十話 「お願いします働かせてください!! なんでもします!! お休みもいりませんし、残業だっていくらでもします!! 死ぬ気で働きますから!! お願いします働かせてください!!」
真夜中の墓地に、すすり泣く声が響いていた。
こんな時間のこんな場所に、おおよそ似つかわしくない少女の声だ。
それは、墓地の外れ。
大きな墓碑の近くから聞こえて来ている。
声の主は、やはり少女であった。
墓碑の所へと続く数段しかない階段に腰かけ、はらはらと涙を流している。
こんな場所で泣いている少女は、いったい何者なのだろうか。
少女の姿をよく観察すれば、その答えはすぐに分かった。
煙か蜃気楼のように、向こう側が透けて見えるおぼろげな姿。
少女の肉体は、既に儚くなって居る。
そこに居るのは、天に召される事の無かった霊魂であった。
未練を残して死んだ者の魂は、時にこの世にとどまり続けることがある。
中でも、少女のような存在はゴーストと呼ばれていた。
この世に何かしらの思い残りのある魂であるそれは、人に危害を加えることはない。
ただただすすり泣き、あるいは嘆き悲しむだけの存在だ。
両手で涙をぬぐったゴーストの少女は、ハッとした様子で顔を上げた。
周囲を見渡して、恐怖に表情を歪める。
いつの間にか、真黒なモヤのようなものが、少女を取り囲んでいたからだ。
それは、少女とは違い、人に害を及ぼす霊魂であった。
この世を憎み、生あるものを憎んだものが、苦しみながら死ぬと生まれる存在。
悪霊の類であり、ワイトやレヴァナントと呼ばれるものである。
これらはこの世に生きるモノを恨む存在であり、執拗にその命を狙うものであった。
暗闇から襲い掛かり、呪いやその異常な腕力でもって相手を殺す。
それだけでも厄介な悪霊なのだが、コレの恐ろしさはそれだけではない。
この悪霊に殺されたものは、死後に同じ悪霊として蘇るのだ。
また、少女のような無害なゴーストを、自分と同じ悪霊にする力も持っていた。
一度現れれば、鼠算的に増えていくのだ。
生あるものにとって、恐ろしく厄介な存在であった。
そして、少女のようなゴーストにとっても、やはり忌むべき存在である。
ゴーストから悪霊になるというのは、名前が変わるというだけのものではない。
ただ未練があるだけだった心を、生きるモノへの恨み辛みで塗りつぶされることを意味する。
肉体もなく魂だけの存在であるゴーストにしてみれば、二度目の死を意味するといっていい。
そのことを知っていた少女は、だからこそ恐怖を覚えたのだ。
周囲を見回しながら、少女はおびえた様子で後ずさった。
だが、すぐに後ろを振り返り、足を止める。
既に取り囲まれているのだ。
どこへ逃げようもない。
改めてそのことに気が付き、少女の顔はより一層の恐怖に染まる。
ただでさえ白い顔を、さらに青ざめさせ。
少女は小刻みに震えながら、身を縮こませる。
わずかに口元を戦慄かせるが、悲鳴は上げなかった。
じりじりと近づいてくる悪霊の群れから身を守るように、ぎゅっと体を両手で抱きしめる。
悪霊達がいよいよ飛びかかろうとする気配に、ゴーストの少女はぎゅっと目を瞑ろうとした。
だが。
閉じようとしていた目は、逆に大きく見開かれることとなった。
「っぞっごらぁああああ!!!」
突然現れた人影が、少女を取り囲んでいた悪霊の一体にドロップキックを叩き込んだからだ。
身体が地面と水平になった、実に美しい一撃である。
ちょうど顔に当たる部分を蹴り抜かれた悪霊は、奇妙な断末魔のような声を上げ、霧散して消えていく。
呆気にとられるゴーストの少女を他所に、それをやった人影は地面に転がった。
人影は手に持っていた棒状の物、ツルハシを杖代わりに立ち上がると、首元に手を伸ばす。
どうやら、締めていたネクタイを緩めたらしい。
何事かと混乱しつつも、少女は改めてこの闖入者の姿を観察した。
スーツを着込み、ネクタイを締めた男性だ。
妙に眠そうな目をしているのと、大ぶりなツルハシを持っているのが特徴である。
男性は首を回しながら、ツルハシを肩に担ぎあげた。
