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ベルウッドダンジョン株式会社 ~西辺境支部奮闘記~  作者: アマラ
一章 ダンジョンのプレオープンは気合が重要
16/22

十六話 「いきなりそう切り出されると悪い予感しかしないんですけども」

 西辺境にいるジェイクの下に、南辺境に残っていた古参従業員達がやってきた。

 ベルウッドダンジョン株式会社で勤め上げてきた、生え抜きの即戦力である。

 ジェイクが思わず「騎兵隊が来たぞ!」と叫びそうになったのは、働きすぎからくる疲労のせいだろう。

 戦力がやってきたことで、ジェイクがすぐさま次の仕事を始める。

 まずは、集積した品々を、それぞれの担当が確認していく。

 一応先乗りした従業員が確認しているとはいえ、ダンジョン屋が使う道具や資材というのは、特殊なものばかりだ。

 専門の従業員でなければ、分からない違いも多い。

 問題がないのが一番有り難いが、ある程度「使用できない」ものが出てくるのは織り込み済みである。

 案の定、品質に問題のあるものや、ベルウッドダンジョン株式会社で普段使っているものとは違う型番の道具などが出てきた。

 だが、幸いなことに、その数は予想よりも大幅に下回っている。

 思わず万歳をしそうになるジェイクだったが、そんな暇もあればこそだ。

 すぐさま業者に連絡を取り、代わりのものを用意してもらう。

 前乗りしていた従業員達は調べているので、何処に発注すればいいかはすぐにわかる。

 そんな作業をしているうちに時間は過ぎていき、ついに研修を終えた新人達がやってくることとなった。

 エーベルトによれば、仕上がりは上々。

 最高、とは言わないまでも、古参と一緒であれば実戦でも問題なく動けるだろうという。

 まさに僥倖である。

 同じ町にあるモンスター討伐軍の後方支援部隊によれば、討伐が終了するにはあと十日ほどかかるらしい。

 それだけあれば、新人と古参の顔合わせ、ミーティングに、出発の準備作業、などなど、ゆっくりと仕事をすることが出来る。

 出発前には全ての準備が整い、宴会などをする余裕もできることだろう。

 ここまで無休で走り抜けてきたジェイクにとっては、この上ない喜びである。

 新ダンジョン建設が始まってさえしまえば、後はこちらのものだ。

 ダンジョン作りは、ダンジョン屋の領分だ。

 たとえ相手が王族であろうとも、口出しは出来ない。

 ずっと以前の王様が、そんなような伝統を残してくれているのだ。

 この国では、昔の王様というのは神聖視されている。

 残された言葉は、よほどのことがない限り覆されることはない。

 神聖な歴代の王に認められているから、現在の王には王権が与えられる、とかなんとかそんな風な理由らしいのだが。

 ジェイクにとってはどうでもよかった。

 重要なのは、「ダンジョンの事はダンジョン屋に任される」という部分である。

 つまり、きちんとダンジョンを作りさえすれば、どのように予定を立てようと自由ということだ。

 素晴らしいことではないか。

 まして、ジェイクはダンジョンマスターである。

 一つのダンジョンの、最高責任者なのだ。

 従業員に快適な住環境を提供することも、潤沢な給料を支払うことも、存分な仕事環境を与えることも、十分な休暇を保証することさえも。

 思いのままなのだ。

 当然、ジェイク自身の休みゼロ状態を改善することすらも、出来てしまう。

 あまりの万能感に、ジェイクは打ち震えた。

 報われる。

 学校を卒業してからの苦労が、やっと報われるのだ。

 ジェイクはこれ以上ないほど、晴れ晴れとした気持であった。


 そんなジェイクに、西辺境伯の名前で一通の手紙が届いた。

 新ダンジョン建設に向けての、激励会を行うのだという。

 それにジェイクも出席してほしい、という内容だ。

