあまりよろしい兆候に思えない。
「どう思いますよ、ダンマス」
「どう思うってアナタ。なんかあるんじゃない?」
事実を認めたくないので言葉を濁すジェイクである。
だが、何かよろしくない事態であるらしいのは、まぎれもない事実だ。
第二陣の荷物を地下へと運び入れ、さっそく作業を再開する。
それに合わせ、ジェイクは数名の戦闘班従業員を連れ、偵察へ出ることにした。
選んだのは、なるべく身軽なものである。
生身で戦う事が出来る、戦闘能力が高いもの。
それと、万が一のために持ち込んでいた、機動力の高い戦闘用ゴーレムだ。
西辺境伯から払い下げて頂いた、「最新型」で「新品」の「中古品」である。
そんなものまで引っ張り出したため、偵察に出る一団はまるでどこぞへ襲撃をかけるかのような様相を呈することとなった。
ダンジョン防衛のために十分な戦力は残しているとはいえ、それでもなかなかの陣容だ。
「ちょっと大げさじゃないですか?」
「まあ、場合によってはこの面子で殲滅しちゃえばいいと思って」
なるほど、これだけ戦力を用意すれば、それも可能かもしれない。
モンスターが少ない原因としては、それを捕食するような大型のモンスターが考えられる。
大食らいのモンスターが、他のモンスターを食い荒らしている、というわけだ。
モンスターの数が減るのはありがたくはあるが、その大食らいのモンスター自体が危険だし。
輸送団がそんなものに襲われでもしたら、たまったものではない。
何かを守りながら戦うというのは、大きな制約なのだ。
逆にいえば、それさえなければある程度のモンスターであれば、倒し切る事が出来る。
輸送団が襲われていない今のうちに危険を排除しておくのは、好判断ともいえた。
戦闘班を伴ったジェイクは、さっそく森の中へと出発していった。
その間、残った従業員達はダンジョン建設の作業を始める。
大雑把に掘削を進め、魔法で押し固めて強度を上げていく。
まず作るのは、倉庫兼活動場所の広場に、従業員達の住居スペースだ。
どれも、まだまだ仮設のものである。
本格的に内装などに気を使って作るのは、資材や工具類、人員、等々がそろってから。
今はとにかく、ダンジョン建設のための下地作りの段階なのだ。
細部にこだわらないのであれば、作業は早い。
見る見るうちに地中を掘り進み、強固に固めていく。
従業員用の部屋も、おおよその形を一気に作ってしまう。
夕方になるころには、仮設の資材置き場、兼、作業場。
同じく仮設の、従業員の住居スペースが完成した。
あとは、後続の輸送団が各種荷物を運んで来れば、当面の生活には困らないだろう。
建設作業を進めていた従業員達が、後片付けを始めたころ。
外へ行っていたジェイク達が帰ってくる。
ずいぶん時間がかかっていたため、ほとんどの従業員が「一戦交えてきたのだろう」と考えていた。
ならば、厄介ごとが解決している可能性もあるだろう。
従業員達が集まってくるが、ジェイクはすこぶる苦い顔をするばかりだった。
ある程度人数が集まったところで、ようやく重々しく口を開く。
「クソでっけぇモンスターの巣があった」
ジェイクがその言葉を口にした瞬間、ダンジョン内に重苦しい沈黙が訪れた。
なるほど、なかなか言い出さなかったわけである。
口にするのも嫌な事実だからだ。
でかいモンスターが一匹、などなら、まだやりやすかった。
ターゲットが分かっているだけに、対処はしやすい。
だが、それが群れを成すタイプのものである場合は、厄介だ。
そのすべてを殲滅するまで、気が休まる暇がないのである。
「いや、俺のせいじゃないからね?」
恨みがましそうにねめつけてくる従業員達に、ジェイクは怯えたように言うのであった。