「ったく、なかなか見つからないと思ったらこういうことかよ。悪霊が湧いてんなら、そりゃなかなか見つからないわけだわ」
ブツブツとぼやくように呟きながら、男性は懐に手を伸ばす。
取り出したのは、透明な液体の入ったボトルだ。
男性はその蓋を開けると、中身をドボドボとツルハシにかけ始める。
そして、思い出したようにゴーストの少女へと顔を向けた。
視線を向けられ、少女は身体を跳ね上げる。
「あ、どうも。私、ベルウッドダンジョン株式会社の、ジェイク・ベルウッドというものなんですが。ちょっと、そこの、そのー、ゴーストのお嬢さんにですね。ご相談が……」
「わた、私、ですか?」
おっかなびっくりと言った様子で、ゴーストの少女は自分を指さした。
ジェイクは我が意を得たりといったように、にっこりと笑ってうなずく。
「そうです、そうです! 話が通じるゴーストの人で助かりました! 時々自我とか飛んじゃってる方もいらっしゃるもんで!」
気楽そうに笑うジェイクだが、ゴーストの少女の顔は引きつったままだった。
何しろ、周囲にはまさに自我の飛んでらっしゃる悪霊の方々が、うようよしているからだ。
ジェイクはひとしきり笑った後、周囲の悪霊に目を向けた。
「えーとですね。ちょっとお話をですね。させて頂きたいんですけども。その前にチョーっと、周りのですね。邪魔者を退治しちゃいたいなーと思うんですが。お待ち頂いてもよろしいですか?」
「あ、はい」
素早く首を縦に振る少女を見て、ジェイクは苦笑いを浮かべる。
「じゃあ、あのー、すぐに終わらせますんで。あ、ツルハシに聖水かけてありますんで。当たるとうっかり成仏しちゃう恐れがありますから、なるべく動かないようにしてください。こちらでも気を付けますけれどもね」
そういうと、ジェイクはツルハシを振り上げ、猛然と悪霊達へと襲い掛かった。
バトンよろしく軽々と振るわれるツルハシだが、その質量は相当なものである。
先ほどかけていた液体、聖水の効果も相まってか、悪霊はその一撃を食らうと煙のように霧散していった。
ジェイクがすべての悪霊を片付けるのには、五分もかからなかったのである。
ゴーストの少女は、ミルドナという名であった。
幼い頃に孤児院に預けられた、みなしごである。
親の顔も知らずに育ったミルドナであったが、必ずしも不幸であったかと言えば、そうではない。
彼女が暮らしていた南辺境伯領は、伝統的に孤児を大切にする土地であったからだ。
国境沿いであるここには、ダンジョン屋が冒険者が多く暮らしていた。
そのどちらも、命を張ることを前提とした生業であり。
この国を支えるために、必要不可欠な仕事であった。
ダンジョン屋は、言わずもがなモンスターから人々を守るのが仕事だ。
自らを盾に人々を守る彼らを軽く見るモノは、少なくとも辺境にはいないと言っていい。
冒険者は、国境線の向こう側を調べることを仕事としている。
国境線近くに生息するモンスターの様子を探り、その生態をより深く知るため。
あるいは、地形や植生などを調べ、将来領地を広げる際に役立てる。
いわば、国の将来の為に命を懸ける仕事なのだ。
むろん、彼らを軽んじるモノは、辺境には存在しないと言っていいだろう。
こういった仕事に就くものの死亡率は、当然ながら高いものとなる。
その配偶者は子供が、残されることも少なくない。
命を懸けて働いたモノが残していった家族に対し、辺境に暮らす人々は手厚く報いることを是としていた。
生業として死んでいっただけでなく、彼らの仕事が自分達を守るものであることを、よくよく知っていればこそである。
ミルドナの両親は、冒険者であった。
腕利きの冒険者で在り、彼女が生まれて間もなく起こった異変を調査するため、国境の外側へと調査へ向う。
非常に重要な情報を持ち帰ったものの、その時に負った傷が原因で両親ともに亡くなった。
残されたミルドナは、孤児院に預けられたというわけである。
ミルドナは、孤児院に大変感謝をしていた。
先生達は親身になって世話をしてくれたし、兄姉達は時に厳しくも様々なことを教えてくれた。
弟妹達は、すこぶるかわいい。
孤児院はミルドナにとって、大切ない場所であった。
