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ベルウッドダンジョン株式会社 ~西辺境支部奮闘記~  作者: アマラ
一章 ダンジョンのプレオープンは気合が重要
14/22

十四話 「難儀な仕事ですよねぇ。ダンジョン屋ってのも」

 王都中央から、西辺境方面行きの列車に乗って丸一日。

 そこから、大型輸送用のゴーレムに揺られて、さらに半日。

 ジェイク達一行は、研修施設へとたどり着いた。

 幾つか注意事項を伝えた後、輸送用ゴーレムに乗せていた荷物を下ろす。

 持ってきているのは、個人個人の荷物だけではない。

 研修に使う器具なども載せているので、これだけでも一苦労だ。


「はーい! 名前呼ばれた人からとりに来てくださいねー! 荷物を受け取ったら自分の部屋へ移動! そこで荷解きをして、待機しててくださーい!」


 大声を張り上げながら、ジェイクは従業員達の荷物をゴーレムから降ろしていた。

 ほかの従業員が何人も手伝っての、なかなかの重労働だ。

 ジェイク自ら力仕事をしているのは、率先して動こうとか、従業員の模範になろう、等という考えから来ているものではない。

 単に人手がないから自分で動かざるを得ないからである。

 中小企業は全員が積極的に働かなければ、生きていけない時代なのだ。


 荷物を受け取った従業員達は、それぞれに自分の部屋を目指して移動し始める。

 持っている荷物は、なかなかに重そうなものばかり。

 研修期間は三か月もあり、その間に使うものなのだから、ある種当然だろう。

 従業員の荷物を下ろし終えたところで、次は研修のために持ち込んだものを下ろしていく。

 鉄骨やロープ、シャベル、ツルハシなどと言ったものから、果ては戦闘用ゴーレムまで。

 多種多様なものが、大型輸送用ゴーレムに満載されている。


「なーんか、すげぇ量だね」


 荷物を下ろしている様子を眺めながら、クラリエッタは感心した様子で言った。

 従業員達が忙しそうに、ゴーレムまで使って荷物を移動させている様子は、なかなかに壮観だ。

 ちなみに、クラリエッタも見ているだけというわけではない。

 三十台ほどの梯子を、肩に担ぎあげている。

 基本的にはインドア派のクラリエッタだが、種族的にはバリバリの肉弾戦系だ。

 普段はあまり運動をするタイプではないのだが、腕力だけはかなりのものなのである。

 見た目に合わない大荷物を軽々と持ち上げているクラリエッタの横で、ミルドナは申し訳なさそうな顔をして縮こまっていた。

 ゴーストはモノを持つことが出来ないため、荷物運びを手伝うことが出来ない。

 どうやら、それを申し訳なく思っているようだ。


「その、あの、すみません。お役に立てなくて」


「いいのいいの! 適材適所だから! ミルドナちゃんには別のところで頑張ってもらっちゃうから。かくごしといてよぉー?」


 へらへらと笑うクラリエッタだったが、それでもミルドナは不安そうな表情だった。


 荷物を下ろし終えるたジェイクと古参の従業員達は、駆け足で自分の部屋へと荷物を運び込んだ。

 休む暇も有らばこそ、すぐさま研修施設にある会議室へと集まる。

 研修内容の、打ち合わせのためだ。

 列車での移動中にある程度は合わせてあるので、最終確認である。


「じゃあ、朝昼は体力向上の基礎訓練。私も参加しますけど、これはエーベルトさん中心でお願いします」


 ジェイクの言葉に、エーベルトは短く了承の返事をした。

 不思議そうに首を傾げるミルドナに、クラリエッタは小声で説明をする。


「ダンジョン屋ってのは体力勝負なのよ。事務職でも技術職でも、ダンジョンがヤバイ、ってなったら武器もって戦わなくちゃいけないからね。半官半民の軍隊みたいなところもあるわけ」


「なるほど。言われてみれば、確かにそうですね。モンスターと戦う仕事ですし」


「そっそ。それでなくても、常日頃から走り回る仕事だからね。体力は全員きっちりつけなくちゃいけないのよ。事務職やら食獣植物担当のほうが、戦闘ゴーレム乗りより走ることなんてざらにあるんだし?」