 正直そんなものに出ている暇があるなら、少しでも仕事をしていたいというのが本音である。

 だが、そういうわけにはいかない。

 貴族からの「お誘い」というのは、「命令」と同義だ。

 お断りする、という選択肢はない。

 念のためにと持ってきていた礼服を引っ張り出し、ジェイクはいやいやながら激励会とやらへ向かうことにした。




 激励会というから何をやるのかと思っていたジェイクだったが、実際に行ってみればなんということはない。

 貴族が良く開く類の、パーティーであった。

 会場は、西辺境伯のお屋敷だ。

 だだっ広く立派なソレは、まさに貴族の邸宅と言わんばかりの偉容である。


「でけぇなぁ、やっぱ。学校の校舎よりデカいのか?」


 まじまじと屋敷を見上げながら、ジェイクはため息交じりにつぶやいた。

 正直なところ、ジェイクはこういった晴れがましい場所を、苦手としている。

 安くて薄暗い裏路地の酒場の方が、よほど居心地がいい。

 こういう時は、エーベルトかマイアー辺りが居てくれると非常に心強いのだが。

 今日はジェイク一人での出席であった。

 普段は腕っぷしでものを考えるエーベルトだが、ああ見えてもベテランの事務屋である。

 なんだかんだと言って、人生経験は豊富だ。

 交渉などで貴族と関わることも多く、どう対応すればいいかもよく心得ている。

 マイアーの方は、天然自然のモノだ。

 髭ドワーフオネェのコミュニケーション能力というのは無類である。

 相手が誰であろうと関係なく、なんやかんや話しているうちに仲良くなってしまうのだ。

 恐らくあのクネクネとした動きに催眠能力的な何かがあり、相手の気を緩めるのだろうと、ジェイクは見ている。


「流石は、西辺境伯閣下のご邸宅ですね。思わず萎縮してしまいそうです」


 かけられた声に、ジェイクは後ろを振り返った。

 そこに居たのは、凄まじく美形な、人間の男性である。

 見た目がすぐれている人物を指して「エルフ的な」などということがあるが、この男性はまさにそれだった。

 まあ、ベルウッドダンジョン株式会社の社員に限って言えば、「エルフ的」というのはあまり誉め言葉ではないのだが。

 そんなどうでもいいことはともかく。

 声をかけてきたのは、礼服に身を包んだ青年であった。

 歳はジェイクより少し上、兄と同じぐらいだろうか。

 青年はにっこりと笑顔を作ると、握手を求めるように手を伸ばしてくる。


「突然、失礼しました。私はグッドリバー社の西辺境新ダンジョンでダンジョンマスターを任されることになりました、ピコック・ルールーと申します」


 青年、ピコックの言葉に、ジェイクは内心で「やっぱりか」とぼやいた。

 今日この場所に呼ばれているのは、貴族か西辺境の有力者。

 あるいは、新ダンジョンのダンジョンマスターだけなのだ。

 背中越しでもわかる魔力量に、足音からわかる戦い慣れた気配。

 にもかかわらず正装で、人当たりが悪くはないと成れば、先にあげたもののうち、どれにあたるかは自ずと答えは絞られる。

 よく見れば、青年の服装は礼服の中でも「導師服」と呼ばれる種類のものであることが分かった。

 それは、一定の基準以上の実力を持つと認められた魔法使いにのみ認められる服装で在り、所謂エリートの証明である。

 なおかつ、大企業であるグッドリバー社で、ダンジョンマスターを任されるとなれば。

 まさにエリート中のエリートと言っていいだろ。

 そこへ来て顔もいいと来ているのだから、堪らない。

 恨み節の一つも聞かせてやりたくなるところだったが、ジェイクはそれをぐっと飲み込み、笑顔を作った。


「いいえ。私は、南辺境でダンジョンを経営しています、ベルウッドダンジョン株式会社のジェイク・ベルウッドです。貴方と同じく、新ダンジョンのダンジョンマスターをすることになっています」