いつか立派に働いて、孤児院に恩返しをすること。
それが、ミルドナの目標であり、夢であった。
だが、それは叶わぬ夢となってしまう。
ミルドナが死んだのは、十六歳になり、奉公先が見つかった矢先。
今から数か月ほど前の事である。
それは、事故であった。
街中を歩いていたミルドナは、季節外れの雹に襲われた。
雹と言っても、人間の拳程は有ろうかという、とてつもない大きさのものだ。
最近続く異常気象で、時折みられるようになったモノである。
慌てたミルドナは、建物の下に隠れようとした。
だが、それが間違いだったのだ。
その建物は、一面に大きなガラスを使っていた。
頑丈な強化ガラスを使っていたのではあるが、無数に、高速で、大量に飛来す拳大の雹の前には、無力だったのだ。
割れ砕けたガラスは、容赦なくミルドナに降り注いだ。
そして、命を奪ったのである。
悪霊を片っ端から霧散させたジェイクは、スーツとネクタイを直しつつ、改めてミルドナの前に立った。
懐から取り出したのは、聖水。
ではなく、名刺ケースである。
「すみません、お騒がせして。改めまして、私、ベルウッドダンジョン株式会社の、ジェイク・ベルウッドと申します。あ、お持ちになれますか?」
ジェイクの疑問に、一体何のことだろうとミルドナは首を傾げた。
だが、すぐに名刺を持てるか、という意味だと気が付く。
ゴーストというのは、基本的にはモノに干渉することが出来ない。
中には「ポルターガイスト」のように、モノを動かせたりする者もいるのだが、今のミルドナには出来なかった。
「いえ、その。出来ない、と、思います?」
疑問形だったのは、試したことが無かったからだ。
自分がゴーストになったと気が付いてから、ミルドナは基本的にすすり泣いて過ごしてきた。
別に珍しいことではない。
ゴーストというのは、おおよそそういうものなのだ。
人間であった頃とは、多少感覚が変わってしまうものなのである。
「あー。まだ間もないということですから、その辺分からないことも多いですよね。では、一応こちらに。おかせて頂きます」
そういうと、ジェイクは墓碑の短い階段に備え付けられた手摺に、自分の名刺を置いた。
丁度、ミルドナとジェイクの間にあり、高さも手ごろだったからだ。
ミルドナは置かれた名刺を、まじまじと覗き込んでいる。
「失礼とは思いましたが、貴女のことは多少調べさせて頂きました。ハブルクルフ孤児院のミルドナさん。で、間違いでしょうか」
「は、はい! 間違いないです!」
反射的に大きな声を出し、体をこわばらせたミルドナだったが、無理からぬことだろう。
悪霊に取り囲まれたと思ったら、突然現れた男がそれをツルハシで粉砕したのだ。
しかも、ミルドナは今その男と会話をしているわけで。
動揺するなという方が難しい注文だ。
「実は、ミルドナさんにお話がありまして、こちらにお伺いしたんです、が」
ジェイクはそこでいったん言葉を区切ると、ツルハシの方へと視線を向けた。
近くの壁に立てかけてあるそれは、僅かに清浄な気配を湛えているように見える。
先ほどかけた聖水の影響が、まだ残っているのだろう。
「まさか悪霊が湧いているとは思いませんでした。一応念のために得物と聖水を持ってきていたんですが、役に立つことになるとは」
「あ、そうでした! その、危ないところを助けて頂いて。有難う御座いました!」
「いえいえ。手遅れにならず、よかったです」
「それで、その、お話というのは……?」
営業スマイルを見せるジェイクに、ミルドナはおずおずと言った様子で尋ねる。
それを見たジェイクは、口を開きかけて、止めた。
何事か悩むような顔をすると、言いにくそうに口を開く。
「実は、ミルドナさんに当社で働いて頂きたいと思いまして。そのご相談に伺わせて頂いたんですが」
その言葉を聞いて、ミルドナは大きく目を見開いた。
自分の心残りに、大いに関係することだったからである。
ミルドナがこの世に残り続けているのは、「働いて、孤児院に恩返し」という夢が叶えられなかったことに起因していた。
