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ベルウッドダンジョン株式会社 ~西辺境支部奮闘記~  作者: アマラ
一章 ダンジョンのプレオープンは気合が重要
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一話 「内定決まってるようでもなければ、ダンジョンマスターの資格なんて取ろうと思わないよね」

 国でも有数の総合学園の、巨大キャンパス。

 その廊下を歩きながら、ジェイク・ベルウッドはしみじみと周囲を見回していた。

 通い始めて、早三年。

 特に問題もなく授業に出席し、滞りなく単位を取得してきたジェイクは、今年で無事卒業することとなっていた。

 今日は、学生としてこの場所に来る最後の日。

 卒業証書授与式の当日であった。

 たかが三年、されど三年。

 それだけの期間毎日のように通っていれば、愛着も湧くというものだ。

 今日で最後なのだと思えば、感慨深いものがある。

 しばらく歩くと、目的の部屋の前へとたどり着く。

 掛けられた看板には「ダンジョンマスター学科 研究室」と書かれている。

 ダンジョンマスター学科。

 それが、ジェイクが所属していた学科の名前だ。




 この世界には、魔獣、魔物、あるいはモンスターと呼ばれる生物が居た。

 あるものは巨大な体躯を誇り、あるものは強力な魔法を駆使する。

 様々な特徴を持つこれらの生物群は、総じて人間にとっては危険な存在だ。

 直接的な人的被害だけでなく、村や町など、人々の暮らしにとってもまた、脅威である。

 そんなモンスターから、人々の命、ひいてはその生活を守るため、ある方法が考案された。

 人里に近づこうとするモンスターを、事前に用意した施設におびき寄せる。

 罠や兵器、障害物などを配置したその施設の中で、おびき寄せたものを倒してしまう。

 そうすることで、人間の生活圏に近づくモンスターを、侵入する前に排除する。

 大掛かりな準備が必要となるこの手法はしかし、それに見合う成果を上げた。

 それまで危険とされ、全く開拓の進んでいなかった地域に、人が暮らす足がかりを作ることに成功したのだ。

 月日が流れ、いつしか人々の暮らしにとって欠かせない要とも言えるようになったその施設は、「ダンジョン」と呼ばれるようになっていた。

 ジェイクが通っていた「ダンジョンマスター学科」とは、将来ダンジョンを管理する事になる者を育成するための学科なのである。




 ジェイクはドアを叩き、返事を待った。

 ほどなく、中から「どなたかな?」という声が聞こえてくる。


「ベルウッドです。卒業証書受け取りに来ました」


「おお、来たか。開いとるよ」


 失礼します、と声をかけ、ジェイクはドアを開く。

 部屋の内部は、極シンプルなものだった。

 長机に、椅子がいくつか。

 壁に造り付けられている大きな本棚と、そこに並んだ大量の本こそ異彩を放ってはいるが、変わっているのはそれだけ。

 ほかにはこれと言って物もない、殺風景な部屋である。

 部屋の中では、老人が一人で本を読んでいた。

 分厚く重そうな本の表紙には、「モンスターを利用したダンジョン防衛」と書かれている。


「珍しいですね。魔獣系ですか?」


「知り合いが書いたものでね。初心者向けで、なかなか読みやすい内容だよ」


 まじめぶった顔でいう老人の言葉に、ジェイクは吹き出すように笑う。

 この老人は、ダンジョンマスター学科の教授であった。

 在学中、ジェイクが世話になっていた恩師である。


「たまには専門外の知識を仕入れないとな」


 言いながら、教授は本を閉じ、机の上に置く。

 ダンジョンと一口に言っても、様々な形式のものがあった。

 例えば、大量の罠を配置したもの。

 今教授が呼んでいたような、モンスターを使ってモンスターを倒す、といった類のもの。

 中には、闘技場のような場所で、武装した人間が直接モンスターと戦う、というものまで。

 ダンジョンというのはまさに千差万別であり、作り手の個性が如実に反映されるものなのだ。

 ちなみに、教授の専門は大型の魔法人形「ゴーレム」を使ってのダンジョン防衛である。


「さて、そんなことはともかくだよ」


 教授は机に両手をついて立ち上がると、近くの椅子に乗せていたカバンをあさり始めた。

 中から出てきたのは、高級そうな円筒形の筒だ。

 それと一緒に、これまた高級そうな厚手の紙も引っ張り出す。

 紙の一番上の部分には、達筆な文字で「卒業証書」と書かれている。

 教授は書かれている内容を確認すると、その紙と筒をジェイクの方へと突き出した。


「はい。卒業証書」