 軽く握手をして、ジェイクは懐に手を入れた。

 取り出した名刺を差し出すと、ピコックの方も同じように名刺を出してくる。

 軽く会釈をしながら交換し、ちらりと名刺の内容に視線を落とした。


 グッドリバー社 第十一ダンジョンダンジョンマスター ピコック・ルールー


 凄まじい肩書である。

 この若さで、大企業でダンジョンマスターを任されるのだ。

 当然、実力を認められてのことだろう。


「なるほど、グッドリバーの。若くて優秀な方がダンジョンマスターに就かれると聞いていましたが、貴方でしたか」


 笑顔でいうジェイクの言葉に、嘘はない。

 大企業で若くしてダンジョンマスターを任されるとなれば、噂にもなる。

 西辺境の新ダンジョン関連で集めた情報の中にも、当然ピコックの名前は出て来ていた。

 曰く、嫌味なほど優秀で仕事ができる若造。

 古今東西、こういうタイプは人に嫌われるものなのである。

 ジェイクの言いようを聞いて、ピコックは苦笑いを浮かべた。

 そんな表情まで絵になるのだから、顔がいいというのはつくづく得だとジェイクは思う。


「必死に務めさせて頂いています。ですが、私より若い方にそういわれるというのも、なんとも面映ゆいですね」


「ウチは家族経営の中小企業ですから。たまたま身が空いていたのが自分だっただけですよ」


「あははは。お兄さんがご結婚されたそうですね。おめでとうございます」


「これは、有難う御座います」


 礼を言いながら、ジェイクは内心苦虫を噛み潰したような顔になった。

 このタイミングでそれを言うということは、こちらの事情は調べてある、という事だろう。


「ジェイクさんの噂もうかがっていますよ。学校の卒業論文、読ませて頂きました。トラップと食獣植物の併用と効果。なかなか興味深い内容でした」


「あははは。いえ、お目汚しで」


 大企業でのし上がる人物というのは、こういうものだろうか。

 あまりのことに、ジェイクは舌を巻く。


「貴方が作る新ダンジョン、楽しみにしています。いいダンジョンの条件は、隣が良いダンジョンであること。といいますが、どうやら私は恵まれているようですね」


 それは、ダンジョン屋特有のことわざのようなものだ。

 ダンジョン屋にとって、ほかのダンジョン屋は所謂「商売敵」ではない。

 モンスターを倒すという目的を考えれば、共闘する「商売仲間」ということになる。

 なので、近くのダンジョン屋が優秀であるというのは、喜ばしいことなのだ。

 ほかのダンジョン屋を、褒めたたえるときに使う言い回しである。

 優秀で、ダンジョン屋の事も分かっているということだろう。

 非常に喜ばしいことではある、が、なんとなくぶっ飛ばしてやりたくなるジェイクであった。


「ご期待を裏切らないよう、一所懸命に務めさせて頂きます」


 お互いに当り障りのない会話をしてから、ジェイクとピコックは分かれた。

 世の中、すごいやつというのはいるモノである。

 自分のような凡人が上手く生きていくコツは、そういう手合いと自分を比べないことだ。

 それが、ジェイクの信条である。

 他所は他所、ウチはウチ。

 実に良い言葉ではないか。

 今後も積極的に使っていこうと、ジェイクは心の中で決めた。




 激励会とやらの会場にジェイクが入ってしばらくすると、西辺境伯の挨拶が始まる。

 その顔を見たとき、ジェイクは思わず飲んでいたドリンクを吹き出しそうになった。

 同時に、祖父と西辺境伯との関係も理解する。

 西辺境伯は、祖父の冒険者仲間だったのだ。


 ダンジョンマスターになるには、冒険者としてBランク以上になる必要があった。

 資格を得るためには、冒険者として活動しなけれならない。

 その間、単独で冒険者仕事をするものは少なく、大抵が仲間とともにパーティを組むものであった。

 パーティの絆は非常に強く、引退しても途切れることがないのが普通だ。

 祖父も、冒険者時代の仲間を、非常に大切にしていた。

 当時の仲間が遊びに来れば、昔話に花を咲かせていたものである。

 実家暮らしだったジェイクも、よくそんな姿を目にしていた。

 時には酒を飲んでテンションが上がった年寄りたちに絡まれ、武勇伝などを聞かされたものである。