故に、今のミルドナは「働く」という単語に非常に敏感になっているのだ。
そんなことを知ってか知らずか、ジェイクは言葉をつづけた。
「ですが、先ほどのこともありますし。今日はご挨拶ということで、また後日改めて伺った方がよさそうですかね」
「そ、そんなことありません!!」
苦笑交じりにそういったジェイクに、ミルドナはあらん限りの大声を張り上げた。
その声に、ジェイクは思わず身体をびくつかせる。
ミルドナは真剣な表情を作ると、ぐっとジェイクに迫った。
「いま! 今聞かせてくださいっ! 私、お仕事を頂けるんですか!? そうなんですねっ!?」
「ちょっ、とっ!? 落ち着いて! おちついてください!?」
容赦なく顔を近づけてくるミルドナに、ジェイクは体をのけぞらせた。
それでも接近してくるので思わず肩を押して離そうとするが、その手はミルドナの体を突き抜けてしまう。
ぐいぐい近づいてくミルドナを何とか落ち着かせようと、ジェイクは声を大きくする。
「わかりました! 今お話ししましょう! ねっ! ほらっ! だからいったん離れましょう!」
「はっ! すすす、すみません! ごめんなさい! その、興奮してしまってっ!」
ジェイクの言葉で、我に返ったのだろう。
ミルドナは慌ててジェイクから離れると、身体を縮こまらせた。
「いえいえ。ゴーストの方というのは、ご自分の関心事には感情が高ぶるものですから」
ジェイクは苦笑交じりにそういうと、ほっとした様子で溜息を吐く。
雇おうとしているだけに、ゴーストの特徴はある程度把握している。
問題は、何に関心を示すかなのだが、どうやらこの少女の場合は仕事をすることに強いこだわりがあるらしい。
そう判断したジェイクは、そのあたりに気を付けつつ会話をすることにした。
「まず、ダンジョンでゴーストの方が働いていることがあるのは、ご存知ですか?」
「はい。なんとなくですが、聞いたことがあります。どんなことをしているかは知りませんけれど」
思い出しながらといった様子で、ミルドナはそう言った。
ミルドナがそうであるように、ゴーストというのは会話が可能なことが殆どだ。
それを利用して、仕事をこなすことすら出来た。
特殊な場合に限るものの、実際に様々な場所で仕事をしているゴーストが居るのは、有名な話だった。
ダンジョンというのは、まさにその特殊な場合の一つなのである。
「ここは、ダンジョン関連の会社も多いですからね。聞く機会も多かったと思います。私どもの会社の場合、ゴーストの方々にして頂いている仕事は、緊急時の連絡係。あるいは、確認係です」
「連絡係と、確認係? ですか?」
「我が社のダンジョンは、地下にある迷路、と言ったようなものです。入り組んでいて、壁が多い。その中で従業員は、カメラと通信機などを頼りに働くわけです」
少しの間その様子を想像して、ミルドナはゆっくりと頷いた。
言葉だけでは理解するのが面倒なことはジェイクもわかっているのだろう。
ミルドナが理解したと思われるまで待って、続きを話し始める。
本来であれば書類などを見せつつ話した方がいいのだろうが、今回は持ってきていなかった。
そもそも、今日は顔つなぎだけのつもりだったのだ。
だが、ミルドナの反応は思いのほか良好だった。
ならば、もう一気に話を決めてしまおうと、ジェイクは考えたのである。
ぶっちゃけた話、早く決められるなら決めてしまいたい、というのが、ジェイクの本音でもあった。
ゴーストというのは基本的に皆、勤勉だ。
人間だった時の気性により多少違いはあるものの、おおよそは真面目に働くものが多いのである。
おそらく、そういう性質を持った人間の魂は、「ゴースト」に変化しやすいのだろう。
それ以外のものは、悪霊やらなにやらの、別の幽霊になるようなのだ。
既に調べてある経歴も鑑みれば、ミルドナがダンジョンでの仕事に向いていることは間違いないと思われた。
ならば、なるべく早く雇うことを決めてしまいたい。
準備ができる時間は、限られている。
早く決まるに越したことはないのだ。