 ダンジョン屋の事務職は、時間との勝負になることが多々ある。

 モンスターに襲われているまさにその時、撃退に必要な装備の使用許可を国の担当部署に出してもらわなけれならない。

 等という場面は、まっとうなダンジョン屋ならば、年に一度ぐらいは出くわすことになる。

 食獣植物担当にしても、戦えなくなったモノを取り替えなければならないのに、すぐ目の前までモンスターが迫っている。

 なんていうことは、けっして珍しくない。

 少々走っただけでへばっているようでは、本当に仕事にならないのだ。

 クラリエッタとミルドナが話している間にも、ジェイクは話を先に進める。


「夕方以降の座学の方は、クラリエッタさん中心ということで。お願いします」


「はいはい。おまかせですぞう」


「え!? クラリエッタさんが勉強教えるんですか!?」


 予想外のことに大声をあげてしまい、ミルドナは思わず自分の口を押えた。

 それに対し、クラリエッタは怒ったような表情を作る。


「ちょっとミルドナちゃん? どういういみかなぁーん?」


「あっはっはっは! まあ、たしかにクラリエッタさん勉強できるタイプに見えないですよねぇ!」


「むしろ苦手そうに見える部類だからなぁ!」


 ミルドナの物言いがおもしろかったのか、ジェイクとエーベルトは愉快そうに笑っている。

 ほかの従業員達も、皆似たような反応だ。

 クラリエッタは全員に鋭い視線を向けるが、あまり黙らせる効果は無いようだった。

 ミルドナは焦った様に、ぶんぶんと手を振り回した。


「ちが、ちがう、んです! その、ここしばらく一緒に居させて頂いて、えっと、クラリエッタさんはそういうのが、苦手そうなタイプっていうか! すごく賢いんだけど、教科書とかの勉強は苦手そうっていうか、その!」


 あたふたするミルドナをなだめるように、ジェイクは笑いながら手を振った。


「言いたいことはわかるよ。確かに学校の勉強は苦手そうだけど、クラリエッタさんは記憶力が良いんだよ。引くぐらい」


 戦闘指揮者としての精度を高めるため、クラリエッタはあらゆることを記憶していた。

 それが出来るのは、類まれな記憶力のおかげである。

 ジェイクは肩をすくめると、首を振りながら続けた。


「色々覚えてる中には、ダンジョン関係の法律のことも含まれてるんだよ。ダンジョンはいろいろと法規制厳しいから、従業員にも覚えてもらわないといけないくてね」


「他にもいろいろあたしの頭の中には詰め込まれてるのよ。それをちょちょっとすれば、新人教育にはうってつけってわけ。さすがクールビューティー。仕事ができる女は違うわぁー」


 ドヤ顔を決めるクラリエッタに、従業員達は胡乱気な視線を向ける。

 だが、もちろんそんなもの気にするようなクラリエッタではない。


「ちなみに、エーベルトのとっつぁんが体力訓練やるのは年の功で新人教育に慣れてるからなのよ。めちゃめちゃ厳しいからね、この人。覚悟しといたほうがいいよ?」


 そういったクラリエッタに、エーベルトは目を鋭く細める。


「バカヤロウ、ダンジョン屋ってなぁ体力勝負だぞ。それを鍛えてやろうってんだから、むしろ親切の部類だろうが。まあ、お嬢ちゃんはゴーストだからそっちはかんけぇねぇが。それでもやっとかなきゃならねぇ訓練はあるからなぁ。クラリエッタじゃねぇが、覚悟はしとけよ」


