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クエスト:巨大木の出現

闇夜の中、街中を自由に飛び回り、鍛え上げた暗殺術により、無慈悲に、一撃で対象を葬る陰の勇者、暗殺者≪アサシン≫。

いつからだろう、何故か一京は、昔からアサシンに憧れていた。


生来がひねくれものだというのもあるのだろう。皆が戦隊ヒーローに憧れ始める年に憧れていたのは、映画の中で脇役で殺されるアサシン。

「理由なんて必要ない、そこに苦しんでいる人がいるから助ける」なんてくさいセリフを吐く勇者たちが、気持ち悪くて、嫌いだった。

ただ「己の利益の為に」と次々と任務を遂行する方が人間味を感じた。


遊ぶ遊びはかくれんぼ。劇では背景の植木役。オンラインゲームを始めた頃は皆が派手なスキルのある、魔法使いや剣士を選ぶ中、自分は暗殺者。

高校生になってから授業中はいつも顔を伏せて、まさに陰キャラ……は関係ない。

腕の合間からのぞく、女子とはしゃぐリア充達を見ながら、いつか本当のアサシンに、俺もなりたいな、なんて思っていた。



そう___あの日、所謂『アセンションの時』が始まる日まで。



高校一年の終わり、12月25日のクリスマス。俺はテストで悪い成績を修めてしまったため、高校の学力補充の居残りで高校に居た。

今まで彼女が居ないと思っていたオタク友達に彼女がいることが発覚し、気分は最底辺だった。


その時、校内放送が流れたことを一京は今でも覚えてる。


「____午後3時23分、東京都新宿駅南口付近に未確認巨大生命体が出現したため、

中央線、総武線、山手線、埼京線、湘南新宿線、小田急線、京王線、丸の内線、都営新宿線、大江戸線

全線が停止しています。

生徒は学校に待機し、連絡があるまで教室に居てください」


 はじめは悪戯かと思った。なかなかいいセンスしていると思った。つまらないこの日常に、多少は花を添える人間が居たことに少し心がときめいたりもした。

ただ今日は休日だし、学力補充をしている生徒なんて学校には全学年合わせて20人程しかいないだろう。

学力補充に嫌気がさしていたずらか?としても声は先生のそれだったし、何かのドッキリだろうか。

しかし、同じ居残りをしていたショートカットの、黒髪眼鏡の地味な女の子がつけたテレビを見て唖然とした。


 未確認巨大生命体……というよりも、黒く大きな木。いやよく見ると、木の皮のような筋が、蛇のように蠢いている。

 それが新宿駅をすっぽりと覆い、その巨大な木のような生命体は、天を突くかの如く高くそびえ立っていた。

 まるでヘリから映し出されるその部分だけ何かが抜け落ちてしまったかのような……黒々としたそれは、大きく、大きくその枝を伸ばし……


「一京!!危ない!!!」


黒髪眼鏡の地味な女の子が俺に飛びついてきた。

教室の窓ガラスが割れ、黒い蛇のような、ツヤツヤとした長い何かが飛び込み、突き抜けていった。


まるでクリスマスツリーの幹だけを教室に突っ込んだような奇妙な光景。

教室の床に倒れ込んだ二人。女の子の慎ましくも柔らかく丸い感触が、俺の肋骨に当たってるなど、少ししか考える暇がなかった。


「嘘……だろ……」


一京はその女の子の先、黒い幹の先、窓の外を見つめていた。今自分が居るのは荻窪あたりだ。

そこから先の景色は、まさに非日常と言って良い空間だった。


黒い張り巡らされた枝が、新宿方面すべてを覆いつくしている。その枝の進行方向にあるものは、ことごとくを打ち破られていた。たとえそれが人であっても、家であっても。


女の子もそれに気付き、青ざめた顔で街を、外を見つめていた。

一京は携帯を取り出し、家族に電話しようとした。お願いだ、家族が無事であってくれ___という願いは、「ただいま大変電話が込み合っております」という言葉に阻まれた。


「畜生!」


あたふたとしている一京を尻目に、女の子は冷静にあたりを見回していた。


「えと……名前は何と言ったか」


女の子に聞くと、一言「アイ」とだけ答えた。


「アイさん……か。家族に連絡はしなくていいの?」


と聞くと、感情を押し殺した棒読みのような、しかし澄んだしっかりとした声で


「後で伝言板サービス使うから」


と言った。なんだか慌てていた自分が恥ずかしく感じる落ち着きようだった。