「ですが、場所が場所です。そういった機器が、モンスターに破壊されてしまうことは、正直なところ少なくありません。そうなってしまうと、誰かがそれを行うしかありません。状況を直接目で確認し。指示を直接伝えに行くわけです」
ジェイクの言葉を聞きながら、ミルドナはその様子を想像していた。
モンスターというのは、それ自体が危険物だ。
それを誘い込んで戦うわけだから、物が破壊されることなど日常茶飯事だろう。
恐ろし気な想像に眉根を寄せるミルドナだったが、そこであることを思い出した。
ベルウッドダンジョン株式会社といえば、指令室からすべての指示を出しているはずだ。
にもかかわらずそういった機器が壊されるというのは、致命的ではないか。
ミルドナが生まれ育ったのは、ダンジョンのすぐ近くの街である。
専門的なことまではわからないが、近所にあるダンジョン屋がどんなことをしているか位は、噂でもなんでも耳にしているのだ。
「あの、それって、すごく大変なことなのでは。ベルウッドダンジョンさんって、確か指令室から指示を出しているんでしたよね?」
「いやぁ、よくご存じですね!」
恐る恐ると言った様子でいうミルドナに、ジェイクは笑顔でうなずいた。
一所懸命にやってきた中小は、地元でも名前や業務内容を知られているものだ。
説明が早くてありがたい。
ミルドナは、一瞬考えるように眉根を寄せた。
そして、納得したようにうなずく。
「なるほど。それで、私みたいなゴーストが必要なんですね。ゴーストなら、壁とか地形を通り抜けられますし。モンスターと出くわしても、危険もありませんし」
ミルドナの言葉に、ジェイクはバレないように小さくガッツポーズを作る。
このぐらいの想像力がある人員は、けっして珍しくはない。
だが、それがゴーストとなると話は変わってくる。
ゴーストになったモノには、何かしら思考が硬化したり、極端になるの傾向があった。
どうやらミルドナのそれは、こういったことを考える力には影響を与えていないらしい。
もし「働く」こと関連以外に影響がないとすれば、すばらしく有り難いことである。
喉から手が出るほど、欲しい人材だ。
ジェイクはそんな内心を押し隠しながら、大きくうなずいて見せた。
「その通りです。ゴーストの方は、地下迷宮型ダンジョンでの確認、連絡要員として非常に優秀です。是非とも、欲しい人材なんです!」
「ですけど、私でお役に立てるとは思えないんですが。その、大変なお仕事だとお聞きしますし」
不安そうな顔をするミルドナではあるが、ジェイクとしてはここで逃がしたくはなかった。
何しろ、先ほど悪霊を見たばかりなのだ。
悪霊がいると、ゴーストは一気にその数を減らしてしまう。
職員に探してもらってもなかなか見つからなかったのは、それが原因のはずだ。
となると、今現在ゴーストは存在そのものが希少だと言っていい。
生まれたときからダンジョンにかかわってきたジェイクに言わせれば、地下迷宮型ダンジョンにゴーストの従業員がいない、というのは非常事態なのだ。
ゴーストが居ないということは、生きている従業員がその代わりをすることになってしまう。
モンスターが暴れて機器が破壊されるような事態になっている中を、普通の人間が走り回って確認や連絡をする。
地下迷宮型ダンジョンというのは、ただでさえ狭くて場所が限られるのだ。
そんな中を無数の人間が右往左往するというのは、非常にぞっとしない。
ジェイクがまだ小さかった頃の話である。
事情があって、第一ダンジョンで働いていたゴースト全員の休みが重なったことがあった。
まあ、一日ぐらいなら問題なかろうと思われたのだが。
その判断は大きな誤りであった。
ダンジョンの通路というのは狭いものではないのだが、けっして広いものでもない。
大の男が走り回ると、業務に多大に差し障るのだ。
ゴーストならば壁やら床やらを完全に無視できるが、ふつうの人間はそうもいかない。
必死の思いで、大幅な遠回りをして走り回ることになるのだ。
そんな状況をカバーするのは、一人ではとても手が足りない。
何人もの人間が、必死になって走り回ることになった。
休暇を終えたゴーストが戻ってきた時には、ダンジョンは疲れ果てた従業員で、死屍累々のありさまになっていたのである。