 その時のお年寄りの一人が、今まさに挨拶をしている人物。

 つまり、西辺境伯その人だったのである。

 そうなれば、わざわざベルウッドダンジョン株式会社に依頼を出してきたのもうなずけた。

 西辺境伯は祖父に会うついでに、その仕事ぶりも見学している。

 ベルウッドダンジョン株式会社で働く従業員達の優秀さも、よくよく承知しているだろう。

 そこに、自分の土地で新領土拡大の話が持ち上がり、「ベルウッドダンジョン株式会社」が得意としている立地が見つかったなら。

 依頼を出そうと考えるのは、当然のことだろう。

 知り合いだから、という贔屓目があったとは思わない。

 そういったものを介在させていいほど、ダンジョン屋の仕事は甘いものではなかった。

 一つ間違えただけで、人死にが出る仕事である。

 まして貴族にとっては、大事な大事な自分の土地の守りを任せる相手なのだ。

 実力の伴っていないモノに依頼するなど、まずありえない。

 つまるところ、西辺境伯はしっかりと「ベルウッドダンジョン株式会社」の実力を知っており。

 そのうえで、腕を見込んで新ダンジョン建設の依頼をしてきたということだ。

 祖父や父達が、まっとうに仕事をしてきたからこそつながった縁である。

 自分もそれを、きちんとつないでいかなければならない。

 そんな風に思い、ジェイクは一人襟を正すのであった。


 西辺境伯の挨拶が終わると、歓談の時間となった。

 来賓達が、ジェイクやほかのダンジョンマスター達に激励の言葉を掛けて行く。

 皆、西辺境に強い影響を持つ、貴族や有力者ばかりだ。

 今のうちに、顔や媚を売って置かなければならない相手ばかりである。

 慣れないながらも、ジェイクは必死に笑顔を作り対応していく。

 こういった対外的なことも、ダンジョンマスターの仕事の一つだ。

 従業員達が仕事に集中できるようにするためには、必要なことなのである。

 声をかけてきた相手の中には、当然「西辺境伯」の姿もあった。

 もちろん、いつも通りに言葉を交わす、というようなことはしない。

 お互いに素知らぬ顔で、「貴族」と「ダンジョン屋」の挨拶と会話をしている。

 今日行われているのは、対外的なダンジョンマスターのお披露目なのだ。

 集まっているのは、新領土拡大に向け、何かしら出資などをしているものばかりである。

 そんな彼らに、「これだけダンジョンマスターを集めて、しっかり仕事をさせていますよ」とアピールするのも、今回の「激励会」の目的の一つなのだろう。

 新ダンジョンの建設が始まってしまえば、ダンジョンマスター達が一堂に会するのは難しくなる。

 やろうと思ったならば、ダンジョン建設を始める直前の、このタイミングしかないのだ。

 ゆえに、「激励会」での行動は、様々な相手に見られていることを前提にする必要がある。

 あくまで「表向き」の態度をとる必要があるのだ。

 西辺境伯が祖父の冒険者仲間だ、というのは十中八九、秘密事項なのだろう。

 そもそも大貴族である辺境伯が元冒険者だ、などという話は、聞いたこともない。

 辺境伯と言えば、王族ともつながりもある家格である。

 まかり間違っても、冒険者などということをしていてよいはずがないのだ。

 少なくとも、表向きには。

 ならば、ジェイクも相応の態度をとる必要がある、というわけである。


 歓談が始まってしばらくすると、執事の一人がジェイクに声をかけてきた。

 主催者である西辺境伯が、別室で相談したいことがあるという。

 いったい何事だろうと首をひねりながら、ジェイクは案内されるまま執事についていく。

 着いたのは、応接間のような場所だった。

 おそらく交渉事などに使われているだろうその部屋は、辺境伯の邸宅にあるものとしては狭いように感じる。

 とはいっても、「辺境伯の邸宅としては」の話であって、ジェイクの感覚として「一家四人ぐらいなら暮らせるな」と思うような広さであった。

 中央にあるソファーに座っていたのは、白く長いひげが特徴の、立派な体格の老人。

 老いて未だ現役の、西辺境伯その人であった。

 一瞬身構えるジェイクを見ると、西辺境伯はすっくと立ち上がり、開口一番気まずそうな顔で言う。