「いやいや。はい、って」


 あまりにもあっさりとした教授の動きに、ジェイクは思わず突っ込みを入れる。

 その紙には、ジェイクの名前が書いてあった。

 教育課程を修了し、卒業を認める旨も書かれている。

 正真正銘の、卒業証書だ。

 不満げなジェイクの様子に、教授はわずかに眉を寄せた。


「どうかしたかね?」


「どうもこうも。卒業証書ですよ? もうちょっと渡し方ありません?」


 ジェイクの不満も、もっともだろう。

 せっかくの卒業証書を、何の情緒もなく差し出されたのだ。

 不満もを言うというものである。

 そんなジェイクに、教授は苦笑いを浮かべた。


「そうはいってもね。毎年こんなもんだよ? 何しろうちの学部、生徒数が少ないから」


 ダンジョンというのは、国にとって必要不可欠。

 その責任者であるダンジョンマスターもまた、重要な職業であった。

 ゆえに、それになるための技術習得には、国が大きく援助をしている。

 国内でも有数の学校で学ぶ場が設けられている、のだが。

 このダンジョンマスター学科は、万年生徒不足にあえいでいる状態であった。

 なにしろ、ダンジョンマスターというのは、空席の少ない職業なのだ。

 ダンジョンの数というのは、国によって厳密に管理されている。

 大きく減ることはまずないのだが、その数が大きく増えることもめったにない。

 また、ダンジョンマスターは、年齢の関係ない職業だ。

 そのため、一度その座についてしまえば、かなり長期間在任することがほとんどであった。

 席の数が増えることもなく、また、そこから降りる人数も少ない。

 となれば、当然ダンジョンマスターへの道は、狭き門となる。

 さらに言えば、ダンジョンの多くは、民間の中小企業が運営していることがほとんどだ。

 そういった所は世襲で責任者、つまり「ダンジョンマスター」を選ぶことが多く、外部から招いたりすることはほとんどない。

 なので、ダンジョンマスターになるための資格を欲しがる人間は、実は極端に少なかったりするのだ。

 資格を持っていたところで、就職が恐ろしく困難、となれば、当たり前と言えば当たり前の話である。


「内定決まってるようでもなければ、ダンジョンマスターの資格なんて取ろうと思わないよね」


「それもそうかもしれませんけど」


「何しろ、今年に至っては君だけだからね、卒業生。そりゃ、簡素にもなるよ」


 教授の言葉に、ジェイクは溜息を吐く。

 今年のダンジョンマスター学科の卒業生は、ジェイク一人だけであった。

 これは、今年だけに限った話ではない。

 なろうとする人間が少ないダンジョンマスター学科の卒業生は、毎年一人から三人程度。

 ここ数十年、一人も卒業生がいない、ということこそ無いものの。

 そのことが奇跡だ、と言われているような状況だ。


「まあ、そうかもしれませんけど」


「それに、賑やかなのはし終わってるだろ? 後輩達とずいぶん騒いだそうじゃないか」


「飲み会のことじゃないですか」


 ジェイクの卒業を祝い、後輩達が飲み会を開いてくれたのは、昨日のことである。

 祝う、と言えば聞こえはいいが、全員が全員酒好きで、口実さえあればすぐに宴会を開くような連中だ。

 むろん、その中にはジェイクも含まれている。

 卒業祝いということで特に盛大に騒いだのだが、どうやら教授の耳にもウワサが届いたようだ。


「飲むのはいいが、あまり羽目を外しすぎないようにね。って、言っても卒業だったか、君は」


「ですね。まあ、しょうがないですよ。ダンジョン屋は酒飲みが多いですから。血筋的にどうやったって飲めるやつが多いんです」


 ダンジョン屋というのは、ダンジョンに関わる職業に就く人、全般を指す言葉である。

 代々ダンジョン業を生業としている人々を指すことが多く、一族経営で長く続いているダンジョン企業などは、その最たる例だ。

 ダンジョンマスター学科の生徒は、既にダンジョンマスターになることが決まっているものが殆どであり、代々ダンジョン業を営んできた家系のものばかりだった。

 まさに、「ダンジョン屋」の血筋である。

 もちろん、ジェイクもその例に漏れなかった。


「君のところもダンジョン屋、だったか。お兄さんは元気かね?」


「はい、おかげさまで。この間帰ったら、立派に働いてましたよ」


 ジェイクの実家は、代々続くダンジョン屋であった。

 ダンジョンを二つ管理しており、規模としては中堅どころだ。

 兄が一人おり、会社そのものはその兄が継ぐことになっている。

 ジェイクがダンジョンマスターの資格を取ったのは、この兄を手伝うためだ。

 ダンジョンには、最低一人は責任者。

 つまり、ダンジョンマスター資格保持者を置くことが義務付けられている。