ちなみに、その時に走り回る羽目になったものの一人が、ジェイクであったりする。
そんな思いをした経験があるジェイクだからこそ、ゴーストの従業員は何としても確保したかったのだ。
「安心してください。失礼とは思いますが。貴女が居た孤児院や、勤めるはずだった会社さんから人となりは伺っています。それに、実際にお会いしての印象も加味すれば、十分に勤務に耐えうると判断できます。そもそも、状況を目で見て、それを伝える。あるいは、指示を伝達する仕事ですから。そう難しいものではありません」
「そう、ですか? 私にも、出来るんでしょうか」
ジェイクの言葉に、ミルドナは大きく揺れていた。
仕事への不安はあるもの、ものすごく働きたくてたまらない気持ちはある。
どうしても働きたいという本能を、不安と理性で抑え込んでいる状態なのだ。
そんな状態を見て取ったジェイクは、ここで畳みかけることにした。
「ただ、勤務場所はここから離れてしまうことになります。実は、西辺境で新しいダンジョンを作ることになりまして。勤務地はそこになります」
「それは、別に構いません。働く予定だったのも、別の街でしたし」
あっさりとした様子で、ミルドナはうなずいた。
だが、そこでふと首をかしげる。
「私、この墓地から離れられないようなんですけど」
ゴーストになってから、ミルドナは何度か墓地から離れようとしたことがあった。
孤児院の事が気になったので、そこへ行こうとしたのだ。
だが、どんなに頑張っても、墓地からできることが出来なかったのである。
ミルドナは知らないことだったが、ゴーストというのは基本的に発生した場所から遠く離れることが出来ないのだ。
もちろん、ジェイクはそのあたりも織り込み済みである。
「うちには、専門家がおりますので。移動に関しては、ご安心ください」
言葉通り、ベルウッドダンジョン株式会社には、ゴースト系統の専門家が居る。
だからこそ、従業員として働いてもらうことが出来るのだ。
さらに、ジェイクは畳みかける。
「ちなみに何ですが。働いて頂く際、月給は税込みでこのぐらいになります。ゴーストの方は保険等に加入する必要がないのでアレなんですが、その分、生きている方より危険が少ないということで。ほかの従業員よりは多少安くはなるんですけれども」
言いながら、ジェイクは懐から引っ張り出した手帳に文字を書き始めた。
不思議そうに首をかしげるミルドナに見える様、名刺を置いた手摺にそれを載せる。
そこに書かれていたのは、何桁かの数字であった。
「これが、お約束できる最低限の月給です」
「え?! あの、数字間違えていませんか!?」
思わずミルドナが大声を上げたのも、無理からぬことだろう。
そこに書かれていたのは、生前のミルドナが働いてもらうことになっていた月給の約二倍の金額だったのだ。
ジェイクは苦笑しながら、首を横に振った。
「体を張る商売ですから。基本的にダンジョンに勤めるモノというのは高給取りなんですよ。初任給でこれは、少し少ない部類になります。仕事に慣れてきたら、昇給もありますよ」
「昇給もですか!?」
「ああ、安心してください。それなりの給与を出すからと言って、休暇などを渋ることはありません。むしろ、この仕事にとって休息は不可欠です。疲れからくる失敗などがあった場合、被害が洒落になりませんから」
ダンジョン屋が守るのは、国民と国土の両方だ。
うっかりミスをして、モンスターが国内に大量に入ってしまいました。
なんてことになったら、目も当てられない。
そういったことを極力減らすため、ダンジョン屋にとっては休息もまた義務なのだ。
「最初のうちはごたごたするので大変だと思いますが、週休完全二日制は保証します。事情があって寮で生活していただくことになりますので、住宅手当は出ませんが……」
続けて説明をしていくジェイクだったが、ミルドナはほとんど聞いていなかった。
頭の中にあるのは、この仕事を受けるか否かという問いだけである。
まず問題なのは、この「ジェイク・ベルウッド」という人物が信用できるか否かだ。