「マジゴメン。なんか、事故みたいなアレだから。広い心で許して」


 それは、南辺境の実家に遊びに来ていた、ジェイクの見知った老人の口調であった。

 ここでは気を使わず、いつもの調子でいい、という意味だろう。

 ジェイクは思わず脱力すると、困ったように頭を掻いた。


「いきなりそう切り出されると悪い予感しかしないんですけども」


「実際悪いことだけどな。先に謝るから許してくれって」


 とにかく座ってくれと促され、ジェイクはソファーに腰を下ろした。

 本当は、どういう事情で祖父と知り合い、まして冒険者などやっていたのか、そもそも本当に元冒険者なのか、など、いろいろ聞きたいところではある。

 だが、先にああいう切り出し方をしたという事は、その話を終えておきたいという意味だろう。

 特に質問するようなことはせず、辺境伯の話を聞くことにする。


「実は、討伐軍関連の話でな。どこぞのクソ王子が首突っ込んできたってのは知ってるだろ?」


「クソ王子て。今日来てるじゃないですか。聞かれたらどうすんですよ」


「この部屋は防音だし魔法対策もばっちりだよ。分かってんだろ」


 だろうとは思ったが、やはりそうだったらしい。

 ジェイクが渋い顔をしているのを見ながらも、辺境伯は話を先に進める。


「知ってると思うが、モンスター討伐軍の行動予定ってのはかなり厳密で、あとからくる手助けってのは完全に余計なお世話だ。まして、あのクソ王子が連れてきたのは戦争が専門の兵隊でな」


 辺境伯の領地は、国境と接する土地だ。

 そのため、モンスターと隣り合わせで生活をしていることになる。

 当然、ダンジョン以外にもモンスター対策は立てられており、その一つが辺境伯お抱えの軍隊であった。

 他国の兵隊や、犯罪者と戦うものではなく、対モンスターに特化したものである。

 討伐軍は、そうした辺境伯お抱えの軍隊と、国王が抱える対モンスター特化の軍によって編成されるのだ。

 ところが。

 今回ちゃちゃを入れてきた第二王子が連れてきたのは、モンスター慣れしていない「戦争のための兵隊」だったのである。

 人間を相手にするには、申し分のない戦力だろう。

 まして王都のこの近衛騎士といえば、精強でなる精鋭だ。

 もっとも、それは相手が人間である場合の話である。

 国境線、ダンジョンによる守護の向こう側にいるモンスター相手には、素人に毛が生えた程度と言わざるを得ない。

 あまりにも勝手が違いすぎるのだ。


「案の定、かなり苦戦してるらしくてな。装備と腕力に物を言わせて討伐してるようではあるんだが。監視目的でこっちから道案内を提供してるんだが、ソイツからの報告じゃぁ、かなりうち漏らしもあるだろうってことでな」


「難儀ですね。そこにダンジョン建てるの、苦労しますよ」


 ダンジョン建設は、危険地帯の真っただ中で行われるものだ。

 討伐軍が事前にモンスターを討伐してくれていればこそ出来ることなのだが、その討伐自体が上手くいっていなかったとなれば、危険度は一気に跳ね上がる。

 建設のための護衛を通常より多く投入する必要があるわけで、そうなれば必要な人員の数や装備も当然増えわけで。

 そうなれば、必要経費も増えていくことになる。

 ダンジョン屋にとっては、マイナスしかない話だ。

 そこで、ジェイクは苦虫をかみつぶしたように顔をしかめた。


「あの、まさかとは思いますけど。その王子が討伐してる場所って」


「今回初めて付き合うことになるダンジョン屋や、西辺境で顔の利くダンジョン屋にはそういう土地でダンジョンを作らせるわけにいかんだろ? いろいろと障りがありすぎる」


 新参のダンジョン屋にそんな土地を押し付ければ印象が悪いし、土地に根付いているダンジョン屋に宛がえば悪い噂が広まってしまう。

 大企業に任せれば何とかするかもしれないが、それでは借りを作るにも相手が悪すぎる。

 ああいう手合いに借りを作ると、泣くまでむしりとられかねない。


「と、なると、だ。頼めるのはお前んとこしかないわけだな」


「ちょっ、っと、待ってくださいよ」


「王子には、ベルウッドダンジョン株式会社が担当する地域の討伐を頼んである」


 その言葉を聞き、ジェイクは絶望に頭を抱えた。

 厄介ごとしか持ってこねぇなクソ王子!