「はいっ! その、わかりましたっ! 頑張ります!」


 びしっと姿勢を正すミルドナを見て、ジェイク達は思わずと言った様子で笑い声をあげた。




 訓練は、研修施設に到着した翌日から始まった。

 当初の予定通り、初めの二か月は基礎訓練として、全員同じ内容だ。

 朝早くに起床、食事のあと休憩時間を挟み、すぐに運動場へ集合。

 そこからは昼になる前で、徹底した走り込みが始まる。

 幸いなことに、今回の新人は全員が獣人か、魔法適性を持つものであった。

 いわゆる獣人と呼ばれる獣的な身体的特徴を持つ種族は、総じて高い身体能力を持っている。

 元々の状態でも高い基準にあるそれは、鍛え上げることでさらに向上の見込みがあった。

 もう一方の、魔法適性を持つもの。

 エルフや人族は身体能力では他種族に劣るものの、それを補うように魔力を持つものが多い。

 故に、魔法でを使うことで、身体能力を補って走るのだ。

 これにより、体力だけではなく、魔力のアップも期待できる。

 まさに一石二鳥だ。

 とはいえ、全ての新人が朝から昼までという過酷な走り込みに慣れているわけではない。

 戦闘班入社の肉体系ならばともかく、指令室や事務職入社の多くは、そもそも運動することにも慣れていないありさまだ。

 そういった者達は、早々にバテてしまう。

 魔法や自分の魔力を使用するタイプの魔法道具などを使って身体強化をするものの、慣れていないことをすれば疲れてしまうのが道理だ。

 息も絶え絶えに歩こうとするそんな彼らを、しかし。

 訓練教官であるエーベルトは一切許さなかった。


「歩くんじゃねぇこのボケがぁ!! 遅くてもいいから走れオラぁ!! 気合いだ!! 気合が足りねぇ!!」


 その体のどこから出るのかと首をかしげるような大音量で声を張り上げ、鞭のようなものを振り回す。

 腕に絡みついているように見えるそれは、身体を変化させて作った弦の鞭だ。

 ドライアドであるエーベルトだからこそ出来る、生体武器の一種である。


「根性だ根性!! 声を出せば足が上がる! ほれ、いっちに! いっちに!!」


 鞭と大声に追い立てられ、歩いていた新人達は再び走り始める。

 中々に訴えられそうな光景だが、残念ながらこの国には体罰などに関する法律はない。

 エーベルトのやりようは、かなりアレではあるが違法ではないのだ。

 ついでにいうと、エーベルトの言っていることは、少なくともこの世界においては、けっして間違いではなかった。

「気合」と「根性」で発生した心の力は、魔力となって魔法の源になる。

 それだけではなく、気持ちや思いは、今現在発動している魔法そのものの効力にも影響を与えた。

 つまるところ、「気合」と「根性」さえあれば、本当にどうにかなってしまうのだ。

 何とも恐ろしいことに、根性論が理にかなった解決策になってしまう世界なのである。


「はい、無理だけはしないでくださいねぇー! こちらでも確認していますけど、ヤバそうだったら言ってくださーい!」


 そんな声を上げながら新人に交じって走っているのは、ジェイクだ。

 新人達と同じかそれ以上のペースで走りつつ、体調が悪そうなものが居ないか確認しているのである。

 ダンジョンマスター資格を取るには、治療、回復魔法の素養も要求された。

 当然、ジェイクはそういった種類の魔法にも明るいのだ。

 万が一倒れるモノが出たとしても、魔法で一瞬のうちに回復。

 再び訓練へと戻されることになる。

 もはや新人達は、必死の思いで走るしかない状態なのだ。


 昼まで走った後は、昼食の時間だ。

 研修施設の料理はなかなか質が良く、量もたっぷりと用意されていた。

 食事のあとは、少し長めの休憩が取られている。

 何をしていても自由なのだが、多くの従業員がこの時間を休息に当てていた。

 この後もまだ訓練が続くので、少しでも体力を回復しようとするものが多いからだ。

 新人達が体を休めている間、教官役の古参従業員は集まって話し合いをする。

 体調が悪いものが居ないかや、次の訓練をどうするかなどと言ったことを確認するためだ。

 ちなみに、今回の訓練に参加している古参達は、全員新人達と同じ訓練メニューをこなしている。