「おい!大丈夫か!おい!」


急に野太い声がしたので振り返ると、同じクラスの国崎が入り込んできた。日に焼けた黒い肌に、こっそり染めて申し訳程度に茶色い短髪。


「国語科の田島がやられた……!助けてくれ!」


 田島と言えば30ちょい過ぎの太った眼鏡の男だ。国語が得意な一京の事をウザイくらいに気にかけてくれた。

脚が動くが、思いとどまる。

一京は重々しく言った。


「すまないが俺はいかない。国崎も動かない方がいい。下手に動けばマズい事になるかもしれない」


「っ___」


 国崎は固まった。しかし、アイは走り出す。


「俺もいくぜ!」


 国崎もアイを追いかける。一京は「勝手にしてろ」と言いただ教室に立ち尽くしていた。馬鹿だ、あいつらは馬鹿だ。

こんな非常事態にちょろまか動けば、危ないに決まっている。


 そう思った矢先、男の悲鳴が聞こえた。


「ほら、言わんこっちゃ___」


 一京はそう口を開いたとき、自分も窮地に立たされていることに気付いた。


 先ほどまでしんとしていた黒い幹がプルプルと震え、枝分かれし伸び始めた。そのスピードはどんどん上がり、


「やがっ!」


 一京は言葉にならない声を発しながらその枝をよけた。そのまま背後のロッカー、それも鉄のロッカーをやすやすと突き破っていた。


______殺される。


 殺気を放つ枝から走って逃げようとするが、恐怖で脚の力が抜けてうまく走れない。ドアを開き外に出ると、国崎がうずくまっていた。___左手がなくなっている。

国崎は泣きそうな顔で、廊下の地面を睨み続けていた。


「野球……出来ねえじゃん……畜生」


 そう漏らす国崎を見て、一京は何も言わず逃げ去る。通り過ぎる。もう一度振り返った瞬間、一京に向けてすがるように出された右腕が枝にはじかれ、窓ガラスを破り飛んで行った。

悲痛な叫び声が廊下に響く。


「仕方ないんだ……仕方ないんだ……」


 一京は泣きそうになりながら、枝から逃れる。後ろの窓ガラスが次々と割られていく。


____アイだ、アイが居る。教室から出てきたアイは切り傷だらけだが、田島を背負い、というかほぼ引きずっていた。


「おい!アイ____」


そいつを捨てて逃げろ、そう言おうとした瞬間、巨大な幹がドアから飛び出て田島とアイを弾き飛ばした

田島は幹に直撃したため、体がありえない方向にひしゃげ、内臓が無様に飛び出てピクピク動いていた。


アイも廊下の窓側の壁に叩きつけられ、うずくまっている。

一京はアイに近寄った。眼鏡が細かいヒビで真っ白になっている。


「アイ……だいじょ___」

「危ない!!」


アイに助けられるのは二度目だ、そう思いながら、目の前がスローモーションで再生されていく。

突き飛ばされ座り込む俺。

さっきまで俺を追いかけてきた枝は、俺の代わりにアイに突き刺さり、その体を串刺しに突き抜けていき____


止まった。


「そんな……そんな……」


国崎が死んだのは俺のせいじゃない。でもアイは……なんで。


「なんで」


アイはボブカットの真っ黒い髪を血で染めながら、一京の顔を見つめる。


「そこに、苦しんでいる、人が、いたから。助けるべき、人がいたから」


おかしい。絶対におかしい。そんなことをしても意味は無い。自分に利益はない。

一京はうつむく。俺は間違っていない。俺の方が正しいはずだ。

なのにアイの顔を、眩しすぎて見ることが出来ない。自分の嫌いな言葉を、こうも堂々というアイの顔を、直視できない。

アイは震えながら声を漏らす。


「寂しい……人生だったな……でも、一人……救えた、良かった……おかあ…さ…」


声を発しなくなったアイの顔を見上げると、その涙に濡れた顔は虚空を見つめていた。


死んで、しまった。


天井が、何か強い衝撃で崩れていく音がする。

一京はぼーっと天井を見つめた。真っ黒い大きい何かが、崩れた天井の割れ目から姿を現す。



12月25日午後3時37分。大災厄から14分、まだ「アセンション」は始まっていない。




一京は、青白い光りが一面に輝く、地平線が見えるほど広い空間に一人で居た。 

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