 などと叫びたいところではあるが、ぐっと飲み込む事が出来たのは、自制心が強いからなのか、ジェイクの気が小さいからなのか。

 西辺境伯は両手を合わせると、すまなそうに頭を下げる。


「ほんっとゴメン! 埋め合わせはするから! モンスターの素材の買い取り、色付けるから!」


 ダンジョン屋が討伐したモンスターは、商品として扱われることがほとんどだ。

 モンスターが体内に魔力を蓄える器官である、魔石。

 強固な毛皮や、骨格、肉などなど。

 利用価値は多分にあるのだ。

 そういったものも、ダンジョン屋の大切な収入源の一部である。

 新ダンジョンを建設する際、完成までの期間に討伐したモンスターは、多少割高で買い取られるのが通例であった。

 建設にかかる費用や労力の負担軽減や、ご祝儀的な意味を込めたものだ。

 西辺境伯は、それにさらに色を付けるから、何とか頑張ってくれ。

 と、いっているのである。


「それにしたって、限界ありますよ。こっちはまっとうな討伐軍が、まっとうに仕事をした後を想定してやってるんですし」


 ある程度不慮の事態は想定して動いているとはいえ、素人が仕事をした後に入るというのはいくらなんでも想定外だ。

 第二王子の話を聞いたときからある程度準備はしているとはいえ、その負担が全部自分のところに降りかかってこようとは想像もしていなかった。

 精々、少々相手をしなければいけないモンスターの数が増えるだけだろうと思っていただけに、ジェイクが顔をしかめるのも仕方ないことといえるだろう。


「分かってる。事前に物資の提供とかもさせてもらうからさ。何か必要なものがあれば、言ってみてくれ」


 西辺境伯に問われ、ジェイクは難しい顔で考え始めた。

 これこれを用意する、と言われないのは、ダンジョン屋によって必要なものが違うことを心得ているという事だ。

 ならば、少し変わったものではお願いはしやすい。

 注意しなければならないのは、周りから見て不自然にならないことだろうか。

 あからさまに援助を受けている、となると、外聞が悪い。

 援助にはなっているが、あまりそう見えない方法、というのが望ましいだろう。


「では、ゴーレムをいくらか払い下げてくれません? 討伐軍派遣のために買い増したけど、それが終わって不要になったから民間にうっぱらうって名目で」


「軍備の払い下げか。お前のところはゴーレムの扱いにも慣れてるしな。わざと多少傷ついたものにすれば、安く売る理由にもなるか」


「その位なら、角も立たないでしょう。どうせ、もうどこも準備万端でしょうから、今更装備を買いたいって言ってくるところもないでしょうし。同じダンジョン屋なら、その辺の事情は察してくれます」


 素人が討伐した後の土地でダンジョンを立てる、という事の意味は、同じダンジョン屋なら分かってくれるはずだ。

 多少援助しているな、とわかったところで、労われこそすれ文句は言われないだろう。

 気にする必要があるのは、それ以外の目なわけだが。

 それについては、先ほどあげたような理由で十分目くらましになるはずだ。

 ある程度の方便さえ用意しておけば、あとはそのあたりのプロであるお貴族様、西辺境伯ならどうにでも出来るだろう。


「ゴーレムを使うダンジョン屋に、中古を払い下げても文句を言うやつは少ない、か。よし、それで手を打とう。話を通しておくから、明日にでも後方支援部隊の駐屯地に行ってくれ。修理のために戻ってきてるゴーレムがいくらかいるはずだ」