 ジェイク以外全員、いわゆる事務方の従業員なのだが、疲れた様子もなくケロッとした顔をしていた。

 多くの新人達はそんな古参達を、化け物でも見るかのように見ている。

 戦闘班に入る予定の新人の中には、元冒険者や元兵士などもいるのだが、ソレよりも持久力があるのだから、驚くのも無理はないだろう。

 この程度走ったぐらいでバテているようでは、ダンジョン屋は務まらないのだ。


 休憩が終わると、次はアスレチックだ。

 とはいっても、既存のものではない。

 持ち込んだ資材を使い、古参達監修の下、新人達がくみ上げたものだ。

 地下迷宮型ダンジョンの内部は、非常に複雑で入り組んだ構造になっている。

 階段や梯子の上り下り、狭い場所を通り抜ける技術などは、必須と言っていい。

 タイムはもちろん、ゴールまで最短の道筋を見極めることもポイントだ。

 素早く、的確に動くことも、やはりダンジョン内部では必要になってくるのである。

 アスレチックは、二日か三日程度使うと、解体することになっていた。

 全く新しいものへと組みなおし、同じものを使う慣れを防ぐためだ。

 もちろん、解体も組み直しも、新人達が自分達で行う。

 こういった作業も、ダンジョンの建設や維持には必要なものだ。

 アスレチックは、体力づくりと、ダンジョンの維持管理のために必要な訓練なのである。


 夕方に差し掛かると、身体を張った訓練は終了。

 休憩と夕食の時間となる。

 新人達はぐったりしているが、古参の方はそうもいかない。

 今日の反省と、明日の予定を打ち合わせなければならないからだ。

 休憩が終わると、座学の時間となる。

 大きな研修室で机に向かい、クラリエッタやジェイクによる講義を受けるのだ。

 ダンジョン内での注意点から始まり、ダンジョン屋独特の道具の扱いや注意点。

 法的な縛りとその理由に、ベルウッドダンジョン株式会社の社則等々。

 働く上で必要な、基本的なことを教えていく。

 助かった事に、新人達は座学でも優秀だった。

 飲み込みも早く、教えたことはすぐに覚えてくれる。

 ジェイクにとって、これはうれしい誤算であった。

 講義が終わると、ようやく一日の予定がすべて終了。

 食事と休憩の時間を除けば、約八時間から九時間の内容となる。

 実際のダンジョンでの勤務は、八時間三十分程度の連続勤務だ。

 ぶっ続けでない分、コレでもかなり緩い内容と言えなくもない。

 ダンジョン屋というのは、凄まじい激務なのだ。




 研修が始まって、一か月ほど。

 夜の講義を終えた後、教官役の古参従業員達は会議室に集まっていた。

 ちなみに、ミルドナもついでに居たりする。

 クラリエッタが、ミルドナが憑りついている首輪をかけっぱなしにしているからだ。

 本人は所在無さげに縮こまっているが、皆もうすっかり慣れたものになっている。

 早速と言ったように、ジェイクは全員の顔を見回してから口を開けた。


「んじゃ、定例の報告会をしたいわけですけれども。ぼちぼち新人達の評価もでそろってきてると思うんですが、どんなもんでしょう?」


「ひとまず、俺の方では問題のあるやつは居ねぇような印象ですかねぇ。もちろん、まだまだのヤツは居ますが、あと一か月も扱けばそれなりになるでしょう」


 手をあげてのエーベルトの発言に、ほとんどの従業員が頷いた。

 口も物理的にも厳しいエーベルトだが、どうやら新人達への評価は高いらしい。


「大きな怪我とか、体調を崩してるのが出てないのが幸いですね。採用の時、基準を高めに設定したのが良かったんでしょうけど」


 ジェイクの言うように、採用の段階で身体能力も基準に入れていた。

 その甲斐あってか、今のところ擦り傷程度の負傷者しか出ていない。


「ていうか、エーベルトさんにあんだけ詰められてよく平気ですね。新人」


「ロリドワーフさん達もウェイ連中も付いて来てますからね。強面の事務職の方々もどんどんたくましくなってきてますし。軍隊の教育してるような気分になってきますよ」


 従業員のいいように、ジェイクはため息交じりに首を振った。

 そんなジェイクに、クラリエッタは肩をすくめて見せる。


「実際半分軍隊みたいなもんだからね。よその国じゃ兵隊さんのお仕事よ? あたし達がやってるようなことって」