 ジェイクの実家の場合はダンジョンが二つあるので、最低二人のダンジョンマスターが必要というわけだ。

 現在は、父と兄の二人が資格を持っているのだが、将来的に父は引退することになる。

 その穴を埋めるために、ジェイクが資格を取ったわけだ。

 ちなみに。

 ジェイクの兄が資格を取ったのもこの大学であり、授業を受け持ったのは、この老教授であったりする。


「そうか。彼は優秀だったからなぁ。少し生真面目で、融通が利かないところがあったが」


「弟の俺から見てもそうでしたからね。ありゃ性分ですよ。いいところでもありますけど」


「ご実家に帰ったら、どうするんだね?」


 ジェイクの実家は、家業の都合上、首都から離れた場所にある。

 学園は首都に位置しており、とても通学できる距離ではない。

 なので、ジェイクは首都で一人暮らしをしながら、学園に通っていたのだ。

 卒業後は、


「当分は雑用ですよ。おかげさまで、気楽な立場ですからね」


 ダンジョンマスターになろうにも、現在その席には父と兄が座っている。

 将来的には父が退くことになるだろうが、幸いなことにまだまだ現役であり、当分先のことになりそうだった。

 気楽そうに笑うジェイクに、教授は少し思案するような表情を見せる。


「いや、案外そうとも限らないよ? 君も、話ぐらいは聞いてるだろ? 近々、国が西に領土を広げるそうじゃないか」


 ジェイクが暮らす国の周辺では、人間が住むことが出来る地域は極々限られた範囲でしかなかった。

 ダンジョンに守られている以外の土地は、魔獣、魔物などと言った、モンスターが跋扈する危険地帯だからだ。

 そういった場所で安全に暮らすために作られたのが、ダンジョンである。

 領土を広げるとはつまり、新たにダンジョンを作るということに他ならない。


「となれば、新たなダンジョンの出番だろう? 実家に帰ったら、すぐにダンジョンマスターになる。なんてことも、あるかもしれんよ?」


 ジェイクも、国が領土拡大を計画している、という話は聞いていた。

 ダンジョンにかかわるものにとっては、大きな関心事の一つだからだ。

 もっとも、それは自分に直接かかわりがあるから、ということではない。


「何言ってるんですか。そんな大口の仕事、とってこれるのは大手ぐらいなもんですって」


 ダンジョンの建設は、国からの依頼を受けて行うものであった。

 規模などを国が提示し、業者側がどの程度の金額で行うことが出来るかを入札するのだ。

 ダンジョン業というのは、国からの下請けなのである。

 こういった業種の常で、新規の大きな仕事は、大抵は「大企業」が獲得するものだった。

 個人経営の中小企業が新しいダンジョンを受注しようというのであれば、大企業が取りこぼすような小さな仕事を狙うしかない。

 中小ダンジョン業者が生き残ろうと思うなら、先祖代々受け継いできたダンジョンを守っていくのが、いちばん堅実なのである。

 ジェイクの実家はまさに典型的な「中小ダンジョン業者」であり、新規のダンジョンなど、夢のまた夢なのだ。


「夢がないねぇ。まあ、ともかく。卒業おめでとう」


 教授は笑いながら、改めて卒業証書を差し出した。

 ジェイクは苦笑交じりに「有難う御座います」というと、それを受け取る。

 そこで、ふと教授が不思議そうに首を捻った。


「そういえば、誰も来なかったな」


「来なかったというと?」


「いやね。在校生達が、卒業式はやられないが、自分達だけでも祝おうとか言っていたんだよ。なのに一人も顔を出していないから、どうしたのかと思ってね」


「ああ、それですか。後輩共なら、全員寝てますよ」


 ジェイクの言葉に、教授は不思議そうに首ひねった。

 それを見たジェイクは、苦笑いを浮かべて補足を入れる。


「ここに来る直前まで、連中と呑んでたんですよ」


「呑んでたって。飲み会は昨日だったんだろう? 一日中呑んでたのかね」


「ええ、まぁ。こう見えて、酒は強い方でして」


 どうやらジェイクは、自分以外の全員を酔いつぶしてから、ここに来たらしい。

 教授は気まずそうに言うジェイクを、まじまじと見据えた。

 しかし、普段と変わった様子は全く見られない。

 とても先ほどまで酒を飲んでいたとは思えなかったが、嘘ついているわけはないだろう。

 実際に在学生達が来ていないことも、ジェイクの話通りなら納得がいく。


「なるほど。君も相当色濃くダンジョン屋の血筋を引いている、ということかな」


 呆れたような教授の物言いに、ジェイクは苦笑いを浮かべ、頭を掻くのであった。

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