「まとまった資金の用意に手間取りますが。中小は金がないものですんで」


「後払いでいいだろう。年度末締めという事で行けば、モンスター素材の買い取りに色を付けるタイミングにも間に合う」


 支払いを後に回し、モンスター素材の買い取りに色を付けた金額で、それを補填する。

 なんとも涎が出てきそうなほどうまい話だ。

 普段なら泣いて喜ぶところだが、「素人が討伐した後の土地」を押し付けられることと比べると、トントンか少し足が出ると言わざるを得ない。

 危険な土地でのダンジョン建設は、まさに命がけ。

 金で命は買えないのだ。


「わっかりました。明日の朝一でお伺いします」


「品物はその場ですぐに引き渡せるようにし手配しておこう。それで、修繕間に合うか?」


 討伐終了までの期間は、残りわずかだ。

 最悪それまでには間に合わなくても、建設中に使う分には十分間に合うだろう。

 ダンジョンでのゴーレムの運用は、乗り換え運転が基本だ。

 モンスターと戦い、壊れたら乗り換え、修理に回す。

 その繰り返しである。

 なので、戦闘が増えても従業員の数を増やす必要は殆どないのだが、ゴーレムの修理が間に合わなくなってしまう恐れがあるわけだ。

 数でこれを補えるのであれば、かなりの助けになる。


「うちの従業員は優秀ですから。一番腕のいい整備士を連れてきてますし」


「あのドワーフのか! アレと酒を飲むと楽しいんだが、今はそんな暇はないな」


 西辺境伯も、マイアーの事は知っていた。

 腕前も承知してるためか、ホッとしたように表情を緩める。


「しかし、災難ですね。思惑はわかりませんが、第二王子のなさりようは、私ども下々には少々……」


「理解できないか。まあ、いい迷惑だわな。あれはあれで他国への見せつけやら、王都での自分の立ち位置の兼ね合いやら、いろいろ理由はあるんだろうが。時と場所を弁えてほしいもんだぜ、あのバカ王子。ダンジョンは国境守護の要だってのに」


 不快気な西辺境伯を見て、ジェイクはわずかに気分が上向いた。

 モンスターから人々を守っているという自負が、ジェイク、というより、ダンジョン屋にはある。

 だが、それは辺境に住む人々には兎も角、安全な国の中央に住む人々には理解され難いことであった。

 特に王都に暮らす人々や貴族には、「ムダ金使い」とまで言われることすらある始末である。

 そういった相手に対し、一番かかわりの深い辺境伯が口に出して文句を言ってくれるというのは、非常に心強い。

 特に、自分たちが文句の言えない王族に悪口を言ってくれるというのは、素晴らしく気の張れるものなのだ。

 まして、ダンジョン屋の存在意義を認める言葉までつけてくれたとなれば、なおさらである。

 もちろんリップサービスの意味合いもあっての事なのだろうが、それを含めても嬉しいことだ。


「まあ、こっちは何とかさせてもらいます。腕を見込んで呼んで頂いたわけですし。頼りにされるっていうのは、ダンジョン屋冥利に尽きますから」


「そういってもらうと助かる。よろしく頼むわ」


 その後、いくつか雑談をしてから、ジェイクは部屋を後にした。

 帰りがけに西辺境伯から


「お前のじぃさんとツルむことになった理由やら、冒険者やってた理由なんかは、また今度聞かせてやろう」


 などと言って頂いたのだが、丁重にお断りしたい気分だった。

 首を突っ込んだら、ろくなことにならないような予感がしたからである。

 もっとも、口には一切出さなかったわけだが。

 貴族様とのコネは、多少嫌なことに首を突っ込もうと確保しておきたいものなのだ。


 部屋を出たジェイクは、激励会の会場に戻らず、その足で事務所へと向かうことにした。

 既に日も暮れてしばらくたった時間だが、すぐにでも仕事に取り掛かる必要がある。

 西辺境伯と約束したゴーレムの払い下げの準備はもちろん、モンスターとの戦闘対策もしなければならない。

 資材輸送の護衛を増やしたり、そのための編成を組みなおしたり。

 やらなければならないことはいくらでも思いつく。

 あれやこれやと思考をめぐらせながら、ジェイクは深い深いため息を吐いた。

 結局、最後の最後まで休む余裕はなさそうである。

 激励会に来るまでは「ゆっくり休みがとれるかも」などと夢想していたが、夢はやはり幻のごとくなり、という事になりそうだ。

 ふと耳を澄ませば聞こえてくる、激励会会場のにぎやかな音、きらびやかな光が、何とも腹立たしい。


「他所は他所、ウチはウチ、か」


 使っていこうと決めた言葉を、さっそく口に出していってみる。

 が、当然気分は晴れない。

 再び大きくため息を吐くと、ジェイクは両手で顔を叩いて気合を入れなおした。

 これから、楽しい楽しい仕事が待っているのだ。

 気を抜いている暇は、一切ないのである。

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