 この国にでは歴史的な理由で民間経営のダンジョン屋が担う役割となっているが、世界的に見ればこれは珍しいケースであった。

 国防がかかわるダンジョン屋のような仕事は、国の軍隊が行うのが普通だ。

 それだけ重要で、それだけ危険で、それだけ高度な技術と体力が求められる仕事である。

 ジェイクは疲れたように溜息を吐いた。


「難儀な仕事ですよねぇ。ダンジョン屋ってのも」


「ダンジョンマスターがそれいうかね」


 苦笑交じりにいうクラリエッタの言葉に、ほかの従業員も苦笑を浮かべる。


「まぁ、それはいいとしてよ。お勉強の方も順調だよ。後、三、四日でとりあえずの内容は終わるから、試験やって全員合格なようなら、夜の座学は終わりかな」


「マジですか。じゃあ、夜どうするんです? 自由時間に回ります?」


「そうしたいところですけどね。そろそろ暗所訓練もやりたいんですよ」


 照明器具を取り付けているとはいえ、地下迷宮型ダンジョンは基本的に薄暗い場所だ。

 暗いところでの作業になれるのは、必要なことでもある。

 今のところ運動は日のある間だけ行っているが、それだけでは不十分なのだ。

 薄暗いところでも動ける勘のようなものを養ってもらわなければならない。

 とはいえ、このあたりは種族格差もある部分だ。

 元々夜目の利く種族もあれば、光度が足りないと全く見えない、という種族も存在する。


「ええっと。今回の新人で、夜目の利かない種族っていませんでしたよね?」


「ハーピィとか鳥人とかでしたっけ? あとは? 有翼人?」


「ありゃぁ、羽が生えてるだけだろぉ。俺らも意外と夜はよえぇぞ。日向の生きモンだからなぁ」


 エーベルトの言う通り、植物に近い種族であるドライアドは、暗いところを苦手とするものが多いのだ。


「まあ、今回の新人の中には、そういう種族は居ませんからね。問題があるとすれば、人種ですか」


 いわゆる、人間の事である。

 種族的な個性は特になく、可もなく不可もないところが特徴と言われる種族だ。

 しいて上げるとするならば、数が多いことぐらいだろうか。


「こっちは、自前で魔法を発動するか、それが苦手なら魔法道具を持たせるってことで」


「しかし、夜間訓練となるとエーベルトさんが難しいですかね?」


「そのへんはあれよ。あたしとミルドナにまぁーかせて」


「ええ?! あの、私、ですか!?」


 胸を叩くクラリエッタに、ミルドナは大げさに驚きの声をあげた。

 ジェイクは、納得したようにうなずく。


「なるほど。ゴーストですもんね。夜はむしろ専門か」


 いわゆる幽霊とゴーストは多少種別が違うのだが、それでも本来の活動時間は夜である。

 モノを見るのに光を必要としない、特殊な視野を持つミルドナにとって、暗闇は障害になりえないのだ。


「ついでに言えば、狼人族のあたしも夜は得意だからね」


「じゃあ、おねがいしますか。ぼちぼち、ミルドナさんの慣らしも始めたいですし」


 ジェイクにいわれ、ミルドナは身をこわばらせた。

 ダンジョンでのミルドナの仕事は、魔法道具が壊れた際の状況確認と連絡伝達である。

 最後のライフラインと言ってもいい。

 それだけに仕事は重要で、失敗の許されないものである。

 既にその練習は始めており、研修施設の建物の中を飛び回ったり、アスレチックを行っている新人への連絡などを行っていた。


「ずいぶん上手くなって来たよ。二か月後には本番行けるんじゃない?」


「本番はねぇ方がいいんだがなぁ」


 にやけながら言うクラリエッタに、エーベルトは苦い顔をする。

 ミルドナの出番が来るということは、魔法道具が壊れたということだ。

 事務方として会計なども担当するエーベルトにしてみれば、歓迎できない状況である。

 歓迎は出来なくとも、何日かに一度そういった状況になってしまうわけだが。


「安心しなってぇ。ミルドナもずいぶん上手くなってきたのよ? おかげでいいネタつかめてるしぃ?」


 にやぁっと口の端を吊り上げるクラリエッタに、ほかの従業員達はぎょっとした表情を作る。

 隣で浮いているミルドナはと言えば、非常に心苦しそうな顔で小さくなっていた。