これに関しては、信用できるとミルドナは踏んでいた。
わざわざ体を張って自分を助けてくれたし、ベルウッドダンジョン株式会社というのも、地元では有名な会社だ。
騙すにしても、ゴーストである自分にそれをする理由が見当たらない。
給料面や休暇に関しても、申し分ない。
初任給から思いもかけない高額だし、ゴーストであるミルドナには保険もほぼ必要ないというのは大きかった。
休暇に関しても非常にありがたい。
週休二日制と、週休完全二日制の間には、けっして超えられない壁が存在するのだ。
悩むミルドナだったが、その意思はほぼほぼ決まりつつあった。
というか、考えてみればミルドナには悩む必要もないのである。
当たって砕けろ精神で飛び込んでしまえばいい。
ミルドナがそんな決心をしていると、ジェイクは「はっ」と表情をこわばらせた。
「ああ、すみません。そうだった。これをお見せすれば話が早かったんですよね。気が付くのが遅れて申し訳ない。まあ、ご存知のものかどうかわかりませんけれどね」
苦笑しながらジェイクが取り出したものを見て、ミルドナは目を丸くして驚いた。
そこにあったのは「ダンジョンマスター免許」だったからだ。
ダンジョンマスター免許は、メダリオンとカードを、革製の手帳のようなものに収めた形をしている。
これの偽造は重罪で、手を出そうとするものはまずいない。
というか、そもそも偽造する意味もない代物である。
なにしろ、ばれた時のリスクが大きい。
ダンジョン屋というのは非常に喧嘩っぱやく、短気なのだ。
もし偽造がバレようものなら、袋叩きにされた挙句、ダンジョンでモンスターのエサにされることだろう。
何故ミルドナにそんな知識があったのかと言えば、生前仕事を探しているとき、資格について調べたことがあったからだ。
その中で、最も取得が難しく、最も偽造されず、もっとも信頼がおける資格として挙がっていたのが、まさに「ダンジョンマスター免許」だったのである。
と、いうことは、だ。
今目の前にいる人物は間違いなく「ベルウッドダンジョン株式会社」の「ジェイク・ベルウッド」であり。
先ほど挙げられた給料や休暇に関する雇用条件は、事実であるということになる。
もしミルドナが「生きている人間」であったら、もう少し疑ったり、確認をとろうとしたかもしれない。
だが、今のミルドナは「ゴースト」であり、「働く」ということに異常なまでに固執している存在になっていたのだ。
ゆえに、ミルドナが次にとる行動は、決まっているようなものだったのである。
「まあ、流石にマイナーな国家資格なんで、見たことないかもしれませんが、って、はい!?」
ミルドナは血走った目で、ジェイクの肩に掴みかかった。
だが、その手はすり抜けてしまう。
仕方がないので、ミルドナは限界ギリギリまで体を接近させた。
「あの!? 近いんですけど!?」
「働かせてください!!」
それは、魂の叫びだった。
まあ、今のミルドナには霊体しかないので、どんなことを言っても魂の声なのだが。
「お願いします働かせてください!! なんでもします!! お休みもいりませんし、残業だっていくらでもします!! 死ぬ気で働きますから!! お願いします働かせてください!!」
もはや、ミルドナの冷静な部分は消し飛んでいた。
せっかくホワイト企業に入れるのに、自分からブラックにしていくようなことを言っているのだが、そんなことはどうでもよくなっている。
働きたい欲求がオーバーヒートしているのだ。
「ちょ、落ち着きましょう!! 落ち着いて話し合いましょう!」
「枕営業も頑張ります! どんなことでもしますから! モラハラもパワハラも絶対に耐えて見せますから!!」
「人聞き超悪い!! そんな事させませんししませんから!? 落ち着いてくださいってば!」
結局、興奮したミルドナを落ち着かせるのに、ジェイクは残っていた聖水を使う羽目になった。
正式な条件などの交渉は、翌日へと持ち越される。
結局、無事に雇用条件などが整い、ミルドナが正式に「ベルウッドダンジョン株式会社」への入社が内定したのは、一週間後のことである。