「ちょ、まさかクラリエッタさん、趣味にミルドナさん付き合わせてるんじゃないでしょうね!?」


「あっちゃーばれちゃったかとほほー」


「え!? しゅ、しゅみ、しゅみ!?」


「ミルドナちゃんに手伝わせてた個人情報の収集ね。あれは私の趣味です」


 なぜかきりっとした表情のクラリエッタの言葉に、ミルドナは絶望したような顔になっていく。


「そんな……! だっ、だって、お仕事の役に立つからって……!」


「テメェ、ミルドナだまくらかしてたのか!」


「だましてないですぅー! 仕事の役には立つじゃなぁーい! おもにあたしの!!」


 エーベルトの怒鳴り声も、クラリエッタにはどこ吹く風だ。

 全く悪びれる様子もなく、悪そうな笑顔を浮かべている。


「まあ、この人の場合、本当に仕事の役に立てるからなぁ。ウソって訳ではないのがなんとも」


 ジェイクは眉間に指をあてて、大きく溜息を吐いた。

 戦闘指揮者という仕事は、指示を与える相手の人となりを把握しておく必要がある。

 何が得意で何が苦手なのか、どんな状況でどんな判断を下すのか。

 そういったことを把握しておけば、モンスターの駆除効率は飛躍的に上がる。

 従業員の被害も減り、装備に損害を受ける確率も激減するのだ。

 そういう意味では、確かに仕事の役には立っている。


「倫理的にどうかとは思いますけどね」


「いーの! 罰する法律はないから! ダンジョンでのモンスター撃退効率上がる方が世のため人のためでしょ!? ぬぇぁっはっはっは!!」


 何やら勝ち誇ったように、クラリエッタは大声で笑う。

 確かに、クラリエッタを積極的に罰する法律はないのだ。

 法律関係も頭の中に叩き込んでいるだけに、そのあたりのことは一切抜け目ないのが、クラリエッタの質が悪いところである。

 エーベルトは難しい顔で、頭を抱えた。


「なんで現場大好きのコイツが志願してまでこっちに来たのか、ようやく合点がいった。新人の事細かく把握するためか」


「ちょっととっつぁん。ほかにどんな理由があるっつーのよ。あたしの行動原理はこっきり一つ。あたしがカッコステキに戦闘指揮を執るために、全力を尽くすことよ?」


「なんで自慢げなんですか」


 ドヤ顔のクラリエッタに、ジェイクは苦虫を噛み潰したように顔を歪める。


「だけどまぁ、新ダンジョンでコケるわけにもいかないからなぁ。かわりに、絶対失敗しないようにお願いしますよ?」


「だーいじょーぶ! まーかせて!」


 任せろと言わんばかりに、クラリエッタは胸を叩く。

 それを見たミルドナは、血相をさっと表情を青ざめさせる。

 ただでさえ顔色が青白いだけに、筆舌に尽くしがたい顔色だ。


「え!? あ、あの! 止めないんですか!?」


「実益があるから。まぁ、なんていうか。ガンバレ」


「そん、そんなぁあああ!! いやぁあああ!!」


 無慈悲なジェイクの言葉に、ミルドナは悲痛な叫びをあげた。

 そんな様子を見ながら、ジェイクはエーベルトの方へ顔を向ける。


「なんか死者の叫びって、聞いちゃうと死ぬイメージ有りません?」


「まぁ、いいてぇことはわかりますがね」


 現実逃避気味のジェイクに、エーベルトは何とも言えない表情を浮かべる。

 結局、クラリエッタの情報収集は、ミルドナをなだめすかして誤魔化して、続けられることとなった。

 基礎研修が終わる頃には、クラリエッタは新人達の情報をおおよそ掴み終えることとなる。


 そして。

 研修もいよいよ、残すところ一か月となった。

 新人達の下地も十二分に完成し、あとは、それぞれ配属される部署の専門的な訓練を残すのみとなる。

 そうなったところで、研修施設に新たな教官役となる古参従業員がやって来ることになった。

 あの太いエルフと、濃いいドワーフの人である。

 なんとなく憂鬱な気持ちになるジェイクであったが、あの二人が優秀なのは間違いない。

 きっと、すばらしい教官役となり、新人達を導いてくれるに違いないだろう。

 そう信じることにする。

 大分、自分をごまかすことが上手くなってきたジェイクであった。

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